U -THE BOND-
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 「いってきまーす。」
                      きさし
黒のディーバックを右肩にかけて、葵矩は家を出た。
午前七時。

 「あれ。葵矩何でこんなに早いの?」
                             きよの
リビングの一枚ガラスからその様を垣間見て、聖乃。
                                 あすか
 「今日テスト最終日。きっと待ちきれないんですよ。飛鳥ちゃん。」
・  ・                 し な ほ
まだ私服姿の紫南帆が、キッチンで笑みをもらした。
今日で、五日間の中間テストが終わる。

 「……あっの、サッカーばか。」

聖乃は息子の去った軌跡を睨んだ――……。


 「んーっ、いい天気!」

やっと、サッカーができる。
葵矩は伸びをした。
たった五日間のテスト休みも待ちきれないほど、サッカーを求めていた。
今日の英語Vのテストだけで終了。
その後、早速部活が始まるというのに、それすら待てずに、こんなに早く家を出た。

誰もいないグラウンド。
秋にようやく変った涼しげな空気を吸い込んで、ボールを上空へ蹴った。
軽くリフティング。

早く、皆とやりたい。
気持ちは先走る。
そんな気持ちに同調して、リフティングも早まっていく。

 「……飛鳥先輩?」

舌足らずなソプラノヴォイスに振り返り――、
  いなはら
 「稲原。おはよう。」

 「おはようございます。何かボールの音が聞こえるとおもったら……先輩。三年生は今日テストないんですか?……ってそんなワケないですよね。」

茅花は自問自答してみせた。

 「そんなワケないです。――待ちきれなくて、ね。」

照れ笑いを浮かべて、ボールを頭の上で数回躍らせた。
腿におとして、キャッチ。

 「稲原は?」

 「え。……あ、勉強です。」

数秒、葵矩に見とれて、我に返ってから茅花は口を開いた。

 「そっか。朝早くえらいね。」

 「ぜんぜんっ。昨夜、寝ちゃって。もう大変ですよっ。」

妙に力んでいった茅花に失笑して――、

 「がんばって。」

 「はい。頑張りましょうね!」

 「うん。」

じゃ、放課後。と、教室に向かう茅花を見届けた――……。


北棟二階、二年一組の教室。
既に明かりが灯っていた。
右側から三列目の、前から二番目。
数学の教科書とノートを下敷きにして、突っ伏している人影が一つ。
るも
流雲だ。
すやすやと、気持ちよさそうに、些かあどけなさの残る顔。
物音を立てないように、茅花はそっと近づいた。
左耳の金リングのピアスが、流雲の寝息で揺れる。

なんか。
急に大人びた……気がする。
茅花は流雲の寝顔をまじまじと見た。
そして天井を仰ぐ。

なんか、最近、あたし、変かも。
無意識のうちに頬が赤くなったのを、否定するかのように首を振った。

 「朝早く来て、寝てたんじゃ意味ないんじゃないの。」

日焼けした茶色の髪を、軽く叩く。

 「んーっ、あぁ。おっす。」

寝ぼけ眼の顔をあげる。

 「おっおはよ。」

何故かどもってしまう。

 「流雲、解けた?」

突然のその声に、茅花の胸が大きく飛び跳ねた。
教室の入り口を見る。
や し き
夜司輝だ。

 「あ、稲原さん。おはよう、早いね。」
          ほしな
 「おはよう……星等くん。」

夜司輝は爽やかに笑って、流雲の前の席に腰下ろし――、

 「解けてないじゃないか。」

 「だぁって。流雲ちゃんわかんない。」

 「そんな顔してもダメ。自分で解く。」

頬を膨らませて流雲。
上目遣いで夜司輝くを見る。
        ふかざ
 「寝てたよ、吹風。」

茅花の言葉に夜司輝の目が流雲を睨んだ。

 「そーゆーことゆーなよぉ。だってねむいんだもん。」

怒る風ではなく、そういって背もたれによりかかり、のけぞった。
しかたないな。と、夜司輝は溜息をついて、教科書とノートに目をやる。

 「飛鳥先輩。朝レンやってたよ。」

 「うそ、行く!」

すばやく立ち上がった流雲の腕を引っ張って――、

 「ダメ。……でも、飛鳥先輩もまだテストだよね。」

 「うん。でも待ちきれなかったんだって。先輩らしいよね。それでも頭いんだからすごいなー先輩って。」

語尾にアクセントをつける。

 「そっりゃー僕の愛するあすかせんぱいですからぁ。」

当然。と、自分のことのように胸を張ると、夜司輝の拳が軽く当たる。

 「頑張らなきゃな。今日終わったら、全国まっしぐらだね。」

全国大会のフィールドを思い出す。

 「さあ、やるよ!」

 「へーい。」

勉強にとりかかった――……。


同じ階の三年一組では、自主練習を終えた葵矩が教室に入ってきた。

 「おっす、遅せーじゃん。」
                                      いおる
イスに片足をあげて、教科書を見るともなく眺めている姿勢で尉折。

 「おはよ、葵矩。」

にっこりカフス。
二人に挨拶を交わして、自主練習をしていたことを告げる。

 「よっゆう。」

語頭にアクセントをつけて尉折が言った。

 「んなんじゃないよ。ただ……」

 「待ちきれなかったんやろ?」

カフスの言葉に頷く。

 「そーゆーとこ好っきやでー!」

 「こら、やめろって。」

首に巻きつくカフスの浅黒い腕を軽く取り去って、外を見た。
真っ青な高い空に、薄い雲が浮かんでいる。
秋晴れだ。
テスト、ラストスパート。
葵矩は気合を入れて臨んだ――……。

  サッカー   サッカー   サッカー  サッカー
 「部活だ部活だ部活だ部活だあぁぁ――!!」

グラウンドにとびだすなり、大声の流雲。

 「まったく、元気なやつめ。」

 「俺、今日のテスト最悪。」

試験が終わってもその出来にブルーになるものもいる中、流雲は気持ちを抑えきれずに叫んでいる。

 「教室でるなりこれですから……。」

そういう夜司輝も嬉しさを隠せない様子。
何はともあれ試験は終わった。
皆は練習に励んだ。

しかし、思いも寄らないことが待ち受けていた。
全てのテストが返却され、その結果に喜んだり、悔やんだりしている中。

 「えぇぇぇ――――――!!!」

グラウンド中に響き渡る大声。

 「ちょーっと待ってください!もっかいゆって下さい、かんとく!!」

流雲が顔の前で人差し指を立て、大きな瞳を見開いた。
監督はクールな表情を変えずに、口を開いた。
           ・  ・  ・  ・  ・
 「中間テストで、平均点以下の教科が一つでもあったら試合にはださん。」

再び叫び声が響いた。

 「ちょーっと!テスト終わってからゆわないで下さいよぅ、かんとくぅ〜。んな、平均点以下一つもないなんて、飛鳥せんぱいと夜司輝くらいしかいませんよ――!!」

 「え。」

引き合いに出されて、葵矩と夜司輝は顔を見合わせる。
皆も口々に、そんなのムリだよ。といっている。

 「赤点ならまだわかるけど、平均点以下って…・・。」

 「だよなぁ。もちろん全教科だろ。」

そんな嘆きが聞こえる中、監督は淡、とリストアップしておけ。と、マネージャーに指示を出した。
そして背を向けた。

 「ちょっとまってよぅ。」

一瞬にして、山の土砂が崩れ落ちるかのように皆がうなだれた。

 「自慢じゃねーけど、俺、ヤバイ。」

 「俺も。」

 「……。」

葵矩が言葉を失っていると――、

 「だいじょーぶだって、んなことしたら全国なんていけねーよ。なぁ。」

楽天的に尉折。

 「せやけど、あの監督ならやりそうやで。」

沈んだ声でカフス。
       じゅみ
見かねて、樹緑が口火を切った。

 「……ねぇ。ところで尉折どうだったわけ?」

次の瞬間、今の質問なし。と、踵を返す樹緑。
聞くだけムダと判断したらしい。

 「……逆の質問するわね。全部平均点いってる人?」

恐る恐る尋ねてみる。
一様に暗い顔。

 「飛鳥くんは当然でしょ。……夜司輝くんもだよね。」

まぁ。と、曖昧な返事の夜司輝だか頷いた。
それから。と、まわりを見渡す。

 「ちょっと待てよ。飛鳥と夜司輝しかいないんじゃ、話になんねーじゃんか。」
                        いらつ
尉折が口をだすと、お前がいうな。と、苛。
                     たづ
二人じゃできないしな。と、冷静に鶴。

 「あたし。監督にいってきます。そんなの絶対変ですよ!」

茅花が立ち上がって、駆け出した。

 「あ、稲原!……えっと。じゃ、俺もいってくるから、練習してて。」

尉折に頼んだぞ。と、言い残して葵矩は茅花の後を追う。

 「たのみます。キャプテン!」

皆に見送られ、樹緑と一緒に監督の下へ向かった――……。


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