V -FEELING-
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一月二日。
憎らしいほどの晴天。

 <ここ、西が丘グラウンドでは第八シード高校、神奈川県代表S高校対、山口県代表T高校の試合が行われようとしています。>

東京西が丘グラウンド。
平地にならしてある黒土に、白線が引かれている。
周りのグラウンドは雑草がはえている。
設備こそは完備されていないが、素朴なグラウンドといった感じだ。

 「初戦!気合入れていくぞ!!」

 「おー!!」

 <各チーム、掛け声をかけてグラウンドに散らばりました!>

思い切り、息を吸う。
深呼吸。
                               あすか     きさし
 <去年準優勝の神奈川S高。エースはもちろん。飛鳥 葵矩。今年もスーパーシュートを放ってくれるか!>

アナウンスがそういって、数十秒も経たぬうち――、

 <決まった――!!神奈川先制!何と、試合開始三十秒。三十秒で一点入れてしまいました!電光石火の攻撃!!>
       あすか
 「ナイス、飛鳥。」
いおる
尉折と手を合わせる。
心地がいい。
試合をやっているとき。
気分が一番いいときだ。
満悦する葵矩。
サッカーを心底楽しみ、感じていた。

 <怒涛の攻撃!もはや誰もとめられません。入った――!三点目!山口T高、手も出せない!揺さぶられています!>

出だし快調。
思ったより皆リラックスしていて、体が軽い。
皆、気づかないうちに実力がついてきている。
サッカーを楽しんでいる。

 <四対0。ここでハーフタイム。神奈川リードのまま前半折り返しを迎えます!>

長い笛の後、歓声がこだまする。
ハーフタイム。

 「やったやった四点!」

 「すげーじゃん!俺たち!」

歓声を浴びながら、控え室に戻る。
皆、口々に喜びの言葉を発している中――、
  るも
 「流雲?」

独り遅れて、グラウンドをでようとする流雲。
葵矩が気づいて、歩みを戻した。

 「どうしたんだよ……すごい、汗。」

尋常ではない汗を見て、思わず、息を飲んでしまう。

 「だいじょーぶです。飛鳥せんぱい。そんなに近づいたら顔ほてっちゃいますよぅ。」

 「……。」

心配する葵矩。
       や し き
あわてて、夜司輝が、

 「なーにしてんの。いつまで、目立ってるつもり?」

冷静に少し茶化すが、葵矩の動向をみて――、

 「すみません、先輩。実は、流雲、ちょっと熱があって……。」

 「え?熱?」

夜司輝は神妙な顔つきで頷いて、風邪だと思うんですけど。と、付け加えた。

 「そんなに近づくから、飛鳥せんぱいのせーで熱あがっちゃったじゃないですかぁ。一生看病してくださいね。」

いつものように、腕をとられ、葵矩は大丈夫か。と、心配した。
やはり、体調が悪かったんじゃないか。と。

 「大丈夫です!先輩がいてくれれば!」

夜司輝は心の中で嘘をついたことを謝る。
控え室では相変わらず、歓喜の声が飛び交っていた。

 「あー、飛鳥先輩。はい、タオル。すごいですね〜!四対0。もう勝ったも同然ですね!」

 「ありがと。……まだ終わってないよ、あと四十分。」
                  つばは
流雲を気にしながら、葵矩は茅花にタオルの礼を言った。

 「大丈夫ですよ〜先輩。シュート記録でますよー!」

茅花も流雲を気にしながら、葵矩を労う。

そしてそんな中――、
  ふかざ
 「吹風。」

監督が流雲を呼び出した。
低く、抑揚のない声。

 「はいはーい。」

元気良く返事をするが、一瞬見せた表情は険しい。
夜司輝もその後を追った。

 「どういうことだ。」

皆からは離れたところで――、

 「どういうって……痛っ!」

監督はおもむろに流雲の左足を叩いた。
サングラスの奥の鋭い瞳が流雲を貫く。

 「……。」

 「かっ、監督!」

夜司輝が駆け寄る。

 「……。」

しっかりバレていた。

 「すみません。……でも、監督……」

体調管理は自分の責任。
心身ともにだ。

 「お願いです!交代させないでください!やれます。まだ、やれます!」

 「僕からも、お願いします!」

二人、監督の前で頭を下げた。
やりたい。
サッカーがしたい。

 「……俺がそんなに情に脆いと思うか。」

低く、地を這うような声。

 「……。」

二人は頭を下げたまま、目を瞑った。
唇をかみ締める。

 「あと四十分くらい耐えてみせろ。」

 「へ……。」

監督はその単調な調子で続ける。

 「皆にバレないように走ってみせろ。だたし、足手まといになるようなら即グラウンドから出す。そんな奴に用はない。」

 「……はい!ありがとうございます!!」

 「ありがとうございます!」

冷たい言葉ではあるが、優しさがこめられていた。
流雲にとって、この足で走るほうがどれだけ過酷か。
しかし、流雲は走った。

 <後半に入っても、依然神奈川無失点。それどころかどんどん点数を重ねていきます!七対0。恐るべし新生S高!!>

そして、長いホイッスルが鳴り響いた。

 <試合終了――!!神奈川S高圧勝!!全国常連の山口T高をなんと、七対0。で下しました――!!!>

大歓声。
拍手、拍手、拍手。

 「勝ったぁ!!」

 「やったぁぁ!!」

皆も大声で勝利をアピールする。
そして、控え室をでて――、

 「やりましたね!大量得点、今の気持ち聞かせてください。」

まるで、芸能人を囲むように、報道陣たちが群がってきた。
カメラのシャッターがきられる音。
フラッシュ。

 「飛鳥キャプテン!ずばり目標は?」

マイクが葵矩に向けられた。
去年なら信じられない光景である。
初戦でこんなにも多くの取材陣に囲まれるなんて。

 「もちろん、全国制覇です。」

全国制覇。
葵矩は堂々とそう宣言した――……。


 「やー、すごかったっすね。俺、テレビうつっちゃったかも。あれ、今日オンエア?」

 「本当、俺ら注目されてんだなぁ。」

 「っていうか、飛鳥先輩でしょ。プロも絶対注目してますよー!」
     あつむ
ね。と、厚夢が葵矩に同意を得ようとするが――、

 「飛鳥先輩?どうしたんですか。」

宿舎近くのグラウンドで練習を始めようとしていた所。
葵矩の様子がおかしいのに厚夢は首をかしげた。

 「え、ううん。なんでもないよ。練習始めよう。」

葵矩は向こうで笑っている流雲が心配だった。
ハーフタイム前と試合後の辛そうな顔。
あんな顔、見たことない。

 「お前ら集合しろ。」

監督が現れた。
皆、監督の前で整列。
試合の労いの言葉はなく、

 「個人メニュー、シュートに練習試合。時間をみてこなせ。今日は早めに切り上げろ。」

単調な口調で言って――、

 「吹風。」

 「は、はい。」

顎をしゃくって監督は背を向けた。
流雲は葵矩に頭を下げ、監督についていった。

監督は無言で宿舎に戻り、流雲の目の前に大量のファイルを積んだ。

 「お前は俺の雑用でもやってろ。」

 「……。」

大量のファイル。
静岡S高のデータ。
大阪、群馬……。

 「監督。……もしかして、僕の足気にして……」

ゆっくり顔を上げ、

 「かんとくってやっさしーんですね!!」

思いっきり抱きついた。

 「ばかやろう。抱きつくな。」

些かうわずった声をだす。

 「もう、監督ってばぁ。」

そんな流雲の言葉に冷たく装い、
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 「お前の大好きな練習の妨げをしてやったんだ。」

咳払いを一つした。
流雲は、頬を緩める。
マネージャーは事足りているはずだ。

 「もう、素直じゃないなぁ。実は、監督、僕のこと愛してるでしょ。でもなぁ、僕には飛鳥せんぱいがいるしぃ〜。」

 「黙って仕事しろ。」

静かに言う監督にも、さすがというか流雲は口を閉じない。

 「かんとくってぇ、奥さんいるんですかぁ?あ、その顔はいませんね。でも、好きな人がいるって感じだなぁ。」

監督は無言だが、お構いなし。

 「でも、素直じゃないともてませんよ〜、僕みたいに好きな人には好きだぁって、いわないと誰かにとられちゃいますよー。監督ってけっこー奥手じゃないですかぁ。ね、ね。」

監督の顔を覗きこむ流雲。
サングラスをしているので、目の色はわからない。

 「……少しは黙れないのか。」

顔をそらして、目を通していた本を閉じた。

 「黙れないんですよねぇーこの口。あ、僕きっと口から生まれたんですよ。でも母さんそんなこと一言もゆってなかったけどなぁ。」

監督はおもむろに溜息をつく。

 「練習やらないで明日の試合、勝てると思うのか。」

 「え?出してくれんですか!やっぱ監督ってやっさしー!」

 「……。」

さすがの監督もお手上げである。
いい加減ラチがあかない。
そんな時間が数時間。

 「監督。」

流雲が真剣な目つきで、ファイルを閉じた。
全て終わった。

 「ありがとうございました。」

きちんと、一礼。

 「……。」

そして、

 「かんとく、愛してまっす!」

マジメな顔を一変させて、流雲は投げキッスをしてグラウンドへ戻った――……。


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