Z 紊駕は静かに、ご馳走様。と、食卓を立った。 稲村ガ崎駅に程近い、小高い丘に建つ一軒家。 「紊駕。あのコたちはどうした。」 珍しく、夕食を共にした淹駕が静かに口を開く。 「あのコたちって?はい。紊駕も飲む?」 紊駕の母親、美鷺は手際よくお茶を入れる。 中学生の息子がいるようには思えない、体つき。 スレンダーで長身。 長くストレートな髪をバレッタで留めている。 綺麗系だ。 紊駕は、母親の言葉に、うなづいて、もう一度座りなおした。 「大丈夫。」 淹駕に一言だけいって、お茶をすする。 そんな親子の言動に、私には内緒なのね。と、些かいじけた風をみせる美鷺。 TVをつけた。 <……また、少年が一人、麻薬の犠牲になりました。> 紊駕と淹駕が思わず、テレビに注視した。 「いやだ、茅ヶ崎じゃない。」 バレッタで留めていた髪をほどいて、この子達の気が知れないわ。と、溜息。 テレビでは、頭からジャンパーをかぶせられた少年が、警官に押さえつけられてパトカーに乗せられる姿が映っていた。 紊駕が一瞥して二階へ上がろうとするのを、 「待ちなさい。」 淹駕の淡とし声が止めた。 紊駕が振り返る。 「お前に説教するつもりはない。」 淹駕が紊駕の目を見る。 息子を信頼し、尊重する揺ぎ無いまなざし。 「自分が正しいと思うことを自分の責任でしろ。と、いつも私はお前に言っている。そうだな?」 紊駕の頷きを確認する前に、言葉を続けた。 「自分のことも良く考えろ。」 「……。」 数秒の沈黙。 「そうよ。紫南帆ちゃんや葵矩くんにも迷惑かけっぱなしで。もう中三になるのよ、あんた。二月にはア・テストだってあるんだから。」 怒鳴りつける風ではなく、諭すように美鷺はいった。 ア・テストとは、神奈川県内の共通学力試験のことで、高校受験の参考学力になる試験だ。 「美鷺――!」 玄関からのソプラノヴォイスに、美鷺の表情が柔和になった。 「あがってあがって。」 美鷺の声に促され、玄関から来る女性。 蒼海 璃南帆。 紊駕の幼馴染である、紫南帆の母親だ。 紊駕の家と紫南帆の家、そしてやはり、幼馴染の飛鳥 葵矩の家は、隣り合って建っている。 両親六人が学生の頃から仲が良く、結婚してもまだなおその関係は続いていた。 「おじゃまします。こんばんは、紊駕くん。あ、淹駕くん、今日は早いの。」 少女のような若々しくかわいらしい風貌の璃南帆は、やはり中学生の母には見えない。 紊駕に挨拶をして、昔から変らない呼び方で淹駕にそういった。 「もうでてくよ。」 淹駕も微笑して、二人の様子を眺める。 璃南帆はまるで自分の家のように、食器棚からお皿を用意して、ケーキをもってきたと告げた。 美鷺は珈琲の準備をした。 「聖乃ももうすぐくるわよ。」 葵矩の母も来るといって――、 「進んでる?」 「いい感じ。思ったよりスムーズよ。」 二人のイタズラな笑みに淹駕が少し呆れた様子をうかがわせた。 紊駕は意味がわからない。 「もう少ししたら皆にも報告しようと思ってるんだけど。」 璃南帆は美鷺と目を合わせる。 「何の話、璃南帆さん。」 六人ともまだ学生気分なのか、おばさん、おじさんと呼ばれるのを嫌がるので、紊駕たちは名前で呼ぶことにしている。 もっとも、嫌がっているのは母親たちだが。 璃南帆がパンフレットのようなものを広げた。 なんと、三軒隣り合っている家を一軒に建て直すというのだ。 三家族同居生活。 そんな突拍子もない計画が、進められていた。 「紊駕くん、どう思う?」 「どうって……結局やっちゃうつもりなんでしょ。」 性格は百も承知だった。 話しによれば、すぐにでも着工するという。 なんとも突拍子もない考え。 璃南帆は小さな舌を覗かせ、ばれたか。といって見せた。 それと同時に紊駕の脳裏に色々な考えが浮遊した。 父親の言葉、母親の言葉。 「ま、今度ゆっくり。」 その話は、また今度しようと、促し、ゆっくりしていって。と、淹駕は璃南帆の頭を優しく叩いて仕事に向かった。 「後悔だけはするな。」 そう、紊駕に言い残して――……。 * * * * * * * * * * 「造さぁん。俺たちのこと忘れないでくださいよー。」 午後十時半。 片瀬江ノ島東海岸。 BADの集会。 「わざわざ俺のためにありがとう。」 造は立ち上がった。 海を背中に、総勢云十名のBAD BOYs。 宴会と化したここで、造が口を開く。 「俺は、単車が好きで、皆みたいな単車好きな仲間に出会えて、すげぇ幸せだ。短い間だったけど、一で一番、俺ん中に残る、いい思い出になると思う。絶対、忘れない。」 皆の賛同の声に、造も少し、涙ぐんだ。 「いいかげん、ハンパやってた俺が、大学を受ける気になったのも皆のおかげだ。」 最後に。と、言って造は、一息置いた。 「ハンパはするな!!皆、後悔だけは、しないようにしようぜ!!」 拍手と歓声、口笛と指笛。 さまざまな音が重なりあう。 「えっと……造の送別会に悪ぃけどよ。」 拍手が鳴りやんだのを見計らって、斗尋が手を挙げた。 電灯に照らされた顔は、少し赤い。 自分の隣に白紫を呼んで――、 「俺たち、同棲しよっかな、って。」 頭をかいて、照れた。 その言葉に皆が、祝いの言葉を投げる。 「よし。じゃあ、造の大学合格祈願と、斗尋、白紫の新生活を祝って。……乾杯!!」 「乾杯!!」 一斉にプルトップが開いて、ホップのはじける音がこだました。 歓声、拍手。 大宴会が始まった。 坡坡と轍生が造と自分の缶ビールをあわせる。 金属の音が淋しげに鳴った。 造はさわやかな笑みで、礼をいった。 BAD旗揚げから一年半。 単車を愛し、走るのが好きな、多くの奴らが集まった。 誰が誰に強制されるわけでなく、好きなもの同士走ることもある。 上下関係があるわけでなく、慕いたい奴を慕う。 「紊駕。」 一人、寡黙に波打ち際に視線を移している紊駕。 それを憂うように見つめる海昊。 「……造さん。頑張ってください。」 「おお。ありがとな。」 堅い握手を交わした。 そして、海昊に視線を移す。 「海昊。いつも紊駕を見てろ。」 海昊の肩を優しく叩く。 「紊駕を、見てるんだ。」 海昊は素直に頷いた。 そんな、造と海昊を見て、何くだんないことゆってんですか。と、紊駕は一笑に付した。 造は微笑む。 紊駕の頭の中。 言葉が渦を巻いていた。 淹駕の言葉、美鷺の言葉、造の言葉――……。 「紊駕くん?」 自宅に向かう途中、織、紫南帆の父親と矣矩、葵矩の父親の姿。 ZEPHYRのアクセルグリップを戻した。 織がその音に気がついて、声をかける。 「こんばんわ。」 紊駕の夜遊びを、咎めることなく挨拶を交わす。 二人で飲んでいたことを説明して――、 「もう一軒いくか!紊駕も連れて。」 「おいおい、悪酔いしてるな。紊駕くんは中学生なんだぞ。」 足取りが怪しい矣矩に、呆れた顔で織。 大丈夫、紊駕は十分大人だ。と、こじ付けのようにいう。 そんな矣矩に、しかたないな、ラーメンでもいくか。と、紊駕に屋台を勧めた。 三人、屋台で――、 「これだよ、全く。」 隣で熟睡中の矣矩に織は溜息。 これでも、昔は全く飲めなかったんだぞ。と、紊駕にいった。 微笑する紊駕。 「淹駕は、酒もタバコも誰よりも早かったけどね。」 「……。」 織は酔い覚ましの水を飲みながら語りだした。 「今でも信じられないよ。あいつが医者に、なんて。……紊駕くんの前で何だけど、淹駕は、ま、いわゆる不良だったんだよ。」 紊駕は初めて耳にすることだった。 寡黙な父親で、自分のことについてなど、話したことがない。 「学業成績はよかったよ。男子にも女子にももてる奴でさ。」 半ば独り言をいうように織は続ける。 織が淹駕と出会ったのは高校一年生のときだという。 幼馴染の璃南帆と矣矩、三人は特別な関係に思えた。 「時代が変っても、変らないものって、あるのかもね。」 そういって、織は紊駕をみる。 「今の紊駕くんと葵矩くん。紫南帆は昔の淹駕たちにそっくりだよ。」 「……。」 高校生ともなると、異性感情が強く芽生える時期。 しかし、三人はその空間が自然だったという。 お互いをとても大切に思っている感じ。 静かな沈黙。 屋台のおじさんが食器をあらう水の音と瀬戸物がぶつかり合う小さな音。 時折、木々が風に吹かれてざわめく。 「淹駕は、家の関係でアメリカに引っ越すことになった時ね……」 紊駕の祖父も医者で、アメリカ、ニューヨークにて家族総出の移籍が決まっていた。 それは紊駕も知っていた。 「あいつは、そんなこと一言もいわなかった。別れが辛かったんだと思う。……向こうで医者になったと、一言だけ書いた手紙をよこした。」 「でも、親父は戻ってきた。」 紊駕が口を開いた。 織が頷いて、何故だかわかる?と、問いかける。 紊駕が無言でいると――、 「後悔したくなかったんだと。」 「……。」 「後悔は、人生最悪の報いだっていってたよ。向こうでは良い話もたくさんあったらしい。もちろん、いい仲間も。」 結果的には企業、友人を裏切る形となってしまった淹駕の帰国。 でも。 「淹駕を信頼し、信用してくれた人なら解ってくれたと思う。淹駕は……俺がいうのもなんだけど、日本を、俺たちを選んでくれたんだよ。」 俺たちを選んでくれた。 織の目は酔っているせいなのか、少し潤んでいるようにも思えた。 「紊駕くん。何かを大切にするってことは、口で言うほど簡単なものじゃない。その度、誰かを傷つけたり、傷ついたり。……でも、俺は思う。」 淹駕の全ての行いは、大切なものを守るためだってこと。 自分を傷つけても他人を守る。 自分が恨まれても、他人を尊重する。 切なものは、必ず守る。 紊駕は空を見上げた。 いつの間にか、風は止んで、星空が輝いていた。 紊駕の心に一筋の光が流れ込んできた。 ――後悔だけはするな。 * * * * * * * * * * その頃、薪、青紫、黒紫、そして篠吾の四人は悪夢から覚めずにいた。 それどころか――、 「こら、ナメんなよ!十万だっていったろ。」 遍詈は薪の脱髪をつかんで、罵った。 薪の鋭い目つきに、 「何だ、その目はよぉ。お友達が殺されちゃってもいいのかなぁ?」 小ばかにするように語尾を伸ばして、薪の腹に蹴りを入れた。 「薪!」 「来るな!……大丈夫。こんくれ……ぇ。」 腹を抱えて、地べたにうずくまった姿勢で、青紫たちを制する。 青紫はたまらない思いで、薪を見る。 毎日、ドラッグを捌く手伝いをさせられた。 十万のノルマを達しないと、薪が暴行を加えられる。 「ごめん。本当にごめんな、薪。」 青紫たちが、涙声で謝る。 薪は、自分が青紫たちの代わりに暴行されることに、これっぽっちも恨みなどなかった。 むしろ、青紫たちが助かるなら、それでいいとさえ思っている。 もちろん、口には出さないが。 「白くなりたいな……。」 夜の海をみて、青紫は呟いた。 「雪みたいに……こんなに寒いのに。降らないね。」 青紫の顔は青白かった。 今にも倒れてしまいそうな細い体。 憔悴しきった顔。 「降らねーよ!」 薪は怒鳴った。 何だか、青紫が遠くへ行ってしまいそうな気がしたからだ。 元はといえば、自分が殆たちに目をつけられたのが原因。 もちろん、青紫たちはそんなこと思ってもいないが、薪にはたまらない思いだった。 「俺、帰りたい。」 小学生の篠吾は唇を尖らして、涙声。 「帰れよ、篠吾。黒紫も青紫も。」 薪は優しく口にした。 俺一人でなんとかする。 ノルマまであと六万。 そんな強いまなざしの薪に――、 「黒紫、篠吾と一緒に帰りな。」 「青紫……。」 黒紫はしぶしぶ兄の言うことをきいて、篠吾と家路に向かった。 二人、浜辺に腰掛ける。 冷たい風が吹き抜ける。 「何で帰んねんだよ。」 「……薪と一緒にいたいんだ。」 青紫はコートの襟に小さな顔をうずめた。 優しい笑みを薪にむける。 「んでだよ。……なんで笑ってられんだよ!」 薪は青紫から目をそむけた。 「こんな、こえー目にあって。青紫はカンケーねーのに!……言えばいーじゃねーかよ。俺のせいだって!俺のせいでこうなったって、言えばいいじゃねーか!!何で言わねんだよ、腹ん中じゃそうおもってるくせに!!何で、言わねーんだよ!!」 その瞬間、左頬に痺れが走った。 真剣なまざなしで、手を挙げる青紫。 「本当にそう思ってるの?」 いつも優しく垂れる瞳が、つりあがっていた。 口は真一文字で――、 「俺が、薪が言ったように思ってるって。思ってるのかよ!黒紫だって篠吾だって、そんなこと思ってるワケないだろ!!!」 「……ごめん。」 静かに呟いた。 唇をかみ締めた。 そうしないと涙がでそうだったから。 「ごめん。叩くつもりなかったんだ。大丈夫?」 青紫の冷たい指が薪の頬に触れた。 「……俺ね。初めて薪と会ったとき。本当に分かり合える友達になれるって確信した。」 いつもの優しい目が薪を見た。 月明かりに輝く水面を眺める。 「あの時。薪が俺を助けてくれたとき。頭ごなしに怒鳴ったよね。」 何で、てめーはそんなに弱ぇーんだよ! 男だったらやり返すことぐらいしろ!! 早口に一気に罵詈雑言を捲し立てられた。 「延々と言ってさ。そして、ハンカチを投げてくれた。くしゃくしゃの、ずっとポケットに入っていたような、ハンカチ。」 青紫は思い返して、失笑した。 もう一度、薪を穏やかな目で見つめる。 「あのとき。全てわかったような気がした。ああ。薪ってこういう奴なんだ、って。」 にっこり、大きくU字になる口。 青紫の最高の笑顔。 「……バカ、いってんじゃねーよ。」 嬉しかった。 両親を幼い頃なくした薪。 心のよりどころがなかった。 自分を解ってくれて、存在を認めてくれた青紫。 言葉にしなくても、態度にしなくても、心で理解してくれる。 いつも優しく、力強く。 時には厳しく、青紫は手を差し伸べてくれる。 これからも、ずっと――……。 「お前が弱かったから、見てられなかっただけだろ。」 照れ隠しの言葉、青紫はもう一度笑った。 「今でも覚えてるよ。先輩たちにからまれた俺をかばうように、一瞬でやっつけちゃったよね。かっこよかった、薪。どうしてこんなに強いんだろうって。……俺がもっと強かったら、薪にこんな苦しい目にあうことなかったのに……ごめんな。」 「そんなことねぇよ!」 二人とも苦しんでいた。 お互いを強く思うが故に。 「今から、虞刺のところにいこう。」 意を決意した青紫の顔。 「まさか、青紫……。」 「うん。もう薪があんな目にあわされるのヤなんだ。」 虞刺に立ち向かおう。 そんな無謀にも思える決断。 青紫の目は真剣だった。 「バカいうな。俺は大丈夫。」 「耐えられないんだよ。こんな、このままずっと……戻ろうよ。前みたいに。」 薪は低い声で否定した。 青紫を危険な目になんか、合わせられない。 「薪……大丈夫。いつも一緒だろ。ずっと、ね。」 「……。」 二人はきつく手を握った。 「えらく早かったなぁ。」 「六万捌けたのか?」 虞刺と遍詈は一様ににやついた笑みで迎えた。 静まり返った、湘南海岸公園。 覚悟を決めていた。 「死ぬときも、絶対一緒だからな。」 「もちろん、ずっと一緒だよ。」 小声で、二人会話をして――、 「ほれ、金はどうした、出せよ。」 今ならやれるかも知れない。 仲間は誰もいない。 薪は後ろの棒切れを握っている手に力を込めた。 「何してんだよ!」 虞刺が体一歩近づいた。 今だ。 「おら――!!」 棒切れは見事に虞刺の頭に命中した。 虞刺は叫び声をあげて、頭を抑える。 「ってめ、このやろ!」 「青紫、急所!!」 遍詈が襲ってくる前に、青紫が虞刺の急所に蹴りをいれ、虞刺は身もだえして、その場にうずくまった。 薪と青紫とで遍詈を殴る、蹴る。 おなかの肉にめり込む音。 顔の余分な脂肪が揺れる。 「このっ!今までよくも!!」 渾身の力を込めた青紫のパンチ。 しかし――、 「俺たちを本気で怒らせるなよ、坊や。」 虞刺が頭から血を流した姿でむくり、と立ち上がった。 遍詈も二人のパンチや蹴りなどもろともせず、青紫を抱え挙げた。 「うわ!!」 「青紫!」 薪もなんなく、抱えられた。 遍詈はそのまま、海へ向かう。 「てめーらの言いなりになるくれーなら死んだほうがましだ!放せこら!!」 「ほう。じゃ、死んでもらうか。」 言葉がいい終わる前に、荷物を投げるように遍詈は二人を軽々海へ投げ捨てた。 すかざず、虞刺が二人の頭を海に押し付ける。 「くっ……やめ……」 息が苦しい。 それでも虞刺たちは手を緩めない、浮かび上がろうとする薪たちを何度も沈める。 水が入ってくる。 肺が痛い。 意識が――…… 「……っい、青紫!薪!」 意識が朦朧とする中、かすかに頬に痛みが戻ってきた。 薄目を開ける。 「青紫、薪。」 「……み、紊駕……?」 浜に横たわっているらしい自分。 それを覗き込む、端整な顔。 後ろに撫で付けた髪は乱れ、雫が垂れている。 「紊駕さん……」 「気がついたか。」 青紫が起き上がろうとする背を優しくささえた。 周りを見回す。 虞刺と遍詈の大きな体が、横たわっている。 青紫がひとつ、くしゃみをした。 紊駕は脱ぎ捨てたと思われる温かいロングコートをその肩にかけた。 「紊駕さんもぬれて……」 「大丈夫だ。」 寄り添わせて、薪にもかけてやる。 「……。」 ありがとうございます。と、青紫は薪の分まで礼をいった。 紊駕は微笑して、遠くからの唸る轟音に、厳しい目をした。 「紊駕さん……」 青紫が恐怖のあまり、体を震わせる。 BLUESが戻ってきた。 無数のヘッドライト、エンジンの轟音。 「てめーら!」 そんな様子に臆することもなく、紊駕はBLUESの前に立った。 強かに濡れた体。 前髪をかきあげる。 「きっ……如樹 紊駕。」 BLUESの顔が引きつった。 「くだんねーこと、やってんな。」 「……。」 その瞬間、BLUESが何かに視線を奪われたが、 「紊駕さん!危ない!」 遅かった。 虞刺が薪が持っていた棒切れで紊駕に殴りかかったのだ。 遍詈もその巨体をゆっくり起こした。 「っつ……」 紊駕の端整な顔が歪む。 「てめ、俺たちをここまでコケにしてくれるたぁーな。」 虞刺の声が一段と低くなった。 「やっちまえ!!」 号令とともに、BLUESが紊駕一人をめがけて襲ってきた。 「紊駕さん!!」 青紫たちにはどうすることもできなかった。 しかし、紊駕は――、 「てめぇら、一人じゃなんにもできねーくせに。いい気になってんじゃねーぞ!!!」 紊駕がキレた。 あの冷静沈着でクールな紊駕が。 多勢に無勢、衆寡敵せず、そんな言葉を覆す勢いで。 疾風の如く――……。 * * * * * * * * * * 「紊駕ぁ――!!」 「紊駕!!」 遠くからの声。 氷雨と海昊だ。 地面にごろごろと横たわるBLUESを見て、 「何で何もいわんと、一人で乗り込んだりしたんや!」 「海昊の言うとおりだ。」 二人とも遣る瀬無い表情を作った。 心配したじゃないか。そう、氷雨は付け加える。 青紫が事情を説明するのにも紊駕は終始無言。 「最近、お前全然連絡とれねーし。もしかしたら、って海昊がいうから……」 端整に整った顔の眉間に皺がよった。 そして安堵の溜息。 青紫と薪を家に帰して、湘南海岸公園からでた。 ひとまず、三人、安全なところに腰下ろす。 「許せねぇ。」 紊駕が静かに呟いた。 「あいつら、許せねぇよ。」 低く、押し殺した声。 今にも爆発しそうだった。 怒りで体が震えているようにも見える。 「虞刺と遍詈か……やっかいな奴らだな。」 氷雨が空をにらんだ。 「何でや……」 海昊は唇をかみ締めて、紊駕に尋ねる。 悲しみと怒りが共存した切ない顔。 「何で、ゆうてくれんかったん。」 紊駕が顔をあげた。 「いつもそうや。一人で考えて一人で決めて、一人で実行してしもて。ワイは紊駕の何なん?」 熱い思い、こみ上げてきた。 氷雨が、海昊の名前を呟く。 「ワイは、ワイは紊駕のこと友達やと思うとる。せやから何でも話してくれる思うた。この一年半、短い間かもしれんけど、ワイにとって一番――……」 せやけど、紊駕には違うたみたいやな。 力なく肩を落として、溜息をついた。 「カイ……」 「……もう、勝手にせぇ。」 一歩的に話しをして、海昊は背を向けた。 一度も振り返らなかった。 そんな姿に氷雨は、何も言えずに紊駕と海昊を交互に見る。 そして溜息。 痛いほど伝わってくる、二人の想い。 午前三時。 ZEPHYRの音を最小限に抑えて、紊駕は帰宅した。 まだ辺りは真っ暗だが、じきに白んでくるだろう。 「……紫南帆、葵矩。」 玄関は明かりが灯っていて、鍵をあけると、母親と二人の姿。 憂う表情。 「ずっと、待っててくれたのよ。」 美鷺が言った。 最近の紊駕の様子に二人も気がついていた。 いつも聞こえるZEPHYRの遠慮がちな音。 いつになっても耳にすることがなかった。 紫南帆は心配になって、葵矩と紊駕の家に足を運んだのだ。 「悪い。」 部屋へと顎をしゃくる紊駕。 そんな様子に美鷺は、持って行きなさい。と、珈琲を差し出した。 問いただすことはしなかった。 「大丈夫?」 紫南帆は紊駕の傷を見て、顔を覗きこんだ。 静かに頷く。 「……また、族か?そんな怪我して。」 「他人のことより、自分を心配しろ。」 明日も部活の朝練があるんだろ、と葵矩に向き直る。 「紊駕ちゃん、傷、手当てしなきゃ。」 「大丈夫。」 「ダメ!」 紫南帆は逃れようとした紊駕を、少し強引に引っ張った。 手に湿った感触。 「紊駕ちゃん服濡れてる……」 風邪引く、との紫南帆の言葉にも、 大丈夫、と繰り返す紊駕。 葵矩は大きく溜息をついて――、 「……やめろよ。族なんて、やめちまえよ!あんや奴らと――……」 「紊駕ちゃん!」 最後前言い終わる前に、紊駕が胸座をつかみあげた。 突き刺すような、瞳。 「あんな奴ら、ってテメェ、侮辱してんなよ。」 「そんな意味でいったんじゃないだろ!」 「そう聞こえんだよ!」 「やめてっ、二人とも!」 二人の言い争いに、紫南帆が止める。 二人の気持ちは理解できる。 お互いも解っている。 葵矩ももう一言、訂正すればよかったのだが――、 「ああ、そうだよ。あんな奴らだよ!俺たちとは違う。ケンカばかりして――」 「飛鳥ちゃん!」 紫南帆の叱責が言葉を遮った。 言いすぎだよ。と、怒鳴る風ではなく、諭すように口にした。 「私たちにそんなこと言う権利ないんだよ。飛鳥ちゃんが、紊駕ちゃんのこと心配してるのはわかる。でもね、やめろ。なんてそんなこと強制しちゃ、ダメだよ。」 語尾を緩める。 葵矩は素直に紊駕に謝った。 頭を下げた葵矩に、 「……守ってやんなきゃいけない奴がいるんだ。」 紊駕は静かに口を開く。 「守りたい奴が、いるんだ。」 真っ直ぐな蒼の瞳。 芯が強く、ゆるぎない。 守りたいもの。 大切にしたいもの。 紊駕にはたくさんあって、全て壊したくないものばかりだった。 でもそれは、やり方を間違うと、容易に壊れてしまうものばかりで。 選択が紊駕を揺るがせる――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |