V -FEELING-
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 「どういうつもり?」

薄暗い、こじんまりとしたアパートの一室。

 「さあ?どういうつもりでしょう。」

嘲笑するように男は見下ろした。
         じゅみ
ジャージ姿の樹緑。
両腕はうしろで縛られている。
いわゆる監禁状態。

 「明治神宮で、私に声をかけたのも、偶然じゃなくて必然だったのね。」

下から睨んだ。

 「おさっしがよろしいようで。」

不気味に笑った男は、かぶっていた帽子をうしろ向きにかぶりなおす。
  あすか    きさし
 「飛鳥 葵矩さんから聞きませんでしたか。」

 「え?」
           てだか    いおる
 「おっかしいな。豊違 尉折さんによろしくっていっといたんだけど。」

 「……。」

樹緑は男を凝視した。
どういうことだ。
  らく
 「楽。」

立て付けの悪いドアが開いた。
数人の男と女。
楽と呼ばれた、樹緑を見下ろしていた男が、挨拶をする。

 「へぇ。その女が豊違って奴のコレ?」

一番先に入ってきた男は、右手の小指を立てた。
その男と後ろから顔を出した女。
             るも
 「……あなたたち。流雲くんの……」

クロスと姫春を見て樹緑が呟いた。

 「ああ、そっか。あのとき樹緑さんもいたもんね。」

楽が笑った。

 「あの時……?」

樹緑の表情が変った。

 「全て、策略だったのね。……あなた。いつから私たちのこと見張ってたの?」
                           ・  ・  ・
 「見張ってたなんて人聞き悪い。それに、今日は樹緑さんのほうからついてきたんでしょ。」

 「……。」

今日の練習時間が休憩に入ったとき。
樹緑はまた、楽に声をかけられた。
明治神宮で道を尋ねた男。
偶然を装って、樹緑に近づいた。

樹緑は偶然と疑わずに、自己紹介。
そんなところへ、尉折があわられた。
そして、ケンカになった。

休憩が終わるころには戻るつもりだった。
尉折が謝ってきたら、許すつもりだった。
少し歩いたところへ、数人の男たちに囲まれた。

――さて、一晩付き合ってもらいましょうか。
楽の表情が一変した。
                          ・  ・  ・  ・
 「いいじゃないですか。ウワキしようっていってたんですから。ナイスタイミングってやつですよ。」

 「……。」

樹緑は目を見張った。
どういうつもりだ。

 「クロスさん。そういえば、あの、流雲とかってやつ。今日の試合でてましたよ。あの足の怪我で。」

 「足のけが?」

樹緑が反応する。
クロスは何も言わず、テレビのチャンネルを回していた。

足の怪我……。
樹緑は反復して、思い返す。
試合中の流雲。
監督に呼び出されていた流雲。
考えれば思い当たるフシがある。

 「しぶといんだな。チビのくせにさぁ。ま、明日の試合が終われば休めるんじゃん。」

――神奈川は明日負けるんだから。

樹緑が楽を見た。

 「でも、あいつのことだから、チームにはゆってないかもしれない。」

テレビのスイッチを切って、クロスは静かに立ち上がった。

 「まさか。じゃ、何か?試合が終わるまでに樹緑さんを見つけ出そうってのか。」

クロスは鋭い瞳で頷いた。
楽は鼻で嘲る。

 「ばかか。負けりゃいんだろ。あいつらがうちに負けりゃ、この女返してやるっつってんだぜ。」

 「あなた……東京T高のサッカー部?」

楽は笑った。
冷笑。

 「流雲は、そういう奴だ。」

ぽつんと呟いたクロス。
樹緑はクロスを見て、そして、楽に視線を動かした。

 「きたないわ。そこまでして勝ちたいの?そこまで、しないとうちに勝てないの?スポーツマンならスポーツマンらしく堂々と勝負したら?」

 「だまれ!!」

楽の眉がつり上がった。
そして、樹緑の前に立てひざをつく。

 「別に。俺はうちが勝とうが負けようが、どっちでもかまわない。」

 「え……?」

樹緑の細い顎をつかんだ。
                               ・  ・  ・
 「豊違 尉折を苦しませてやりたいだけだ。尉折兄さんをね。」

 「あなた……一体……」

樹緑は楽をじっと見つめた――……。


その頃。   や し き
尉折と流雲、夜司輝は、真夜中の渋谷をさまよっていた。
眠らないセンター街。

 「くっそ。どこにいやがる。」

 「尉折先輩。……樹緑先輩はどうしてさらわれたんでしょう。」

夜司輝が立ち止まった。

 「知るかよ。明日の試合に負けろってことは、サッカー部の奴らかもな。」

かなりいらだっている尉折。
真っ白な息を吐いた。

 「……じゃなくて、どうやってさらわれたのかと。」

 「あ、ああ。練習の休み時間ときさ。ほら、明治神宮で樹緑に声かけたヤロー。あいつとまた話ししてたんだよ。だから俺が怒鳴ったら……」

なるほど。と、夜司輝が頷いて――、
                       ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
 「ってことは、明治神宮の出来事も偶然じゃなかったってことですよね。」

 「え?」

尉折と流雲、同時に夜司輝を見る。

 「だって、そうとしか考えられないじゃないですか?」

 「……モロと組んで、初めから計画的に……か。」

クロスのことをモロ、といって流雲。
相手の目的は?
S高を勝たせないこと……?

 「だとしたら、何も樹緑先輩じゃなくてもよかった……わけですよね。」

 「だぁー!わかんね。とりあえず、樹緑だ!」

尉折が頭を抱え、夜司輝が、そうですね。と、再び足を動かした。
渋谷をさまよう。
既に朝日が顔を出す準備を始めようとしている時刻だった――……。


一月三日。

 「……。」

どうしたんだよ、一体。
きさし
葵矩はベッドから起き上がった。
三人は帰ってこなかった。

 「……やっぱり、葵矩のカンが当たったのかもしれんな。」

カフスも渋い顔をした。

 「……。」
     いなはら
 「……稲原は知っとんのとちゃうか。……ホンマは樹緑ちゃんも家の用事ちゃうんやない?」

カフスの的を得た言葉。
茅花は何だか様子がおかしかった。
樹緑がもし、本当に家の用事なら、直接、一言でも葵矩に言うに違いない。
樹緑はそういうコだ。
では、一体何が起こっている……?

 「稲原。」

 「あ、おはよう、ございます……。」

間髪いれずに葵矩――、

 「尉折と流雲、夜司輝は何処にいるんだ。」

 「……え、え。何のこと、ですか?」
つばな
茅花はたじろった。

 「答えてくれ、知ってるんだろ。」

 「答え……って。尉折先輩たち帰ってないんですか。」

それでも茅花は知らぬふり。

 「知っとるんやろ。ほんまは、稲原。」

 「……カフス先輩。なっ、何のことですか……あたし……」

 「知ってるよな。」

葵矩の嘆きにも似た大声に茅花は肩を怒らせた。
葵矩は自分の強い口調の言葉を謝って――、

 「頼む、教えてくれ。」

 「やっ、先輩。頭、あげてください。困ります……あたし……」

そんな様子に、どうしたんですか。と、皆が集まってきた。
茅花は両拳を膝で強く握って、唇をかみ締めた。
もう、限界だった。


 「え――――!!!!」

部員全員の叫び声。
ホテル中に響いた。
茅花はしきりに頭を下げた。
涙声。
             ふかざ
 「嘘でしょ。だって、吹風先輩、走ってた。怪我してる……なんて。」

 「しかも、刺し傷?」

 「病院もいってないんですか?」

皆が口々に騒いだ。
何度も何度も茅花は頭をさげ――、

 「乱闘がばれたら、自分が手出したら。出場停止になっちゃうから。吹風、何もしなかった。ずっと、ずっと耐えてた。……痛いのに、辛いのに……吹風、笑ってた……。」

茅花はしゃがみこんで、泣いた。

 「樹緑先輩も、まさか誘拐だなんて……。」

 「ってことは、今三人は樹緑先輩を探してるってことですよね。」

 「俺たちも行きましょうよ!」

 「そうですよ、飛鳥先輩!」

皆が葵矩を見た。
葵矩は両拳を強く握った。

 「先輩!」

 「飛鳥!」

尉折、流雲、夜司輝……。
葵矩は唇をかみしめ、目を瞑って――、

 「皆、支度して。三ツ沢いくよ。」

 「え?」

皆の目が見開いた。
三ツ沢競技場。
十時からの東京T高との試合。

 「ちょ、飛鳥?」

 「先輩、どうゆーことですか!尉折先輩たち見捨てるんですか!」

 「ひどいですよ!行かないんですか!」

皆が葵矩を非難した。

 「黙らんかい、お前ら!!!」

大きな関西弁のドスのきいた声。
一瞬にして、ホテル内を静寂化させた。

 「ちっとは、葵矩の気持ち、考えたらどーなんや?豊違の気持ち。流雲の、夜司輝の。樹緑ちゃんの気持ち!!」

皆が、カフスを見た。
カフスは、息を吸って――、

 「今、ワイらが総出で樹緑ちゃん探しいって、乱闘にでもなってみぃ。それこそ手つけられへんわ。豊違たちの、ワイらに対する気持ち、ムダやないか。流雲が痛い足ムリして隠しとったの、ムダやないか。ワイらが試合でれんて、相手の不戦勝ゆうて、豊違たちの気持ち。ムダやろ!!あいつらの思うツボやないんか?よう、考えてみぃ。」

――ワイらは、豊違たちに何ができる?

皆も黙って、カフスの言葉に頷いて、そして顔を上げた。

 「待つことや。もし、あいつらが試合に戻ってこれんでもワイらは待つんや。あいつらが戻ってこれる場所つくって待っとるんや。違うか?」

東京に勝つことだ。
葵矩が皆の前に立った。

 「……俺が、大学入試にいった日。皆、俺を待っててくれた。」

皆を見る。

 「俺。すごく嬉しかった。皆と俺は、俺たちは、強い絆で結ばれているんだって、そう信じた。」

サッカーという、強い絆。

 「そや。ここで負けたら、元も子もない。皆で目指してる全国制覇。絶対実現するんやろ!!!」

皆、静かに二人の言葉をかみ締めた。
尉折の気持ち。
流雲の気持ち。
夜司輝の。
樹緑の。
カフスの。
葵矩の、気持ち……。

 「はい!!」

辛い。
今、尉折たちがどんな目に合っているのか、わからない。
樹緑がどこにいるのかも。
しかし、葵矩たちにできることは、信じること。
信じて待つこと。
尉折たちの戻ってこれる場所を作ること。
試合に勝つことだ――……。


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