V -FEELING-
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神奈川三ツ沢グラウンド――。
  みたか
 「紊駕!」
きさし
葵矩は紊駕と紫南帆、両親たちを見つけると、挨拶もなしに紊駕を引っ張った。

 「頼む。お願いがあるんだ。」

頭を下げた。
その動向に相変わらず冷静に紊駕。

 「早く言え。」
         いおる
 「ありがとう。尉折たちの力になってほしい。」

葵矩はそういうと、手短に話しをした。
じゅみ                                     るも
樹緑がつかまっていることや、流雲の怪我。
いおる
尉折たち三人が居場所もわからずに樹緑を探していること。
クレイジーキッズ
Crazy Kidsが関わっていること。
その一人、クロスが流雲の友人であること。

無言できいていた紊駕は葵矩の話しが途切れると、

 「早く戻れ。」

細い顎をしゃくって、自分も黒のロングコートを翻した。
葵矩は紊駕に深く頭を下げ、控え室に向かった――……。


 「あと二時間?」

その頃、尉折たちは疲労と戦っていた。
疲労にくわえ、流雲は痛みにも耐えていた。

 「もう、皆にはバレてるだろうな。」
  いなはら
 「稲原さんには悪いことしちゃいましたね。」

 「だいじょーぶですよ。」

流雲は空を仰いだ。

 「皆、俺たちのこと信じてくれる。きっと、待っててくれます。絶対、勝ってくれます。」

 「……ああ。」

 「そうだよね。」

三人、今日も晴れ渡った空を見た。

 「Crazy Kidsか。そろそろチーマーたちもお目覚めだろう。かたっぱしから聞くか。」

と尉折。
人、人、人が朝日と共に溢れる渋谷。

 「Crazy Kidsってチーム知ってますか?」

人という人に聞きまくる。
返ってくる言葉は、名前は知っているが、ヤサは知らない。
かかわらないほうがいい。
センター街は確かだよ。
との言葉。
      あさわ    たつし
 「ああ。浅我 闥士が頭のCrazy Kidsだろ。よくあの店でたまってんよ。」

何人目かで情報キャッチ。

 「……いくか。」

 「……いきましょう。」

少し、怖い気がした。         ・  ・  ・
同じくらいの年代の奴らだが、どうもお友達にはなれそうもない。
もちろん偏見ではあるが。

店のドアを開けた。
ドアに取り付けてある鈴の音が鳴る。
瞬間。
何十個もの眼光がこちらを捕らえた。

唾を飲み込む。
いかにも渋カジの男たちがたまっていた。
タバコの煙で空気はよどんでいる。

 「あの……Crazy Kids……ってチーム……」

 「ああ?」

男が立ち上がった。
ごつい、体格のいい男たち。

 「……の方たち、ですか。」

 「あ〜?俺らがぁ?」

間髪いれずに胸座を捕まえられた。

 「てめぇら、俺らに何のようだ。」

 「そういえば、俺らをかぎまわってるネズミがいるってゆってたっけ。」

数人の男がまた立ち上がった。
どうやら、Crazy Kidsらしい。

 「どうします、闥士さん。」

その声に、中央のテーブルから席を立った男。
スレンダーな革の上下にごついブーツ。
額には赤いバンダナで、黒の肩まで垂れる髪を留めている。
鼻筋のよく通った顔立ち。
切れ長の野性的な瞳。
なかなかの男前。
あさわ      たつし
浅我 闥士。
Crazy Kidsの頭だ。

ゆっくりと尉折たちの前に足を運ぶ。

 「あんたが、頭か。クロスって奴……ダチだろ。」

男につかまれた状態で尉折。

 「……クロスに何の用だ。」

 「居場所を教えてほしい。」

 「はい、わかりましたって、ゆうと思ってんのか。兄ちゃん。」

闥士の隣の男が、吹かしていたタバコの煙を顔に吹きかける。
尉折はむせた。

 「やっちまいますか?」

口元を跳ね上げた。
男が笑う。

 「まあ待て。何かワケありだな。」

闥士がニヒルに笑った。
話しのわからない奴ではないらしい。

 「頼む。時間がないんだ!」

尉折が頭を下げた。
そこへ――、

 「教えてやってくれ、闥士。」

 「……紊駕?」

闥士のポーカーフェイスが崩れた。
尉折たちが次々に紊駕の名前を呟く。
黒のロングコートがやけにサマになっていて、存在感がある。
長い前髪は赤く、ストレート。
そこから覗く瞳は蒼く、鋭い。

 「よう、久しぶりだな、紊駕。」

闥士が鼻に皺を寄せた。
その言葉に紊駕も軽く笑うが、すぐに真顔に戻す。

 「紊駕のツレじゃしょうがないですね。闥士さん。」

闥士の隣のガタイのいい男は、柔和な顔つきをしてみせ、闥士に目配せをし、尉折を捕まえている男に顎をしゃくった。

 「来な。」

裏口から店の外へ――、

 「そろそろ無法モンは卒業したらどーだ。この店、かわいそうだぜ。」

 「下の奴らが勝手にイキがってんだけだ。何も、客にマジで手ぇ出そうなんて考えちゃいねぇよ。ま、無法モンといや無法モンには違いねぇ。」
   つがい
な、津蓋。と、闥士は、紊駕の言葉に、隣の男の同意を求めた。
津蓋と呼ばれた男は軽く笑った。
         きさらぎ
 「ありがとう。如樹。」

後ろからの尉折に紊駕は振り返って、微笑。
流雲も夜司輝も頭を下げた。
しばらく歩いて、公園通りに入って左へ曲がったすぐの所で闥士の足が止まった。

 「ここだ。」

細い路地を左奥へ進むと、今にも壊れそうなアパートが建っている。
前には空き地。
奥には、小学校や区役所、税務署、渋谷区の総合庁舎、さらに右奥には警察署もある。

 「灯台下暗しって考えからか?それとも挑発、ただのバカか?」

一笑に付した紊駕に、

 「さあな。ただのバカかもな。」

闥士。
挑発だったらたいした奴だ、と津蓋が鼻をならす。
闥士はためらいを一切見せずに、古びたそのドアを足で蹴り飛ばした。
尉折の時計が丁度、十時を告げた――……。


 <年が明けて、三日目。全国高校サッカー大会は、第三回戦目を迎えました。>

 「……行くで。葵矩。」

 「……ああ。」


 <さあ、両チームともグラウンドへやってきました。前回準優勝の神奈川S高校。一試合目、山口T高校を七対0と大量得点で下し、今日を迎えます。>

尉折たち三人のいないS高メンバーは臆さずにグラウンドへでた。

 <対する、東京T高校。全国常連のT高校は前回初戦敗退。しかしそれをバネに再び国立をめざしてやってきました。関東対決は、ここ三ツ沢競技場からお送りします。>

 「おねがいしま――す!!!」

 <一礼して選手たち、グラウンドいっぱいに広がります。……おや、どうしたことでしょう。>
  あつむ
 「厚夢。いつも通りでいいから。リラックス。」

 「……は、はい。」

 <神奈川、イレブンが揃っていない様子。え――、>

アナウンサーが些かためらっている。

 「大丈夫、大丈夫。うしろは俺らがついてる。」

 「ああ、そうさ。」
たづ   うか
鶴と窺。
        フォワードレフトてだか                   ふかざ   ほしな
 <どうやら、FWLの豊違と両リンクマン、吹風と星等の姿が見えない模様です。今のところ、こちらには何の情報も入っていません。神奈川、八人で試合をするつもりでしょうか……?>

尉折、流雲、夜司輝、早く戻って来い。
ポジションは、あけて待ってる。
早く、来い。

葵矩は青空を見上げた。
あの時、自分が入試で試合に出れなかったあの日。
尉折たちは、エースナンバーを欠番にしてくれた。
自分を待っていてくれた……。

 「……ナメてんのか。」

 「っざけやがって。八人だと?フィールド七人で十人相手すんのか、こら。」

東京T高校、観客のざわめき。

 <神奈川先攻。どうやら、このまま闘うつもりです。今、キック・オフのホイッスルが鳴り響きました――……。>

 「てめーら、ざぁけてんのか!」

葵矩の目の前に、長髪の男が立ちはだかった。

 「ふざけてるのは、そっちだろ。こんな汚い手使わないと俺たちに勝てないなら、受けてたつ。」

キャプテンマークを巻くし上げ、ボールをきっちり、キープ。
ペースチェンジ。

 <でました!神奈川、早々の速攻。キャプテン飛鳥、鮮やかに抜き去り、華麗なドリブルでゴールを目指します。>

 「てめー、マネージャーがどーなってもいいのか?」

 「やっぱり、T高校総出でグルかよ。呆れるっすね、先輩。」

葵矩のフォローをしながら厚夢。

負けない、絶対負けない。
今度は、俺の番だ。
尉折たちに、勝利をプレゼントするんだ――!!

 <飛鳥、ロングシュート!!決まりました、早くも先制――!!>

葵矩は大きくガッツポーズをした――……。


 「おいおい、マジかよ。クロスさっ……闥士さん。」

闥士が蹴飛ばしたドアの先。
二人の男がテレビを見て驚いて口を開き、そして、闥士を見て、固まった。

 「てめーらもか。」

低く呟いた。         ひはる                      らく
奥に目を向けると、クロス、姫春、そして樹緑に楽。
クロスは闥士を見て、頭を下げた。
一言、闥士さんに、メイワクはかけませんよ。と、呟いた。

 「……樹緑を放せ。」

 「尉折……。」

尉折が前に出た。

 「おっと。それ以上近づいたらぁ。」

楽がナイフを樹緑に近づけた。
尉折が唇をかむ。

クロスは先ほどの二人の男に何。と、尋ね、男たちの視線を追う。

 <始まって五分。八人で闘う神奈川。フィールド七人対十人、絶対的不利ですが、全くそんな素振りは見せません。いや、それどころか――……>

皆がテレビに注目。

 「……。」

皆。
尉折たちは葵矩を想った。

 「お前らの仲間は非情らしいな。なぁ、樹緑さん。」

 「やっ……。」

 「てめ!」

楽は自分の顔を樹緑の頬に近づけた。

 「樹緑に手ぇ出してみろ。ただじゃ済まさねーぞ!」

尉折の両拳に力が入った。

 「いつまでそうしてるつもりだ。」

闥士が静かに口を開いた。
男たちを見回す瞳は鋭い。

 「さぁ。……この試合が終わるまでじゃないすか?」

その瞳を見ずにクロス。
                                   タマ
 「……その男との契約か。ばかかクロス、そのヤローに命預けたか。」
              ・  ・  ・  ・  ・  ・
津蓋が、吐きすてて、この後の示しを戒めた。
そんな中――、

 「流雲。」

流雲が突然、よろけた。

 「ごめ……大丈夫。」

顔色がよくない。

 「あ。……如樹先、輩。」

紊駕が無言で夜司輝と反対側の流雲の腕をとる。
尉折も心配そうに眉をひそめ、樹緑が奥から心配そうに謝った。

 「なにゆってんですか、じゅみせんぱい……。」

ずっと痛みを我慢してきた。
立っているのが限界だった。

 「脱げ。」

淡とした紊駕の声。
優しく流雲を座らせ――、

 「え。……あの。」

 「心配すんな。」

紊駕が包帯と消毒液を取り出したのを見て、流雲の怪我を手当てし始めた。

 「用意周到だな。ったく、お前は人の先を読むのがスキらしい。」

闥士は口元を緩めた。
さすが、未来の医者。と、少しからかい口調で言った。
紊駕は、闥士の言葉に一笑に付して、手際よく手当てを済まる。
後で、病院に行け。と、流雲に忠告。

 「あ、ありがとうございました。」

流雲と夜司輝が頭を下げる。
そして――、

 「クロス。流雲に謝れよ。」

夜司輝がいつもは見せない形相で、クロスを睨んだ。

 「夜司輝、やめろ。」

流雲が夜司輝を制止して、クロスを見た。

 「樹緑先輩を放してくれ。」

どちらの言葉にも動じないクロス。
楽が隣で溜息をついた。

 「どうやら、勘違いしてるみたいですね。樹緑さんに用があるのは、俺。クロスさん。そっちははじめちゃっても構わないですよ。」

にやついた笑みをクロスに向けた。

 「どーゆことだ?何が目的なんだよ。」

尉折が低く呟いた。

 「尉折っ……このひ……」

 「樹緑!」

楽の手によって、言葉を遮られた。
楽は尉折に向かって――、

 「試合が終わってから、始めますよ。それまでゆっくりしてたらどうですか。」

 「ばかか。つきあいきれねぇ。」

闥士は心底呆れたように吐きすて、その場にしゃがみこんだ。
そして、沈黙の中テレビの音だけが、さわがしく音を奏でた。

十一時四十五分。

 <何と、神奈川。最後まで八人で試合を展開、そして支配してしまいました!二対0。神奈川S高校、準々決勝進出――!!!>

 「やっぱり、負けたか。」

楽は、鼻を鳴らし独り言を呟いて、携帯電話に耳を傾けた――……。


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