U -THE BOND-
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三人、職員室の監督の机の前で――、

 「ですから、取り消してください。」
つばな
茅花は監督の机を叩いた。
                きさし
その迫力に些か押される葵矩。
監督は平静に、メンバーは。と、尋ねた。
  あすか          ほしな
 「飛鳥先輩と星等くんです。」

 「あとは?」

思わずたずねる、監督。

 「だけです。」

す、にアクセントをつけて、茅花は監督を睨んだ。

 「……。」

さすがに、沈黙。
咳払いをひとつして、

 「……二つまでなら許してやろう。後は教科担当に追試でも頼むんだな。」

言葉を改めた。

 「まさか。こんな問題が生じるなんて、ね。」

グラウンドに戻る途中。
じゅみ
樹緑が溜息をついた。

 「でも、さっすが、飛鳥先輩。勉強と部活両立してますもんね!」

茅花の言葉に、そんなことないよ。と、顔の前で両手を振る。
  いおる
 「尉折にも見習わせたいわ。」

 「だって尉折は……。」

言葉を詰まらせる。
一人暮らしをしている尉折はバイトに勉強そして、サッカーを両立しなければならいのだ。
しかも、樹緑との結婚を考えてからは、ますます一生懸命だ。
そんな尉折を、葵矩は尊敬していた。

 「ありがと。」

葵矩の気持ちを理解した樹緑はそっ微笑した。

 「追試ぃ――?」

グラウンドに戻って皆に監督の意思を伝えた。
二教科までの平均点以下ならセーフ。

 「よっしゃ、俺一抜け!」
               いらつ
勢い良くガッツポーズの苛。
             たづ  うか
セーフ。と、口にする鶴と窺。
そしてユタも頷いている。
あとは……と周りを見回すが、残り、レギュラー五人は暗い顔。

 「じゃ、担当の先生にお願いしに行こう。」

葵矩の言葉に、

 「ごめんなさぁい、あすかせんぱい。僕のために!何で僕こんなに頭悪いんだろ〜!」

流雲がしがみついてきた。

 「ほら、泣いたってしょうがないだろ。頑張ろう、な。」

子供をあやすように葵矩は、流雲の髪を撫でる。

 「ぐす。せんぱい。勉強教えてください。僕、頑張りますから!」

 「教えられるのなら、いいよ。」

 「本当ですかぁー、じゃあマンツー……」

マンツーマンで、と言おうとした流雲を押しのけて――、

 「ワイもよろしゅう。葵矩!」

 「俺も、先輩!」
     あつむ    わかつ
カフスに厚夢も和葛も、皆頭を下げた。

 「え……。」

そして、家おじゃまして勉強みてもらおう。と、好き勝手に騒ぎ出した。
いつにしようか。などと本人の意向なしに相談しているから困ったものだ。

三家族同居、なんて公表できるわけがない。
             し な ほ
尉折や樹緑、そして紫南帆の数人の友人は知っているが、公にはしていない。
学校側ももちろん黙認しているが、いらぬ噂が立てられぬようにと釘をさされている。

どうしよう。と、一人空を仰ぐ葵矩であった――……。


 「いんじゃない?」

紫南帆はその話を聞くと、あっさりと受け入れた。
葵矩は思わず聞き返してしまう。
                                    みたか
 「私のこと考えて悩んでくれたんなら、かまわないよ。きっと紊駕ちゃんもそう思うと思うな。」

 「でも……。」

葵矩の心配もよそに、紫南帆は視線を上に持っていって、

 「今週末、お母さんたち旅行いくっていってたよ。泊りがけでもいんじゃない?皆がよければ。」

なかなか大胆なことをいう。
  ・  ・
 「心配なだけだろ。」

 「みっ紊駕。」

突然の声に胸がどきりとした。
しかも痛いところを突かれていたからなおさら。

 「ば、バイトは?」

 「夜。」
              ・  ・  ・  ・  ・
だいたい紊駕の場合痛いところだったりする。

 「そっか。」

紊駕は、葵矩たちがいるダイニングを通り抜けて、リビングのソファーに腰掛けた。
長袖のYシャツの袖を肘までまくっている姿。
夕刊に目を通す。

 「誰が来る予定?」

紫南帆は意味なく紊駕に微笑んでから、葵矩に向き直る。

 「えっと……。」

指折り数えた。
流雲にカフス。
尉折に、厚夢に和葛。
        や し き        いぶき
 「たぶん、夜司輝に、檜……」

その様を見て、紫南帆は――、

 「何か大勢で楽しそうだね。夕食何にしよう。」

 「……あのねぇ、紫南帆。」

 「ごめん。お勉強だったね。」

小さな舌をだす。
かくして――、


土曜日の部活後。

 「本当にすみません、僕まで。」

夜司輝が謝る。
流雲のおもりやくだ。

 「私も。」

 「あたしも……。」

樹緑と茅花もいる。
そしてもちろん、流雲に尉折、カフス。
厚夢に和葛。          のりと  そのう
なんだかんだ理由をつけて、祝と弁もいる。
総勢十名が葵矩の家へと向かっていた。

学校から134号線を東に歩き、左に折れる。
桜並木の上り坂を上って、ようやく見えてくる。

 「えっ……と。」

のぼり終えたところで、葵矩の足が止まった。
皆も必然的に倣う。

 「別にね、隠してたわけじゃないんだけど……でも、ま、そうなんだけど。」

歯にものが詰まったような言い方で続ける。

 「……驚かないでくれるかな。ってもムリ、か……」

そんな葵矩に、

 「飛鳥たちが悪いようなことになったら、俺がシメてやっからよ。お前ら、素早く状況のみこめよ!」

尉折。
樹緑が微笑した。

 「さんきゅう。」

皆は、意味不明な表情を隠さず葵矩の後を追った。
そして敷地内に入る。

 「え。ここ?ちょーでかい。」

 「すごーい。」

門を通り、庭を歩く。
玄関の専用口から、元は紫南帆の家で飼っていた黒ラブラドールレトリバーのアルセーヌがでてきて、葵矩を迎えた。

 「ただいま。」

葵矩に機嫌よく答える。
一生懸命尻尾を振っている。

 「先輩んちの犬ですかぁ?かわいー。」

人懐こいアルセーヌは皆に頭や体を触らせている。

 「あれ。」

流雲が、紫南帆せんぱいの犬ですよねぇ、と呟いたが早いか。
玄関のドアが開いた。

 「おかえり。皆さんいらっしゃい。」

 「ただいま……。」

にっこり、先に帰っていた紫南帆が微笑んだ。
葵矩は、絶句した皆の顔が背中越しに見えた……。

 「紫南帆さん!」

 「紫南帆せんぱい!」

厚夢と流雲の声が重なった。
紫南帆ははにかんで、こんにちは。と、挨拶を交わす。

 「ちょ、どーゆーことですかぁ!!」

すばやく厚夢は葵矩の制服をつかんだ。

 「先輩ってばぁ。隅に置けないなぁ。もう。」

祝と弁。
流雲は、僕という人がありながらぁ〜。と、頬を膨らます。

 「……は、話せばながくなる。厚夢……ちょっと落ち着いてくれ……」

葵矩は厚夢につかまれたまま言った。
そんな光景に尉折はさっさと靴を脱いで――、

 「どーもこーもなく、一緒に住んでんの。おじゃまします。」

皆、とりあえず家に上がる。
玄関から左手に二十畳以上あると思われるリビング。
皆、適当にこしおろす。

 「……三家一緒、です……か。」

ほけっとした顔をして、経緯をきいた厚夢。
両親たちが考えた。と、強調して説明した。
紫南帆は葵矩が事情を説明するのに、珈琲を皆に差し出した。

 「ごめんね、紫南帆ちゃん。おかまいなく。」

樹緑はお礼をいって珈琲をもらった。

 「ってことは如樹先輩も?」

厚夢も紫南帆に珈琲の礼をいってから上目遣いで尋ねた。
紫南帆が笑顔で頷くのに、ふーん。と、不服そうに口を曲げた。

 「だからお弁当かぁ。ふーん、へー、ほぉ〜。」

納得納得。と、流雲がからかう口調。
葵矩が真っ赤になっているのはいうまでもない。

 「さ!始めるぞ!」

葵矩ははぐらかすように大声をあげ、皆を勉強のムードにもっていった。
結局。
各教科担当に追試の了解を得て、再チャレンジできることとなった。
これで、平均点がとれれば、晴れてベストメンバーで試合に臨める。
頑張ってもらわなくては。
葵矩は、早速皆に勉強を教えにかかった――……。


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