W -CONFESSION-
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 「嘘、だろ。」

 「え?」
きさし       サッカー
葵矩は、部活焼けした栗色の髪を真新しいタオルでこすっていた手を止めて、聞き返した。
風呂上り、大広間で寛いでいる。
                 いおる
テレビにかじりついている、尉折。

 「……鹿児島が負けた。」

 「……。」

――鹿児島が負けた。

葵矩もテレビの前に腰下ろした。
三対0で鹿児島県代表K高校が三回戦で敗退した模様がブラウン管を通して伝えられた。
                    ・  ・  ・  わしわ   れつか
 「鹿児島って、尉折せんぱいの天敵の鷲派 烈火がいるとこ?」
るも
流雲もテレビの前に寄って来た。

 「ばかやろう。何こんなとこで負けてんだよ。俺らに勝つんじゃなかったのかよ。あほっ!」

尉折は流雲の質問には答えず、薄い唇をかみ、テレビを睨みつけた。
鹿児島が勝ち進めば、次に対戦するはずだったのだ。

 「相手は……?」

葵矩がテレビのトーナメント表をチェック。

 「群馬だ。」

――群馬県代表S高校。
せつた
雪駄のいる学校だ。

 「試合はシビヤやさかいな。」

カフスもテレビを見る。

 「群馬S高校って……総合チームですよ、確か。4-3-3システム。」

 「……なんで詳しい、流雲。」

 「お前、スパイしたか?えっらいじゃんか!!」

皆が流雲の言葉に驚いて、頭をかき回したり、小突いたりした。
流雲は皆の手を振り払って、

 「ちょ、ちっがいますよぅ。へへーん。僕だってちゃんとデータ調べてんですよっ……といいたいところですけど。」

真顔に戻す。

 「かんとくですよ。か・ん・と・く。あの人ちゃんとデータとってありましたよ。しかも見事に当たるチームばかり。」

人差し指を掲げる。

 「そのデータでいくと群馬の次は、大阪。そして、」

 「静岡。」

皆で声を揃えた。
流雲が頷く。

やっぱり、決勝は静岡と……。
         たりき
葵矩の脳裏に托力の顔が浮かんだ。

 「さすがっていうか。やっぱ監督だな。」

 「本当。態度はあんなだけど。俺たちに勝ってほしんだよな。」

皆が賛同する。

 「僕。監督好きですよ。あの人シャイなんですよねぇ。」

 「お。ラッキ、ワレ監督にのりかえたか。ええやん、ええ子やん。これで葵矩はワレから解放されたっちゅーわけや。」

 「ちょーっと待ってください!」

カフスの言葉を全否定。

 「そんなこと、ひとっこともゆってませんよ!僕わっ!」

 「調子ええな。」

 「何が開放ですかぁ。カフスせんぱいこそ、飛鳥せんぱい早く解放してあげてくださいよ。せんぱい嫌がってますよ!」

またかよ。
俺って一体……。
葵矩は頭を抱えた。
後ろでは、いつものケンカが始まっている。

 「……ところで、流雲。」
や し き
夜司輝がマジメに呟いて、他にデータは?と尋ねた。
流雲とカフスが言い争いをやめる。

 「えっと〜。そうだ!そうですよ。ありました、秘密兵器が。」

 「秘密兵器?」

全員が流雲を囲んだ。

 「一人。気になる男がいるんです。あ、ちなみに僕の気になる人は言うまでもなく飛鳥せんぱいね。」

 「そんなのいー、早く続けろ!」

暴言がでて、流雲は唇と尖らせて、

 「よぉっくききたまえ諸君。」

皆の前に仁王立ちした。
               かたぬぐ せつた
 「途中出場の十三番。袒 雪駄。」

 「えっ、袒?」

葵矩が思わず呟いた。

 「知ってんですか。あすか飛鳥せんぱい。ひょっとして入試のときの……。」

 「あ、うん。」

その頷きに流雲は眉間に皺を寄せて、再び唇を尖らした。

 「くっそぉ。飛鳥せんぱいに手ぇ出したやつは誰でも許さん。」

 「あのねぇ。」

 「ワレも許さん!で、何やそいつ。」

カフスも拳を握り締める。
皆はそれらの言葉は無視。
その次の言葉を待った。

 「でっしょ。あのですね。途中からでてくるくせに、必ず点とるらしいんですよ。ラボ……何とかシュートって……なんだっけ名前忘れた。」

 「ラボーナ?」

夜司輝の言葉にそうだ。と、大きく頷く。

 「ラボーナシュート……そんなの……」

できる高校生がいるのか。
しかも、袒が?
今度は雪駄の顔を思い出した。

 「身体的特徴からみても、そんなすご技できるよーには思えないのに。それより何より飛鳥せんぱいにモーションかけたのが許せない!」

 「ホンマや。ワイがぜった止めたるっ。ナメたらあかんで。」

流雲とカフスの少し外れた解釈に呆れ顔をしながらも――、
               オハコ
 「でも、本当にそれが十八番なら、厄介かもしれませんね。」

夜司輝が真剣な面持ちで、呟いた。
皆も渋い顔をする。

 「で。ラボーナシュートって何ですか?」

流雲の言葉に皆がこけるリアクション。

 「あのなぁ、流雲!知っててすご技ってゆったんじゃねーのかよ!!」

 「データみたんだろ。書いてなかったのか。」

 「んーにゃ。」

 「あほやの。」

流雲が首を振るのに、カフスが流雲の茶色の頭を叩いた。

 「ムッ。いーもん。飛鳥せんぱい教えてください。」

葵矩に寄り添った。

 「こら、ワレ離れんかい!」
  ・  ・  ・  ・  ・
 「あったまいーカフスせんぱいには教えることなんて、ひとっつもないですよねぇ。あっちいってください!」

葵矩に同意を求め、カフスを手の甲でしっ、しっと追い払い――、
         ・  ・  ・
 「せんぱい。優しく教えてくださいね。」

易しくね。
と、葵矩は言って、室内用のボールを手に取った。

ラボーナシュート。
ラボーナとはスペイン語で寸詰まり、せせこましい、などという意味で、サッカー用語では、足を交差させて軸足の裏側を通し、ボールを蹴る技である。
あの、神の子と呼ばれた、アルゼンチンのマラドーナが作ったパスであるが……。

 「俺は、もちろんできないから、詳しい原理はわからないけど。」

といって、葵矩は、右足で左足のうしろのボールを蹴った。
軽くつま先に当たったボールが左斜め前に転がる。

 「……へぇ。そんなんで、シュートになるんですか。」
                   あつむ
ボールを拾って手渡してくれた厚夢に礼を言って――、

 「うーん。ボールの出方はこれでいいと思う。でもこれをシュート力にして、しかも走りながらできるっていうと、相当な技の持ち主だよ。」

夜司輝も顎に手を添えて、眉をひそめた。

 「端から見るとマジックに見えるでしょうね。前にあったボールが突然消えて……実際にはうしろにあるんですけど。シュート力のあるスピードボールがうしろから現れる。ゴールキーパーにとって脅威じゃないですか?」

 「じゃないですか?」

茶化すように、流雲がカフスを見る。

 「アホ。葵矩に手出した奴に負けてたまるか。何が何でもとったるで。こわなんてあるか。」

真剣な目つきのカフス。

だから、手出されてないから。
と、葵矩は溜息をついたものの、不安。

 「ちょっとちょっと〜大ニュース!」

茅花の甲高い舌足らずな声で、大広間の襖が開いた。
マネージャーたちが入ってくる。

 「明後日の対戦相手、群馬。一筋縄じゃいかなそうなんですよ。」

 「ラボーナのこと?」

ユタの言葉に、何だ。知ってたんですか。と、肩を落とした。
じゅみ
樹緑は、それなら話は早いわね。と、腕を組んで――、
                                     ハットトリック
 「袒 雪駄のラボーナシュート。相当な代物よ。鹿児島との三点。全て彼の得点なの。」

 「えっ……。」

皆が樹緑を注目する。
樹緑は、それだけじゃないわ。と、続け――、

 「第一試合目も、スコア、三対0。」

 「もしかして……」

葵矩の言葉に樹緑が頷く。

 「そう。それも彼のハットトリック。」

 「シードだからまだ二戦しかしてなんで、マグレかとも思ったんですけど。」

茅花が樹緑の言葉を引き継いで続けた。

 「予選のデータによると、決勝も準決勝も、なんと準々決勝も!!全部その人のハットトリック、三対0。なんですよ!!」

 「な……なんだよそれ。」

夜司輝が、それ以上もそれ以下もないってことですか。と、核心をつく。

不気味なほどの綺麗なスコア。
マネージャーが指し示したA4の用紙に連なっていた。

袒 雪駄。
本当に彼が……。
葵矩は、雪駄を思い浮かべる。

素直で素朴な感じの男だった。
小柄で、がっちりタイプではなかったように思う。
基礎はしっかりできていたが、失礼なほどに、正直言って信じられなかった。

 「明日は、その辺を念頭に入れて、練習すっか。」

 「う、うん。そうだね。」

尉折の言葉に頷くが動揺は隠せない。

 「大丈夫やて、葵矩。ワイが絶対そいつからワレ守ったるさかい。」

 「いや。……守るって……」

カフスの力強い言葉に安心はしたが、やはり脅威だ。
それはきっと皆も同じ。
ラボーナシュート。
どんなものなんだ。
奇策はあるのか。
葵矩は、明日の練習方法を思案していた――……。


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