10
あすか
「やったぁ!!飛鳥先輩!やりましたね!」
あつむ
厚夢が抱きついてくる。
二対0。
いおる きさし
尉折たちがいない中、葵矩たちは勝利をおさめた。
「ばかが。」
東京T高の選手が悪態づいた。
・ ・ ・
「渋谷の公園通り行って来い。行ってマネージャーの死に顔でも見て来い。」
一斉に嘲笑した。
葵矩の脳裏にイヤ予感がほとばしる。
「……先輩。もしかして、間に合わなかったんじゃ。」
「尉折先輩たち……。」
皆が顔を見合わせる。
いぶき じゅみ
――檜 樹緑は預かった。傷つけたくなかったら明日のT高校との試合に負けろ。
S高は、試合に勝ってしまった……。
ユニフォームもそのままに、皆、一斉に渋谷に向かった。
――公園通り。
「さあて、皆さん。おそろいのようで。」
葵矩を先頭に、S高のメンバーが息せききってそして、足を止めた。
荒れた空き地に――、
るも や し き
「尉折!流雲、夜司輝。……檜。」
「先輩!」
樹緑の姿に皆、胸を撫で下ろす。
みたか
葵矩は紊駕に、感謝を込めて目で礼を言った。
そして、
「……君。」
樹緑を捕まえている、帽子をかぶった男。
細い体に切れ長の一重の瞳。
そう、郵便局で声をかけられた男だ。
てだか いおる
――豊違 尉折さんによろしく伝えてください。
ほどなくして、東京T高校サッカー部も一様ににやついた笑みを見せてあわられた。
「どーゆーつもりだよ!」
「そーだ、ふざけんな!!」
「樹緑先輩をはなせ!!」
皆、たまりにたまった鬱憤を晴らすかのように、暴言を吐きまくった。
「そろそろ始めても、いいか。」
東京T高の男たちが拳を握って、指を鳴らした。
乾いた音が一斉にこだました。
まさか、こいつら。
葵矩が目を見張った。
らく
楽がいいですよ。と、静かに頷いた瞬間、
「てめ!!何すんだよ!!」
「やめろ!厚夢!!」
T高が一斉に殴りかかってきたのだ。
厚夢は葵矩の声に防御にとどまる。
「皆も手だすな!!出さないでくれ!!」
冗談じゃない、こんなとこで乱闘なんて……それこそ。
葵矩はT高の殴りかける腕を何とか交わしながら――、
「キャプテンさんは、おバカじゃないらしい。」
樹緑を捕まえたまま、楽。
楽しそうに口元を跳ね上げる。
「先輩たち、思う存分やっちゃってくださいよ。」
「てめーらきたねーぞ!」
絶体絶命。
乱闘がバレたら、出場停止――……。
「なっ……。」
そんな緊迫状態の中、T高の男が地面に突っ伏した。
「お前っ、わかってんのか。お前らが手出したら、出場停止なんだぞ!!」
・ ・ ・ ・
楽は、うわずった声でその人物を見上げた。
「……紊駕。」
周りは沈黙。
「俺は、別に関係ねーし。」
「くっ、その通りだ。そろそろ突っ立ってんのも飽きてきたなぁ。」
紊駕の言葉に失笑して、闥士は相手の腹に一発ケリを入れた。
また一人、T高の男が地面を舐める。
「……クロスさんっ。」
楽がクロスに助けを求めるが、クロスは動じない。
「いい子じゃねーか。俺らを敵に回す恐さを知らないわけじゃないらしい。」
つがい
闥士はクロスを嘲て、津蓋に顎をしゃくる。
津蓋がその合図に走った。
「っく、先輩。やっちゃってください!!」
何が何でも出場停止に追い込みたいらしい。
楽は瀕死で叫ぶ。
「受験勉強で体なまってんじゃねーだろな、紊駕。久々に暴れるか。」
「お前は久々じゃねーだろ。」
闥士と紊駕は顔を見合わせ、苦笑しながら向かってくるT高を、葵矩たちサッカー部を守りながら、殴った、蹴った。
「葵矩!パクられてーのか。早く逃げろ!」
「……紊駕。」
やばいよ。
紊駕だって……。
葵矩はたまらない思いで、紊駕を見つめた。
「飛鳥先輩!ひとまず、隠れましょう!」
紊駕の言葉に申し訳ないと思いつつも、皆を避難させた。
警察が来るのも時間の問題だ。
やがて――、
「こら、やめろ――!!」
甲高い笛の音と、制服姿の、二人の警官が駆け寄ってきた。
万事休す。
葵矩たちは免れたとしても……。
「ご苦労様です。おまわりさん。」
警官の前に、いつの間にか集まった集団。
クレイジーキッズ
Crazy Kids。
ざっと数えても三十人強。
皆一様に渋カジルックで、警官を下から見上げた。
「……ま、またお前らか。」
「……Crazy Kids。」
警官が苦い顔をする。
「交番にでも行きましょうか。でもちょっと人数が多すぎて入りきらないかもしれないですね。」
闥士がレザーのパンツに両腕を突っ込んで、胸を反らした。
他のチーマーも一様に、口元を緩めた。
あさわ たつし
「……浅我 闥士。」
やっかいな奴らだ。と、顔に書いてある。
「こ、今度問題起こしてみろ。ムショ送りにしてやる!」
関わりたくない。とでもいうように警官は、その場を去ってしまった。
「かわいそうに。」
警官が去った後、紊駕が苦笑した。
「あいつら、ビビッてんだよ。前につかまった奴らが交番で暴れてよ。」
闥士も鼻で笑って、厳しい瞳を楽に突きつけた。
「楽、とかゆーふざけたヤロー。隠れてんじゃねー。出て来い。」
「くっそ。」
楽が樹緑をつかまえたまま、木の陰から姿を現した。
葵矩たちも、その姿を現す。
「紊駕、ありがとう。……それから、Crazy Kidsの皆、さんも。」
葵矩のお礼に、変な奴。と、闥士は一笑に付す。
そして、葵矩は楽を見た。
なんでここまで……?
皆も黙して楽を見つめた。
「……尉折。この人ね。」
樹緑が捕まえられた状態で、ゆっくり口を開いた。
「尉折の弟なのよ。」
――尉折の弟。
皆も驚いたが、当人が一番目を丸くしていた。
「……そうだよ。その通りだよ。尉折兄さん。」
「……。」
葵矩も寝耳に水である。
弟?
そして――、
「もしかして……お前、母さんの……。」
尉折の言葉に、楽が尉折を睨んだ。
「あの人は、今でも尉折さんを想ってる!……一緒に暮らしたいって想ってる!!」
叫びのような大声。
そうだ。
尉折、言ってた。
本当のお母さんには、新しい家族がいる……って。
葵矩は尉折の言葉を思い出す。
そして、楽を見た。
――母親の再婚相手の連れ子。
「尉折さんが……全国大会に出場するって知って。母さん喜んでた。あの人は、俺を愛してくれない!!」
新しい母親。
しかし、自分を通して尉折を見ていた。
俺だって、レギュラーになろうと頑張ってたのに。と、一人ごちるように楽は呟いた。
「意地悪してやろうって思った。尉折さんの大切なもの。奪ってやろうって思った。」
樹緑にナイフの刃を向けた。
「ざけんなよ。」
右拳を握って、尉折が低く言う。
「自分だけが、悲劇のヒーロー気取りすんな。んなことで、皆にメイワクかけたなんて許さねぇ。樹緑をこんな目に合わせたなんて、許さねぇ。」
楽を睨んだ。
今にも飛び掛りそうだ。
「そんな、ことだと……そんなことだと!!俺の気持ちわかんのかよ!!」
楽が取り乱した。
「じゃあお前、俺の気持ちわかんのかよ!俺と樹緑の気持ち、わかんのかよ!!ずっと親だって疑わなかった人たちが違うってわかって、樹緑の本当の両親と親父はもう他界してて、母親は再婚してた。お前、本当の父親いるんだろ?俺らは誰もいなかった!!」
一気に吐き出した。
葵矩以外、サッカー部の皆は初めて聞く尉折の境遇。
「憎んださ。恨んだよ、両親を。でも、でもなあ。母さんが幸せだって知って、俺は嬉しかった。誰かを傷つけても、しかたないって。自分の幸せは、自分でつかまなきゃならないんだって。わかったんだよ!!」
尉折は真っ直ぐ楽を貫いた。
深呼吸。
「俺の一番大事な樹緑に、傷一つでもつけてみろ。生かしとかねーぞ!!」
「……尉折。」
樹緑が涙ぐんだ。
皆も黙って見つめた。
他人の奥底の悲しみや苦しみは誰にもわからない。
いくら悲観的になっても、結局は自分、最後は自分で何とか克服せざるを得ないのだ。
いくら他人を傷つけても、憎んでも。
傷は癒えない。
余計虚しい。
何も、生まれない。
自分で打ち勝つしかないのだ。
幸せをつかむしかない。
それを手助けしてくれるのが、愛する人、親、兄弟、そして友人……。
「ごめんなさい……。」
楽の手からナイフが落ちた。
「樹緑。」
尉折がしっかりと樹緑を抱きしめた。
「ごめんなさい……わかってた。自分が惨めになるだけだって。でも、尉折さんたちみたら、悔しかった。幸せそうだった……。」
唇をかみ締めて、小さな声で口にする楽。
尉折は楽の肩を優しく叩いた。
「頑張ってレギュラー目指せ。全国にでてみせろ。」
「尉折……兄、さん。」
葵矩はその光景に小さく溜息をついた。
が、しかし――、
「クロス!お前、この男と組んでたんだろ!」
のりと
祝が口火を切った。
そのう
弁もそうだよ。流雲を刺すなんて。と、声を上げる。
「親友だろ!」
弁の声に、今まで黙していたクロスが顔を上げた。
「親友?……別に。こんな奴。親友なんて思ったことない。」
ぼそぼそと低い、抑揚のない声で、目をそらして――、
「楽がS高をハめたいってゆうから、丁度いいな、挨拶がわりに乗ってやろうって、さ。」
「は?何いってんだよ。それで、流雲を刺したってのかよ!!」
鋭い瞳を祝と弁に放って、仏頂面で続けた。
流雲と夜司輝の顔は見ない。
「お前ら、中坊のときT高推薦蹴っただろ。だから有名だったよ。T高の奴らもお前らに勝てるなら乗るってゆってきたから。おもしれーと思って。」
「何でだよ。何で、面白いって思うんだよ。流雲たちが苦しんでるの見て、楽しかったのかよ!!」
弁の大声に――、
「ああ。楽しかったよ。」
「……。」
葵矩は何もいえず、クロスを見つめた。
やる気のなさそうな、どうでもいい、そんな表情。
「うそ、つくな。」
夜司輝が前に出た。
もう一度、嘘をつくな。といって――、
「本当は、流雲がうらやましかった。……そうだろ?」
クロスの顔色が一瞬変化した。
ひはる
「姫春。」
その様子を黙ってみていた闥士がクロスの隣の少女の名を呼んで、流雲を顎で指し示した。
「吐けよ。お前の今でも好きな奴。そいつのことだろ。」
だからクロスが、バカなことやらかしたんだよな。吐き捨てるように言った。
「……クロス。」
「ムカツクんだよ。流雲のいつも、いつも自信に満ちたその顔、性格!いつも勝手やってるくせにっ、何も努力してないくせに!!」
クロスが取り乱した瞬間、乾いた音が響いた。
「……夜司輝。」
流雲の小さな声だけが皆の耳に入った。
夜司輝は右手をあげたまま――、
「いい加減にしろ!!」
初めて見せる、夜司輝の真剣に怒った顔。
皆もはっ、としてクロスに目を向けた。
「クロス。お前、流雲の何を見てきたんだ。流雲の何を見てきたんだよ!!流雲が努力してなかったか?努力、してなかったかよ!!」
「夜司輝。いいよ、やめろって。」
流雲が夜司輝をひっぱったが、それを振り払って、
「流雲は黙ってて。……クロス、本当はわかってる。本当は知ってる。流雲がどれだけ努力して、色々なこと乗り越えてきたか。簡単に何でもやってこれたわけじゃないこと。いつも、陰で努力してきたこと。本当はわかってる。でも……うらやましかったんだろ。」
呼吸を整えた。
「流雲は知ってたよ。椿さんが、自分に好意をもってたこと。クロスが、椿さんのこと好きだったこと。……流雲の優しさ、強さ、本当は知ってたよね。クロス、……わかってたよね?」
夜司輝がうつむく、クロスの腕をつかんでゆすぶった。
「親友なんかじゃない。……俺は、流雲を友達なんて……思ったこと、ない。」
「……。」
流雲……。葵矩は心の中で呟いて、流雲をみた。
いつも笑顔で冗談をふりまく流雲。
でも時にはとても大人びていて、正しくて、強く優しい。
「モロ。……それでもいい。でも俺はモロのこと、友達だと今でも思ってる。」
流雲がクロスに近づいた。
「本当は、刺す気なんてなかった。そうだろ?」
クロスが驚いて、流雲を見た。
流雲の優しい瞳を振り切った。
「違う。お前を傷つけようとしただけだ。サッカーなんて二度とできないように……」
「じゃあ、何で右を刺さなかった。」
「……ぐっ、偶然だ。」
流雲が首を振る。
「違う。本当に俺にサッカーをやらせたくなかったら、迷わず右を刺したよ。」
右腿のほうが刺しやすかった状況。
クロスは一瞬迷って、そして、左にナイフを振り下ろした。
「あのあと、後悔してくれたんだろ。」
「……違う。……違う。」
長く黒い髪を振り乱して首を振る。
「クロス。もう、やめて。」
姫春がクロスの腕をとった。
そして、流雲を見る。
「ごめん流雲くん。あたしのせいなの。あたしが……」
――流雲くんのこと、忘れられないから。
皆の前での告白。
姫春は涙目で、流雲に思いを伝えた。
「ごめん。俺、好きなコ、いるから。」
真剣なまなざしで、流雲は姫春に謝る。
「わかってる。……ごめんね。……ありがとう。」
姫春は頷いて、あたしにはクロスがいるから。と付け加えた。
流雲が優しく笑う。
「ったく。付き合ってらんね。帰っぞ。」
言葉は乱雑だが、闥士はもう大丈夫だろうと、仲間を散らした。
そして仲間が場を去ったあと――、
「……流雲。悪かった……ごめん。謝っても許してもらえないことわかってる。でも、ごめん。」
クロスが流雲の目の前で跪いた。
何度も謝罪の言葉を繰りかえす。
流雲は口元を優しく緩めて、手を差し伸べた。
「顔、あげてよ。へーキ。本当に、大丈夫だから。」
「……本当は俺、流雲のこと。」
最高の友人だって思ってる。
二人は握手を交わした――……。
葵矩は紊駕にもう一度、礼を言って、皆を宿舎へと促した。
心なし、皆無口だった。
皆、想っていた。
尉折の樹緑に対する気持ち。
樹緑の尉折に対する気持ち。
楽の気持ち。
流雲のクロスに対する気持ち。
クロスの、姫春の。
夜司輝の気持ち。
皆の、気持ち――……。
「なぁ、そういえば、流雲の好きなコって誰?」
「あ、そーだよ。誰、誰?」
「え?そっれは〜飛鳥せんぱいに決まってんじゃん!!」
流雲がいつのも笑顔。
「そーんなジョーク通用するか!これ、誰だよ〜教えろ〜!!」
皆が流雲をつついている。
葵矩はそんな様子を見守って、
必ず掴み取ろうな。
全国制覇。
あと三勝。
力強く頷いた――……。
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