5
きさし
十月も霜降が近づき、冷たい風がサッカー焼けした葵矩の髪を揺らした。
秋の朝日を浴びて、家をでた。
冬の選手権、公式戦の開幕。
「おはよ。」
「おはようございまーす。」
今日も元気な顔が揃っている。
「一時はどーなるかと思ったけど、レギュラー揃ってよかった良かった。」
いおる
間新たしいユニフォームに身をつつんで、尉折はウォーミング・アップ。
「本当ですよねぇ。」
「誰のせーや、誰の。」
るも
間延びした流雲の声にすかさずカフスが突っ込んで――、
「なにゆってんですか。お互い様でしょ。」
「なにゆうとんのや、ワイは一教科だけや。」
「一教科も四教科も変らないじゃないですかぁ。」
相変わらずの言い合いに、静かにしろ。と、葵矩。
「皆見てるんだぞ。」
溜息を一つ。
どうにか追試を突破した五人。
晴れてイレブンが揃った。
きっと、監督はサッカーも勉強もおろそかにするなといいたかったんだ。と、勝手に解釈して秋の高い空を見上げた。
「見ろよ。報道陣もすげー来てるぜ。」
ユタが囁いた。
「やっぱ、去年全国が効いてるよな。きんちょーしてきた。」
うか
窺は落ち着かない様子だ。
葵矩たち、三年にとって最後の公式戦。
「さ、行くぞ。」
葵矩はウィンドブレーカーを脱ぎ捨てた。
腕のキャプテンマークを腕まくりする素振りで上へ上げる。
全国への一歩。
思いっきりいくぞ。
葵矩が気合を入れたところへ――、
「そのまま行くつもりか。」
監督の低い声に我に返って、自分たちがパワーアンクルをつけたままだということに気がついた。
「あ。」
毎日の練習でつけていたために、誰一人気づかないでいたのだ。
知らない間に重さに慣れていた。
「うわー何か変。」
「すげー軽い。」
皆、口々にいって、パワーアンクルをはずした状態で体を動かした。
本当だ。
葵矩も腿を胸に引き寄せてみる。
「せんぱいせんぱい。ほら、こーんな身軽ですよ。」
流雲が子供のように笑顔で飛び跳ねている。
元から身軽だが、さらに磨きがかかったようだ。
「さ、頑張ってきて!」
「ファイトですよ!皆!」
じゅみ つばな
樹緑と茅花に背を押され、イレブンはグラウンドの中央に駆け寄った。
<さー、秋空高くホイッスルが鳴り響きました。全国高校サッカー選手権大会、神奈川県予選第一試合、S高校対、Y高校。>
実況を中継するアナウンサーの声が響いた。
ほしな や し き
<おっと、開始早々S高の速攻。六番、二年生の星等 夜司輝、みごとなスルーで前線へボールを送ります。>
すごく気持ちが良い。
葵矩はグラウンドの風を感じる。
あすか きさし
<キャプテン飛鳥 葵矩、きっちりキープ。十番エースストライカーです。>
「尉折!」
「あいよ。」
風切って相手のディフェンスをかわして――、
「飛鳥、一発かましてやれ!!」
てだか いおる
<決まった!!試合開始わずか三分。飛鳥と九番、豊違 尉折のワンツーリターン、綺麗に決まって一対0。S高先制――!!>
「ナイス!」
葵矩と尉折が手を合わせる。
「何か、皆いいかんじ。活き活きしてますねー。」
ベンチで茅花。
「本当ね。気のせいかしら。皆、笑いながらプレーしてるみたい。」
と、樹緑。
ちぎり あつむ ふかざ るも
<快調、S高。トップに一年生の契 厚夢。中央に吹風 流雲と星等の二年生コンビ。若いオフェンスが揃っているが、キャプテン、飛鳥が巧くまとめているといった感じか。緊張の色は見えず、のびのびプレーしています。>
「厚夢。」
軽いショートキックで、葵矩は厚夢にパス。
「自分のもっていけるところまで行け!前を見るんだ。」
「はい。」
しばはた
<超攻撃型、3−4−3システムをとっているS高。GKの柴端 カフスの期待が高いということでしょうか。>
ゲストのサッカー専門家に話を振るアナウンサー。
<実際、柴端くんはブラジル生まれだと聞いています。十分に基礎はできているでしょう。今大会からスタメン起用で、データも少ないですから楽しみですね。>
「皆、もっと広がっとき――!!行くで――!!」
カフスからのゴールキック。
前線まで届きそうな豪快さ。
「すっげぇ。ばか力。」
たづ
鶴がボール勢いを殺してドリブル。
・ ・
「しょーがないですよー。ひまなんですからぁー。」
フォローに流雲。
満面の笑み。
<再び速攻!新生S高、余裕のある戦いです。>
「だな。」
鶴も笑って、流雲にパス。
前からのスライディングも難なく交わして、前線ノンストップ。
「流雲、ジャンプ力ますます上がったんじゃない?」
「軽い軽い。飛んでいっちゃいそー。」
夜司輝の言葉におどける。
えやみ
「江闇先輩!」
窺へのサイドチェンジ。
えやみ うか
<中盤レフト、五番、江闇 窺にボールが渡ってまたしてもS高、チャンス!>
「契!前線くるぞ。」
「はい!」
尉折の指示に厚夢がゴール前、ファーポストに走る。
葵矩が窺からパスボールを受けて、ディフェンスを抜いた。
綺麗に尉折に渡る。
「おっしゃ、行くぞ。」
<上がった――!ファーポスト見定め、豊違の
※センタリング。一年、契が待ち構えます。さー、決まるかぁ――!>
尉折の完璧なアシスト。
厚夢が飛んだ。
<入りました――!!二対0!>
「ナイス、アシスト、ナイスシュート!」
葵矩が尉折と厚夢を激励。
胸が熱くなる。
葵矩は強い思いをかみ締めた。
俺、本当にサッカーが好きだ。
ハーフタイム。
皆、一様に高揚感で顔もほころんでいた。
「すごいすごい、二対0。」
マネージャーがタオルや飲み物を渡してくれる。
「すっげー身軽。」
「本当本当、一秒くらい足速くなったかも。」
「パワーアンクルのお陰ですね。」
夜司輝の言葉に、皆が寡黙を通している監督に向き直った。
「ありがとうございます!!」
大声で礼をいった。
今までに無い厳しい練習。
ボールに触れない日々もあった。
暴風雨のマラソン。
浜辺の走りこみ。
皆、投げ出さずにやってきた。
辛かったが、試合に出てみて身にしみた。
とても役に立っている。
「後半もこの調子でいくぞ!!」
「お――!!」
<S高二点リードで後半戦を迎えます。対するY高、どう攻め、どう守るか。>
「こいこい。こっちはひまで力もてあましてんだから。」
いらつ
苛は軽くフットワークを始める。
「おいおい、あんまはしゃいで抜かれるなよ。」
「大丈夫やて。ワイがいるさかい。」
ユタのうしろでカフス。
わかつ
和葛も笑った。
みやむろ わかつ
<Y高ゴール前混戦。三番、都室 和葛、落ち着いて対処します。なんと一年生です。>
「もーらい。」
ユタがスライディングでボールを奪い、体勢を整えた。
さわら
<四番ディフェンスの要、沙稿 ユタ、巧みなスライディングでインターセプトだ。>
苛にパス。
「前線いくぞ――!!!」
かがり いらつ
<柴端にも負けない豪快パス。二番、芳刈 苛。S高ダメ押し三点目なるか――?>
「あいつもはりきっちゃって。」
窺はその様子に失笑して、フォロー。
ミッドフィルダー すみの たづ
<八番、MF、長身の主蓑 鶴。ワントラップで受けて風を切ります。>
「さて。ダメ押しいきますか。」
にやり、余裕にクールに笑い、相手を鮮やかに抜いた。
「飛鳥、任せたぞ。」
「オーライ。」
<エースストライカー飛鳥に渡ります!速い、速い伸びます!!ゴールへ一直線!!>
見えた。
ディフェンスの空間から、ゴールルート。
見逃さない。
葵矩の足からボールが放れた。
<入った――!ダメ押しの三点目。後半四十分。飛鳥の決定的シュート!三対0――!!>
歓声が耳をつんざいた。
皆が、激励に飛びついたり、ガッツポーズをおくる。
そして――、
<試合終了――、三対0。S高、二回戦進出決定!!>
再び大歓声がグラウンドを包んだ。
圧倒的勝利。
葵矩たちは思う存分試合を楽しんで、勝利を手にした。
その後。
S高は順調に駒を進め、一歩、また一歩と全国大会へと前進していった――……。
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