あおい 「誰、アレ?滄の女?」 「知らね。」 一蹴する。 タツルの車を追い抜いて、フルスロットル。 また、夜景を秒殺する。 忘れられる。 走ってる時間なら。 全部。 ――兄ちゃん、お母さん死んじゃうよ。 ひさめ しぐれ ささめ ――氷雨、時雨と細雨早く連れて行って、はやく!! 忘れられる――……。 「氷雨、お前も家帰んな。明日、始業式だろ。」 夜が明ける。 薄っすら白んできた、大空。 また、朝がくる。 行きたくねぇ。 学コなんか。 行かなくても、行ってても、勝手に進学する。 3年。 「あ、そっか。俺って学生じゃんねぇー。」 自嘲。 「ばーか、お前いくつなんだぁ?」 行きたかねんだよ。 学コなんて。 でも。 もし、アイツと同じクラスなら、考えてやってもいい。 ――あさざ。 賭けてみっかな。 明日に――……。 久しぶりの学コ。 辺りはすげえ、騒がしい。 俺を見る目、尋常じゃなかった。 何で、てめーらはこんなくだんねーとこ来てんだよ。 センコー くだんねー先生にへりくだって。 ダチ くだんねー友達とつるんで――……。 |
「滄くん。」 「ブタぁ。」 教室に入ると、滄 氷雨があたしをみてゆった。 薄い唇の端が跳ね上がる。 短ランの下にTシャツを着込んでる。 ボンタン。 校則違反。 「あさざのコトゆったよ。おっかし。」 しさき 白紫が忍び笑い。 「タコッ。」 あたしが言い返したら、喉で笑って、 「座れ。」 自分の隣のイスを蹴飛ばした。 一言ゆって、空を眺めた。 ――同じ、クラス。 「昨日はありがとう。同じクラスだね。よろしく。」 白紫の言葉は、シカト。 「滄 氷雨。」 センセーの声も、シカト。 学コのアイツは、昨日のアイツとは別人だった。 たいくつそうで。 つまんなそうで。 欠伸ばっかりしてた。 「あっおいー!!」 突然の外からの言葉に、滄 氷雨はわざとでかい音をたてて、席を立った。 授業中。 「こ、こら、滄!」 センセーは声を上げて、そして固まった。 滄 氷雨の蒼の瞳に、睨まれて。 動けない。 そしてあたしも――、 ―― 一緒に来る? 「おせーじゃん。」 「わりー、便所、便所。」 バイクが2台、校門の前に止まってて、滄 氷雨は昨日のアイツに戻ってた。 「お?女ヅレ?」 「そ、女ヅレ、女ヅレ。2ケツして。」 滄 氷雨がそうゆうと、1台のバイクに2人乗りした。 あたしは軽く頭を下げる。 「腹もってろ。」 滄 氷雨があたしをバイクの後ろに乗せて、腕を自分の腰に持っていった。 細い、腰。 メットをかぶせられる。 そして、風を切った。 気持ちいい。 すごく、気持ちいい。 「べんきょ、楽しかった?」 「ばぁーか。してねぇーよ。てめぇ、昨日こなかっただろう。」 細い足で、滄 氷雨は隣のバイクを蹴飛ばすマネをして、運転してる男にいった。 「だって、あおいちゃん、荒れたんだもんよって?」 後ろに乗ってる男がゆった。 滄 氷雨は鼻で笑う。 一瞬、垣間見れたアイツの瞳。 昨日はすごく楽しそうだと思ったけど、すごく、悲しそう。 笑ってても、どっか、遠くを見てる。 「滄、家寄る?」 運転してる男がゆった。 滄 氷雨は無言で頷く。 ヨン フォア 「いーなぁ、400FOUR。音いーしょ。」 「いーよぉ。」 滄 氷雨の家は、あたしの家の目と鼻の先だった。 400FOURってバイクで、またあたしを後ろにのっけて風を切った。 湘南海岸沿いの134号線を走って、国道1号線にでた。 横浜。 昨日連れられたところだ。 山下埠頭。 色とりどりのバイクが、寂れた倉庫に囲まれていた。 ゾク ロ ー ド ――族の名前は、THE ROAD。 けっこうでかい族みたいで、本部がここで、支部もたくさんあるらしい。 ほとんどの族の、総まとめみたいのをしてるってきいた。 「湘南のやつらぁ、まだ荒れてんみたいじゃん。」 ブルース 「初代やめてからだろ、BLUESだっけか。」 「聞いた話によると、先公になったってよ、初代。」 「マジで?」 他愛もない話。 雑多な会話。 たつる 「でも、立さんがなんとかしてくれるっしょ。あのヒト下のこともちゃんと考えてくれるし。」 アタマ 立さんってヒトは、ここの総統で、信頼が厚くて皆に尊敬されてる。 「タツル―!!」 そんな立さんを、呼び捨てで呼ぶ年下の奴は、滄 氷雨だけ。 すいき とひろ みなき みやつ 立さんにかわいがられてるからだって、今日学コに来た、須粋 斗尋と皆城 造がゆってた。 「名前は?」 目の前に出された大きな手。 屈んだ立さんの首元で、ぶっとい金のネックレスが、音をたてた。 なしき 「あ、あさざ。……流蓍 あさざ。」 黒髪をオールバックにしてる、男前。 鼻に皺を寄せて、満足そうに笑った。 大きな腕で、あたしをバイクから降ろしてくれる。 昼間なのに、高校生くらいのヒトももっと幼そうなヒトもたくさんいる。 皆、それぞれ話しに花を咲かせて、お酒を飲んで――、 「滄の女?」 顔を上げると、ケバっこい女があたしの前にたってて、あたしが首を横に振ると、 「ふーん。やめといたほうがいいよ。アイツは。」 そうゆって滄 氷雨を見た。 「流しいこ。」 「ばーか。昼間から何こいてんだよ!」 「それでなくても、俺らマークされてんのによ。」 そんな周りの声は聞かずに、滄 氷雨はバイクのエンジンをふかした。 本部はけっこうでかくて、ケーサツにマークされてるから、なかなか走れないってゆってた。 「アイツ、危ないことヘーキでやるよ。」 それなのに、アイツは。 一人で港をでて、風を切りに行った。 「どーすんよ。ついてく?」 「まっさか。まだ死にたかねーよ。」 「パクられんのも、ゴメン。」 アイツは、車どおりの激しい道路に出たのに、ブレーキかける気も全然ない。 赤信号もシカト。 「ね。いつ死んでもいいよーな瞳、してるもんよ。アイツ。」 アイツのバイク音が遠ざかってく。 「立さんは?」 「へーキ。今、中にいる。」 「バレんじゃね。音で。」 「ったく、またごまかすの?」 皆、アイツのやることに呆れてた。 「……ビビった?」 皆城 造が、滄 氷雨の去った後を見て、尋ねた。 「滄、学コでは、どんな?」 真剣な瞳をした。 あたしは知らなかったから、首を横に振ると納得したように、頷いた。 夜になると、バイクの数は昼間よりずっと増えて、ヒトもたくさん集まった。 高揚感が襲う。 人だかりのせいだけではない。 雰囲気に呑まれる。 こうゆうの、悪くない。 皆、知り合いみたいに話しかけてくれて、ジョークとばして――、 「あさざちゃんつーの。かーいーね。乾杯しよ、かんぱーい。」 壁を背にしゃがんでたら、ラリッた口調で男があたしのとなり座った。 差し出された缶。 手をのばそーととしたら、細い脚に遮られた。 そして腕を引っ張られる。 「なにすんだよ!」 あたし、思いっきり睨んだつもりだったのに、アイツの瞳、見たら動けなくなった。 アイツは、ヒトを射抜いて、背を向けた。 アイツが行った後、 「アレはアンパンっつって、シンナーだから、やるなって、あおいちゃんは言ったわけよ。」 須粋 斗尋がゆった。 皆城 造は軽く笑った。 「……。」 須粋 斗尋は、やんちゃな瞳にもどして――、 「ねぇ、ねぇ。あの髪のふわふわっとした友達。」 名前なんてゆうの。 ちょっとはにかんだように、笑った。 てんり しさき 「天漓 白紫。」 「あたし、あいたいなぁ。」 須粋 斗尋の照れ隠しの言葉にあたしも頬をゆるめる。 白紫、どうしてるかな。 学コ、フケてきちゃったんだ、今日。 白紫はマジメなコ。 なのに、あたしにかまってくれて、いつも側にいてくれる。 あのコの笑顔、大きめの口がUの字になる。 あたしは大好き。 「アイツさ。」 皆城 造が温かい缶コーヒーを差し出した。 無言で顎を下げた。 「滄ん家、両親仲悪くて、何度も離婚話とかでてて、下にも妹と弟がいんだけど……」 言葉途中で、あたしの目を見た。 心底心配してる表情。 「アイツ、いっつもジョークとかいって笑ってるけど、いつも違うトコみてて。危ないことへーキでやって、自分のことわざと傷つけてるみたいで。」 時折空を見上げて、ゆっくり話した。 「みんな、かっこいーとかゆうけど、そうじゃなくて。アイツ淋しかったりして。」 ――あんたなら、解ってやれんじゃないかな。 涙がこぼれそうだった。 何故だかわからない。 皆城 造の声のトーンも優しくて……。 あたしは目元に指を伸ばした。 「みっやつー、何泣かしてんの?」 滄 氷雨の声に――、 「泣いてねーよ!」 啖呵を切ったあたしを鼻で笑って、肩に手をまわして自分の胸に引き込んだ。 顔を近づけて、 「ホテルいこっかぁ。」 でかい声をあげる。 滄 氷雨はバイクのうしろにあたしをのせて、真っ直ぐ家まで送った。 家の前でバイクを止める。 「お前ぇー、俺の女になれ。」 蒼い瞳で、まっすぐあたしを見た。 また。 アイツから瞳が放せなかった。 吸い込まれる。 滄 氷雨、あたしが今まで見てきた男とは違う。 誰とも違った男。 唇が重なった――……。 |