W -CONFESSION-
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                    7

  ま あ ほ
 「茉亜歩さん?」
                 じゅみ
独り佇んでいた茉亜歩を、樹緑が声をかけた。
茉亜歩の肩がいかった。

 「……樹緑ちゃん。」

 「……。」

茉亜歩の表情を見て、愚問せず、樹緑は自分の部屋に案内した。
優しく肩を抱く。
  つばな
 「茅花と二人だから、狭くはないと思いますよ。」

 「あ、樹緑先輩、お帰りなさ……茉亜歩先輩。」

茅花が部屋で迎えた。

 「ごめんね、突然。」

 「……。」

茅花も赤く腫らした瞳の茉亜歩に、

 「いらっしゃい。お茶いれますね。」

にっこり笑いかけ、お茶を入れた。
湯のみを両手で包んで、一口飲んだ。
二人の気遣いが温かくて、再び涙が溢れた。

 「……茉亜歩さん。」

 「ごめん。……ごめん、ね。」

あとからあとから涙が頬を伝う。
止まらない。
樹緑がその背を優しく撫でた。

 「私……言葉にならなかった。言わなきゃって、……断らなきゃって……」

ぽつん、ぽつんと、呟く。
  や し き
 「夜司輝を傷つけたっ……。」

 「茉亜歩さん……。」

壊れそうに細い、茉亜歩の肩を抱き寄せた。
                あおぎり
 「好きだったの。本当に、梧先輩のこと……でも、……でも……」

――何で言ってくれなかったんですか!

 「何で……私……」

 「茉亜歩さん。夜司輝くんのこと、好きですか?」

樹緑が淡とした声で尋ねた。
茅花が一瞬目を丸くする。
少し厳しい口調だったからだ。

 「……。」

 「夜司輝くんは、本当に茉亜歩さんのこと好きですよ。だから――」

樹緑はベッドから腰を起こして化粧台のイスに座った。
うつむいて、そして茉亜歩を見る。

 「夜司輝くんは何もいわない。罵ったり怒ったり。そういうの、全部。」

 「……。」

 「でも。諦めるとかじゃなくて、もっと。そう、もっと自分を磨く努力をすると思います。……そういう人ですよね、夜司輝くん。」

真っ直ぐ茉亜歩を貫いた。

 「……私……」

口元を押さえて、うつむく茉亜歩。

 「茉亜歩さんは、自分に素直になればいいと思います。自分の心に。」

そう、樹緑は優しくいって――、
         るも
 「ね、茅花。流雲くんもそういうコよ。」

 「え……。」

茅花は樹緑を見た。
茉亜歩も。
樹緑は優しく笑った――……。


 「流雲。」

その頃、ひたすら続く宴会を逃れ、夜司輝と流雲。
隣で頬を膨らませて、いじけ気味の流雲に溜息をついて――、

 「ありがとう。流雲の気持ち。すごく嬉しいよ。」

壁に背中を預けて、しゃがみこんだ体勢で窓の外をみる。

 「でも、流雲が俺の立場でも俺の気持ちと一緒だと思う。茉亜歩が、決めることだよ。」

窓から吹く風が、夜司輝の頬を撫でた。

 「俺は、茉亜歩のことが好きだから。彼女がもし、梧先輩を選んだのなら、それは俺が先輩より魅力がないってことだろ?まだまだ努力が足りないってことだろ?」

 「……。」
      ハングルーズ
 「ほら、HANG LOOSE、ね。」

にっこり、Lを作って見せた。
上目遣いで自分を見る流雲に、失笑して――、
                     ・  ・  ・  ・  ・
 「流雲は、他人のことになると、自分の主義に矛盾するよね、いつも。」

そして、

 「一緒だよ。俺も、流雲の考えに賛成なんだ。」
   ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・
――向かせて見せるんだよ。

満面の笑み。
優しく、強い。

 「……ごめん。茉亜歩さんに謝るよ。」

流雲は言った。

 「でも、悔しかった。すぐに茉亜歩さんの口から言葉がでなかったとき。……俺……」

 「ありがとう。頑張ろうな、お互い。」

二人、親指と小指を挙げた手の甲を見せ合った。

強いな。
お前たちは。 きさし
そんな様子を葵矩は陰からそっ、と見守った――……。


一月六日。
第三休日日。
全国高校サッカー選手権大会、残すはあと三試合、舞台は国立のみ。

 「そっちはスタメンだろ。こっちはどうします、梧先輩。」
みま                                                         かむろ
神馬は葵矩たちにそういい、ストレッチをする神祖に尋ねる。
晴れ渡った空の下。
練習試合が行われようとしていた。

 「GK、両ウィング、DFは間に合うだろ、俺は、MFでいい?」

 「もちろんです。……で、問題は……」

               よみす  もりあ
GKは神馬、両ウイングは嘉、壮鴉。
ディフェンダーも去年度卒業生で間に合う。         いおる
流雲と夜司輝のポジションに、神祖を入れ、問題は葵矩と尉折のフォワードだ。
        ・  ・  ・  ・
 「OK、OK。スケット呼んであるんだ。もうすぐ来てくれると思う。」

皆は首をかしげたが、

 「人数揃ってないけど、練習相手くらいにはなるだろ?」

神祖はそう言った。

 「全然。申し分ないです。……お願いします!!」

開始のホイッスルが鳴った。

 「葵矩。お手並み拝見。」

ボールをもった葵矩の前に、神祖が少年のような笑顔を向けた。

 「はい。」

慎重に足元のボールをコントロールしながら――、

 「皆!気合入れていくぞ!!」

葵矩の声に皆が気を引き締めた。

 「おらおら集中せぇよ――!!」

ゴールからのばかでかいカフスの声。
皆は失笑する。


快晴の下、OB対スタメンの練習試合。
久しぶりにボールに触れたものも多く、すこしぎこちない風もただよわせるOBたちだが、順応していく自分に快楽を味わっている。
笑顔が輝いている。
思いっきり、風を感じ、空を、太陽を感じていた。

 「みーんな楽しそうですねぇ。」

茅花が笑顔で言った。
樹緑も倣う。

 「走れ走れ――!!パス!!」

 「オーライ前線!!」

元気な声。
樹緑は、隣の茉亜歩を優しく見守った。
茉亜歩は無言で、試合を見入っていた。
一つのプレーも見逃さず、瞬きすらしたくない。

 「夜司輝くん。成長しましたよね。」

 「……樹緑ちゃん。」

終始夜司輝を追う茉亜歩の瞳を視線を合わせて、

 「もう。答えはでてるじゃないですか。」

優しく呟いた。

 「……」

 「夜司輝っ――!!いっけ――!!」

少し、また少しと成長していく。
            おとこ
サッカーの技術も、人間としても。
優しくて、他人を気遣う心をもっていて、そして。

 「ナイスシュート!!夜司輝!」

誰よりも、純粋なひと――……。

茉亜歩は夜司輝を見つめた。

 「うん。……私。」

――夜司輝が好きだ……。
そんな茉亜歩に樹緑は微笑みを返した――……。


 「安心するのは、まだ早いぜ。行くぞ!!」

OB陣も猛攻撃。
さすが、久ぶりとはいえ、先輩たちはすごいや。
葵矩は感心しながら風を切った。
しばらく振りに肌で感じた先輩たちのプレーに、体一杯喜びを感じて走った。

 「勝負。」

目の前に神祖がボールを持って現れた。

 「はい。」

葵矩も体勢を整える。

 「大物対決!これは見ものだぞ!!」

どこからともなく声が上がり、声援が飛んだ。

神祖のプレーに憧れた。
自由なサッカーに焦がれた。
少しでも近づこうと努力した。

 「すっげー飛鳥の奴、全然引けとってねーよ。」

 「かっこいー!」

自分に自信を持ちたい。
大好きなサッカーを通して、自分を磨いて、そして、輝きたい。

 「くっ……」

さすが、先輩。
寸でのところで交わされてしまう。

激しい攻防続いた。
二人のオンステージが繰り広げられる中、フィールドメンバーも外野陣も目を奪われる。

ワンフェイク。
神祖の髪から汗が飛び、太陽の光華に光る。
その動きに少しも劣らず、葵矩がついていく。
周囲は、その速さと華麗さにただ、圧倒された。

 「少し、時間がかかりすぎだぜ。お二人さん。」

え――?

突然のその声は、葵矩と神祖の間に大きな影を落とし、疾風の如くボールを奪い取って爆走。

 「っ……。」

我に返る暇もなく、葵矩は本能で、その影を追った。
火輪に向かってドリブルする影は、いつしかぼんやりと黒く、周りが白く煙り、ゴールへのルートに迎えられる。

 「……。」

影を追いながら、葵矩は不思議な感覚にとらわれた。
その大きな背中、なびく髪、光を発する体。

俺、この人のプレーを知ってる……。
懐かしい。
何だろう、この気持ち。
昔、遠い昔。
ずっとずっと前に……俺は、このプレーを肌で感じたことが、ある。
……この人は、誰?

ボールはあっという間にカフスの横を通り抜け、ネットに突き刺さった。
葵矩は足を止めた。

 「ボールと特定の相手だけ追ってたら、まわりが隙だらけだぜ。」

その影は、ゴールから跳ね返ってきたボールを足で蹴り上げ、葵矩に投げ渡した。
ボールは葵矩の胸で、一度トラップされて、地面に静止。

 「……あなたは……」

葵矩の言葉を遮るように――、
  たがら
 「貲さん。」

え……?
葵矩が神馬を振り仰ぐ。

 「おっす。悪いな遅くなって。」

にっこり、その人物は笑った。
光に透ける薄茶の短髪。
整った鋭角の顎と輪郭。
すっきりとした涼しげな目元。
ラフなTシャツに、ジーパンが妙にはまっていて、細いシルエットを落としている。
             たがら  こうき
 「たっ、貲さんって、貲 箜騎さん――!!??」

誰かが叫んだ。
貲 箜騎。
そうだ、日本ユース代表のエースストライカー。
でも。
葵矩の不思議な感覚はそれではなかった。
皆、はユースの箜騎の存在に驚いていたのだが――、

 「えー、本当にあの、貲さんだあ。」

試合一時中断で、皆が箜騎に群がった。

 「クラブチーム時代にお世話になった人でもあってね。わざわざスケットに来ていただいたんだ。」

神祖の丁寧な言い方に、
                                 ・  ・  ・  ・
 「お世話した覚えはないな。どっちかってーと。お世話されてた。」

冗談を交えて箜騎は舌を覗かせた。
気さくな感じだ。

 「そんなことないですよ……」

貲 箜騎、二十二歳。
ジュニアユースからユースへと進み、日本代表にまで上り詰めた、天才的エースストライカー。
既に、この大会の選抜との十九日の試合にエントリーされている。
全国高校選手権で闘った選手の中から、十五日にドイツとの戦いが控えていて、その四日後、日本ユース代表との試合が行われる予定なのだ。

 「おい、飛鳥。何呆けてんだよ。」
いおる
尉折の声にも、まだ葵矩の目は空をさまよっていた。

 「悪かったな。突然乱入して。」

目の前に出されたブラウン管の中の人の手に――、
              ・  ・  ・  ・  ・
 「……俺、あの。……初めましてですよ、ね。」

意味深な言葉で握手を交わす。

 「……?……たぶんね。」

箜騎は、首をかしげながらも優しくさわやかな笑みで笑った――……。


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