5 葵矩の章 「まずった……。」 きさし 葵矩は、独り自室で頭を抱えた。 迷惑なんかじゃないよ!! 思わずムキになって言ってしまった。 ため息をつく。 「全然わかってないんだから。」 俺の気持ちなんて。と、葵矩はもう一度ため息。 幼い頃から一緒で、いつもそばにいる女の子。 ずっと見てきた女の子。 でも、いつしかそれが恋愛対象になっていた。 幼い頃のように、ただのスキという言葉だけでは説明できない。 割り切れない。 「葵矩。メシ。」 みたか 紊駕がノックと共にドアを開けた。 ずっとこもっていた葵矩を呼びにきたのだ。 「……紊駕。」 葵矩は紊駕を見る。 長い脚、整った顔立ち。 よく通った鼻筋に切れ長のシャープな瞳。 男から見ても、かっこいい風貌。 葵矩は思わず口走った――、 し な ほ 「紫南帆のことどう思ってる?」 紊駕は顔色一つ変えずに、 「別に。」 何とも思ってない.。と、静かに答えた。 「早く降りて来い。」 ドアに背を向ける。 「……。」 うまくはぐらかされたかも。 本当のところはどうなんだよ。と、葵矩は唇を尖らせた。 自分でも、何であんなことをいったのか解らない。 葵矩の中で何かが変化していた。 いらいらする。 唇を噛んだ。 もやもやとした気持ちが、べったりまとわりついて離れない。 まるで、熱帯夜のようだ――……。 「今日の試合頑張ろうな!!」 いおる 尉折は葵矩の背中を叩いた。 今日、近くの私立K学園で試合があるのだ。 尉折と二人、電車で現地に向かっていた。 「そういえばさー、紫南帆ちゃんっていったけ。」 尉折の突然の言葉に、 「え。」 些かうろたえる。 「お前、あんなかわいい幼馴染がいて黙ってんだもんなぁ。」 ずるい、といって見せた。 ずるいって何だよ。と、葵矩は呆れる。 「だってさー。お前、紫南帆ちゃんのこと好きだろ。」 葵矩の顔が一瞬にして真っ赤になった。 耳までも。 「な、何でだよ。」 「バレバレだから。すーぐ顔にでるんだもんなぁ。飛鳥くんてば、かわいい。」 乾いた笑いをして、空いている車内で、制服から伸びた脚を投げ出した。 葵矩はバツが悪そうに、隣に座っている尉折を横目で見た。 「もうヤッた?」 その瞬間に、もう何処も赤くなるスペースがない葵矩は、むせた。 「な、……。」 喉を押さえる。 「青いね〜あーんな側にいて、何も手ぇつけてないなんて。」 俺なら、絶対ヤッってる。と、公衆の面前で平気に口にした。 葵矩は、喉に物が詰まったかのように言葉を呑む。 何も言い返せない。 それをいいことに尉折は――、 「まさか。男に興味ある?」 「アホか!」 さすがの葵矩も言葉がでた。 猛反対してみせる。 「だよな。よかったよかった。」 何が、よかっただ。 葵矩は、尉折の動向に呆れた視線を向けて、目的地の鎌倉駅でさっさと降りた。 尉折はまだ笑顔だ。 私立K学園の校門で――、 「おい。どこの学コだよ。」 強持て風の、どうみても不良そうな男が校門の前によりかかり、鋭い視線を投げかけた。 背は低いが、金色に脱色された髪に学生服は短ランにボンタン。 K学園の生徒だ。 「あ、お、俺たち……。」 穏便な葵矩は、逆らおうとはせず、学校名を言おうとする。 乱闘なんて冗談じゃない。 「やめときって。こら。こいつら試合か何かできたんちゃうか。」 うしろから、呆れたようにため息をつく、男。 関西弁っぽいなまりのある言葉。 後ろになでつけた黒髪。 背は葵矩より高く、貫禄があるが、表情は穏やかだった。 葵矩たちの持っているサッカーボールを見てか、そう言った。 「けっ。うっせーんだよ、お前は!」 金髪の男は、牙をむくライオンのようにおもむろに鋭い目を向ける。 「ほら、はよう行け。こいつの機嫌がさらに悪うなる前にな。」 髪をかきあげ、顎をしゃくる。 左のエクボがへこんだ。 葵矩は、その男に頭を下げて、尉折とともに、その場を過ぎた。 「K学ってあーゆーやつら多いよなぁ。ま、男子校だししょーがねーか。」 尉折は呟いて――、 「そーだ、飛鳥。俺、ぜってーお前らくっつけさせてやっからな!!」 「は?」 背中を叩かれる。 「付き合っちゃえよお前ら!!俺が恋のキューピッドしてやるから。な、な?」 あのねぇ。と、葵矩は顔をゆがめる。 お願いだから余計なことはしないでくれ。 「そうそ、今度お前んち遊び行くからな。」 告白大作戦、計画しようぜ。 って、おい。 さらに、葵矩の顔がゆがむ。 「だめ。絶対だめ!!」 我に返って叫んだ。 一緒に住んでいることがバレたら、何をいわれるかたまったもんじゃない。 そんな葵矩の動向に、こういうことには鋭い尉折が、 「何だよ、何隠してんだよ。」 葵矩の肩に腕を乗せて、疑いのまなざしを向ける。 「別に、か、隠してなんかないよ。」 その言葉に、にやっ、口元を緩めて――、 「いわなきゃ、紫南帆ちゃんに言ってやる。」 脅迫かよ。 一緒に住んでいることを言わないと、紫南帆に葵矩の思いを伝えるというのだ。 なんて、意地悪なやつ。 葵矩は、観念したように、事実を伝えた。 絶対に口外しないとの約束の下。 「なーんだ。そうか、そうか。安心した。」 「安心って何だよ……つーか絶対いうなよ!約束だからな!!」 尉折は葵矩の言葉をきいているのか、青空を仰いで独りで何度も頷いていた。 そんな尉折に一抹の不安が、葵矩の胸をかすめた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |