8 紫南帆の章 一体なんなのだろう。 し な ほ 紫南帆は唇を尖らせて、教室に戻った。 腑に落ちない。 一体誰がこんな噂を流しているのだろう。 独りか、複数か。 今更、ふって沸いたかのような噂事件。 誰かが故意にしているとしか、思えない。 そんな紫南帆の考えが当たっているのだと言わんばかりに――、 きさらぎ みたか そう み し な ほ 「2年1組 如樹 紊駕。2年3組 蒼海 紫南帆。至急職員室に来なさい。」 次の日の水曜日。 またまた呼び出しをくらった。 正確には三度呼ばれたのは紫南帆だけだが。 「紊駕ちゃん。」 一組に立ち寄って、どうせ行く気がないだろう紊駕をつれて職員室へ向かう。 紊駕は、強かに怒っている。 態度でわかる。 「蒼海さん。あなたって人は……、昨日注意を受けたばかりのはずですよ!!」 例の如く、校長は厚い眼鏡をかけ直して、大きくため息をつく。 ため息をつきたいのは、こっちですよ。と、紫南帆は校長の次の言葉を待った。 「もちろん、あなたたちは高校生ですから、異性に恋愛感情を抱くのは当然といえば当然でしょうが……。」 云々と前置きが長い。 またどうせ、根も葉もない噂だ。と、踏む。 すこし開き直り気味だ。 「だからといって、昨日の今日で違う異性とホテルだなんて!!」 口早にカナキリ声を出した。 頭にキンキン響く。 「待ってください!なんなんですか。それは。」 本当に根も葉もない噂。 紫南帆は制した。 「まったく。どうして蒼海さんたちにこんな問題が起こるのでしょうね。」 こっちがききたいです。 紫南帆が力なく肩を落とそうとしたとき、 「証拠は?」 紊駕が、言った。 「俺たちがホテルにいったっつー証拠は?」 「あるんですか?」 紊駕の言葉に、三度も脚を運んでくれた瀑が問いかけた。 「み、見たって人から連絡がはいったんですよ。」 紊駕の鋭い目つきに、校長が一歩下がった。 声がうわずっている。 その様子に――、 「いつ、どこで、何時何分?」 質問の嵐。 至って冷静だが、怒っている。 矢継ぎ早の質問に答えられない校長を尻目に――、 「きっちり証拠をさがしてから呼び出してほしいですね。校長先生。」 紊駕は、行くぞ。と、紫南帆の腕を取った。 「え。あ、失礼しました。」 紫南帆は、一応頭を下げて、校長室をでた。 たき 瀑も呆然としている。 「ねぇ、紊駕ちゃん。私どうしても腑に落ちないよ。」 校長室をでて、紫南帆は紊駕に言った。 前を歩く紊駕が、紫南帆と歩調を合わせた。 「ああ。利点が合わない。ケツモチは少なくとも2人以上だ。」 紊駕の言葉に納得する。 黒幕は二人以上。 紫南帆と紊駕。 紫南帆と葵矩。 それぞれの噂を立てる動機のある人間。 紫南帆たちが一緒に住んでいることを知っている人間。 また事件に巻き込まれているのだろうか……。 紫南帆は思いをめぐらせながら、帰宅した。 「お帰り、紫南帆ちゃん。」 きよの 家に帰ると葵矩の母親の聖乃が出迎えた。 そして――、 「……何ですか?」 手紙を渡された。 薄い紫の封筒。 イヤな予感。 「うちにはいってたんだけど、三人宛だったから。紫南帆ちゃんに渡しておくわ。」 聖乃が夕食の支度をしながら言った。 「……。」 あすか 宛名は、飛鳥家の住所。 葵矩を先頭に、紫南帆と紊駕の名前も連名になっていた。 丁寧にはさみで封を切った。 君は天使で僕は悪魔 僕ら二人で一対をなす ライラックの花言葉を知っているかい 名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られで来る由もがな 逢ひみての後の心にくらぶれば 昔は物を思はざりけり かくとだえやは伊吹きのさしも草も 知らじな燃ゆる思ひを 今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふ由もがな きっと君は僕を軽蔑するだろう それでもいいさ 逢ひたい ずっとずっと 逢ひたい 永遠に 逢ひたい 紫南帆は読みおえた。 「詩……?」 タイミングよく送られてきたこの手紙。 紫南帆は無性に気になり、机の棚の国語便覧に手を伸ばした。 これには百人一首が載っていたはず。 手紙をみて、中央の四文が百人一首だとすぐに気がついた。 便覧のページがめくれる、乾いた音が響いた。 「名にし負はば……、あった。」 ノートに書き出してみる。 何かあるとノートに書いてまとめる癖がついている。 名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られで来る由もがな <訳>他人に知られないで、あなたに会う方法があればいいのになぁ。 逢ひみての後の心にくらぶれば 昔は物を思はざりけり <訳>あなたに会ってからの切ない気持ちに比べれると、 会う以前の恋は、物思いをしなかったことになる。 かくとだえやは伊吹きのさしも草も 知らじな燃ゆる思ひを <訳>これほど愛しているとは口では言えないのだから、 私の恋心をあなたはもはら知らないでしょうね。 今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふ由もがな <訳>今はただ、あなたのことをあきらめようと、 それだけを、人つてでなく直接話す方法があればなぁ。 「……。」 全部恋詩だ。 しかも、伝えられない切ない恋心。 これが意味するのは、何なのだろう。 今回の噂事件に関係しているのだろうか。 紫南帆は、また新たな事件が起こるだろうことを覚悟した――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |