第二章 Mixed Doubled 恋愛騒動

                              7


 土曜日。
 結局。
 アース     マーズ             し な ほ     みたか
 EarthとMars、そして紫南帆と紊駕は、江ノ島電鉄に揺られている。
 もうすぐ江ノ島の駅につく。
 紊駕も、紫南帆に勧められてしかたなく、腰を下ろしている。
 Marsは、夏の海に感激しながら窓に釘付けにされていた。
 
  「で、何処にいくの。」

 江ノ島で四人は降りた。
 湘南海岸。
 夏真っ盛りな今、大賑わいである。
 そんな光景を通り過ぎ――、

  「病院?」

 海岸線沿いの私立病院。
 Earthは、おかまいなしに中へ入っていく。

  「Earth。」

 紫南帆たちも後を追う。
 Marsはロビーのイスに長い脚をなげだして、また病気がはじまった、とぼやいた。
 Earthのデートとは、病院めぐりのことだったのだ。
 そういえば、日本に来てすぐにいろいろなところにいってたみたいだし。と紫南帆は納得。
 本当に勉強熱心である。

 紊駕は、というと受付けの前に立っている。
 紫南帆からは紊駕の後姿しか見えないが、何かを話しているようだ。
 受付の女の人は、まんざらでもない顔をして頬をピンクに染めていた。

  「Humph ! 」

 Marsは強かに怒って、男って皆同じね。と、立ち上がり、看護師に笑顔を振りまいているEarthの元へ大またで近づいていった。
 その様子に紫南帆は忍び笑いをする。
 広々としたロビーは大きな窓もあり、開放感がある。
 設備も整っているようだ。
 紊駕が戻ってきて――、

  「貸して。」

 手を差し出した。
 ポケベルのことだ。
 事件に関係しているかもしれないものは持ち歩いている、という紫南帆の性格を良くわかっている。
 あざな
 嘲奈が知らないといったために、Earthから受けとっておいたのだった。
 紊駕は、手渡されたポケベルを無造作に裏返した。
 電池カバーをスライドさせる。
 容易に開いた。

  「……。」

 電池カバーの裏は、これがどこの病院のものなのかを物語っていた。
 そう、紫南帆が今いるところ。

  「ここの?」

 紊駕が頷いた。
 受付で確認していたのはこれらしい。
 紊駕いわく、一斉に病院から支給されるポケベルは後ろにラベルが貼られている。
 もちろん、万が一に備えて、病院の名前が入っているのだ。
 ただ、ラベルをはがしてしまう人もいる。
 それから、こうやって電池カバーの中に……。

  「返してくるよ。」

 そういって立ち上がろうとした紫南帆の腕を、Earthがとった。
 いつの間に。

  「直接渡す。」

 Earthが言った。
 一言いってやらないと気がすまない、と。

  「まさか、現場の近くの病院とはね。」

 鼻をならした。
 Earthは、病院めぐりのついでにあの男を見つけようと考えていたらしい。
 医者のくせに、あの現場から逃げたことに許さない、と眉を吊り上げていた。
 絶対に顔を忘れないぞ、という気持ちが伝わってくる。
 そんな、Earthの気持ちに一抹の不安を覚えた紫南帆だったが、ポケベルをEarthに手渡した。

 その後、院内を探したが、結局当人は見つからなかった。
 しかし、Earthはあきらめずにポケベルを持って帰った。
 よほど、頭にきたらしい。
 確かに、気持ちはわかるが……。
 頑ななEarthに紊駕もお手上げのようだ。


 その夜。  さ ゆ か
 紫南帆は、白湯花から受け取った数字の解読に、自室で頭を悩ませていた。
 北側から窓が開く音がして、ベランダから声がした。
                             きさし
 紫南帆の部屋は東南の角で、北に紊駕、西に葵矩の部屋ある。
 音は東北から聞こえたので、紊駕の部屋らしい。

  「Mitaka. 」

 Earthの声だ。
 盗み聞きする気はなかったが、窓を開放していた紫南帆の部屋に声が入ってきてしまう。
 窓を閉めるのもなんだし……と考え、そのまま机に向かっていた。

  「You Should Come. 」

 Earthが、紊駕に言い放った。

  「いつNew Yorkにくるんだ。日本にいたってしかたないだろ。」

  「……。」

 はぁ、大きなため息をついてベランダの手すりに触ったようだ。
 乾いた金属の音がした。

  「それとも――、」

 日本を離れられない理由があるのか。
 何かを勘ぐるように言ったEarthに、

  「None Of Your Business. 」
 
 お前には関係ない。紊駕は冷たく言い放つ。
 Earthは、既に医者になる勉強を自国で始めている。
 紊駕もやはり、医者の道を選ぶのだろうか。
 
  「お前とはいいライバルになれそうだよ。楽しみだ。」

 紫南帆は窓の外を仰いだ。
 月が冴やかに光っている。
 尖った三日月。
 
  「……。」

 紫南帆が顔を机にもどした。
 そのとき。
 窓の外から電子音が鳴り響いた。
 甲高い、機械的な音。

  「What ? 」

 Earthの驚いた声。
 しばらく沈黙があって――、

  「SHINAHO. 」

 軽くノックをする音。
 紫南帆がドアをあけると、Earthと紊駕の姿。
 こうやって並ぶと、DNAは驚くほど正確に伝わるものなのだ、と再確認してしまう。

  「どうしたの。」

  「寝てた?Sorry. 」

 Earthの言葉に、大丈夫、といって二人を中にいれた。
 目の前に手が差し出される。

  「……。」

 そこには、あのポケベルが言葉を発していた。


  「 27 29 57 10 17 16 18 36 10 39 30 49 28 29 38 16 49 40 16 40 29 30 39
    20 56 37 96 07 40 28 46 38 07      」


 そう、誰かがこれにメッセージを送ったのだ。

  「奴だ。」

  「Give Back Enoshima Station. Jul 17th PM7。」


 Earthの言葉に、紊駕がさらりと読んで見せた。


  「返せ。江ノ島駅。7月17日。午後7時。」

 明日だ。
 そして、紫南帆の脳裏にパズルのひとつのピースがはまった。
 机の上においてあった、白湯花から預かったメモ。


  「 41 33 24 44 83 33 92 11 31 04 51 36 40 49 50 」


  
「タスケテ ユスリ アザナ KT SY 」


 
ゆっくり読んでみる。


  「助けて 強請り 嘲奈 KTSY 」


  「これ……。」

 紫南帆は呟いた。
 紫南帆の頭の中で、何かが弾けた。
 パズルが一枚の絵に――……?


  「返せ。江ノ島駅。7月17日。午後7時。」


  「助けて 強請り 嘲奈 KTSY 」



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