ハ マ ロ ー ド ゾク 「横浜のTHE ROADっつー族、知ってっか?」 いつものように、俺ら、湘南海岸にいる。 みたか この数日間、俺は紊駕に何も話してなかった。 でも、ときどき我を忘れて、ぼっとすること。 心から笑ってないこと。 紊駕は気がついてた。 口には出さないが、ずっと、気にしていた。 紊駕は無言で、俺の目を見た。 俺は、驚くほど正直に、告白した――、 「俺は、そこの特隊やってた。」 「カコ形にすんな。」 斗尋の言葉と造の頷きに訂正。 「やってる。こいつらも一緒。」 オヤジの酒乱の話。 いつもムカついて苛ついて、そして家を出た。 そんなとき、タツルと出会った。 ヨン フォア タツルから400FOURを譲ってもらった。 「俺は単車にハマった。走ってるときは何も考えなくてよかった。サイコーに気持ちよかったし、学コにはいないダチもいた。」 俺は空を見上げた。 真っ青な、吸い込まれるような空。 「タツルが次のアタマをやらないか、ってゆってきた。ワケは知らない。教えてもくれねぇ。俺は、了承したつもりはなかったけど、周りが騒いで、マジ。まいった。」 毎日、毎日、リンチ。 悪夢のような日々。 まだ完治はしてない、アバラが疼いた。 年下で生意気なアタマなんて、認めねー。 口々にゆった。 「俺は、ざけんじゃーねーって思ってた。皆単車が好きで、走るのが好きだからやってんじゃねーのか、って。誰からシキって指図して、そんなんでいーのか。って。」 それが、自然なら文句はいわねー。 マジで尊敬してて、慕いたくて、そんだったら、文句はいわねー。 でも、違うだろ。 アタマが変わるたびに、そいつのこと気にくわねー奴が、でてくんだろ。 それでも、そいつをアタマだって認めなきゃなんねーのかよ。 犠牲がでなきゃなんねーのかよ。 だったら、一人でもいい。 気の合う仲間だけでいい。 そんだけで走ってもいーじゃねーか。 何で、強制されなきゃなんねんだよ。 「たかが、アタマが誰になるってだけで、いざこざなんて。くだらねー。外ばっかでかくて、中身が何もねーじゃねーか。って。」 紊駕はずっと黙って聞いてた。 そして――、 「だから。俺は辞めようと思う。」 斗尋と造が目をまるくする。 この数日で出した答え。 初めて口にした。 「くだんねぇ。」 吐き捨てられた、紊駕からの冷淡な言葉。 蒼い瞳が突き刺さった。 「くだんねーよ。キレイ事だろ。」 「っ……んだと!!!」 思わず紊駕の胸座を掴む。 相変わらずのポーカーフェイスで、 「キレー事だよ、全部。」 低く、ゆって、睨む。 てめぇ 「だったら、どーして自分でやんねんだよ。てめーが辞めたからって解決すんのか?残った奴らはこの先また抗争起こすじゃねーかよ。自分は関係ねーからいーのか?」 紊駕が強かに怒るのを、初めて見た。 怒鳴る風ではなく、押し込めた、凄みのある低い声に、威圧感。 「フザケンナ。逃げてんじゃねーかよ。逃げてんだよ。んな族、バラしちまえばいーだろが。好き勝手散らばして、好きなようにやらせりゃいーだろが。」 バラ ――解散しちまえばいーだろが。 こいつ、本当に俺より年下か? 4つも下なのか? 思わず自嘲がもれる。 俺は、何てガキだったんだろう。 そう、いつも。 逃げることしか考えてなかった。 誰かの為? 笑っちまうぜ。 いつも、自分のことしか考えてなかったくせに。 単車が好きで走るのが好きだぁ? 一瞬だけ、その一瞬だけ何もかも忘れられるからだったんじゃねーのか。 今の苦しみから逃れるため。 紛らわすため。 こじつけだったんじゃないのか。 純粋な気持ちじゃ、なかったんじゃないかよ。 情けねー。 んなコト、気づきもしなかったなんて。 ひさめ 「理屈こねてんな。女のことだって、そうなんだろ。氷雨が変わればいんだろ。思ってることやりゃーいーじゃねーか。かっこつけてんじゃねーよ。」 大人だよ。 俺なんかよりも、ずっと、お前は。 そう。 あさざが幸せならそれでいい。 なんて、心の何処でもんなコトおもってねーくせに。 何で、面と向かってゆわねんだよ、俺は。 あいつにマジで、好きだ、って。 ゆったことなんて、なかったじゃねーか。 センコーと堂々と張り合えがよかったじゃねーか。 んで、きっぱり振られたほうが、諦めがつくじゃんかよ。 「どうしようもできねーこともあるけど、氷雨のはそーじゃねーだろ。やってみろよ、思うように。んで、もしダメでも、やんなかったよりはマシなんじゃねーの?」 口元がゆるんだ。 「このっ。ナマイキいいやがって。」 紊駕を抱え込む。 精一杯の感謝を込めて。 少し、照れたように笑った紊駕。 サンキュウ。 お前に会えてよかったよ。 俺、変れる様な気がする。 いや、変ってやろーじゃねーか。 「ホント、すげーよ、紊駕って。」 THE ROADの集会を3日後に控えた、7月28日。 俺んちで、斗尋と造。 「なぁ、あれで俺らより4つも下なんてな。」 「頭上がんねーわな。」 バラ THE ROADを解散す計画を練ってる。 1年で、一番でかい夏の集会。 横浜に、本部も支部も、全部が集まる大イベント。 かみじょう 「でも、やっぱ龍条さんには、通しとかないとな。」 あれから、タツルとは会ってない。 何で、タツルがアタマおりよーとしてんのか、わかんねぇけど。 THE ROADは解散す。 意志は曲げねぇ。 ケジメつけたら、あさざに、ゆおうと思う。 マジな気持ちを。 ――好きだ。 もちろん、振られるのはわかってっけど。 「31日の夜だべ?一番盛り上がったときに俺ら参上してぇー。」 「武装して武装して?」 「そうそう、一発でやられたらシャレになんねーもんな。」 「なんつって参上すんの?」 「正義の味方って?」 「バーカ。」 乾いた笑い声が響く。 うまくいくよな。 皆だって、望んでるんだろ。 尊敬もしてねーやつ、アタマとして迎えるなんて、ヤなんだろうが。 俺だって、んな奴らのアタマなんか張りたかねぇ。 タツル、お前だって了解してくれるよな。 あおい 「滄はさ、31日まで顔ださねーほーがいいよ。俺ら、龍条さんに話、つけてこようか?」 「いいよ。」 造の優しさを制す。 自分でゆう。 代役たててなんて、それこそ、逃げてんもんよ。 「でも、31日の前にやられたら、どーすんだよ。」 「逃げる。」 俺の一言に2人、吹き出した。 「滄らしいつーか、何つーか。」 そして、俺がタツルに話をつけにいく矢先――、 「滄!!大変だよ!」 斗尋と造が血相を変えて、俺のバイト先に現れた。 ――龍条さんが、入院したって。 俺を心配して先見しにいってくれた、横浜。 タツルはいなくて、入院しているときいた。 「何で?」 事故ったとか? 俺の言葉に2人とも首を振った。 俺はいてもたってもいられなくて、すぐさま翻した。 400FOURにまたがる、フルスロット。 ――横浜中央病院、タツルのオヤジの病院。 何があったんだよ、タツル。 俺がいない間に。 「タツル!!」 騒々しい物音をたてて、俺は病室に入った。 「……氷雨。」 歩みが止まる。 拍子抜け。 タツルはピンピンして、俺の前に立ってた。 「んだよ、タツル!」 「龍条さん……入院、したって。」 斗尋がぽかん、と口を開けた。 タツルは、白いTシャツから伸びた腕で頭をかいて、 「あー、たいしたコトじゃねーよ。」 薄い唇を緩めて、笑った。 「んな、大ゲサになってたのか。悪い。」 わざわざ来てくれてありがとう。 タツルは、笑って――、 「そうか。氷雨の思うとおりやればいい。」 タツルは個室の、真っ白なベッドに腰を下ろした。 手を膝の上で組む。 気のせい、か。 俺の話を全部、黙って聞いてくれたタツル。 いささか、表情が、顔色が優れない。 「俺は、お前のゆうことに反対はしない。」 「……。」 「俺は――いつまでも見守っててやる――……。」 変だ、やっぱりおかしいぜ、タツル。 タツルを見る。 乾いた咳をひとつ。 また、ひとつ。 急に、タツルが激しく咳き込みだした。 短くて、強い咳。 「タツル!」 腰をくの字に曲げる。 「龍条さん!!」 俺が背に触れると、大丈夫、と咳の中で呟いた。 「タツル……。」 苦しそうなタツルの声。 咳は止まらない。 「……。」 俺は、自分の血の気が失せるのを覚えた。 背筋に悪寒が走った。 タツルの口元を押さえる手。 指の間から、血が流れた。 ツバを飲み込む。 タツルは、真っ赤な血を吐いた。 「タツル!!」 「さわぐな!大丈夫だから……背中、さすってくれ。」 俺のタツルの背中をさする手は、震えていたにちがいない。 タツルは呼吸を整えて、そして、ゆった。 「お前には、言おうと思ってた、ずっと。」 聞きたくねぇ。 何だかわかんねぇ。 でも、聞きたくねぇよ、タツル。 「氷雨、俺――……」 俺はタツルの言葉に耳をふさいだ。 目も閉じた。 そんな、俺の腕をタツルは取った。 「俺、もう、長くない。」 でっかい岩で頭をぶん殴られた気分。 目の前が真っ白になった。 「前から解ってた。」 言葉がでねぇ。 「ハタチまで生きられればいいほうだって、ゆわれてた。」 身体が、動かねーよ。 聞こえねーよ、タツルの声。 聞こえねーよ。 「氷雨、聞いてくれ。俺はお前に会えて――……」 「何でだよ!医者だろ!!お前のオヤジ、医者なんだろ!!なんで、なんでっ!!」 病院中に響く、声。 「今の医学じゃ、治せない。」 ――お前と会った2年、一番、最高楽しかった。 ほら、俺は自分のことしか考えてねぇ。 今まで、タツルの何をみてきた? 自分がこの世で一番不幸だ、って顔して。 誰にも自分の気持ちなんてわかんねぇ。 そんな顔して、俺は。 タツルの辛さも、気づかなかったくせに。 ずっとずっと思いつめてた、タツルの気持ち、知らなかったくせに。 「俺の分まで生きてくれ。お前らしく、さ。400FOUR大事にしろよ。」 「タツル……タツル……。」 背をたたく、タツル。 「しっかりしろ、氷雨。世の中、どうしようもねーことも、ある。でも――……。」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 「どうすることもできることも、ある。」 タツルは優しい笑顔で頷いた。 「俺は、精一杯生きるよ。自分の寿命がつきるまで。」 残された命をさ。 タツルは、あきらめた風ではなく、満ち足りた顔で笑った。 か お それが、俺らがタツルを最後に見た笑顔だった。 かみじょう たつる 龍条 立。 THE ROADの総統。 1988年7月31日。 18歳の若さで、肺がんに冒され、俺らの手の届かないところへ、逝ってしまった。 「族葬すんよ。」 タツルを、俺らTHE ROADで見送ってやる。 31日、真夜中。 かみじょう たつる あおい ひさめ 「THE ROADの総統、龍条 立の追悼をシキらしてもらいます。特隊、滄 氷雨。」 イベント 1年で最大の夏の集会。 突然の総統の死に、皆言葉を失ってた。 本部も支部も。 皆、顔をそろえた真夜中の港、横浜、山下埠頭。 積み上げた薪に真っ赤な炎が燃え移る。 「――これを以って、THE ROADを解散させる。」 ざわめき。 俺は、THE ROADの前で――、 強 制 「これからは、好き同士、仲間同士、集まるなりなんなりしてくれ。誰かに束縛されんじゃなくて、そーゆーの全部やめて。自由に、走ってくれ――……。」 8月1日。 横浜一でかい族、THE ROAD。 夜の闇とともに、消えて。 そして、夜明けと共に、新しきを迎える――……。 |