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「走れ!チェック遅い!!」
三十一日、大晦日。
早朝からの練習。
「もっと広がれ!中盤しっかりしとき!!」
ゴールからのカフスの声。
いおる あつむ
「尉折、前線!厚夢センタリングファーポスト!」
きさし
フィールドを走りながら、左右に指示を出す葵矩。
厚夢のセンタリングに尉折があわせる。
「まだまだ甘いで。」
きっちキャッチしてカフス。
尉折が舌を鳴らす。
カフスが相手役のゴールキーパーで、スタメンが入っている、試合形式の練習。
何せ、県立高校。
レベルを合わせたゲームができない。
選手層が薄く、スタメンと補欠とのレベルの差が著しいのだ。
高度な練習ができない。
しかし。
練習しかない。
練習の積み重ねが、皆の夢の一歩へと繋がる。
今年こそ。
今年こそ、全国制覇。
皆、先を見ていた。
夢を掴み取るために。
決して遠くはない夢。
国立、そして優勝。
滴れる汗をぬぐって、青空の下。
ボールをひたすら追いかけ、ゴールを目指す。
あすか
「飛鳥先輩!」
「オーライ!」
葵矩から放たれたボールが一瞬をついて、ゴールへ向かった。
「……ファインシュートやて。」
カフスは一歩も動けずに、膝をつく。
まいった。と、呟くカフスに――、
「はい、がっかりしない。まだまだ行くよ。」
「簡単にやってくれはるんやもんなぁ。おそれいります。」
葵矩が笑顔でカフスの腕を取った。
転がってきたボールを手渡す。
「せんぱーい。まだやるんですかぁ。」
「監督もうどっかいっちゃいましたよぉ。」
もうそんな時間かと、葵矩は振り仰いだ。
いつの間にか、陽が沈んでいた。
「飛鳥先輩のスタミナにはかないませんよぉ。」
気がつくと、特に相手役のチームは皆へとへとに疲れきっていた。
「……ごめんごめん。じゃ、上がろう。」
時間が早い。
あと少しで引退。
考えたくは無いが、負ければ二日にでも、もう引退。
まだ皆とプレーがしたい。
早すぎる……。
宿舎でシャーワーを浴び、大広間へと向かう。
大広間では皆も寛いでいた。
とりわけ、中央にあるテレビに釘付けにされている。
「どう。鹿児島。」
葵矩は、尉折の隣に腰下ろした。
テレビでは、本日の試合結果が流れている。
「お、飛鳥。おう。一応勝ち進んだぜ。ま、今度も俺らが勝って二勝、二勝。」
とVサインをしてみせる。
今日。
シード校をのぞいた三十二校が第一試合を行った。
群馬も勝ってる。
葵矩はテレビが写すトーメント表に目を見張る。
せつた
雪駄がいる群馬とは、順当に行けば、準々決勝であたる。
「北海道とまたやりたい気がするけど、やっぱ静岡だろうな。」
う き や
羽喜夜のいる北海道と当たるのは決勝だが、北海道が勝ち進めばおそらく静岡と当たる。
尉折の言葉に、ゲームはわからないけどね。と頷いた。
「先輩、先輩〜!」
マネージャーの声と共に、大きな箱から大量の――、
「ファンレターです!ね、すっごいでしょ〜!」
手紙の山が畳にぶちまけられた。
へ……?
葵矩をはじめ、皆も目を丸くする。
そこいらへんにちらばった様々な形、色の手紙、手紙、手紙。
「やっほ〜すごいじゃん!僕らって有名人?」
るも
流雲が声を上げて飛び上がった。
早速手紙に手を伸ばす。
「まだ、試合もしてないの、に……?」
葵矩が今だ呆然と呟くのに、
「きっと去年のせいじゃないですか。これから試合すればもっと増えますよ、きっと。」
皆で手紙を漁り出す。
「ちょっと、ちょっと〜ほとんど飛鳥先輩ですよ。はい。」
胡坐をかいていた葵矩の足の上に、大量の手紙がふってきた。
「……。」
あすか きさし
飛鳥 葵矩様。
丸字、角字、小さい字、大きい字。
様々な字体で葵矩の名前が書かれている。
「すっごい。さすがですね。」
「やった〜僕のめっけ。」
その山の中から自分宛のを見つけて喜ぶ流雲。
皆も選別している。
「やっぱり流雲のもあるだろうな。なーんか愛嬌あって、中学の頃ももてたもんなぁ。」
のりと
祝がうらやましそうに言う。
じゅみ
「やー困るなぁ。俺には樹緑がいるし〜。」
手紙を手にして尉折。
「……顔、笑ってますよ。」
「ひえ。信じられない、尉折せんぱいにも?」
「何だとこのやろ〜。」
流雲と尉折が追いかけっこをしているのを横目で見ながら――、
あ……。
葵矩は一通の手紙に手を止めた。
大きく綺麗な字。
しあの み り な
詩彼 美李那。
差出人の住所は書いていない。
返事で時間をとらせないよう、彼女の配慮かもしれない。
素直で真っ直ぐな彼女。
ダンサーを目指している、彼女。
飛鳥くん、お元気ですか。
私、雪駄、二人とも合格しました。
飛鳥くんは尋ねるまでもないでしょう。おめでとう。
来年からは同じ校舎で勉強できるんだね。
すごく嬉しいな。
身体に気をつけて、試合頑張って!!
葵矩は心の中で、ありがとう。と、美李那を思い出し、呟いた。
ひとつひとつ、手紙を開ける。
心を込めて、読んだ。
励ましの言葉、気遣い。
自分を見ていてくれる人が、こんなにたくさんいる。
女の子も、男の子も、年齢も関係なく。
心が温かくなるのを感じ、同時に頑張らなくては、と強く思った。
「……流雲?」
部屋に戻り、手紙を丁寧に整理する傍ら――、
や し き
夜司輝が心配そうな声を出した。
葵矩も流雲に目線を配った。
「ん?何?あ〜何か、愛の告白ばっかで僕ちゃん困っちゃうな。あれ、カフス先輩。かなしーですねぇ。」
「何やて〜これからや、これから。ワレよりたくさんもらったるさかいな。」
「せーぜーがんばってくださいねぇ。」
カフスとじゃれついている流雲を見て、一笑に付した葵矩だったが――……。
深夜十一時十五分。
流雲は独り、ベッドから抜け出した。
葵矩たちに気づかれないように、服を着替え、コートを羽織った。
そっと部屋を後にする。
どうやら外出するらしい。
つばな
その姿を用を足しに部屋を出た茅花が見つける。
気のせいか、流雲の顔が強張っているように見えた。
「……。」
素早く茅花は部屋に翻し、防寒をして流雲の後を追う。
――新宿御苑。
千駄ヶ谷駅のすぐ側で、今は暗くてよく見えないが、日本庭園が広がる広場である。
茅花は首をかしげた。
何でこんな時間に、こんな所に?
まさか、彼女と会う、とか。
自問自答しながら、早足で歩く流雲を静かに追い続ける。
別に、あたしには関係ないし。
あいつが誰と付き合ってようとあたしの知ったことじゃないし。
……じゃあ何で、こんなことしてるんだろ。
自分の心と葛藤する。
流雲が足を止めたので、素早く木の陰に身を潜めた。
そして、
「!!!」
息を呑んだ。
「よく来たな。」
流雲の目の前に、総勢十人余名の黒い影。
「どーゆーつもりだよ。」
流雲の普段では聞けない低い声。
茅花は目を見張った。
いぶき じゅみ
「檜 樹緑は?」
黒い影のひとつが吐き捨てた。
微かに電灯の光が当たって、顔が見える。
「……。」
クロス、っていう人だ。茅花は心の中で呟いた。
クロスは一歩前にでると――、
「変んないな。流雲。」
ストレートな黒髪をかきあげた。
無言の流雲に、
「俺は変ったっていいたいのか。二年も経ちゃ変る。いつまでも同じじゃねーよ。」
はき捨てるようにいった。
恐怖にも似た感情が茅花を締め付けた。
いつものジョークフェイスには全く似つかない、流雲の顔。
「樹緑先輩に何の用があるんだ?」
声を押し殺す。
「それは、別件。」
にやり、クロスは不気味な笑を見せた。
「流雲。全国大会出場、おめでとう。」
クロスが軽く、尖った顎を跳ね上げた。
瞬間。
「!!!」
十数人もの影が一斉に流雲に暴行を加えたのだ。
殴る、蹴る、容赦なし。
クロスは、高みの見物で、顔はやるな。と、指示をだす。
ふかざ
吹風!!
茅花は口元を押さえて、体を震わせるが、何もできない。
「絶対、檜って女。連れてこないと思ってたよ。」
数分後。
冷たい土の上に腹を抱えて、横たわる流雲をクロスの冷たい目が見下ろした。
「なぁ!」
蹴飛ばす。
「ぐっ。」
どうしよう、誰か……。茅花は周りを見回すが人気は全くない。
ゆがむ、流雲の顔。
「……てめぇ。何で何もしない?何で、何もいわねんだよ!!」
クロスが足で流雲を蹴り続けた。
「やりかえしてみろよ!このっ……根性なし!!」
やめて。
茅花は顔を覆った。
吹風はやりかえさない。
やりかえせない。
乱闘がばれれば、流雲が手を出したとわかれば。
――出場停止。
どうしよう。
茅花はしゃがみこんだ。
「ってめ。」
何度も何度も殴られても、蹴られても、下から見上げ、目をそらさない流雲。
クロスを見る。
「……その、いっつも。……いつも、自信に満ちた顔。ムカツクんだよ!!」
「ぐっはっっ!」
思いっきり蹴飛ばしたあと――、
うそ……。
茅花は血の気が失せるのを感じた。
電灯の光がそれに反射して、不気味な光を発した。
小型ナイフ。
「サッカー選手にとって一番大事なトコはぁ?」
唇を舐め、ナイフを拳で握った。
クロスの小指が刃に近いほうに握られ、下に向いた。
そして、しゃがみこみ、流雲を見た。
ナイフが流雲の足を捉えている。
冷たく見下ろすクロスの目が、流雲に向かった――……。
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