5
「カフス!」
ふいに後ろからの声。
まつる
「祭か。久しぶりやな。」
「おう。神奈川いくゆうてたやろ。まさか、ホンマ全国で会えるなて思ってへんかった、せやけど、やったなぁ。おめっとさん。」
関西弁特有の早口で話しだした。
きさし
「ワレもおめでとう。順当に行けば準決やな。葵矩。ワイの友人や。」
そういって、カフスは男を紹介した。
うりばやし まつる
大阪代表S高校、瓜囃子 祭。
大柄のその男は満面の笑みで葵矩の手を取った。
「めっちゃうれしいわ。選手宣誓めちゃめちゃかっこいかったで。去年の大会も見せてもろたし、感激や。よろしゅうな!!」
手を取られたまま頷いて、かろうじてありがとう。と、だけいえた。
早口なので口を挟む間がない。
「何か、テンポについてけない。」
あつむ
厚夢たちも呆然としている。
かいう
「そや。海昊、こっちにおんねんで。」
「ホンマ?」
しぶき
「飛沫ちゃんもや。懐かしいやろ。ワイも驚いてんで。」
二人はお構いなしに、早口のまま昔の思い出に話を咲かせて――、
「ほな、準決で会おな。」
「おう。」
関西弁の会話が終わった。
「大阪……カフス先輩の前の学校ですか?」
「いや。あいつとは小、中学校が一緒やったん。一緒にサッカーしとってな。」
るも や し き
「へー。流雲と夜司輝みたいなんですかね。」
そのう
弁が納得するように口にした。
「へー、あの二人も小学校からなん?」
「っていうか。幼馴染ですから。たぶん幼稚園よりも以前からじゃないですか。サッカーもサーフィンもいつも一緒でしたから。」
「……クロスも一緒だったよな。サーフィン。」
のりと
祝がこの間のクロスを思い描くように呟いた。
ふかざ
「何か。この間会った感じだと、クロスって人と吹風先輩じゃ……」
合いそうにないですよね。と、厚夢が続けようとして、
「あ!!」
尉折の突然の言葉に遮られた。
皆が尉折の視線を追いかける。
じゅみ
列を少し離れた所に、樹緑が誰かと話しをしているのが見えた。
樹緑より、十センチほど背の高い男。
帽子をかぶっているので、ここからでは顔は見えないが――、
「何だ何だあのやろう。俺の女にぃ〜。」
拳が握られ、
てだか
「お。樹緑ちゃん、ウワキ現場発見。ええやんええやん。豊違だって毎日やっとるん……」
カフスが最後まで言い終わる前に、尉折の姿が消えた。
「お。乱闘?乱闘?見に行こう!」
「おっれも〜!」
せっかく列に並んだのに、皆が抜け出した。
ったく、迷惑だろ!!
と、葵矩は心の中で叫んで、本当に乱闘とかになったらまずい。と、すぐさま翻した。
人と人の間を縫って、尉折を追いかける。
何度も人とぶつかりそうになって、ぶつかっては謝って――、
「樹緑!」
尉折が樹緑の名前を呼んだ。
葵矩からはまだ遠かったが、去り際の男の姿。
どっかで見た男……気のせいかな。
「何だよ!今の男。」
尉折が樹緑を捕まえる。
葵矩もやっと二人の下へたどりついた。
樹緑はどうしたの。と、平素な顔で、尉折をみた。
「どうしたの、じゃねーよ。何話してたんだよ。」
尉折のその言葉に樹緑はムッ、とした顔をして――、
「何よ。ふーん。自分はいつもナンパとかするくせに。私が他の男の人と話したりしてるとそーやって怒るんだ。」
「なっ、何だよ。」
尉折がバツの悪い顔をする。
「そーや、そーや。」
カフスがはやし立てた。
カフスを睨んでから、バツの悪い顔に戻す。
「それはなぁ……。」
葵矩はこっそり溜息。
だからいわんこっちゃない、平素の行いが悪いんだぞ、尉折。
心の中で呟いた。
「ばかね。ただ、道を尋ねられただけよ。」
樹緑は大人っぽい笑みを浮かべて、尉折の胸を軽く押した。
「……ほーんとかよ。」
「別に、信じないならそれでもいいけど。」
と、先を歩き出す。
後輩にまで自業自得。と言われ、尉折はしおらしく列に並びなおした。
一枚も二枚も樹緑のほうが上手である。
そして、ようやく賽銭箱の前まできた。
顔の前で手を叩く。
全国制覇。
今年こそ、必ずできますように!!
迷いはない。
願いはただひとつ。
瞳を開く。
――絶対優勝。
明日が初戦、山口県代表T高校との試合。
常連校のT高校。
初戦の相手には申し分ない。
ほしな
「あー、吹風先輩に、星等先輩!」
練習場に向かって――、
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「へへん!遅起きは三文の徳さ!」
いつものジョークフェイスの流雲。
わけのわからない諺を飛ばす。
夜司輝は失笑。
「おっ前!ド派手なスパッツなんかはきやがって。独りでめだってんじゃねーぞ!」
尉折が流雲に飛び掛ろうとしたのを、
「あ!尉折先輩!」
夜司輝が焦って声を出す。
流雲の直前で停止。
「何?」
「あ……いえ。あの……」
言葉を失っている夜司輝を見て、
「かっこいーでしょ。僕だから似合うんですよ。僕だから!」
真っ赤なスパッツを見せびらかす。
傷を隠すカモフラージュ。
「この。お参りにいかなかったお前なんか、バチが当たるぞ!」
「ぐえ!」
尉折が流雲の首をしめて――、
「ほれ、バチだ、バチ。」
「ぐるじ……。」
そんな様子を見て、葵矩は、全く仲がいいんだから。と、呟く。
「こーら。始めるぞ!」
「はい。あすかきゃぷてん!」
駆け寄ってきた流雲。
「それ、やめろって、先輩、にしてくれ。」
「もうてれちゃって。せんぱいったら。」
葵矩がはにかむのをからかう流雲。
いつもと何ら変わりない。
足の怪我以外は。
「さんきゅう。」
流雲は自分をかばってくれた夜司輝に目配せをした。
「……。」
そして――、
「走れ走れ!!」
「もっと周りみて!!」
「広がれー!!」
グラウンド中、声が飛び交い青空に響き渡る。
容赦なく練習は流雲の足を痛めつける。
息切れ。
尋常じゃない汗。
夜司輝も気が気でなくフォローするが、無闇にするとバレてしまう。
応急処置をしたとはいえ、病院にもいっていない。
昨日の今日でこんな激しい運動をするなんて。
赤いスパッツの下に白い包帯に包まれた傷。
痛くないはずがない。
それでも流雲は足を引きずらない。
「……飛鳥先輩。」
たまらなくなって、夜司輝は葵矩の元へ――、
「ちょっと、休憩とりませんか。俺……少し疲れちゃって。」
「……。」
葵矩が珍しいな。と、夜司輝を見た。
「ははーん。俺たちより先に練習してっからスタミナ不足かい夜司輝くん?」
尉折が茶化す。
夜司輝は頭をかいて、そんなところです。と、乾いた笑をして謝った。
「よし、わかった。皆――!十分休憩だ――!!」
葵矩の声に皆散り始めた。
「……流雲、へーき?」
夜司輝はほっと、胸を撫で下ろして、流雲に駆け寄り、流雲の肩を支えた。
流雲はバレるから。と、いって優しく断ると、
「……ありがと。夜司輝くん、大好きよ。」
抱きついた。
「……流雲。」
だらりと、夜司輝の肩に腕をのせ、しばしそのまま顎も肩に乗せる。
「もう少し、このまま。……疲れた……。」
「……。」
頭も背中も、汗でびっしょりだ。
相当な激痛に違いない。
「何、男同士で抱き合ってんのよ。いやらしい。」
つばな
茅花はそういって、タオルを流雲に渡した。
「さんきゅう。茅花ちゃんってばやきもちやいちゃって。僕ってば罪な男だなぁ。」
「なっ、何いってんのよ!ばか。」
真っ赤になった茅花。
しかし、心の奥は心配でたまらない。
思わず、左腿に目線がいってしまう。
流雲は、水場で頭から水をかぶった。
蛇口を開いたまま、しばらくそのまま浸し、呼吸を整えた。
そして、皆の目を盗んで、包帯を代える。
真っ赤に染まった包帯。
「……流雲。」
夜司輝が心配して言葉を飲み込んだ。
ムリだよ。ますますひどくなる。
「くっそ!」
流雲は地面を叩いた。
動きたくても動けない。
動いてくれない。
苛立ち。
いつもは見せない厳しい目つきをして、前髪をかきあげた。
「練習戻ろう。」
「……流雲。」
再び、過酷な練習が再開された――……。
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