
♪11小節♪
つづし
「矜さん、ゆづ姉たのんますよ。」
つづみ
鎌 卒業おめでとうの言葉も言わせずに、坡は頭を下げた。
芯 ロ ー ド
開店前のThe Highway。
「坡……。」
矜は曖昧な返事を返して、腰下ろす。
りつか
矜 俚束もいる。
俚 「ゆづ姉、強いくせに弱いつーか。」
長く赤い髪をかき混ぜるようにかく。
や 今春から社会人だというのに、大丈夫かと尋ねたくなる容姿。
「坡、大人になったのねぇ。」
俚束は微笑んだ。幼い頃から見てきた弟のような存在。
矜 矜にとってもそうだ。
からかわないでくださいよ。と坡は照れた風に唇を尖らせた。
そ 「……ご両親は、何ていってんの。」
矜は少し言いにくそうに尋ねる。
夕摘が大阪へ帰ったと、坡からきかされた。
離婚を決意した。と。
「何も。いってらっしゃいって。おふくろなんて、フツーに。」
「そうか……。」
目を逸らす矜に俚束は言った。
「覚悟、できてんでしょ。」
まっすぐな瞳とぶつかる。
「夕摘だって、そのはずよ。」
淡々と言って、開店の準備をこなす俚束。
矜 その流れのように言葉も続けた。
夕 夕摘は矜に受け入れてもらえるとは思ってなくても、旦那と別れることを選んだ。
反 独りになるかもしれないと解っていても。自分で決断した。
「受け止めてやんなさいよ。」
俚束は叱咤した。
反 目の前に温かいコーヒーが差し出された。
俚束の顔。きつい言葉とは裏腹に、懇願していた。
夕 夕摘をお願い。と。
そ 「夕摘が唯一甘えられるの。あんただけなんだから。」
「……。」
てつき
坡 坡も同じ弟分の轍生も矜を注視していた。
俚束が空気を察して、
「じゃないと、轍生もうかばれないもんねー!」
大柄な轍生の背中を叩いた。
静 静かにアイスティーを飲んでいた轍生がむせた。
坡が優しい笑みを見せる。
「 幼い頃から一緒にいて、憧れていた人。
や 轍生にとって夕摘はそんな存在だった。
矜はカウンターに両肘をついて、拳を組んだ。額にあてがう。
瞳 瞳を閉じた。
コーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
あの時。このまま、消えてしまいたいと思った。
甘美で刹那。
隣 一生、叶うことがないと思っていた。
陳腐な表現だが、幸せ。
決して結実しないとわかっていても。
「……。」
俚束に礼の代わりに顎を下げて、コーヒーカップを持ち上げた。
一口含む。ほろ苦い。
コーヒーに移る自分の顔をみて、はっ、とした。
――交わってはいけない旋律。
夕 交わってしまったとき、奏でるのは……。
「……矜?」
震える手がコーヒーカップをソーサーにぶつけ、甲高い音がなった。
俚束が顔色を伺う。
奏でるのは……。
不協和音ではないのか――……?
その時、店の電話がなった。
俚束が応対する。その受話器をもった手が矜に伸びてきた。
一目瞭然。夕摘からに違いなかった。
矜はうなづいて、受話器を受け取った――……。
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