V -FEELING-
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     るも
 「あ、流雲。何してたんだ、お前?」
  ふかざ
 「吹風先輩〜。」

グラウンドに戻ると皆、不思議そうな顔をする。

 「へっへ〜ちょっとかんとくとウワキしてたの。」

皆でこけるリアクション。

 「僕はねぇ。巧いから練習しなくっていいって。やっぱ僕だなぁ。」

 「ばかか、そりゃ、ヘタで俺たちの足手まといになるから、練習すんなってことだ。」

 「そーやそーや。」

 「明日レギュラーはずされるぞ。」

皆がわいわいとはやし立てる。
                  あすか
 「げ。そうなの?どーしよう、飛鳥せんぱい。」

流雲がノッたので、さらに大うけ。
きさし
葵矩も微笑する。   つばな
そんな様子を遠くから茅花は見ていた。
そして――、
        とゆう     じゅみ
 「……ね。都邑。樹緑先輩は?」

はたっ、と気づく。
樹緑の姿が見えない。

 「え?樹緑先輩?……そういえば、ゲーム前に誰かと話してたような……。」

人差し指を顎に添えて、周りを見渡した。

 「誰かって?」
            てだか
 「さあ。あ、何か。豊違先輩とケンカしてたみたいですよ。全く、ケンカするほど仲がいいっていうか。」

 「……。」

で、今は何処にいるのよ。と、茅花の脳裏にいやな予感がほとばしった。

 「そっか。」

しかし、都邑の前では平然を装った。
そして、樹緑を探した――……。


 「吹風くん。」

 「はい?」

練習が終わり、宿舎に戻ると、宿舎の人が流雲に手紙を手渡した。
いいわね、もてて。と、笑顔。

 「どーも。」

にっこり流雲も笑顔を返すが、何だか胸騒ぎ。
周りを気にしながら封をきった。

 「……。」

 「吹風!」

そこへ、茅花が息せききってやってきた。
流雲の前で膝に手をついて――、

 「ごめん。……どうしよう。……やっぱり……」

樹緑先輩、何処にもいない。
       いなはら
 「本当?稲原さん!」

夜司輝もやって来た。
今にも泣きそうな茅花。
       ほしな
 「ごめん。星等くん……あたしがちゃんと……」

夜司輝は茅花に大丈夫。と、優しく言って――、

 「……流雲。」

 「やられた。」

流雲はさきほど受け取った手紙を握りつぶした。
   いぶき  じゅみ
――檜 樹緑は預かった。傷つけたくなかったら、明日のT高との試合に負けろ。

 「……脅迫状。」

明日の東京A代表T高校との試合に、負けろ。

 「どうしよう。」

夜司輝は、

 「とりあえず。皆に知られたら、まずい。……稲原さん、樹緑先輩は家の用事か何かで帰ったって。」

冷静に判断して茅花にお願いした。
一抹の不安を抱えていたが、それしか方法はない。
そして、樹緑を探さなくては。

 「相手の目的は……何?」

皆の目を盗んで、三人で話しをした。
流雲を傷つけて、樹緑をさらって、そして試合に……。
負けるわけにはいかない。

タイムリミットは、明日の十時。
皆に知られないように、樹緑を探し出さなくては――……。


 「あれ、樹緑先輩は?」

 「そういえば、いないですね。」

 「何か、マネージャー言ってたけど、家の用事だって。」
               いおる
それを耳にした葵矩は、尉折に尋ねた。
         かあさん
 「……ああ。養母がきててさ。ちょっと会いにいってるんだ。」

 「……そう、なんだ。」

葵矩は頷かざるを得なかった。
尉折は葵矩にそう答え、遠く、厳しい目をした。

 「茅花ちゃん。」

夜、尉折は茅花に声をかけた。

 「あ、尉折先輩。どうしたんですか?寝ないんですか?」

茅花の笑顔に――、

 「樹緑は?」

 「え?」

 「樹緑は何処だ。」

 「……え。だから……家の用事……」

茅花の声がうわずった。
尉折の真剣な顔。

 「嘘つくな。」

尉折に腕をつかまれたまま、茅花は下を向いたまま言葉を詰まらせた。

 「いおるせんぱーい。何つばなちゃんとコソコソしてんですか。あやしーですよぉ。」

 「吹風!」

救いの神、とばかりに流雲と夜司輝を見た。

 「流雲。お前、俺らと風呂入らなかったよな。」

尉折はマジメな表情を崩さない。
                ・  ・
 「へ?あ、あー。だから生理だってばぁ。」

流雲を一瞥。

 「めずらしいな。夜司輝が自分から練習休憩にするなんてさ。」

 「!!」

 「なぁ!」

 「痛っ!」

思いっきり、尉折が流雲の腕を引っ張って、長袖のシャツを捲し上げた。
いつものように、えっち。などという余裕はない。

 「……何だよ。……何だよ、このアザ!!」

 「尉折先輩、しっ。」

夜司輝が思わず尉折の口元をふさいだ。
その手を軽く振り払って――、

 「樹緑と俺の両親いないんだ。……俺らの親、いないんだよ!俺ら、一緒に暮らしてんだよ!」

三人の顔つきが変わった。

 「養母はいても。俺に黙ってあいつがどっかいくはずないだろ!」

 「……すっ、すみません。」

三人は頭を下げた。
バレるはずだった。

 「どうしたんだ。何があったんだよ!」

三人は洗いざらい話すしかなかった――……。


話しを終えた後、尉折は思い切り壁を叩いた。

 「くっそ。」

そして、流雲を見て――、

 「お前……よくそんなんで……ばかやろう。」

たまらない思いで、流雲を自分に引き寄せた。

 「……痛いっすよ。」

軽く苦笑い。
よくがまんしたな。と、尉折は流雲を労った。
皆に心配かけまいと。

 「……皮肉だな。仲間なんだろ。」

クロスのことを言った。
夜司輝が頷く。
茅花は黙ったままだ。

 「茅花ちゃん。明日の試合に間に合うように戻ってくる。だからそれまでどうにか皆を……」

 「どうにかって……戻ってこれるんですか?」

涙声。

 「大丈夫。きっと戻ってくるから。樹緑を連れて帰る。」

 「……でも向こうは、ナイフとかもってるんですよ。危険ですよ。乱闘とかになっちゃったりしたら。……だから、吹風も何も手ださなかったんでしょ。あのとき。何もしなかったんでしょ?」

何度蹴られても、何度殴られても。
流雲は手を出さなかった。

 「……。」

 「……えらかったな。お前。」

尉折は流雲の茶色い頭を撫でた。
でも。と、表情を変える。

 「樹緑に手ぇ出した奴。俺は生かしとかねぇ。」

低く、怒りを押し込めた声。
一体樹緑は何処にいるのだ。
無事なのか。
タイムリミットまで、あと十時間。

尉折が行動した。

 「尉折先輩。」

流雲と夜司輝も。

 「飛鳥たちにはてきとーにごまかしといてくれ。ナンパとか、さ。」

ウインク。
こんなときも関わらず。
こんなときだから、尉折は冗談ぽく茅花にいった。

 「そーそ。」

流雲も。

 「俺も行くからね、流雲。」

有無を言わせない、夜司輝。
               ま あ ほ
 「じゃあ、夜司輝くんは茉亜歩さんとデートってことで。」

 「……。」

言い終わるか終わらないか、三人は外へ飛び出した。
茅花はしばらく立ち止まったまま、三人の後姿が見えなくなるまで見つめていた――……。


 「尉折たち、どうしたんだろ。」

その頃、部屋では、葵矩とカフスのみ。
ベッドに腰下ろしたまま、ドアを見た。

 「夜遊びでもいったんとちゃう?」

ベッドに横になって、うつぶせ状態でサッカー雑誌を読んでいたカフスが呟いて、

 「ガキやないんやし。心配することあらへんて。せに。」

雑誌を閉じて――、

 「この状況。ワイはめっちゃ嬉しいで。」

 「だぁーっ、ちょ、カフス!」
                  ・  ・  ・  ・  ・
腰を下ろしていた葵矩の上にのっかった。
ベッドに押し倒される。

 「かっわいーの。葵矩って。ジョークやジョーク。ワイかて一応ノーマルなんやから。」

 「カっ……あのねぇ。」

体を起こして、何故か赤面の葵矩。
カフスを睨む。
               ・  ・  ・  ・  ・
 「あ、もしかして葵矩、そっちの気ある?」

 「ない!!」

カフスはさもおかしそうに喉で笑いを押し込めた。
このやろ……。と、葵矩はもう一度カフスを睨んで、

 「夜司輝もいないなんて。……俺、ちょっと見てくる。」

部屋をでた。
いてもたってもいられなかった。
溜息をひとつ。
何か胸騒ぎがする。

去年のことを思い出す。
夜司輝と茉亜歩が付き合い始めたのはこの時期だった。
尉折の樹緑に対する気持ちが揺れて、別れかけたのも。
他校の選手たちといざこざがあったりもした。

今だからだろう。
思い浮かぶのは、何だかよくないことのほうが多い。
再び溜息。

 「……あ。あれ。飛鳥先輩。どうしたんですか。こんな時間に。」

あたかも偶然を装って茅花は葵矩の前に姿を現した。
流雲たちを見送った後、部屋に戻ろうとしたら、葵矩の姿を見つけてしまったのだ。

 「稲原……ねぇ。尉折たち知らないかな。」

茅花は身構えた。

 「え?尉折先輩ですか?……そういえばちょっと前に吹風と外出するような格好はしてましたけど……。」

 「え?」

 「……またナンパとか何かじゃないですか?あの二人のことですから。」

茅花は、ごめんなさい。と、心の中で流雲と尉折、そして葵矩に謝る。

 「……そう。」

葵矩は頷く。

 「……夜司輝は?知らない?」

 「あ、星等くんはですね……や、ですね先輩。デートですよデート。」

葵矩はその言葉に、茉亜歩さんが来てるんだ。と、言った。
茅花は、それくらいしか考えられないじゃないですか。と、言葉を濁し、

 「心配ないですって。それより早く先輩、体休ませてください。明日は試合なんですから!」

無理やり葵矩の背中を押した。

 「う、うん。ありがとう。稲原も体休ませてな。……おやすみ。」

葵矩は、茅花の動向を少し訝しく思ったが、とりあえず部屋に戻ることにした――……。


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