10 紫南帆の章 ひらが やっぱり……というか、何というか、永架くんって……。 し な ほ 紫南帆は、体全体で叫んだ永架を見つめた。 精魂尽きた表情。 「永架。もうやめようよ。」 ひろた 紫南帆を案内してくれた模淡が、静かに口を開いた。 ジージャンにジーパンのスレンダーな体。 少年のような模淡。 「永架。」 たかつ 天架が永架を優しく起こした。 「わかってるよ……。」 覇気なく、永架は――、 いおる じゅみ 「尉折、樹緑。」 聞き覚えのある名前。 そう、サッカー部の尉折とマネージャーの樹緑。 あすか 「飛鳥、すまん!!!」 尉折が葵矩の前で跪いた。 「うそ……だろ、尉折。」 うらぎられた、葵矩はそんな表情をした。 六人の間に沈黙が流れた。 「尉折は被害者なんだ、飛鳥、許してやってくれ。」 黙っていた天架が――、 「俺は、飛鳥が憎いよ。あの詩。俺のために書いてくれたんだと思ってたのに。」 悲嘆に叫ぶように呟いた。 唇をかみ締める。 天架くんって……。と、紫南帆は永架を見た。 「そうだよ、俺は永架が好きだ。」 でも、二人は……。と、紫南帆が続けると、 「私と永架は双生児だったんだけど、天架は違ったの。」 模淡は言った。 永架は小学生のころから、葵矩のことが気になっていた。 卒業してもなお、その思いは続き、やがてそれは確信へと変わっていった。 自分が同性愛者だということ。 そして、天架もまた。 「俺たちは、幼い頃捨てられたんだ。」 尉折がぽつんと呟いた。 樹緑も頷く。 二人は幼い頃親に捨てられ、そして葉丘家で育ったという。 そう み 「俺は、尉折を使って、S高に転校させ、飛鳥と蒼海を付き合わせる計画を立てた。」 天架は、紫南帆と葵矩を付き合わせるため、尉折を葵矩に近づけて、噂を流させた。 永架の仕上げた新曲、「君に伝えたい」が、葵矩のことだと悟ったからだ。 伝わらない、切ない想い。 「俺は、天架の気持ちは、知っていたけど、自分の想いは止められなかった。」 永架は、樹緑を尉折の後を追わせるようにして、転校させた。 葉丘家の財産あってのことだ。 みたか 樹緑は、紫南帆と紊駕を付き合わせるため、尉折に対抗した。 いつか、尉折が樹緑と争っていたのは、転校したきた樹緑の意図がわかったからだ。 同棲を学校に告げたのは、尉折がつい口をすべらせたのを聞いてしまった樹緑。 紫南帆と葵矩の噂を流したのは、尉折。 紫南帆と紊駕の噂を流したのは、樹緑。 「そうか、グラウンドで檜さんはわざと私に冷たい態度をとって、飛鳥ちゃんのことが好きだとアピールしたのね。」 紫南帆の言葉に、樹緑が頷いた。 ごめんなさい、と小声で呟く。 いぶき 「じゃあ、檜さんは……尉折くんのことが好きなんだ。」 紫南帆は断定的な言い方で、しかし、語尾優しく言った。 樹緑が下を向く。 尉折は、初耳、とばかりに樹緑をみた。 「永架くんと模淡ちゃん、そして、檜さんは、私と紊駕ちゃんが付き合って欲しくて、天架くんと尉折くんは、私と飛鳥ちゃんが付き合ってほしかった。そしてそれぞれが協力しあった。」 だとしたら、この公式が成り立つ。 永架は葵矩を。天架は永架が好き。 模淡は天架が好き。 そして、尉折は模淡が好きで、樹緑は、尉折が好き。 なんとも複雑に絡み合っている。 そしてそれぞれの生い立ち。 すべて、伝えられない思いのせい。 でも、そんなにカンタンに人の感情は動かせないのに。 紫南帆は皆を見た。 「誰だって、エゴイストなんだよ!自分さえよければいんだ。」 永架が叫んだ。 「尉折や樹緑、天架を捨てた親だってそうだろう。育てられないからだろ、全て、自分のためエゴじゃないか!!」 「勝手だよ、永架くん。天架くんも皆。人の感情をおもちゃにして!」 紫南帆は厳しい目つきをして――、 「人は皆、エゴイストな部分があると思う。でも、尉折くんたちの親がどういう気持ちだったかなんて、理解できるの?真実もわからないのに、エゴイストだ、なんてそっちのほうがひどいよ!」 「……俺は天架の計画を実行しようと、転校したけど、飛鳥にあって、正直ゆらいだ。太陽のように明るくて、誰にでも優しい。サッカーが大好きで、周りをも好きにさせる。」 永架が好きになる気持ちがわかった。 尉折は跪いたまま、謝っても許してくれないだろうけど、でも一生償う。と。 「……。」 そんな、尉折に、葵矩は優しく手を差し伸べた。 「俺、永架の気持ちは受け入れられないけど、人を好きになって、エゴイストになってしまうほど好きになる気持ち。わかるつもりだよ。」 葵矩の言葉に永架が瞳に涙をためた。 毅然と傲慢に振舞っていた永架。 すまなかった。と、謝った。 「私も……もっと早く、尉折に告白すればよかった。」 樹緑も毅然さを欠いて、恋する女の子の顔をした。 尉折も、天架も、そして模淡も。 伝えられない思いが、今。 「人の感情は誰にも左右できないよ。たとえエゴイストになってでさえ。」 だって、自分にも本当の気持ちがわからないこと、あるのだから。 紫南帆は空を仰いだ。 ライラックの花びらが、秋の風に吹かれて、空高く舞い上がった――……。 >>完 あとがきへ <物語のTOPへ> |