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し な ほ きさらぎ
「そや、紫南帆ちゃん。如樹、いてへんの?」
キッチンで何やらやっている紫南帆に、カフスが少し声をあげて尋ねた。
手を拭きながら、顔の見える位置まで来て――、
「うん。バイトなの。夜には帰ってくるよ。」
かいう
紫南帆の答えに、そうか。と納得して、海昊のこととか話したかった。と半ば独り言のように呟く。
あすか
「皆がよければ泊まっていってくれてもいいよ。ね、飛鳥ちゃん?」
紫南帆に話を振られて、
「え……う。……まぁ。」
葵矩は曖昧な返答。
「本当ですかぁー!」
あつむ
よろこんだのは厚夢だ。
「両親たちでかけてるし。何より、たくさん夕食の材料かっちゃったんだ。」
かわいく微笑んで紫南帆ははにかんだ。
そうみ
「まじですか?蒼海先輩の手作り?」
「すげーラッキー!」
のりと
祝たちが騒ぐのを、そんなにすごいものじゃないよ。と、紫南帆。
勉強頑張ってね。と、キッチンに戻った。
「いーな、いーな。」
るも
流雲がこれみよがしに葵矩をつついた。
「//////流雲、やるぞ!」
「はいはーい。」
「お前は四教科克服しなきゃなんねーんだから気合いれ……痛っ。」
いおる
じゅみ
尉折が流雲に喝を入れるのに、すかさず樹緑が尉折の耳を引っ張った。
「人のこと言えないでしょ。あんたは三教科!」
・ ・ ・
「あっちのことだったら気合入るんだけど、なぁ。」
その瞬間、鈍い音が響いたのはいうまでも無い。
「えっと……何の教科だっけ、流雲。」
尉折を横目で見て、流雲に向き直る。
流雲は四教科、尉折が三教科。
わかつ
カフス、厚夢、和葛は一教科、追試を受けなくてならない。
「でもさー、流雲えらいと思うよ、俺は。」
そのう
追試でもなんでもない弁は、珈琲とお茶菓子を食しながら――、
「中学の時、あんだけ危ないっていわれてたS高単願で受かっちゃうし、何とか二年やってるしさ。」
「やっぱりー?」
ひはる
「ちょーしに乗んな。でもさ、T高の推薦もらってりゃ、あの、姫春ちゃんとも付き合えたかもしれねーのに。」
祝の言葉に、厚夢が興味を示した。
「何ですか、それ。」
祝が得意げに話しだす。
中学時代。
流雲と塾が一緒だった祝。
つばき ひはる
塾の生徒で一番かわいいといわれていた椿 姫春という少女が、流雲に好意をもっていたという。
「マジ美人なんだって。」
ふかざ
「へぇ。吹風先輩も隅におけませんね。」
和葛がシャーペン片手に流雲を見る。
流雲はめずらしく、静かにノートに視線を移していた。
「なのに、流雲。全然きづかなくてー、お前がT高推薦もらってたからあのコ、T女狙ってたらしーじゃん?結局そのままK女いったみたいだけど。」
「だよね。もったいない。」
と、弁。
「ほら、勉強しようよ。何のために先輩の家おじゃましたかわからないだろう。」
や し き
少し、トーンを落として夜司輝は諭した。
流雲のノートに目を移す。
「悪い。……そーいえば、お前らクロスに会ってんの?あいつさー、変ったと思わね?」
祝は一応は謝ったが、悪びれずに続けた。
「卒業してから……会ってないよ。」
夜司輝はそういって流雲の間違いを指摘した。
祝は、ふーん。と、呟く。
「葵矩、ここわからんのやけど。」
カフスが葵矩を呼んだので、側にいく。
ほしな
「星等先輩。この解き方教えてもらっていいですか。」
和葛も真剣に教科書とにらめっこ。
夜司輝が手助けする。
そんな中――、
「紫南帆さん。」
厚夢が立ち上がって、キッチンの紫南帆の元へ足を運ぶ。
葵矩はカフスに教えながらも、やはり、気になってしまう。
「気をつけろ〜。」
尉折が知ったような顔で言って、口元を跳ね上げたので、葵矩は尉折を睨んだ。
中学も同じ先輩後輩の関係だった厚夢。
そのころから紫南帆に好意をもっていたのだ。
キッチンの紫南帆は見えないが、何か受け答えをしているようだ。
危機感がないというか、無防備なんだよな。
葵矩は紫南帆のことを思う。
推理力に長ける鋭敏な感覚をもっているのに、自分の恋愛事には疎い。
天然なトコロがある。
葵矩にとって、そんなところがかわいくもあるのだが。
みたか
紊駕はそういうところ、心配じゃないのかな。
葵矩はまだ帰ってこない紊駕を見るように、庭に視線を動かした。
そこへ――、
良く手入れの行き届いた、低いエンジン音。
門をくぐると遠慮がちになる。
最後に一発唸りをあげて、静寂。
「あ、帰ってきた。」
紫南帆が玄関に出迎えた。
アルセーヌは既に外に出迎えている。
「おかえり。」
表情でただいま、と意思表示して靴を脱いだ。
バイト帰りの紊駕。
「如樹先輩だぁ!」
「かっこいー。こんな近くで見たの初めてかも。」
「すげーめっちゃかっこいい。」
祝たちはリビングから玄関をのぞき見て、口々にいう。
もちろん本人は我関せず。
「夕食、作るね……えっと……」
「一緒でいい。」
紫南帆の続く言葉を先に理解して、紫南帆の頭に手を置いた。
紫南帆は笑顔で頷いて、紊駕が自室に行くのを見届けてから、キッチンに翻した。
「如樹先輩。すっごい優しい表情しますよねー、学校じゃ、絶対見れない顔。」
テーブルに頬杖をついたまま、語尾を強めて厚夢は唇を尖らせた。
かなり不服そうだ。
「……。」
葵矩はそんな様子に黙していた。
「わかんなーい。」
今まで黙っていた流雲が突然頭を抱えたのに、葵矩は失笑してどれどれ。と、流雲のノートを覗き込んだ。
「あすかせんぱい?」
「ん?」
流雲のノートを指でなぞりながら、何気に返事をすると――、
「そんなに近づくと、僕、感じちゃますよ。」
皆でこけるリアクション。
「//////っ、流雲っ!」
葵矩は何故だか真っ赤になっているが、流雲は満面の笑み。
「何でお前っ……こんな時ばっかジョークゆー?」
さっきまで黙ってたくせに。と、祝。
祝にジョークじゃないもん。と、かわいく口をすぼめた。
「あすかせんぱいの愛があれば乗り切れます!ってことで、せんぱい。僕に愛のきっすを。」
さらに目を閉じて、葵矩に顎を挙げて顔を近づける。
瞬間。
・ ・ ・ ・
「あたしの飛鳥先輩にむかってなんてことすんの!」
つばな
茅花だ。
流雲の頭を叩く。
葵矩は何をどうしていいのかただ、固まった。
流雲は頭を抑えながらもめげずに、
・ ・ ・ ・ ・
「じゃあ、茅花ちゃん、してくれる?フレンチでいーよ。」
茅花に顔を向けた。
今度は乾いた音が響く。
顔を真っ赤にした茅花が、流雲のノートをとり、流雲の頬を叩いたのだ。
じょ、冗談にならないよっ。
茅花は胸の鼓動を隠すように――、
「もう、しっかり勉強しないとレギュラーはずされるからね!」
「そーだそーだ。てめーフレンチキスなんて俺だってねーんだからな!」
的の外れた尉折の言葉に、今度は樹緑が尉折を叩いた。
「えー、ないんですか。尉折先輩。」
「フレンチって、あれだよねぇ。」
祝が言って、弁。
「え?そんなにたいしたもんなんですか?」
厚夢が割り込む。
勉強どころではない。
葵矩にはキスということさえ、たいそうなことなのに――、
「フレンチって聞こえはいいけど――、」
祝が厚夢に耳打ち。
「えー、そーなんですかぁ。知らなかった。」
一気にそっち系の話しに盛り上がったのを見かねて、樹緑と茅花が紫南帆を手伝いにキッチンへ逃げた。
「?なんか盛り上がってたみたいだけど?」
夕食の準備をしながら紫南帆。
いいの、きかないで。と、樹緑が首を横にふった。
リビングでは相変わらずその話題が続いている。
「フレンチキスってあれやろ。いわゆるディープキス。※△×れたり、○※▲らめたり。」
「カフス先輩。放送禁止用語はいることいわないで下さいよー!」
夜司輝はさりげなく話題から外れている。
当の本人は、ラテンじゃ普通やで。と、当然顔。
そして、葵矩を見る。
「あかん、葵矩死んどる。」
「いーよなぁ。俺もラテンの彼女探そうかな。」
「あー、そいことゆっていーんですかぁ。じゅみせんぱいにいいつけちゃいますよー?」
尉折の言葉にキッチンの樹緑を見るように背を反らして、流雲。
「お前がゆうな!冗談でも茅花ちゃんにいうことじゃねーぞ!」
「尉折せんぱいだってゆーくせに。」
「いんだよ、俺は。付き合ってんだから。」
「あ、付き合ってたんですか?知らなかったなぁ。そうなんですかぁ。」
このヤロウ。と、尉折。
「お前らー―!マジメにやれ!!!」
「お、生き返った。」
葵矩が憤怒して、再び勉強の士気が蘇った――……。
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