第三章 Ego-Ist 恋愛感情

                          7  葵矩の章

        し な ほ
 よかった、紫南帆の怪我、ひどくなくて。
 きさし
 葵矩は、安堵のため息を吐きながら、紫南帆を送った後、練習に戻った。
   あすか
  「飛鳥くん、お帰りなさい。」
                 じゅみ
 グラウンドの水のみ場で、樹緑が話しかけた。

  「あ、うん。」

 転入してきたその日に、樹緑はサッカー部にマネージャーとして入部した。

  「昼休みはありがとう。」

 柔和な笑顔を見せた。
 それにしても。
 いおる
 尉折があんな形相で女の子に手をあげそうになるなんて。
 葵矩は不思議に思っていた。
 しかも初めて会った樹緑に。
 洗物をする樹緑を見た――……。

         あすか   きさし                  そう み    し な ほ
  「2年2組、飛鳥 葵矩、2年3組 蒼海 紫南帆。至急職員室まで来なさい。」

 火曜日の朝。
 昨日呼び出しをくらったばかりの葵矩たちは、再び呼び出された。
 やはり、校長室で――、

  「あなたたちは、全く。何を考えているんですか?」

 頭ごなしに怒鳴られた。
 三組の担任の瀑もついてきてくれた。

  「何って……?」

 葵矩には思い当たる節がない。
 紫南帆も同様のようで、大きすぎない二重の瞳で何度か瞬きをする。

  「まぁ!白を切るつもりですか!一体学校を何だと思っているの?」
                         たき
 独りでヒステリックになっている校長に、瀑が落ち着いてくださいとなだめ――、

  「昨日の放課後、保健室であなたたちは……。」

 けがらわしい!と言葉半ばに冷たい瞳を突きつけた。
 分厚い眼鏡の奥。
 小さな瞳を見開いている。

  「っちょっと待ってください!確かに僕たち保健室にいました。蒼海さんが、怪我をして。でも。それだけです。僕たち……何にもありません!」

 葵矩は必死に訴えた。
 猛否定。
 どうやら、校長は、葵矩と紫南帆が保健室でやましいことをしていたと言っているらしい。

  「こ、校長。彼もこういっていますし……飛鳥がそんな生徒ではないことは、私も保証します。」

 瀑も頭を下げてくれた。

  「昨日のことといい、火のないところに煙たたずっていいますからね。何でまたあなたたちが……。」

 それはこっちのセリフだ。と、葵矩は心内で思う。
 保健室で……なんて。
 考えただけでも赤面してしまいそうになる。

  「しかし……何だろうな。」

 瀑は頭をかいた。
 葵矩も紫南帆も頭を傾げる。
 何でこんな噂を……一体、誰が?何の目的で?
 しかも、わざわざこんな大それた噂を立てておいて、生徒たちには広めないなんて。
 何か、意図があるとしか考えられない。
 三人にとっては好都合だが、いっこうに周りに知られている様子がないのだ。


  「お。お帰り。どした?」

 尉折が、教室で葵矩を出迎えた。
 両手でイヤフォンをはずす。
 音楽を聞いていたらしい。

  「いや。」

 葵矩は特に語らなかった。

  「そうそ、この曲知ってっか?ティーエイチツーの新曲。すげーいいよ。貸してやる。」

 尉折は半ば強引に方耳のイヤフォンを葵矩に押し付けて、CDを手に持たせた。
 TH2
 ジャケットにはそう書いてある。
 耳からは男のヴォーカルの声。
 バラードらしい。
 心地よい低音とヴォーカルの声が、葵矩の脳裏に響いた――……。


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