[ かいう 「……さん。海昊さん。」 つづみ てつき 坡と轍生は顔を見合わせて、 「海昊さん。」 もう一度、海昊の名を呼んだ。 「……。か・い・う・さん!」 四度目は、耳元で呼んでみた。 「え。あ、何?」 やっとのことで、海から目線を話し、こっちに向き直る。 今気づいたかのように、坡たちを見る。 坡は海昊の隣に腰下ろして、溜息を吐いた。 「どーしたんすか。ずっと、ぼっ、としましたよ。」 「……悪い。」 轍生も座って、何かあったんですか。と尋ねた。 海昊は、何にもない。と静かにいっては、また海を眺め見た。 夜の海。 潮騒の音。 「……。」 坡たちはもう一度、顔を見合わせて、首をかしげた。 BADの集会。 ひさめ 頭の氷雨は今日は来ないと知らされていた。 みたか 「紊駕は……まだ?」 「はい、まだ来てないみたいっス。」 周りを見渡したが、紊駕らしき男はいない。 ZEPHYRの音も聞いてない。 海昊は頷いた。 「海昊――。どーする。流す?」 遠くからの声に、 「ワイはまだええわ。ええよ、流したって。」 少し声を張って仲間を促す。 数台の単車が風を切りに出た。 「いかへんの、坡ら。」 坡と轍生は頷いて、座りなおした。 浜にもまだ数人残っている。 「……紊駕。」 しばらくして、海昊が見上げた。 ZEPHYRの重低音、安全な走行。 電灯に照らされ、濃い紫が輝くボディ。 細いシルエット。 「坡。皆、もう流しいったのか。」 海昊たちの前までくる。 坡はためらいを隠せずに、一部は残っていると、どもり気味で口にした。 あきらかに、紊駕は海昊を無視した。 紊駕の目には海昊は映っていなかった。 轍生もそんな二人を交互に見やって、坡と目を合わせる。 何かあったのかな。 少しの沈黙の後。 きさらぎ 「き、如樹さん!!」 異常に取り乱したBADのメンバーが弁天橋の袂から、砂に足を取られながら全力疾走。 息も切れている。 「どうした。」 相変わらずのポーカーフェイスだが、何事かと目を見張る。 「ぶ、BLUESの奴らがっ!!」 BLUESの虞刺、遍詈が乗り込んできた。 そう、仲間が告げた。 紊駕たちは一斉に弁天橋を振りかぶる。 「すっごい人数。戦闘態勢に入ってます!!」 あとから数人の仲間も転がるようにして、こっちにやってきた。 「何だって?みんな、出払ってますよ、如樹さんどー……」 坡の言葉を遮って、紊駕が前に出た。 その様子に海昊が、 「紊駕!まさかやろうなて、思うとらんやろな!」 紊駕の腕を引いた。 それを払いのける、紊駕。 とひろ 「どー考えても不利や!氷雨さんも斗尋さんも、皆おらん!紊駕!!」 引っ張り返す海昊に、歩みを止めない、紊駕。 それでも食い下がる、海昊。 「一人でやろう思うとるんか!そんなん許さへんで!ワイら、仲間やろ。紊駕!仲間やったら――」 「うるせぇ!!!」 海昊の必死の声を打ち破った。 頑として、動かない紊駕。 尖った蒼の瞳。 海昊を見下ろした。 「てめぇらに心配なんてしてもらいたかねぇ。俺は俺のやり方でやる。うだうだゆってんな!!」 精一杯。 最初で、最後の紊駕からでた優しい言葉だった。 「……それは、仲間やないゆうことなんか。……信用してへん、ゆうことなんか。」 「そう思ってくれてもいい。」 その瞬間。 誰もが息を呑んだ。 海昊の右ストレート。 初めて、紊駕に炸裂した――……。 「もう、ええ!ワレなんか、どうでもええ!!勝手に死にたきゃ、死ねばええ!!もう、心配なんか、せぇへん!!!」 「海昊さん!!!」 拳を力強く握り締めて、歯を食いしばった。 体が震えていた。 声がかすれていた。 瞳が、濡れていた。 結果は解っていた。 誰かを傷つけなければならないことを。 別れを、受け入れなければならないことを。 いつにも増して、冷たい風。 月のない、夜。 空は分厚い黒雲に支配され――、 シ マ 「ここは俺らの縄張りだぜ、何しに来た!」 弁天橋の麓。 BADの男たちが鋭い視線を向ける。 「ちょっとよぉ。そっちの特攻隊長さんに用があんだよ。」 ぐし 虞刺が、足元をふらつかせ、酔っ払っているかのような足取りを止めた。 「ああ?てめぇの分際で、ナメてんのか!」 男たちが一斉に構えた。 「やめろ。」 淡とした声に、浜が音をなくした。 響くのは、一定のリズムを刻む波音だけ。 「如樹さん。」 「俺ら二人の問題だ。手出しすんな。」 紊駕は長い腕を伸ばして仲間を制した。 赤く、後ろに撫で付けてある髪が冷たい風になびいた。 虞刺と向かい合う。 「へ、かっこいいじゃねーか。うちによぉ、てめぇにホレこんでる奴がいるワケよ。」 語尾を伸ばし伸ばし言ういいかたが、ねちっこい。 アレを見てみろ、と指差した。 「な……。」 弁天橋の上。 単車にもたれかかるようにして乗せられている、小柄で細身の男。 それを支える、巨漢。 せいむ 「青紫っ!」 「あいつ、意識朦朧としてっからよぉ、ダチがエンジンふかさしたら……。」 どうなるか、わかるよな。と、にやついた笑みを見せる。 黄色く並びの悪い歯。 へんり 向こうで、単車に手をかける遍詈が小ばかにした笑いを見せた。 「きたねーぞ。」 「ざけんな!このやろ!!」 「ってめ!!」 仲間の言葉に、紊駕は、黙れ。と静かに吐いて、虞刺をにらみあげた。 「ゆうこと聞けよ。なぁ、アタマ、悪くねーもんなぁ。」 「汚い手使いおって!えげつないでワレ!!」 「黙れ!!」 紊駕がもう一度叱責。 「みっ、紊駕……。」 「如樹さん……。」 波の高鳴りがこだました。 風が強く吹き付ける。 紊駕の長い前髪が滴れた。 自分たちより、低い位置の紊駕を、BADは呆然と眺め見た。 ヤ 「皆には手ぇだすな。こいつらは、俺とは何も関係ない。殺るなら俺一人にしろ。」 「いい度胸してんなぁ。目の前で跪かれたのは、初めてだぜ。」 虞刺は持っていた鉄パイプで紊駕の肩をついた。 担ぎなおす。 「いいザマだな。如樹 紊駕ともあろうもんがよ。たかがガキ一人、ラチられたくれーで、ごめんなさいってかぁ。」 高々と笑う。 「しかも、敵だぜ。あいつは、BLUESなんだよ。」 紊駕を蹴飛ばした。 強かにラリった口調。 呂律が回ってない。 高揚感が支配して、笑いがとまらない。 「紊駕!」 海昊が近寄るのを遮って――、 たきぎ 「薪たちはどうした。」 よぎる、あの小さな体。 震える瞳。 ・ ・ 「ああ?薪ぃ〜。ああ、あのナマイキなガキか。安心しろ。まだ、無事だぜ。」 「青紫たちをこっちによこせ。」 そのままの姿勢で、紊駕は凛とした瞳を虞刺に向ける。 虞刺はその顔に、唾を吐いた。 「気に入んねーなぁ。その態度がよ。返してくださいって頭下げろや!!すんませんでした、って頭下げろっこら!!!」 無防備の紊駕に、思いっきり蹴りをいれた。 「紊駕!」 「如樹さん!」 BADの仲間は歩み寄ろうとするが――、 「すみませんでした。」 暗い海に、低く、静かな声が響いた。 砂に晒される、長く赤い前髪。 海昊たちも呆然と紊駕を見つめた。 「ああん?きこえねーな。」 耳元で悪態づく、虞刺。 「すみませんでした!!」 虞刺が腹を抱えて笑った。 浜辺に響く、大声。 背をのけぞらせ――、 「こりゃ、いーや!!」 笑い、笑い、笑い。 BADの皆が屈辱感を顕わにする。 「ナメンじゃねーぞ!!」 虞刺が、語尾強く言い切ると同時に、担いでいた鉄パイプを振り上げた。 瞬間。 「……!!やっやめろー!!!」 紊駕は虞刺にではなく、弁天橋を向いて、叫んだ。 先ほど流しにいった、云十名のBAD。 BLUESに戦闘態勢。 誰かが先人をきった。 「おらぁ――!!」 「のヤロウ!!ナメンな――!!」 「ざけんじゃねーぞ!!」 後ろからの不意をつかれた攻撃にBLUESも振りかぶった。 「カイ!!」 弁天橋に気をとられていた虞刺に海昊がカウンターを食らわせた。 紊駕が止める。 「海昊さん!上行きます!」 「皆、戻ってきました。やるしかないっすね。」 坡が、轍生が。 他の仲間が、弁天橋を目指した。 「やめろ!!」 紊駕の必死の制止は届かない。 BADとBLUES、己を守る気などなく、攻め入る。 鉄パイプのぶつかる金属音。 肉と肉がぶつかり合う、不気味な物音と乱雑な言葉。 血の嵐。 次々と倒れ行く、人。 「やめろ――!!てめぇら、やめろぉぉぉ――!!!」 一瞬だった。 誰かなんてわからない。 ただ、皆の耳には地を這うような、地鳴り。 一台の、青紫を乗せた、単車。 真っ直ぐ、死のロードに向かった。 真っ暗な闇に吸い込まれる。 ――――――……。 一瞬の出来事だった。 鈍い音が、真夜中の浜辺に響き渡って、波音さえもかき消した。 鉄の塊が、暗闇を舞った。 黒い花弁と共に――……。 「青紫!!」 その信じられない光景に、いち早く反応したのは、紊駕だった。 「青紫!!」 投げ出されたその小さな体は、波打ち際にあった。 動かない。 紊駕が青紫を抱擁した。 冷たい体。 手に触れる、かすかに温かい液体。 血。 「青紫っ!」 耳元の言葉に、青紫が薄目を開けた。 「……みた……か、さ……ん……」 力ない、声。 息が浅くて速い。 「みたか……さん。俺、尊敬……していました……ずっと……」 「喋るな!救急車!!」 紊駕が呆然と立ち尽くすBADとBLUESに叱責。 「で、でも……警察……」 「ざけんな!!」 誰かの声に叫んだ。 事態を把握すれば、警察も来るだろう。 保身。 そんなのどうでもよかった。 青紫が助かれば。 「俺……白くなりたいです……ずっと、ずっと灰色だったから……」 血を吐いた。 「喋るな。喋らなくていい。」 優しく抱く。 冷たく震える体。 「せ……青紫。」 薪がよろけながらやって来た。 青紫は薪の名を口にしながら、力なく細い腕を伸ばした。 「ごめん、ね。約束。」 薪の手を握る。 小刻みに息を吐く。 大きく息をすった――、 「いつも、一緒に……死ぬときも一緒にって……ごめん、ね。」 「そーだよ。青紫、約束したよな。いつも一緒だって!死ぬときも一緒だって、ゆったよな。許さねーからな、死んだら、許さねーからな!!」 死んだら、ぶっ殺すぞ!!! 理不尽なことは承知で、薪は必死に涙をこらえた。 青紫は笑った。 「ありが……とう。薪のこと、……大好きだよ……」 「俺だって……俺だって。俺のほうこそ、礼がいいたかった。でも、言わねーからな。今は、嫌だ。今は、嫌だからな!!!」 薪はきつく、青紫の冷たい手を握った。 いつも、側にいてくれた青紫。 自分のわがままをゆるしてくれた青紫。 時には叱ってくれた青紫。 いつも、いつも。 温かい手を差し伸べてくれた。 これからもそうだと、信じて――、 「あり……がとう、ござい、ました……みたか……さん」 「……青紫。」 「……これで、白く……なれ、ます……よね」 青紫の優しく垂れる瞳が、次第に視界を失っていく。 「ありがとう。……たき……ぎ――」 いつも、差し伸べてくれた手が、力を失った。 「青紫!!」 紊駕の腕から奪い取るように、薪は青紫を抱きかかえた。 「せいむっ――――――!!!!」 冷たい。 頬も、体も、何もかも。 動かない。 優しく垂れる瞳も、U字になる、口元も。 青紫の最高の笑顔が。 動かない。 「……雪や。」 海昊が小さく呟いた。 皆が空を見上げる。 暗黒の空。 真っ白な粉雪が落ちてくる。 一九九一年、十二月十二日。 青紫は、真っ白な粉雪になった――……。 「薪。」 「……んだよ。」 紊駕の声に薪が振りかぶる。 「んだよ!!!」 紊駕の胸座をつかんだ。 「てめぇのせいだからな!!てめぇらのせいだからな!!なんで、青紫が死ななきゃなんねーんだよ!!なんで、なんで。青紫が死ななきゃなんねーんだよ!!!青紫を返せ!!青紫を返せよぉぉぉ――――――!!!!」 悲嘆な叫び。 わかっていた。 紊駕が悪いわけじゃないこと。 唇を強くかみ締めながら、紊駕をつかむ手を震わせながら。 「ちくしょうフザケンナ!!ちくしょう、ちくしょう、畜生っ――――――!!!!」 涙なんてでない。 涙なんて、でてこない。 薪のなくしたものは、あまりにも大きかったから。 一瞬で、はかなく、散ってしまったから。 「てめぇら虚勢はってんじゃねーぞ!!!」 紊駕の言葉、皆に降り注いだ。 「二度と。」 小さく低く、怒りを押し込める声。 「二度と、こんなくだんねー抗争おこすな!!!」 紊駕の蒼の鋭い目が突き刺さった。 皆の心に。 「起こすんじゃねー!!!」 命の尊さをかみ締めるように。 「……。」 ゆっくり、薪に向き直った。 薪はその澄んだ蒼を見つめた。 「BLUESを更生させろ。お前なら、できる。」 最後の、最後の紊駕からの餞別だった。 遠くから、サイレンの音が鳴り響いた――……。 * * * * * * * * * * 何度も、何度も同じリズムで白い砂浜を削る波。 あの日と同じ。 何一つ変わらない。 薪は弁天橋から海を眺めていた。 あの、悪夢から一週間。 薪の心の時計は止まったままだ。 一九九一年、十二月十二日。 青紫が息を引き取った、あの時間から――、 「薪。」 その声に、トレーナーの袖で目頭をぬぐって振りかぶった。 ひりゅう かいう 「飛龍 海昊っ。」 海昊は方エクボをへこまして、微笑し、薪の隣にたって海を眺めた。 「っ……」 薪もそれに倣う。 数分、二人何も言葉を交わさずにそうしていた。 「……あれから、紊駕に会うてへん。」 海昊が静かに口にする。 「連絡もとれんし、もしかしたらあいつ……」 「カンケーねーだろ。」 海昊の言葉にかぶせた。 鋭い目つき。 「俺にはカンケーねぇよ!」 「あいつらが、ネンショーからでてきはったら、一人でケリつける気ぃなんか?」 「てめぇにはカンケーねぇ。」 虞刺と遍詈は、少年院に送られた。 青紫の死は事故で片付けられた。 「れっきとした、殺人なんだよ!ネンショーなんかで済ますか!!」 そういった薪の目は、いつもにも増して鋭く、厳しく、憎悪に溢れていた。 「……その前にやらなあかんことあるやろ。」 海に背を向けて、手すりに寄りかかった。 空を見上げる。 「紊駕のゆうたこと。」 ――BLUESを更生させろ。 「忘れたんとちゃうやろ。」 「うるせぇ。」 薪は海昊をにらんで――、 「何で俺が指図されなきゃなんねんだよ!イヤなんだよ、族なんか!大嫌いなんだよ、如樹 紊駕なんか!てめぇらなんか!てめぇなんか、大嫌いなんだよ!!!」 弁天橋の手すりを思い切り蹴飛ばして、飛び越えた。 「わ、ワレ?」 この寒空の下。 波打ち際に向かって、全力で体を投げ出した。 「薪!ワレ、何考えとんのや!!」 海昊もすかさず後を追った。 二人とも、腰まで海につかる。 「はなせ!!」 「薪、こら、おちつけ!!」 薪は海昊の腕を振り払う。 「うるせぇ!!うるせぇ――!!」 「薪!」 海昊が右手を振り上げた。 「……。」 薪が落ち着くのを見計らって――、 「……死んでも、何もいいことあらへん。そんなこと、青紫かてのぞんでへん。せやから、薪……」 冷たい海から薪を引き上げた。 優しく微笑む。 薪の肩を叩く。 「ワレがもう、ワイらにかかわりとうないこと、わかる。せやけど……」 何もかも、全てが虚無だった。 毎日が無常で、空虚な時間。 ぽっかり、大きな穴が心に開いていた。 「何がわかんだよ。てめぇに、何がわかんだよ!!何もわかんねーくせに!!俺のこと、何もしらねーくせに……」 薪は唇をかみ締めて、その場にしゃがみこんだ。 語尾は乱雑だが、力なく零れ落ちた。 「わからへんわ、薪のこと。わからへんよ。ワイ、何も知らん。せやさけ、これだけは言える。……あいつらがネンショーから戻ってきはったら、絶対抗争が起こる。」 その前に、BLUES更生させな。 頭がいないあいつらかて、どうしてええかわかんのや。 今、何をすべきなのか。 「青紫の二の舞防ぐには、薪。ワレがやらな、誰がおるんや。」 優しく、薪の背を叩いた。 その手は温かかった。 「ワレにはものすご、きっつい試練や。せやさけ薪ならできる思うたから、紊駕かて……」 海昊は紊駕を想った。 「ワイな、あの紊駕の言葉。餞別やったと思うんや。」 ――BLUESを更生させろ。お前ならできる。 薪が海昊の目を見た。 「紊駕が辞めたっていうのかよ。族、やめたって、ゆうのかよ!」 海昊は頷いた。 「嘘だろ。そんなのヒキョーだよ、逃げてんじゃんかよ!」 「そうやない!」 海昊の叱責。 そして、優しい笑み――、 「そうやないんよ。……あんとき、青紫が投げ出されたときな。ワイら何もできんかった。正直、体、動かなかったんよ。せやけど、紊駕は救急車の要請して……保身なてあらへんのや。青紫が助かれば、自分なて、どうでもええのや。」 自分よりも他人。 自分のことはどうでもいい。 「これは、ワイの感や。親父さんの病院で、紊駕の幼馴染やと思う。見てもうたん。」 し な ほ きさし 紫南帆と葵矩。 とても自然体で、温かい空間。 お互いを大切に想っている。 「大切なんや、紊駕にとって。」 「……なんだよ。それじゃあ、俺たちが見捨てられたみたいじゃねーか。」 「そうやなくて。……ワイらが変わらな、思うたんや。紊駕なしでも……いつまでも紊駕に甘えるんやなくて、いつか。紊駕に会うたとき、胸張って会えるように。抗争なんて起こさんで……ワイは走るの好っきやさかいに。」 「……。」 誤解されても他人を尊重し、自分が傷ついても他人を守る。 そんな、紊駕のした行い。 間違いなワケあらへん。 「ワイは、紊駕のこと信じとる。せやから、薪、力貸してや。」 薪の目の前に温かく大きな手が差し伸べられた。 「飛龍 海昊っ……」 薪は一瞬ためらって――、 「ちっ、しょーがねーな。」 海昊の手をとった。 おおきに。海昊は笑った。 同情なんて欲しくなかった。 慰めなんかいらない。 ただ、優しく叩いてくれる温かい手と、いつも差し伸べてくれる手。 薪にはそれが必要だった。 恩ぎせがましく、お前のためと言われるのを何よりも嫌がる。 自分のことを知ったかぶりする奴も。 そんな薪の心を理解していた海昊。 二人は同じ一歩を踏み出そうとしていた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |