第三章 Ego-Ist 恋愛感情


                         2 紫南帆の章


 1994年、秋。

  「同窓会?」
        あすか  きさし
 リビングで飛鳥 葵矩は首をかしげる。
 夏休み、最後の日。        そう み    し な ほ
 郵便受けからハガキをとってきた蒼海 紫南帆は、怪訝な顔をした。
 返信用ハガキもついている。

  「9月10日土曜日。ずいぶん急だよね。」

  「来週?」

 紫南帆は頷いて、葵矩のいるソファーへハガキを届けた。

  「ありがとう。本当だ。」


  飛鳥 葵矩 様
  お久しぶりです。お元気でお過ごしのことと思います。
  下記の通り、鎌倉市立I小学校の同窓会を行います。
  是非ご参加ください。


  日時:9月10日 土曜日 午後3時
      
はおか   たかつ    ひらが   ひろた
  幹事:葉丘 天架・永架・模淡



 その下には、連絡先と場所が記載されていた。

  「葉丘……ああ。」

 葵矩が思い出したように呟いた。
 紫南帆も同時に思い出したようで――、

  「三ツ子の兄弟妹だよね。葉丘邸だって。そういえば別荘があるんだったっけ。」

 葉丘家は、何でも親が裕福で、別荘をあちらこちらにもっているらしい。
 小学生のときも自慢気に言っていたのを、少しだけ覚えている。
 小学生の記憶だから曖昧であるが。
     みたか
  「あ、紊駕ちゃん、おはよう。」
                      きさらぎ   みたか
 自室に続く階段を下りてきたのは、如樹 紊駕。
 まだ顔が眠いといっている。
 あくびをしたせいで、良く通った鼻筋に皺がよった。
 紫南帆の挨拶に、長く赤いストレートな前髪から覗く瞳で、おはよう。と、挨拶をした。

  「紊駕ちゃんにも来てるよ、ハガキ。」

 紊駕は紫南帆からハガキを受け取り、一瞥。
 次の瞬間、ハガキは無残にもゴミ箱にほおり投げられた。

  「もう。」

 しかたないな、と紫南帆はため息をついて、ハガキを拾う。
 この三人。
 蒼海 紫南帆、飛鳥 葵矩、如樹 紊駕は、両親が学生のころからの友人で、二年半前に三軒隣り合っていた家を一軒に建て替えるという、異常な考えの下、一緒に住むことになった、一風変わった幼馴染である。

  「大島の別荘だって。いったことないな。いいね、別荘。」

 紫南帆は紊駕を見た。
 行こう、との誘いだ。

  「そうだね。たまにはいいかも。」

 葵矩も同意。
 紊駕は、ため息をはいたが、しかたないという顔した。

  「決定!皆に会うのひさしぶりだなぁ。変わったかな?」

 紫南帆たちの卒業した小学校は、中学に進学するとき二つの学校に分かれた。
 そのため、五年ぶりの友人たちもいるというわけだ。
 葉丘兄弟妹もその友人たちだ。

 天架は、大人しく控え目の男の子だったと記憶している。
 それに対し、永架は、少し勝気で自信家のような男の子。
 模淡はショートカットの良く似合う、ボーイッシュで元気な女の子。
 五年も前の話だ。
 変わっているだろうが。

 紫南帆は、小学校時代を思い出す。
 葵矩は、今でも続けているが、サッカーに夢中な元気でハツラツとした少年だった。
 周りをも明るくする、パワーに溢れた太陽のような優しい少年。
 一方紊駕は、小学生ながらに大人びていて、人を射抜くような、切れ長の蒼い瞳。
 何事にも動じない、ポーカーフェイス。
 葵矩が太陽なら紊駕は月。

  「かわってないじゃん。」

 紫南帆は、葵矩と紊駕を見て、思わず失笑した。
 それはそうだ。
 生まれたときから一緒にいたといっても過言ではない三人。
 幼少期から今まで、ずっと一緒に過ごしてきた。

  「何?」

 葵矩は、そんな紫南帆を不思議そうに見る。
 紊駕はダイニングのイスに腰掛けて、新聞を読んでいる。

  「何でもないよ。」

 紫南帆は、とても大切で、幸せなひと時のこの空間をかみ締めていた。
 この後、そんな紫南帆の気持ちを裏切るかのような事件が、起こることも知らず――……。


>>次へ                                      <物語のTOPへ>
1 / 2 / 3 / 4 / 5 / 6 / 7 / 8 / 9 / 10 / あとがき