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一月四日、第二休日日。
や し き
「夜司輝!」
「はい。」
きさし
早朝から葵矩たちは練習を行っていた。
夜司輝がノーマークでドリブル。
そして、些かぎこちない風にボールを左足のうしろへと運び――、
「……やっぱり。できない、や。」
勢いなく転がってきたボールをつま先で蹴り上げて、葵矩はキャッチ。
すみません。夜司輝が謝る。
ラボーナシュートを再現してみよう。との試みに、技術的、能力的において一番可能性大の夜司輝にやってもらおうとのことだったが……。
「でも、今の走りでボールを隠せる所までできりゃすげーよ。幻のシュートっていわれてんだぜ。ちょっとやそっとじゃできちゃアイツだって困りもんよ。」
ほしな
「ですよねぇ。時間かければきっと、星等先輩ならできちゃいますよ。」
でも。
そうもいっていられない。
試合は明日。
「悪かったな、夜司輝。」
「いえ……」
葵矩の言葉に、夜司輝は頭の中で試行錯誤している様子。
「一度おがむしかないらしいの。」
誰よりも脅威を感じているのは、言うまでもなくカフスだ。
せつた
雪駄のラボーナシュートを、最終的に止めなければならないのだから。
どんなボールが飛んでくるのかわからない。
どんな練習をしたらいいのか。
「……。」
葵矩は顎に手を添えて黙した。
どうしたら、いい?
「何だ、もうスランプかよ。」
その声に皆がグラウンドの入り口に注目した。
わしは
「鷲派!」
あすか
「久しぶりだな、飛鳥。」
こまき
「駒木さん。」
わしは れつか こまき のぶし
鹿児島県代表K高校の鷲派 烈火と、昨年卒業した駒木 延施。
そして、もう一人――、
ゴールキーパー てだか
「うちのGKだ。……豊違。慰めなんかいらねーからな。言い訳もしねぇ。完敗だったよ。でもなぁ、こんなんで、くたばる俺様じゃねー。何を隠そう俺様は天才なんだからなぁ。ハーハッハッハ!!!」
「ばあか。天才はこの俺だ。」
いおる
尉折が烈火を小突いた。
本当は悔しくてたまらないだろう。
尉折たちともう一度やりたい。
だからこの舞台にでてきた。
そんな烈火を延施は優しく笑って――、
「ラボーナ。もう知ってんだろ。参考になるかと思ってね。」
ゴールキーパーだと紹介された男が頭を下げた。
「駒木さん……。」
手助けに、わざわざきてくれた。
一年前のたった数日間を一緒に過ごしただけなのに。
何だか、旧友のようだ。
胸が熱くなる。
サッカーという絆がもたらした友情は、いつまでも不滅だ。
「ありがとうございます。」
そして――、
「ラボーナシュートの恐ろしいトコは、意表をついたスピードボールが左右から飛び出してくるところです。」
自分の体験を語ってくれるゴールキーパー。
左右からのスピードボール。
せつた
雪駄は両足ともにコントロールできるということだ。
「ボールが見えない上。どっちからくるかもわからんのか。」
「それから、スピードボールに妙な変化も生じるんです。」
男の言葉に、変化?と、皆が反復した。
はい。と、頷いて続ける。
「こう、何ていうかうまくいえないんですけど。急に目の前で落ちるっていうか……。」
「落ちる?」
夜司輝が顔を上げた。
「ひょっとして、ナックルですか?」
「何それ。」
大多数の言葉に、夜司輝が丁寧に説明した。
ナックル。
中心をつま先かインステップで押し出すように蹴る、無回転シュートのことだ。
ボールは通常回転をして、空気抵抗を後ろに流し、真っ直ぐ飛ぶ。
しかし、その回転を止めると、空気を全部受け止めるので、揺れたり別方向に急に進路を変えたり、落ちたりする。
「へぇ……さすが、夜司輝。」
「ま、難しいこたぁ、俺にはわかんねーけど。現実問題できんの?」
尉折の言葉に――、
「それは簡単です。ちょっと見ててください。」
「え?」
夜司輝はカフスが構えるゴールの真正面にたち、ボールをもった。
皆もゴールの脇に固まる。
そして、夜司輝の足からボールが放れた。
シュート。
コースは真正面。
カフスがキャッチしようとした、その瞬間。
「!!」
誰もが目を疑った。
真っ直ぐ向かってきたボールが、カフスの直前で、落ちたのだ。
カフスは空をつかんだ。
「これが、ナックルシュートです。」
夜司輝が皆の前にゆっくり歩いてきて――、
「問題は蹴り方じゃなく、蹴る場所です。中心を少しでもはずせば回転してしまいます。」
「……っておい。理屈はそーだろうけど。」
「簡単にやってくれるよなぁ。」
皆呆然とする中、夜司輝は照れて、
「たまたま巧くいっただけです。マグレってやつですよ。」
そして真剣な目をした。
「悔しいですけど、袒さんのはこれ以上です。ラボーナ&ナックルシュートなワケですから。相当なパワーと的確なボールコントロールを兼ね揃えているはずです。」
「……。」
皆の沈黙。
しかし、何の決定的打開策もないまま練習を終えた――……。
ラボーナ&ナックルシュート。
どうしたら勝てるんだ。
これじゃいけないよな。
俺、キャプテンだよな。
葵矩は夕食後、一人で考え宿舎の周りを歩いていた。
部屋に閉じこもっていても何も思いつかず、外にでてみた。
夜風が少し冷たいが、ちゃんと厚着をしてきた。
でも、こんなところで負けていられないんだ。
俺が点をとらなきゃ。
無失点なんかじゃ終わらせない。
「……?」
いつの間にか、代々木公園まできてしまった。
ボールの音に――、
「……カフス?」
「葵矩か。」
公園のベンチでボールを弄ぶカフスの姿。
隣いいか。と、尋ね、腰下ろした。
「……。」
カフスが顔を上げる。
「しょぼくれとったんとちゃうで。少ない脳ミソ働かせて、考えとったん。どないしたらあいつのシュートとめられるか。」
「……。」
カフスが初めて落ち込んだ表情を垣間見せた。
いつも強気で、自信満々な、カフス。
「ワイには性に合わんかったようや。……夜司輝みたいに頭良うないし、回転も早ない。せやさか……」
「カフス。」
葵矩は、カフスの言葉を遮って、優しい尋ねる口調で言った。
「カフスには、天性のカンと強靭なバネがある。」
目を見る。
「取れるよ。必ず。ボールの動きを良く見るんだ。」
お世辞ではない。
信じている。
カフスなら、きっと。
「おおきに。……せやさかい。土壇場勝負や。恐うない。」
「終わらせない。無失点なんかじゃ、終わらせない。何点取られてもいい。俺たちが取り返す。」
堂々と葵矩はそう宣言した。
皆で勝ち取るんだ、国立。
そして優勝。
カフスはもう一度、礼をいって立ち上がり、自動販売機で温かいお茶を買った。
「正直ゆうて。」
手渡されたお茶の礼をいう葵矩。
「夜司輝のシュート止められんかったんわ、痛かった。」
「……カフス。」
せやけどな。と、再び腰をおろして――、
「葵矩がゆうてくれたように、考えるより体が先に反応してしまうさかい。それがワイやし。」
「うん。」
――皆で勝とな。
笑顔をかわした。
「せやけど、ホンマ、夜司輝はすごい奴やんな。」
宿舎に戻りながら――、
「本当。俺なんか無理やりシュート押し込んでる感じだもんな。」
夜司輝みたいに物理的にできたらもっとうまくなるかな。
と、空を仰ぐ。
「そないなことあらへんて。それが葵矩のいいところや思う。体いっぱいでサッカー好きゆうか。不思議と周りもそうさせるねんで。」
「ありがと。」
二人、ゆっくりと歩いていると――、
「ん?」
「……うわさをしたら何たらってやつや。」
植木に囲まれた隙間から、後姿だが、確かに夜司輝だ。
壁を相手に、綺麗なドリブルをして、そして――、
「!!」
まさか。
二人は顔を見合わせた。
「ラボーナだ。」
カフスが呟く。
夜司輝は、自分の蹴ったボールを拾って首をかしげた。
試行錯誤をしているらしかった。
「フォームは完璧やな。あとはスピードボールにナックル。」
「……まいったな。」
葵矩は呟いた。
本当にモノにしようってのか。
「ホンマや、ゆうんとやるんとは……」
「アレで、けっこー負けず嫌いなんですよ。」
間延びした声。
流雲だ。
「やりますよ。夜司輝。ぜったい自分のモノにしちゃいます。」
何度も何度もチャレンジしている。
ラボーナとナックル、スピードボールの調和。
「負けられませんね。」
流雲はカフスに笑いかけた。
「せやな。」
「うん。」
皆、個々を磨いて頑張っている。
それが調和してチームプレーとなる。
最高の走りにパス、そして、シュート。
それが、最強のチームに繋がる――……。
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