♪5小節♪



   ――変わらないね。

   変わらないのは、ゆづもだよ。

   つづし                        ゆづみ   
   矜は声に出さず、突然訪れた夕摘を見た。

ス  スレンダーな体つき。

   柔らかな長い髪。
芯  芯の強い笑顔。

   あの頃と、変わらない。
   初めて出会った時。
   一瞬にして自分の心を奪ったその笑顔。
で  でも、そう。どこか儚げで……。
俚   「そうだ。買い物に行くところだったんだわ。」
   りつか                             つづみ てつき
   俚束が、店お願い。と、言い残して坡と轍生を連れ立って出て行った。


   二人きりになった。
   外の音は漏れでてこない、静かな空間。
や  やばい。

   やばい。
   矜は、動揺を隠しきれる自信がなかった。

   なんてタイミングなんだ。

   自分の意志とは無関係に、心臓の音、クレッシェンド。

   カウンターに隣り合って腰掛けている二人。
   鼓動が聞こえてしまいそうで、怖かった。
   夕摘を見る。
   やわらかい長い髪をかきあげる、しぐさ。変わらない。

    「……ゆづ、どうした?」
   何処か遠くを見ている、夕摘。

   笑顔はなかった。
矜  矜の言葉に、大きすぎない二重の目を向けた。
   そして、逸らす。

   連絡もなしに突然訪れた、夕摘。

   今、目の前にいる、憂う瞳をした夕摘。
反  反射的に手が動いてしまった。
   矜の手は夕摘の頭をなでていた。数回。

   労わるように、やさしく。
そ  そうしているうちに、夕摘の体が小刻みに震え出した。
   夕摘は、涙をこらえるかのように、口元に手を持っていった。
   抱きしめたい。

   衝動を無理やり抑え込む。
   夕摘の左薬指に光るモノ。
   簡単にムシできるはずがない。

    「……たまには、ダンナさんに甘えろよな。」
   理由はわからない。
隣  でも、何かをガマンしている様子が伝わってきた。
   矜の言葉に、夕摘は涙をぬぐっていた手をとめた。
    「わがまま言っていんだよ。夫婦なんだから。」
   矜は、自分の言葉に、胸が締め付けられる想いがした。
   胸の奥が、苦しい。
    「……ダメかも。」

   夕摘が涙で潤んだ瞳を向けた。

   震える細い肩。
   俺も、ダメかも。

   自分の気持ち。コントロールできる自信が、なくなっていく。
「   「大丈夫。ゆづは、大丈夫だ。」
   自分にもいいきかせた。

「  大丈夫。

夕  夕摘の頭を子供のようになでながら、大丈夫だ。と、言い続けた――……。

    
    「俚束のゆったコト。身にしみてわかったよ。」
   ――気づいてるでしょ、自分でも。
   夕摘たちが店を後にして、開店までの準備中。
   カウンターの中で、俚束は、憂い帯びた表情を作った。

   振られる原因は、いつも自分にあった。
   何人の女性と付き合っても。
   いつも、夕摘の面影をひきずっていた、自分。
   いい加減、やめないか。
   自分に問いかけた。
   決して交わらない、旋律。
   交わってはいけない、旋律。
   眉間にしわを寄せた矜に、俚束が切ない顔をした――……。
 



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