6 紫南帆の章 そういえば、最近よくいわれるな。 し な ほ 紫南帆は、板書しながら窓の外を見やった。 数学の授業中。 たき 教壇では担任の瀑が立っている。 きさし みたか 紫南帆は、最近、よく葵矩と紊駕の関係を尋ねられるな、と考えていた。 細い顎に手を添える。 高校二年生。 特定の異性と付き合うのには、遅くない。 わかっている。 故、まわりも気になるのだろう。 葵矩と紊駕。 どうみてもモテるのに、特定の彼女を作らない。 「そんなこといわれたってさぁ。」 紫南帆が独りごちた。 午前中の授業の終了のチャイムがなり――、 「生徒の呼び出しをします。今から名前を呼ばれた生徒は至急職員室まで来なさい。」 甲高い声が教室のスピーカーから流れた。 きさらぎ みたか 「2年1組、如樹 紊駕。」 スピーカーは紊駕の名を告げた。 「え?」 紫南帆がスピーカーを振り仰ぐ。 真四角の灰色の物体。 あすか きさし 「2年2組、飛鳥 葵矩。」 さらに続ける。 「え、え??」 そして――、 そうみ し な ほ 「2年3組、蒼海 紫南帆。以上3名、至急職員室へ。繰り返します……。」 オウムのようにスピーカーがこだました。 まちがいなく、紫南帆たち三人の名前をよんだ。 「何?何したの、紫南帆。」 せお 瀬水は、心なしか嬉しそうに言ってみせる。 何もしてない、した覚えないよ。と紫南帆は言って――、 「飛鳥ちゃん。」 とりあえず、二組の葵矩のところへいくと、丁度葵矩も教室からでてきたところだった。 眉をひそめている。 「紊駕。」 一組にも顔をだす。 紊駕は、放送などお構いなしに、一番後ろの窓側の特等席で顔を伏せていた。 「紊駕ちゃん。」 紫南帆の声に顔を上げる。 面倒くさそうに体をおこして、行く気がない紊駕を、紫南帆と葵矩は連れて行った。 「なんで呼ばれたか解りますね。」 校長室で――、 校長が厚い眼鏡をかけ直して、紫南帆たちを強かに睨みつけた。 担任もいる。 冷たい沈黙。 「電話があったそうなんだ。君たち3人が、その……同棲している、と。」 紫南帆たち三人の一年のときの担任だったせいもあり、瀑が先人を切った。 何を隠そう、瀑はその事実を知っている。 ただ、内密にしてくれる約束をした。 余計な誤解を生むからだ。 「事実なのですか。」 それなのに、一体誰が。 もちろん、調べられればすぐにわかってしまう。 「だから?」 「み、紊駕。」 紊駕のあっさりした言葉に、葵矩があせる。 「俺たち一緒に住んでますよ。だから、なんスか。」 飄々と冷淡に言った。 鋭く、睨む。 瀑の顔が青くなっていく反対に、校長の顔が赤くなって――、 きさらぎ みたか 「き、如樹 紊駕……高校にきて大人しくしていると思ったら……。口の利き方を改めなさい!!」 眉間に血管を浮き出させて、大きな口をあけた。 そんな、校長にも、紊駕は涼しい顔。 「あの、校長。私が、両親にもお話を伺いまして、対処いたしますので……。」 瀑の言葉に、一組と二組の担任が胸をなでおろした。 余計な仕事はしたくない。 瀑の殊勝な態度に校長は――、 「まあ、今回は厳重注意ですませます。ただ、今度何かあったらただじゃおきませんよ!高校は義務教育じゃないんですから!!」 釘をさすように言って、紫南帆たちに指を突きつけた。 ヒステリックな女性だ。 「しかし……まいったな。」 校長室からの帰り、瀑は細身のスーツから伸びた腕を頭にもっていき、困った顔。 紫南帆と葵矩は頭を下げた。 「まあ、なんだ。事実なのだから仕方ないが……如樹って前科あったのか?」 「ひでぇな、その言い方。」 元担任なんだから、把握しといてくださいよ。と、紊駕。 「もう、紊駕ちゃん。」 紫南帆が頬を膨らます。 中学時代、紊駕はたいてい夜は家にいなかった。 族仲間と付き合っていて、中学一年の時、すでに、暴走族の特攻隊長であった。 喧嘩をして帰ってくることも多々。 もちろん、学校もさぼりの常習犯だった。 その癖、頭は切れる。 しかし、紫南帆たちと一緒に住むようになってからは、学校もまともに行くようになり、夜遊びもしなくなった。 「とにかく、自分たちから公表するようなことは控えような。周りの影響もあるだろうから。」 他人のことは言えないが。と、瀑は額をかいた。 さ ゆ か 瀑はクラスの白湯花と付き合っているからだ。 紫南帆は、瀑にもう一度謝った――……。 「まじで?大変だったね。言っときますけど、私たちじゃないからね。」 瀬水は、頬を膨らませ、腕をくんで大げさにいった。 「もちろん、疑ってなんかないよ。瀬水たちがそんなこと今さら言ったって、何のメリットがあるわけではないし……。」 昼休みに、呼び出された原因を瀬水に話した。 瀬水を始め、瀬水の彼氏や、一部の人は紫南帆たちが一緒に住んでいることをしっている。 だからといって、それを学校に告げ口して何の意味があるのか。 興味本位か? 紫南帆は、手を顎に添えた。 考えるときの癖なのだ。 「ざけんなっ!てめーどーゆーつもりなんだよ!!」 突然、大きな怒鳴り声が聞こえた。 二組側の廊下からだ。 紫南帆は席を立って、廊下をのぞく。 「あ。」 てだか いおる いぶき じゅみ 確か、サッカー部の豊違 尉折くん、と檜 樹緑ちゃん。心で呟く。 尉折が樹緑を怒鳴りつけている。 「この女っ!」 尉折が右腕を振り上げて、紫南帆も思わず顔を背ける。 瞬間。 「尉折!!」 葵矩が叱咤した。 「どういう理由があっても、女の子に手なんか、あげるなよ。」 「あ、飛鳥。今の話、聞いてたのかよ!」 尉折はバツの悪い顔をしながら、言った。 聞いてたのかよ、っていうか声大きい。と、紫南帆は周りを見渡した。 人だかりができている。 「飛鳥くん。かぁっこいい。やるときはやるね〜。」 瀬水は、紫南帆の肩に両手をついて飛び跳ね、きゃあきゃあ言っている。 まったく。 樹緑はそんな尉折を強かに睨んで、教室に颯爽ともどっていった。 「なーんか、あの人冷めてるよね。」 瀬水が、イヤな感じ、と口を尖らした――……。 放課後。 紫南帆は、帰り支度をして、グラウンドを垣間見た。 男の人が、女の人を殴ろうとするなんて、よほどのことじゃないのかな。 ただでさえ、人を殴るなんてフツウの人は、大変な労力がいる。 紫南帆は思っていた。 「何かあったのかな。」 呟いた。 最近、事件が多いので過敏になっているのかな。 「……。」 紫南帆は、踵をかえした。 葵矩にまた迷惑かけるかもしれない、と。 「危ない!!」 突然の声に――、 「え。」 ――――――……。 「……ほ。紫南帆、紫南帆!」 「……飛鳥、ちゃん?」 紫南帆は目を開けた。 気がつくと、心配そうに覗き込む葵矩の顔。 目を開いた紫南帆に、思いっきり安堵のため息をついて、肩をおろした。 ジャージ姿。 「わたし……?」 見回すと、校内のようだった。 ベッドにカーテン、棚には薬品類。 保健室だ。 「ボールが当たって、倒れたんだよ。良かった。まじ、びっくりした。」 「そっか。ごめん。大丈夫だよ。」 おでこに乗せられた濡れタオルを、落ちないように押さえて、ベッドから起きようとする。 誰かが危ないと叫んでくれて、振り返って――、 その後は記憶にない。 「まだ起き上がらないほうがいいよ。」 葵矩が、優しく紫南帆の肩を支えて、ベッドに戻した。 保健の講師はいないらしい。 「ありがとう。」 紫南帆は、大人しく葵矩に従った。 「練習は大丈夫なの?本当ごめんね。」 紫南帆の言葉に、大丈夫、と言ってタオルを絞る。 優しく額に乗せてくれる。 「傷とか残ってない?」 心底心配して、紫南帆の顔を覗き込んだ――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |