
♪4小節♪
「ごめんなさい……。うん。そう、実家にいるの。」
ゆづみ
夕摘は次の朝、何事もなかったかのように夫へ電話をした。
夫は短く、わかった。と意思表示をした。
――ゆっくりしぃな。
夕摘は受話器を静かにおいて、ため息をついた。
一息おいて、そして振り切るように――、
「おっはよー!つづ!!」
つづみ
勢 勢い良くドアを開けて、その勢いで思い切り坡の布団をひっぺ返した。
「ざむいっ〜!!」
坡がエビのように丸まって、上目遣いで姉を睨みつける。
「ヒト殺しぃ。」
幼いころの面影を覗かせた弟。
夕摘は、可愛い弟の寝起きに微笑んで、心の中でうなづいた。
大丈夫。
自分に言い聞かせる。
私は、大丈夫。
窓を開けた。乾燥した冷たい風。
夕摘のストレートな長い髪を揺らす。
「朝ごはんできてるから、着替えて降りてきてね。」
今朝母は、昔と変わらずに温かい朝ごはんで迎えてくれた。
何も聞かない。その寛容さに甘えた。
「あれ?」
程なくして台所に下りてきた坡。
Tシャツにジーパン。私服。
「いーの。今日は自主休校。」
とがったあごをしゃくって、夕摘の疑問に答えた。
今日は平日だが、高校3年の冬。就職が決まった坡は自由登校だった。
中学時代、坡はいわずと知れた不良だった。
親の呼び出しも何度もあったと母からきいた。
かいう
海昊との出会いが坡を変えたのだろう。と母は言っていた。
ぶっきらぼうに、いただきます。といって朝食をとる弟を微笑ましく見た。
6年は長い。小学生が高校生になる。
弟は、心も体も大きく成長していた。
相変わらずぶっきらぼうにごちそうさま。といって、坡は席を立った。
「行くよ。」
坡は、昨夜と同様有無を言わせずに夕摘を外へ連れ出した。
ヘルメットが飛んでくる。
てつき
隣 隣の家から轍生もでてきた。挨拶をかわす。
二人は阿吽の呼吸でバイクに息を吹き込む。
夕摘は坡のいわれるがままにバイクの後ろに乗った。
風が気持ちいい。幼少すごした街並み。懐かしさがこみ上げる。
鎌倉、小町通り。坡はバイクを停めた。
ロ ー ド
ク クラッシックな建物、看板。“The Highway”
変わらない。夕摘はほっとした。
「こんちはぁ。」
慣れた態度で坡はドアを開けた。轍生も続き、夕摘も倣った。
「 「あら坡、轍生。いらっ……夕摘?」
りつか
出迎えた女性、俚束は大きな瞳をさらに大きくした。
学生時代の友人だ。
「……相変わらず、突然なんだから。」
俚束は、優しさあふれる笑みでそういい、下の階につながる階段に身を乗り出した。
つづし
矜 「矜。」
俚束の声で、男性が階段を上がってきた。
「……ゆづ。久しぶり。」
「うん。久しぶり。変わらないね、皆。」
ゾク ロ ー ド
そ 学生の頃、俚束に誘われて、横浜一大きな族、THE ROADの集会に顔を出した。
そこで知り合った俚束の幼馴染みでもある矜。
頭に載せた丸グラサン。優しい眼差し。今も変わらない。
高校の頃から音楽関係の仕事をしたい。店をもちたい、といっていた。
念願のライブハウス。夢を実現させた。
坡は学園祭などでもお世話になったらしい。改めて礼をいう。
矜は一笑に付した。
懐かしさが、さらにこみ上げてきた。
後 時間が遡ったかのような感覚。
俚束は準備中のカウンターの中に入る。コーヒーを淹れてくれた。
温かい。心に沁み渡る。
こみ上げてくる想い。夕摘は涙を必死に堪えていた――……。
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