夏休みに入ってから。 あたしはずっと、涙を流してた。 ずっと、ずっと、泣いてたのに。 涙は枯れる事がなかった。 これでもかってくらい、泣いたのに。 尽きることはないのか。 「姉貴。」 真っ赤に腫れた両まぶた。 たきぎ あたしはベッドから起き上がって、薪を部屋に入れた。 「……いーかげん、泣き止めよ。」 食事を運んできてくれた、薪。 腰を下ろす。 食べたくない。 喉を通らないんだ、ずっと。 ワケは、もう1週間も前に遡る――……。 「話があるんだ。」 あさわ 浅我センセーがあたしにゆった。 内心、どきどきしてた。 期待、してた。 一番欲しかった言葉。 「今の距離はまずいと思う。」 センセーはマジメな顔でいった。 目を反らした。 「周りの生徒とか、先生たちが疑ってるんだ。」 センセーの気持ちが、わからなくなった。 「教師と生徒が必要以上に仲が良いのは、いけないと思うから。」 うぬぼれていた。 センセーもあたしのこと、好きでいてくれていると思ってた。 教師と生徒。 重い言葉。 「……じゃあ、どうして、抱きしめたりしたの?」 「悪かったと思ってる。」 理由になってない。 あたしの顔、ちゃんと見てよ。 「あたしのこと、嫌いなの?」 「……好きとか、嫌いとか……そーゆーんじゃないから。最初から。」 センセーはあたしを、ただの生徒としてしか見てなかった。 泣くもんか。 センセーの前でなんか、泣くもんか。 歯を食いしばった。 ――結婚、するんだ。 ……報いなんだ。 ひさめ あたし、ずっと、氷雨から逃げてた。 できれば、会いたくないって思ってた。 自分勝手で、自分の都合ばっかで。 きっと、報いなんだ。 家に帰ってガマンしてた涙が溢れた。 止まらなかった。 大声で泣いた。 何でこんなに泣けるんだろう。 いったい、あたしは、何に対して泣いてんだろう。 センセーに振られたこと。 氷雨を傷つけたこと。 薪は、そんなあたしをみてゆった。 「そんな奴、姉貴から振ってやれよ。」 ガキながらに、そんなことをゆってくれた。 でも、涙は止まらなくて――、 「姉貴、電話。」 しさき 白紫からの、電話。 誰にも会いたくなかったけど、 「今すぐ江ノ島、来て。ほら、家にばっかこもってないで!!」 精一杯気を使って、元気つけようとしてくれてる白紫に、背中を押されるように、家を出た。 真夏の江ノ島。 あたしの気分とは正反対の輝いた海、空。 「あさざ、久しぶり。」 みやつ とひろ 白紫、造、斗尋。 そして――、 みたか 「会わせたい奴がいるんだ。紊駕。」 造がその男の名を呼んだ。 きさらぎ みたか ――如樹 紊駕。 ドキっとした。 氷雨と似た蒼の瞳。 見透かすような、ヒトを射抜く瞳。 でも、そんな中に温かい、眼差し。 氷雨のは、尖ってた。 氷のような、何にも寄せ付けない瞳だった。 でも、こいつ、紊駕のは、深く強い、優しい蒼。 たつる 「立さんが、亡くなった。」 造はゆっくり、今までの経緯を話してくれた。 肺がんで18歳という若さで亡くなった、立さん。 自分は知っていて、だから、氷雨を急いで頭にしたがってた。 ロ ー ド 氷雨は、THE ROADをバラした。 誰にも束縛されず、好きな仲間同士で走れるように。 あたしが、うじうじしてた間、あいつは変ってた。 あたしが泣いてた間、あいつは自分で行動を起こしてた。 「全て、紊駕のおかげなんだ。」 造が紊駕を見た。 氷雨を救ったのは、あたしたちではなく、この、如樹 紊駕だった。 ちょっと悔しかったと造たちはゆった。 なんとなく、その気持ちがわかった。 「まだ、解決したわけじゃねーんだよ。」 紊駕が、あたしを見た。 赤く、長い前髪から覗く、鋭い目。 「氷雨、もうすぐ来るよ。」 白紫が優しく憂う笑顔でゆった。 「……。」 「逃げんなよ。」 こいつ、あたしの心見透かした。 突き刺すような蒼い瞳。 ヨン フォア そして、久しぶりの400FOURの音。 聞きなれた、遠くからでもわかる。 懐かしい、音。 氷雨が現れた。 あたしが来ることを知らされてなかったみたいで、皆に挨拶をして、そして、あたしをみて口を閉ざした。 すっごい、気まずい。 下を向く。 「……何で泣いたんだよ。」 あたしの腫れた赤い目を真っ直ぐ見た。 あおい 「滄!!」 白紫があたしの代わりに事情を話すと、氷雨が翻した。 即座に400FOURに飛び乗って、エンジンをふかす。 「行けよ、学コに。」 紊駕の言葉に我に返って――、 「あさざ、うしろ乗って。早く!」 造があたしの腕を引っ張った。 気後れしながらも造のバイクに乗せられ、学コへ――……。 |
あさわ 「浅我あぁぁ――!!!」 俺は、学コに乗り込んだ。 土足。 職員室のドアを蹴飛ばす。 あおい 「何だ、あ、滄!!」 「何しにきた。ここは職員室だぞ!」 夏休みの職員室。 他のセンコーたちも数人。 眼中なし。 「浅我はどこだ?」 「……滄。」 こいよ、顎をしゃくった。 誰もいない教室。 浅我は静かについてきて、イスに腰を下ろした。 観念した、顔。 「てめぇ、あさざに何っつったんだよ。」 上から見下ろした。 無言のセンコー。 ばっくれてんじゃねー。 「てめぇ、あさざのこと、好きじゃねーのかよ!!」 「……僕は、教師だ。」 零れ落ちるような声。 教師だと。 ふざけんな。 「教師が生徒を愛するなんてことは、あってはならない。」 答えになってねーだろが。 机をぶっ叩く。 「俺ぁ、好きか嫌いかきーてんだ!!!」 「……好きだ。」 真摯な目。 真っ直ぐ突きつけてきた。 「だったら、何で。なんで、あんなことゆった?」 「教師と生徒だからだ。」 このやろう。 胸座を掴んで引き上げる。 「好きなんだろうが!!ザケンナ!!」 「好きでも……好きでも結ばれないこともある。」 俺は思わず、力を緩めた。 力なく、センコーがイスに座った。 はりさけそうな想い、伝わってきた。 俺を見上げる。 「滄はいい。彼女を幸せにできる。……彼女を幸せにしてやってくれ。」 「……ザケンじゃねー!!そんなもんかよ。てめぇが、あさざを想う気持ちっつーのは、そんなもんなのかよ!!」 センコーは何もゆわなかった。 ただ、黙って下を向いた。 廊下を垣間見る。 あさざの姿。 「俺が、俺があさざを幸せにする。」 俺はセンコーを振り切った。 あさざに向く。 「好きだ。あんな奴より、俺のほーが、ずっと、ずっと、あさざのこと好きだ!!!」 ――あさざのこと好きだ。 センコーは学コを辞めた。 結婚したときいたのは、もう冬が始まる頃だった――……。 「氷雨たち、学コ、決まったのかよ。」 冬。 俺たちは高校受験。 マジメに学コいってなかった分、厳しいけど。 「一応な。」 俺ら、相変わらず仲良くツルんでる。 斗尋と造、俺と同じ、私立K学園を目指してる。 あさざと白紫は、K学の近くの私立K女子学園。 THE ROADが消えたことは、けっこう有名になったけど。 すぐまた新しいニュースに変った。 そうやって、どんどん変ってく。 あさざと俺の仲。 特別、前とかわんねぇけど。 少し、大人になったような気がした。 いろんなコト覚えて、体験して。 そうやって、大人になってくんだって、実感した。 あれから、何度もあさざとケンカして、仲直りした。 辛いことも、苦しいこともあった。 でも、それを乗り越えていくたび、大人になってく。 少しずつ。 強くなってく。 少しずつ。 別れも、あった。 でも――、 「すまん、どーもなっとらんか?」 1990年、8月。 快晴。 新しい出会いも、始まろうとしていた――……。 |