
♪8小節♪
長く柔らかい髪は、化粧っ気のない顔に張り付いていた。
長身で細身の体は、濡れた服でさらに誇張されていた。
小刻みに震える細い肩。
芯 つづし
アーモンド型の猫を思わせる瞳が、矜を見た。
ゆづみ
夕摘の薄い口は真一文字に結ばれていて、今にも泣き出しそうだった。
「……矜くん?」
奥からの彼女の声に、夕摘は、はっ、として、上半身裸の矜を改めて見る。
「ごめんっ!」
で あわてて翻す夕摘。
俚 「ゆづ!」
矜は焦った。夕摘と奥の彼女とを交互に見て――、
― ――前に進もうと思った。
いい加減、卒業しないと。
デクレッシェンド。
や 「ごめん!!」
矜は上着をつかんだ。
土砂降りの雨の中、転がるように階段を下りる。
「ゆづ!!」
大きなボストンバック。
階段の下。雨ざらしの夕摘の姿。
「……ごめん。」
消え入りそうな声。
雨がつたう長い前髪をかきあげて、矜は夕摘のバックをつかんだ。
もう一方の手で、夕摘の細い腕をとった。
「風邪ひくぞ。」
矜 夕摘の手。冷え切っていた。
2人、近くのホテルに身を寄せた。
夕摘を先にシャワーを浴びさせて、自分はタオルで体を拭いた。
「……。」
反 仕方なかったとはいえ、ラブホテル。
我に返って、ため息をついた。
置き去りにした、彼女。
そ 両手を額にあてがった。
ほどなくして、シャワーの音がやんだ。
夕摘がでてきたのは背中越しでわかったが、振り向けなかった。
夕摘も無言。
入れ違いに、矜もバスルームに入った。
「……矜、本当にごめん。」
涙が落ちるようなか細い声。
隣 「そればっかりだな、さっきから。」
夕摘の顔。見れなかった。
ベッドに腰を下ろす。
無駄にクッション性のあるベッドに体が沈んだ。
「ごめん。……彼女、謝らなきゃ。」
「いいから。」
「 「よくないよ。謝っても傷つけてしまったことは謝りきれなっ……」
夕 涙声の夕摘を抱きしめた。
突然の矜の行動に、夕摘が硬直したのを手に取るように感じた。
肩に夕摘の顎が乗る。
「もう、いいから。」
優しく背中をさすった。
余分な脂肪など、全くついていないことを改めて知る。
安っぽい、ホテルのバスローブ。
お互いの体温を感じるのに、十分すぎた。
「……ありがとう。」
腕を緩めた。少しのスキマ。
「……ゆづ、それっ……。」
矜の瞳がだんだんと大きくなる。
折れそうなほど細い首に、くっきりと残る、指の痕。
首 首筋から、少し開いたバスローブの胸元までも、赤く、痛々しい痕。
首 ところどころ緑色に変色している。
首 「……何で。」
首 矜の眉間に皺が寄った。
矜 夕摘が瞳を逸らす。
矜 優しく頭を撫でた。
矜 あの時のように。
矜 夕摘も肩を震わせた。
矜 あの時のように。
矜 でも。
矜 今度は、衝動を抑え込めることは、しなかった。
矜 矜は無言でもう一度、夕摘を抱きしめた。
矜 ――決して交わらない旋律。
矜 交わってはいけない旋律。
矜 夕摘が、自分の左薬指に静かに触れた――……。
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