U -THE BOND-
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 <東京――東京――……>

顔を上げ、新幹線を降りた。
きさし
葵矩の腕時計が十四時を指した。

確かに、聞こえた。
試合開始のホイッスル。

葵矩は焦る気持ちを抑えきれず、足早になる。
ここから横浜駅まで、四十分。
電車に揺られながら、気持ちばかりが先走る。

横浜駅。
十四時四十分。
前半戦が終了した。
横浜駅からバスで、三ツ沢グラウンドまで三十分。
こんでいればもう少しかかるかもしれない。
終了までに間に合うだろうか。

何度も何度も腕時計を見る。
横浜駅西口、バスロータリーにでた。

バス停まで走る。
次の瞬間、直感とも言うべく何かが、葵矩の顔を上げさせた。
良く手入れの行き届いた、低い聞きなれた心地良いとさえ思える、エンジン音。
勢い良く振り仰いで、周りを見回す。

 「……。」

赤く綺麗に染色された長い前髪。
よく通った鼻筋。
薄い唇。
シャープな輪郭。
黒で統一された服がスリムな影をおとしている。
行きかう人が皆、目を奪われる。

 「乗んな。三ツ沢までとばしてやる。」

細い顎がしゃくられた。
     みたか
 「……紊駕。何で……」

呆然とする葵矩にヘルメットが飛んできた。
急げ。
葵矩は我に返り、KAWASAKI ZXRにまたがった。

 「あっ、ありがとう。」

すぐさまZXRが安定した発進をし、疾風の如く他の車を抜き去った。
安全でかつ無駄のない走行。

今朝、十四時半くらいには、横浜につくと言い残した。
葵矩は紊駕の気遣いに、背中でもう一度礼をいって、

 「あ、紊駕。し……」

紫南帆は?と尋ねようとして言葉を飲み込んだ。
紊駕が紫南帆を家に置き去りにするはずがない。
紫南帆をグラウンドに送って、それからここへきてくれたのだ。
何も言わないが、そういう細かいところに気が利く男だということを良くわかっていた。

そして――、
  あすか
 「飛鳥先輩!!」

息せき切って、向かった。
耳をつんざく歓声。

スコアは?

――0対0。

後半二十分。

 「おかえりなさい!早く。」

 「先輩!あと二十分。ユニフォーム、早く着てください!」

 「監督!!選手交代指示出してください!」

マネージャーの口々の声。
強引ににユニフォームを押し付けられ――、

 「……これ。」

葵矩はユニフォームを見て、そして思わずグラウンドを眺め見た。

――十番。

 「欠番なのよ。皆が、十番は飛鳥くんじゃなきゃ、って。」
じゅみ
樹緑が葵矩の動向に答えた。
欠番。
たいてい背番号は、その試合、状況に応じて変る。
今回のように葵矩が欠場のとき、その十番は誰かが背負ってフィールドにたつ。
しかし。
今、グラウンドにはエースナンバーがないのだ。
皆が葵矩の帰りを待っている。

 「先輩!」

葵矩はユニフォームを握り締めながら、ゆっくり監督の前に歩み出た。

 「ただいま、帰りました。」

監督は葵矩を一瞥して目でわかったといった。
そして再び寡黙。
葵矩の気持ちを理解していた。

 「監督!何してんですか!早く、せっ……」

 「いんだ。」
                   つばな
選手交代指示、といおうとした茅花を制した。

 「先、輩?」

 「信じてる。……皆を信じてる。」

腰下ろして、ユニフォームを今一度握り締めた。
皆、葵矩の為に、葵矩を戻る場所を作る為に必死になっている。
全国という舞台に、皆で葵矩を連れて行こう。
そんな皆の思いが伝わってくる。
必死で走ってる。
必死でボールを追う。
必死で――、

葵矩は腕に力をこめ、がんばれ。と、唇をかみしめた。

 「先輩……。」

 「飛鳥くん……。」

茅花たちマネージャーも葵矩の、皆の想いを感じた。
突然の大歓声。
グラウンド中に響き渡った。
思わず、腰を浮かしてしまう。

 <オフサイドなし、S高チャンス!!>

後半三十五分。

 <この試合、S高は主将でエースの飛鳥を大学入試のために欠いています。そして、十番エースナンバーは現在欠番。しかし、ここまで良く守り、攻めています。0対0。S高、今決定的チャンス!!>
いおる
尉折にボールが渡った。
最前線。
タイミングのよいセンタリング。
ノーマーク。

今だ、尉折。行け――!!
葵矩が心で叫んだ。

 <ゴ――ル!!!後半三十六分。ギリギリゴール!!>

再び大歓声がうねりを上げた。

 「やった、樹緑先輩。やった、やったぁ!」

 「うん……うん。」

樹緑が涙ぐんだ。

 <一対0。S高決勝点なるか。もう、時間がない――!>

皆、皆。
熱い。
心が、体が、燃えるように熱い。
葵矩は手に汗を握り締めた。
                                    てだか
 <ここで長いホイッスルだ――!一対0。後半三十六分。豊違の決勝点でS高校、神奈川県大会、優勝!!!>

さらなる歓声。

 <S高校、年末から始まる全国高校サッカー選手権大会の出場権を二年連続手に入れました!>

盛大な拍手の嵐。
鳴り止まない歓声。

 「やったぁー!!」

 「勝った――!!」

皆がベンチに戻ってきた。
一様にほころばせた顔、顔、顔。

 「飛鳥せんぱーい!!」
るも
流雲がいち早く、葵矩を見つけて飛び掛ってきた。

 「勝ちましたよ!せんぱい。」

 「うん、うん。」

抱きつかれた状態で流雲の背中を叩く。

 「飛鳥ぁぁ!!」

 「飛鳥先輩!」

 「先輩!」

皆、皆、葵矩に駆け寄ってきた。
誰よりも伝えたい。
誰よりも葵矩に、この喜びを伝えたい。

 「葵矩、やったで。」

 「カフス。」

 「飛鳥。」

 「尉折、ナイスシュート!」

肩を組む。
尉折は涙ぐんで――、

 「俺、あんときお前の声、聞こえた。センタリングあがって、ノーマーク。そんとき、今だ、尉折、行け!って。飛鳥の声。聞こえた。」

 「尉折……。」

鼻をすすって、葵矩に抱きついた。
優勝。
優勝したんだ。

皆の目が潤んでいた。
葵矩がいなくとも、いや、葵矩がいたからこそ。
何よりも強い、絆。
皆の心が一つだったからこそ、勝ち取れた優勝。

葵矩も感極まって、皆に礼を言った。
ありがとう。

 「お帰り、おめでとう。」

 「紫南帆……。」

選手や関係者以外立ち入り禁止のベンチに紫南帆の姿。

 「初めからずっと、飛鳥くんの代わりにいてもらったの。気づかなかったなんて、不覚?」

なーんて。と、樹緑は涙をこらえるためか、からかう口調でいった。

 「……ありがとう。」


――神奈川県大会、優勝。

 「やー、すげーよな。俺たち。」

 「本当、本当。飛鳥なしで勝っちゃったんだぜー!自信持っちゃうよ。」

帰り道。
皆は興奮冷めやらぬ雰囲気で、口々にいった。
                       ・  ・  ・  ・
 「何いってんすか。飛鳥せんぱいがいたからこそ、勝てたんですよ!」

流雲の力説。
                      
 「飛鳥せんぱいが、どこにいても僕を想っててくれたから。飛鳥せんぱいの存在が、優勝に導いてくれたんです!!」

 「流雲……そんなことないよ。皆、俺なんかいなくたって、十分強いよ。勝てるんだよ。」

皆を讃えた。
皆、葵矩を見て――、

 「そーだよな、やっぱ飛鳥がいてくれたからだよな。」

尉折がしおらしく呟く。

 「頭の中、ずっとお前がいた。絶対全国に連れてってやる。そんな使命感もやして、さ。だって、まじで決勝ゴール、お前の声、聞こえたんだぜ。」

そうまじめにいってから、葵矩を見た。

 「やっぱ、これは俺と飛鳥の愛の深さの証だ。」

え……。

 「ちょーっとまったぁ。あすか先輩と一番愛が深いのは、僕です!」

葵矩に抱きついた尉折を押して、流雲。
そして、カフス。

 「ワイやワイ。葵矩と愛が一番深いのはワイ!」

 「俺ですよね、飛鳥先輩!」

 「俺も、俺も!」
あつむ      わかつ
厚夢も和葛まで。

 「待った、まっ、た!」

皆に抱きつかれ、倒れそうになりながら――、

 「皆だよ。皆。俺たちは強い絆で、結ばれてるんだから。」

葵矩の言葉に、皆納得して頷いた。
そんな中、流雲が葵矩の腕をとった。

 「でも、僕のが一番太いですよね――!」

 「あ、ずるいで、ワレ。」

呆れつつも笑顔。
ありがとう。
本当に心から、葵矩は礼をいった。
そんな皆をマネージャーたちは少し遠目で――、

 「何か、いいですね。」

 「本当。何だか、焼けちゃうな。」

茅花と樹緑が呟いて、

 「絆、絆。か。」
              とゆう
一年のマネージャー、都邑も微笑した。
そして、電車に乗り込んだ。

 「そや、どやった試験。」

 「うん。楽しかったよ。」

葵矩の簡潔な返答に尉折が、楽しかった?と、すっとんきょうな声。
ま、当然といえば当然か。
試験といっても、実技とか面接だから。と、付け加えた。
そう笑顔を返してから――、

 「ライバルに会ったよ。」

顔を引き締めた。
たりき     せつた
托力と雪駄のこと。
皆が驚く中――、

 「あすかせんぱーい。またウワキしたんじゃないでしょーねぇ。」

流雲が下から唇を尖らせて、見上げた。
葵矩が眉をひそめる。

 「もう、せんぱいってば。僕という人がありながら、誰彼かまわず笑顔振りまくんですからぁー!」

気が気ではない。と、電車の中お構いなくいった。
周りも一瞬、ぎょっとした怪しげな目線を送ってくる。
そんな目線は眼中なし。
先輩は僕一人のものだ。と豪語している。

 「勘違いもここまでくると、あかんわ。」

しっし、と犬を追い払うような手つきをしてカフス。

 「よぉっく覚えとき。葵矩はワレのもんやなくて、」

息を吸う。
  ・  ・
 「ワイのもんや。」

 「……あの、ねぇ。」

葵矩の呆れた言葉にも、カフスと流雲は相変わらず言い合いをしている。

 「そうやっていつも、いつもぉ〜。」

 「何や、やるんか。」

そんな光景を皆は笑顔で見ていた。
相変わらず、誰からも溺愛される葵矩であった。

十一月二十五日。
S高サッカー部は、夢へと一歩近づいた――……。


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