4 紫南帆の章 あすか 「ねえ、ね。明日、飛鳥くん試合なんでしょ!」 おうみ せお 桜魅 瀬水は、見に行こうよ、とはしゃいでいった。 「うん。今日は最終調整だって。」 し な ほ 教科書を鞄にしまいながら、紫南帆は瀬水に答える。 放課後の教室。 晩夏だというのに、まだまだ暑い。 何もしなくても汗が噴出してくる。 きさし そんな暑い中を、葵矩は走り回っているなんて、ある意味関心してしまう。 紫南帆は、運動音痴ではないが、得意なほうではなかった。 「飛鳥くんすごいね。一年生からレギュラーなんでしょ。」 よこみぞ さ ゆ か 横溝 白湯花は長く一本に三つ編みをした髪を胸にたらした。 「そうそう。」 紫南帆の代わりに、瀬水が答えて――、 きさらぎ 「飛鳥くんいいよね。あの甘めのフェイスが。如樹くんもかっこいいけど、あたしゃ、飛鳥くん派だな、うん。」 自問自答した瀬水に、 「えー!私は如樹くん派だな、絶対。クールで大人っぽいところがかっこいいよ。」 白湯花までがそんなことをいう。 二人とも彼氏持ちが何言ってんの。と、紫南帆はため息をついた。 むなぎ わくと きすい たき 瀬水は、一年年下の旨軌 惑飛と、白湯花は、なんと、担任の来吹 瀑と付き合っているのである。 最も、一部の人のみの秘密であるが。 詳細は、Planet Love Event 第一章 CometHunter 恋愛方程式と第二章 MixedDouble 恋愛騒動を参照。 「で、紫南帆ちゃんはどっちななの?」 白湯花の言葉に、瀬水もにっこり笑う。 また、これですか。 皆、必ず一回は紫南帆に尋ねる。 瀬水には数え切れないほど訊かれている。 「幼馴染だから。本当に。」 このセリフも何度目か。 みたか 紫南帆と葵矩と紊駕。 成長していくたび、紫南帆にとっては自然なことでも、周りがそうは認めてくれなくなっていった。 男女関係に均衡はない、と。 周りが何をどういおうと勝手だけど。紫南帆は小さく息をはく。 「三人って言えばさ、ティーエイチツーってバンド知ってる?」 話題が他に反れたので、さっさと帰り支度を済ませた。 瀬水の言葉に、白湯花が頷く。 「知ってる知ってる。最近人気出てきたよね。新曲、いいよね。」 「そうそう、古文とか入ってるんだよね。」 音楽はもちろん聴くが、芸能界にはあまり興味がない。 特にアイドルとかその類には疎いほうだ。 対して、瀬水は、結構詳しい。 というより、何にでも興味を持つミーハーなのだ。 そのお陰で、紫南帆の耳にもいろいろな情報が入ってくる。 時には余計で、時には助かる。 「お。やってるやってる。」 グラウンドでは、元気な声が響いていた。 明日に練習試合を控えたサッカー部。 瀬水の推しにしぶしぶグラウンドに脚を運ばせた紫南帆。 葵矩のジャマにならないかが心配だ。 「かっこいー!!」 紅白戦。 紅のセンターフォワードで颯爽と走るのが、葵矩。 いつみても楽しそうだ。 ボールを追いかける、笑顔。 中学生のころは、良くこうしてこの笑顔を見ていたが、高校に入ってからはあまりない。 葵矩に迷惑をかけるかもしれないからだ。 実際に――、 そう み し な ほ 「蒼海 紫南帆さん?」 名前を呼ばれて振り返ると、ジャージ姿のほっそりとした女の子。 黒く肩まで伸びる直毛。 目元が少し上がっているために、きつい印象を与える。 いぶき じゅみ 「初めまして、私、サッカー部マネージャーの檜 樹緑です。」 つられて頭を下げてしまう。 すこし冷たい視線。 樹緑は、紫南帆を一瞥すると、雑用にとりかかった。 「何あれ。あんたに敵意むき出しだね。あれは飛鳥くんに絶対好意もってるわ。」 瀬水がめずらしく的を得たことを言う。 嫉妬。 そう、あの瞳は紫南帆に対する嫉妬心の表れだった。 「蒼海先輩ですか〜?」 いつのまにか、数人のサッカー部員に囲まれていた。 察するに、紅白戦にはまだ出られない一年生たちであろう。 紫南帆の頷きを確認して――、 「飛鳥先輩と付き合ってるんですか??」 はあ。 思わず心でため息をついて、紫南帆は両手の人差し指を重ねた。 バツ。 「ほらぁ。付き合ってないんですよね。やった!俺の勝ち!」 勝ち? 「えー、くそっ〜。」 おいおい。 紫南帆は眉間に皺を寄せた。 どうやら賭け事をしていたようだ。 「こら。サボるなぁー!!」 グラウンドから、よく通る声が響き渡った。 紅白戦が終わったらしい。 「すいませーん。」 一年生たちは、紫南帆に一礼すると、グラウンドに駆け戻った。 それにしても、サッカー部内でも紫南帆と葵矩は噂になっているのか。 「ごめんな、うちの部員が。」 さっきの声の主がやって来た。 さっぱりと髪を短くした爽やかな青年。 「いえ……。」 えだち みま 「俺、キャプテンの徭 神馬。蒼海さんでしょ。」 知ってるよ、と白い八重歯を見せて笑った。 「有名人だね。」 にひひ、と瀬水が肘でつついたのを、紫南帆は目でしかって――、 「飛鳥ってさ、モテるくせに全然女の子に興味ないっていうか。でも蒼海さんとはすごく仲がいいみたいだから。」 「幼馴染なんです。」 何回も口にしている言葉を、また言うハメになった。 いい加減、疲れてくるが、つとめて普通に答える。 てだか いおる 「へー幼馴染?初めまして!俺、飛鳥くんと仲良くさせてもらってる、豊違 尉折です。」 よろしく。と、後ろからハスキーな声が聞こえて、強引に手をとられた。 愛想のよい、笑顔。 さっぱりとしたスポーツがり。 「っちょ、ちょっと何してんだよ。」 そんな光景に、休憩に入ったらしい葵矩が現れて、紫南帆と話をしている尉折に言った。 タオルで流れた汗をぬぐう。 皆から少し離れたところに連れ出されて――、 「ごめんね、飛鳥ちゃん。」 紫南帆は騒がせてしまったことを謝った。 やはり、あまりグラウンドにこないほうがいいな。 いらぬ噂を立てられかねない。 葵矩のことを心底心配して思う。 そんな、紫南帆に――、 「紫南帆が悪いわけじゃないよ。こっちこそ、ごめん。いろいろ言われた……?」 上目使いで申し訳なさそうにいう葵矩に、大丈夫と答えて、続けた。 「それこそ飛鳥ちゃんが謝ることじゃないし。迷惑してるわけなのに。」 「迷惑なんかしてないよ!!」 葵矩は思わず、真剣に言い返してしまった。 言ってしまった後、口元を押さえる。 真っ赤な顔。 紫南帆は、少し驚いて、葵矩を見つめた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |