真夜中のHighway Road。
 地鳴りのような低い轟音が、周りの一切の音を遮断する。

  「走りすぎじゃねぇの?」

 スロットル全開。
 赤信号、無視。

  「おい、ヤベーって。誰か、止めてこいよ!」

  「げ、マジかよ。速ぇ。」

 景色、一瞬で変わる。


 ――他に女つくってるくせに。毎日、仕事、仕事って、女のトコなんでしょ。

 ――何だと?てめぇだってなぁ。ヒトのこと言えんのか!!


 暴言、暴力。
 クラッシュ。


 ――離婚だ、離婚。テメぇなんか、どっかいっちまえ!!

 ――兄ちゃん、止めてよ!お母さんかわいそう。


 怒鳴り声、叫び声、泣き声。


 お母さん、死んじゃうよ――……。

                                     ひさめ
  「こら、俺ぁまだヒト殺したかねぇよ。キレねぇうちに降りな、氷雨。」

 Blackのセリカ。
       ヨン フォア
 ぴったり400FOURの車体につける。
 ケツが持ち上がるほど、轍を描いて止める。
 セリカも停止した。

  「大丈夫か?」

  「親に買ってもらった、400FOURが?」

 口元を跳ね上げる。
 風に撫で付けられた、髪を振る。
 ノーヘル。

  「そーゆうトコ、好きよ。行って。」

 運転席の男に、助手席から合図。
 セリカはもと来た道を、戻った。
                      たつる
  「よっく、あーゆこと言えるよな、立さんに。」

 後ろからの数十台の単車。
 400FOURを先頭に、ど真ん中に停止。
 3車線もある道路は、お構いなし。
 一般の車は、それを脇から追い抜いていく。

  「気に入られてんもんよ、アイツは。400FOURだってもらったんだろ。」

  「だって、カンペキ嫌味じゃんよ。立さんの親、大病院の院長だっしょ?」
             ロ ー ド
  「そんなヒトが、THE ROADシキっちゃうんだもん。すげーよなぁ。」

 ハ マ              ゾク
 横浜一でかい族、THE ROAD。
 アタマ    かみじょう  たつる
 総統、龍条 立、18歳。
         あおい ひさめ
 特隊、滄 氷雨、15歳。

  「……にしても。今日すげぇ、荒れてねぇ?滄。」

  「いっつも危ねぇこと、へーキでやっけど、今日は特別だなぁ。」

  「立さんこなかったら、ヤバかったじゃんよ。」


 久しぶりに、デカイ集会があった。
 ムシャクシャしてた。
 どーでもよかった。
 何もかも。


 特大の、大量の雹が地面で跳ねた。
 暗闇を一瞬照らす。

  「何の音、何の音?」

  「なぁーにやってんだよ、あおいー!!」

 鉄パイプ、地面に叩き下ろす。
 右腕に余韻。

  「ムカついたからぁ、駐車違反のフロントぶっこわしてきた。」


 一笑に付す。
 乾いた笑い。

  「信じらんねぇー、何ムカついてんだよー!!」

  「べっつにぃ。」

 誰もわかんねぇ。

  「バカやってんんじゃねーよ。」

 てめぇにゃ、わかんねぇ。
 わかんねぇーよ!!
 アイドリングの400FOURに飛び乗り、クラッチを抜く。

  「まぁた、流すのかよぉー!」

  「さっき立さんに止められたばっかじゃんかー。」

  「あおいっー!」

 るっせー。
 雑音をかき消した。
 フルスロットル。

  「いっちまったよ。知らねーぞ、あんな飛ばして。」
               ムメン
  「信じらんね。マジで無免許かよ、アイツー。」

 死ぬぞ。


 夜景が閃光のように流れていく。
 光の筋。
 薄汚れた空気に呑まれてく。

 波の音が聞きてぇ――……。



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 真夜中の山下公園。
 行き交う船。
 眩しい夜景。

  「きゃあ、誰か助けて!!」

  「やめてよっ――!!」

 大きな黒い影が伸びてくる。
 逃げる、捕まる、逃げる。
 繰り返し。


 ――まったく、心中なんて、いい迷惑だよ。

 ――上のコは、来年高校だろ。お金だってかかるのに。

 ――だから反対だったんだよ。上は扱いにくいし、下もグレるし。


 何よ。
 何がわかるのよ。
 あんたたちなんか。
 あんたたちなんか。

 死んじゃえ――……。


  「やめな。」

 吐き捨てるような低い声に、黒い影は口を開いた。

  「……げ、ヤベ。特隊だよ、THE ROADの。」

  「滄 氷雨だよ――!!」


 ――ロード……?あおい、ひさめ?

  「バカか、おめーら。何考えてんだよ!」

 頭から降ってくる怒鳴り声に、顔を上げた。
 黒い影は既に、ない。

  「のこのこあんなののケツ、ついてんじゃねぇーよ。」

 んだこいつ。
 いきなりどなりやがって。

 したたかに睨む。

  「……。」

  「あおい……ひさめ……滄 氷雨??」
          しさき
  「……によ、白紫、知ってんの?」

 隣の白紫に振りかぶった。
 さっきまでの、恐怖に怯えた顔が、驚嘆の声とともに変化して――、

  「やだ、あさざ。知らないの?1組の。」
     う ち   の   が っ こ う
 ――茅ヶ崎市立C中学校、2年1組、滄 氷雨。

  「んだ、タメか。」

 たいして興味なさそうに、一言。

  「あおいー戻ってこいやぁ!」

  「るっせー行くよ、待ってろ。」

 遠くからの声に、やっぱり吐き捨てるように、怒鳴った。
 バイクの大群。
 爆音。

  「すごっ、やっぱり、滄くんてあーゆーヒトなんだぁ。」

 白紫は興味津々な声を上げて、その大群に呑まれていくアイツの背中を見送った。


 ――滄くんってさぁ。かっこいいよね。センセーにはいいたいことゆうしぃ。

 ――ねー。学コとかしょっちゅう休むし、髪も赤いし、ちょっとコワイけど。

 ――自由ぽくて、いいよね。


 蒼い……瞳だった。
 心の中、見透かされそうで、なんか。
 こわかった。


  「……まだいたのかよ、タコ。」

 トボトボあるいてたあたしたちに、後ろからの轟音。
 駅までの道で、再会。

  「あ、滄くん。だって、駅まであるかなきゃ、ね。あさざ。」

 顔色が戻った白紫が覗き込む。
 目を合わせずにうなづいた。

  「何シカトこいてんだよ。」

 途切れ途切れの爆音。
 うるせーな。
 知り合いでもないくせに、話しかけんな。

  「あさざ、ちゃーん。」

  「るーせな。ナレナレしく呼ぶな!」

 あたしの啖呵に――、

  「なんだ。喋れんじゃん。」

 バカか。
 当たり前だろ。

 横断しようとしたあたしたちを、バイクでシャットアウトした。

  「来る?」


 山下埠頭。
 色とりどりの夜景と、無数のライト。

  「きゃあ、すっごいバイクの数。ね、ね。あさざ。」

 さっきから、白紫は興奮しっぱなし。
 白い頬が紅潮している。
 寂れた倉庫。

 乾いた笑い声、話し声。
 バイクのエンジン音。
 耳をつんざく。

 いろんなヒト。
 学コでは、いない男。
 いっぱいいる。

  「タツルー!!」

 滄 氷雨が声を張り上げた。

 ――こいつら、送ってやって。

 滄 氷雨の言葉に、向こうから背の高い、男が現れて、

  「おめーヒトのゆうこときかねぇーくせに、このヤロウ!」

 じゃれあった。
 笑ってる。
 楽しそう……。

  「いいよ。氷雨の知り合い?」

 男は、滄 氷雨の言葉に頷いて、あたしたちに尋ねた。
 
  「同じ学コなんです。」

 白紫の返答に、満足して端整な口元を緩めた。
 車に乗せてくれるらしい。

  「タツルー!!」

 そんな、あたしたちを滄 氷雨は楽しそうに笑って、バイクで追い越していった。


 1988年、4月。
 忘れられない瞳に、出会った。

 蒼く、蒼く澄んだ、その瞳の色は、生まれて初めて見る、蒼。
 BLUE――……。


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あとがき