V -FEELING-
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 「やめてっ!!!」

衝動。  つばな
思わず、茅花は飛び出した。
         いなはら
 「……いっ、稲原?」
          るも
地面に横たわる流雲をかばうように、クロスとの間に入った。

 「おまっ……何考えてんだよ。」

流雲も驚いている。
  いぶき
 「檜ってやつじゃなさそうだな。流雲の女か。」

クロスは冷めた目そのままに茅花を見た。

 「……どいて、稲原。」

 「いやっ。」

 「どけ!!」

 「っ……。」

初めて見る、流雲の真剣な顔。
茅花は驚いて、しかし、涙声で訴えた。
      ふかざ
 「だって吹風っ……やめてよ。こんなこと……もしっ……。」

 「黙れって……どいて。」

言葉を遮る。
そのスキをついて――、

 「死ね。」

 「ぐあぁぁっ!!」

 「きゃあぁ!!」

 「や……ヤバいっすよ、クロスさん……。」

ナイフが流雲を突き刺した。
見る見るジーパンの左腿から黒い染みが広がっていく。

 「吹風!吹風!!」

足を押さえ、腰をかがめる流雲に茅花。
クロスは電灯で照らされた真っ赤な液体が滴れるナイフを握ったまま、後ずさりした。

 「流雲!!!」

突然のその声にクロスたち、十数人は散らばり――、

 「流雲。」
         や し き
 「……やっ、夜司輝……?な、何で。」

息を切らして駆け寄ってきたのは、夜司輝だ。
防寒も十分でない様子から、急いで追いかけてきたことがわかる。
手には、くしゃくしゃになった、手紙。
                             いぶき  じゅみ
 「三十一日、PM十一時三十分。新宿御苑に、檜 樹緑連れて二人で来い。」

夜司輝が読み上げ、手紙を見せた。

 「クロスだよな。……クロスの字。忘れるわけない。」

差出人名も書いていない手紙。
ファンレターを開いていたときの流雲の動向がおかしかった。
ゴミ箱で見つけた手紙。

 「病院にいこう。」

夜司輝の手を無言で振り払う流雲。

 「……流雲。」

 「吹風!行こうよ!血が……。」

茅花の必死の声にも――、

 「いやだ。……たのむ。黙っててくれ……誰にも……。」

みるみる流雲の顔が青ざめていく。

 「……とりあえず、止血しよう。稲原さん、悪いけど、ハンカチか何かもってない?」

夜司輝は冷静に、今にも泣きそうな茅花にそういった。
震える手でハンカチを渡す。

 「ありがとう。流雲、ちょっとがまんしろよ。」

 「うっ。」

夜司輝の手当てで何とか、血は止まったようだ。
しかし。

 「なんで、クロス。……樹緑先輩になんの用があるんだ。」

 「それは別件だって言ってた。」

温かいお茶を飲みながら、流雲は痛みに耐えている。
      いおる
 「ねぇ!尉折先輩に言ったほうがいいよ。飛鳥せっ……。」

 「黙れ!」

流雲が茅花の言葉を遮った。
そして、

 「最後なんだ。」

呟く。

 「もう、これで飛鳥せんぱいとプレーできるの。最後なんだ。」

 「……流雲。」

心配かけたくない。
皆で、全国制覇するんだ。

 「うそでしょ。もしかして、その足で試合でるつもりなの?」

 「へーき。スパッツでもはけばバレない。」

 「そーゆー問題じゃない!!ムリよ。そんなに血……病院もいってないのに!!」

涙声の茅花。

 「じゃ、ずっと看病してくれる?」

 「……へ?」

にっこり、笑ったジョークフェイスの流雲。
そして、もう一度、大丈夫だ。と、足を浮かせて見せた。

 「……。」

大丈夫なハズがない。
でも、流雲は……。

 「……何で。クロスって人……友達なんでしょ。何で?」

 「うん。小、中学校一緒で、サーフィン仲間でもあるんだ。」

夜司輝が淋しそうに呟いて、流雲を見た。
流雲、本当は……。と、心で呟いて言葉を濁した。

 「さあてと。帰ろっか。そろそろ除夜の鐘がなりますよん。」

流雲が立ち上がったとほぼ同時。
冬空に響いたその鐘の音は、これから起こる何かを暗示しているかのようだった――……。


 「えー、吹風先輩たち行かないんですか?」
                   あつむ
朝、初詣にいこうと誘いにきた厚夢たちに――、

 「ん。……流雲、寝てんだよね。朝食もまだとってないし。俺たち後からいくよ。だから、飛鳥先輩たちも、すみません。」

夜司輝は頭を下げた。

 「めずらしいこともあるんやな。眠うてもとびおきてきそーなんに。」

ベッドの中でうずくまってる流雲を垣間見て、カフス。

 「……流雲。どっか調子悪いとか?」
         きさし
核心をついた葵矩の言葉に、

 「ぜんぜん。ただの寝ぼすけなんですよ。知ってるでしょ、先輩。」

顔の前で両手を振って見せた。

 「……そっか。じゃ、先に行ってるよ。」

葵矩は首をかしげつつも、部屋を後にした。
ドアが閉まって――、

 「はぁ。」

おもむろに溜息をつく、夜司輝。
嘘をつくのはしんどい。

 「どーせ、ただの寝ぼすけですよ。」

むっくりとベッドから起き上がった流雲。

 「……ごめんってば。」

 「うそ。さんきゅう。」

こっちこそごめんな。と、窓の外を見た。
皆が出て行く。

 「……大丈夫か。」

とりあえず応急処置はしたものの、簡単に治る傷ではない。

 「へーきへーき。こんなんでくたばる僕ちゃんじゃないです!」

 「流雲!」

叱責。
そして――、

 「痛いなら痛いって言っていい。俺の前でそんなつっぱらなくていい。我慢しなくていんだよ。」

 「……。」

 「……ごめん。わかってる。強がりとかそんなんじゃなくて……それが流雲の優しさだって。流雲の強さだって……知ってる。」

流雲は優しい笑みで、ありがとう。と、礼を言った。
いつも人を笑わせる流雲。
優しく、強い。

 「……。」

そんな二人の会話を、ドアの外できいていた茅花。

 「朝食。食べてないでしょ。」

ノックの後、朝食を部屋に運んだ。
流雲はいつもの笑顔で――、

 「わお。茅花ちゃんさんきゅう!」

 「ありがと。ごめんね。……皆といかなかったんだ。」

夜司輝の言葉に、混雑しているとこって苦手なの。と天井を仰いでごまかした。
ほっておけるはずがない。

 「皆、よくいくよねぇ。」

窓の外を眺め見る。
快晴。

 「樹緑先輩もいった?」

 「うん。でも尉折先輩も一緒だし。」

流雲と夜司輝はずっと考えていた。
何で、樹緑なのだ。
別件と言い放ったクロス。

 「誰かがクロスに頼んだ、と考えるのが妥当かな。」

夜司輝の言葉に流雲が頷いて――、

 「とりあえず、稲原。樹緑先輩、たのむよ。」

 「OK。」

 「それからくれぐれも。」

夜司輝が人差し指を口元に持っていくのに、頷いた。

 「さ、食べよう、食べよう!腹へったぁ!」

流雲に茅花は失笑する。
しかし、三人の不安は当分ぬぐえそうにもなかった――……。


 「ねぇ。やっぱり流雲。どっか調子悪いんじゃないかな。」

その頃、葵矩たちは、明治神宮にいた。
おとといとはうって変わって人ごみ。

 「まだゆってんですか。大丈夫ですよ。去年もそーだったじゃないですか。」
のりと
祝の言葉に、

うん。去年もそうだった。
寝起きは悪かったけど、初詣とかそういうときは一番に起きてはしゃいでたよ。
でも……。

葵矩は憂いだ。

 「……心配するこたねーよ。夜司輝がいるんだし。あ!ひょっとして、あんにゃろう。ぬけがけして……。」

 「ぬけがけして?」

 「うっ。」

樹緑の言葉に尉折が喉を詰まらせた。
いやいや、何でもない。と、弁解するが、冷たい目の樹緑。

 「そーいえば、稲原先輩もきてませんね。」

 「何か、人ごみきらいって。」

 「ね、ひょっとしてさ〜。」
そのう
弁がイタズラな笑みを浮かべたのに対し、

 「お前の考えてることすーぐわかる。流雲と稲原が、ってんだろ。ないない。だって、彼女飛鳥先輩にぞっこんなんだぜ。」

祝が早口で言った。
そうか。と、弁。

葵矩は一抹の不安を抱きながらも、皆と賽銭箱へと続く長い列に並んだ――……。


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