W -CONFESSION-
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                    10


 「カフス。」
      かいう                         しぶき
 「おー!海昊来てくれたんか。飛沫ちゃんも、おおきに!!」
みたか
紊駕の友人でカフスの大阪の友人でもあった、海昊と飛沫。
そしてその友人たちも皆集まった。
       こうき                    みやつ
 「……え。箜騎さん?あれ、造さん?」

海昊の仲間が声を揃えた。
箜騎も驚いた様子を隠せずに、

 「お前らだって……飛沫ちゃん?」

海昊の仲間にそういって、飛沫を見た。
たがら
貲さんと、彼女、知り合いなんだ。
きさし
葵矩は二人を見て思う。
    かみじょう  しぶき
彼女、龍条 飛沫っていったっけ……龍条……龍条ってどっかで……。
眉間に皺を寄せて考える。

 「ユース代表決まったんですよね。おめでとうございます。お兄ちゃん、きっと喜んでます。」
            たつる
 「……だといいな。立さんは、俺の憧れだから。」

……立。
葵矩の脳裏で何かがはじけた。
かみじょう たつる
龍条 立。

 「ひょっとして君、龍条 立さんの妹さん!?」
         う き や
叫んだのは、羽喜夜だ。
飛沫は驚いた様子で、はい。と返事をした。

 「俺、ずっとブラウン管でみてた。すげー憧れてて……。」

龍条 立。
史上最年少でトップに立った男。
当時、日本中のサッカーファンを魅了した男。
しかし、突然サッカー界から姿を消した。
十八歳の若さで、この世を去ったのだ。
              ひだか
 「……龍条さんって。淹駕くんの……」
              り な ほ
突然の紫南帆の母、璃南帆の言葉に、葵矩は振りかぶった。
                       みさぎ
横浜中央病院の院長だ、と紊駕の母、美鷺が続ける。

 「はい。父をご存知なんですか。」

飛沫は丁寧な口調で美鷺たちに尋ねる。
葵矩の母が頷いて――、

 「そっか。あの時の妹さん。覚えてないわよね。もうずっと昔のことだから。ほら、葵矩。あんたもお兄ちゃんと遊んでもらったじゃない。」

じゃあ、俺……。
龍条 立さんと会ってた……?

 「ずっと、立さんの背中ばっかり見てたから、俺が立さんに似るのは当然かもしれない。」

箜騎はそういって、笑った。

 「……。」

懐かしいと思ったのは。
肌で感じたことがあると思ったのは。
龍条 立さん……あなただったんですね。

それは、何とも不思議だった。
これだけの人を、彼はサッカーという絆を介して結びつけた。
いつか、出会う運命とも言うべく。
世界は一つ、とでもいうべく。

 「パパ!!」

皆がその不思議な出会いと関係に浸っている中、甲高い声が割って入った。
  るいか
 「涙花。」

造がその人物を軽々抱き上げる。
少女。
造は、ママと一緒にいろっていっただろ。と、優しい笑みで言う様を、

 「パパぁ?」

 「造さんいつの間に??」

造のことを知っている人たちが、一様に目を丸くした。
造は少し照れた様子を見せ、ごめん、ごめん。と謝って娘に挨拶を促す。
  みなき   るいか
 「皆城 涙花、三才です。」

小さな指を三本たてて、笑顔で自己紹介。
カントリー風のワンピースが良く似合っている。
           るいみ
 「あ、えっと妻の涙巳。」

娘を追ってきたと思われる細身の女性が頭を下げた。
まだ幼さの残る、肌の白い女性だ。
皆は結婚してたことと子供がいたことを知らなかった。と口々にいった。
まさか、こんなところで旧友に会うなんて思ってもいなかっただろう。
何の因果か縁なのか。
大勢の人たちが国立競技場で集った。

葵矩は、その皆が自分たちを応援していてくれることにとても感謝していた。
そして、気合を入れた。
ここまで来たんだ。
ゆずれない。
俺たち皆の夢、全国制覇。

 <天候はあいにくの雨ですが、試合決行。国立競技場、第一試合目は、神奈川県代表S高校、対大阪府代表S高校。関東関西対決です!>

皆の激励を受けて、グラウンドへ向かった。
濡れた芝。
空は暗雲が立ち込めていて、風が速い。
横殴りの大粒の雨。

 「気合入れていくぞ!」

 「お――!!」

 <さぁ、二つのイスの一つを取るのは、どちらのチームでしょうか!そして、どんなゲームを見せてくれるのか。>

フィールドに出たとたん、全身に湿り気を感じ、ホイッスルが鳴る頃には雫が垂れるほど、雨足は速くなった。
視界が悪く、靄が立ち込める。
冬だというのに、周りの熱気のせいか、湿度が高く感じる。

スパイクを蹴り上げてみると、すべる。
雨の芝は時にスケートリンク化する。
高級芝ならなおさらだ。

土のグラウンドより厄介かも。
葵矩は思う。
とにかくすべるのだ。
ボールの足は速いが、足が取られる。
でも、負けるわけには行かない。
こんな悪天候の中、応援しに来てくれた皆。
TVの前で応援してくれる皆。
心で祈っていてくれる皆。
そんな気持ち、無駄にできない。
そして何より、自分自身――、

 <雨の国立。選手たちも走りにくそうですが、皆必死にボールを追っています。予選から全国、そして国立に至まで、数々の試練に耐えてきたことでしょう。>

 「うわっ、すっげーすべる。」

尉折は足元にボールをキープしたはいいが、時折こけそうになりながらドリブルをする。
相手も同じ条件ではあるが、思うようにボール運びができず、苛立たされる。

 「お前らぁ――!!今までの練習思い出せやぁ――!!」

突然、うしろからの大声。

 「こんな雨、今までの練習に比べたら、何でもないやろ――!!気合いれていかんかい!!」

そうだ。
カフスの喝に、皆が今までの練習を思い出す。
大雨の浜辺の練習。
パワーアンクルをつけたままの走りこみ、波との戦い。
皆、皆やり遂げてきた。

 「それが、ワイらの自信なんやぁ――!!」

そうだ、そうだよ。
        あすか    きさし
 <おーっと飛鳥 葵矩、濡れた芝も何のその、ペースアップ。>

 「飛鳥、任しとけ!」
                         てだか    いおる
 <それについていくのは、黄金コンビ、豊違 尉折。今、豊違にボールが渡ったぁ、前半五分。早くも先制なるか――!!>

尉折は瞬時に判断を下した。

 「俺のプレゼントボール。受け取れ、飛鳥!!」

 <上がりましたぁーセンタリング!!飛鳥、合わせられるかぁ――!!>

尉折のセンタリングなら、この二年間、毎日受けてきた。
あいつの癖、アイコンタクト。
そして、センタリングセンス。
何でもお見通しだよ!!

 <飛鳥、ナイスタイミングで、ボールへと飛びます!!>

ホイッスルが鳴った。

 <決まったぁ!!決まりました神奈川先制――!!>

大歓声が雨音に勝る。

 <視界最悪の条件下、よくボールが見えていました、神奈川キャプテン飛鳥。見事な先制ゴール!!>

尉折と手を交わして――、

 「最高のプレゼントボールだったよ。」

葵矩は、尉折に向かって、笑顔。

 <大阪ディフェンス陣、動けませんでしたね――。>

暗雲に遮られ、昼間だというのに暗いグラウンドに、つい先ほど、照明が灯った。
フィールドには、周囲にライトが設置されていて、その明かりが落ちる場所は決まっている。
時に、その明かりに目がくらむこともある。
夜間、対向車のライトで眩惑するのと同じように。

それを尉折は利用したというわけだ。
つまり、こちらから上げるセンタリングの位置を、相手から逆光になるようにするのだ。
葵矩には全く問題なくボールが見えるが、相手にしてみれば、眩惑した突如、ボールが飛んでくる。
しかも、並外れたスーパーシュートが。
一歩も動けなかった相手。
当然である。

 「俺にしちゃ、頭脳作戦だったろ?」

 「サッカーに関しては頭働くんだな。」

 「あーんだとぉ〜!」

葵矩は、もちろん知っていて、そのセンタリングを受けた。

 「うそ、だよ。こら、重いって。乗っかるな。」

二人で笑い合った――……。


 <さー、飛鳥の目の覚めるシュートで士気が高まってまいりました神奈川!>

 「不思議よねぇ。」

観客席で璃南帆が呟いた。

 「葵矩くんが一点いれると、とたんに活気がでてくるの。」

 「そうね。周りも皆、いきいきしてる。観客も皆。」

美鷺も同意して、周りにいる観客たちを見回して笑顔。

 「飛鳥ちゃんのプレーって本当、皆にサッカーの楽しさを伝えてくれる。すごく、わくわくする。」

紫南帆がそう言ったのに対し、周りの皆も頷いた。
敵も味方も、サッカーをしらなくても、そんなの関係なく。

 「飛鳥ちゃん!すごく、輝いてるよ!」
                               ふかざ     るも
 <神奈川猛攻撃!!大雨の中、怯みもせずに、吹風 流雲、豪快スライディング――!!>

 「!!」

その様子をベンチで茅花が見ていて、表情を一変させた。
しかしすぐに胸を撫で下ろす。
流雲は立ち上がって、笑顔で飛び跳ねている。
芝まみれの姿。
もう、心配させないでよね。と、茅花は安堵の溜息をついた。

 <何だか神奈川、楽しそうですね〜!>

 <そうですね。こういうところが、神奈川S高校のいいところですよね。サッカーの原点に私たちを導いてくれる、そんな楽しいサッカー。>

皆、体一杯サッカーの楽しさを感じている。
子供のように笑顔でボールを追う姿。
こっちまで、自然に笑顔がこぼれる。

 「……!!!」

茅花が突然ベンチを立ちあがった――……。


 <おーっと、フィールド中央、倒れこんでいるのは、先ほど豪快にスライディングを見せていた……>

 「流雲!」
や し き
夜司輝が思わず、駆け寄った。
大丈夫、といって立ち上がろうとするが、雨とともに赤い血が流れ出た。
先ほどのスライディングで、雨のせいもあり、衝突をさけれなかったのだろう。

 「ばか。無茶するなっていったのに。」

 「へへ。っちょっとヘマしちゃった。」

舌を出して笑ってみせるが、顔色が悪い。
大丈夫ともう一度、いった流雲を――、

 「大丈夫なわけないだろ。フィールドをでよう。まだハーフまでかなり時間があるんだ。」

 「へーキ。もつよ。」

 「ムリだよ!」

 「やれる!」

がんとして流雲は譲らない。
フィールドを出たくない気持ちは、夜司輝も百も承知だ。
こんなところで交代なんて。
しかし。

 「一生歩けなくなってもいいのかよ!!サッカー、できなくなっても、いいのかよ!!」

葵矩もフォローにはいった。

 「流雲……血。」

 「飛鳥先輩、俺、へーキです。やれます。」

うか    たづ
窺も鶴も交代指示をだせといっている。
監督を見る。
流れ出る鮮血、流雲の表情――、

 「十分。十分で戻って来い、いいな!」

 「先輩。」

 「お、おい飛鳥!!」

皆がざわめく中、葵矩は続ける。
            せんせい
 「ただし、ちゃんと医者に診てもらうんだぞ。それで、許可をもらってくるんだぞ。」

 「はい。」

 「流雲。必ず、待ってるから。皆で勝とう。」

――必ず待ってるから。

流雲の目を見た――……。


 <どうやら、吹風。一旦フィールドをでるようです。>

その光景に茅花が駆け出した。

 「吹風っ、吹風!!」

数人に体を支えられ医務室に向かう流雲を追う。
あとからあとから流れ出る血に口元押さえ、体を震わせた。

 「茅花ちゃん。」

それでも、流雲は、笑顔。

 「本当なら一週間以上。痛め続けてたら十日でも治らんぞ!」

医務室の担当医は声を荒げ、スパイクの傷ではないな。と鋭い目を向けた。

 「そんなのどーでもいい!!早く手当てして!あと五分!!いや、一分で!!」

 「ムリよ。吹風!もうやめてよ!歩けなくなっちゃう!!」

茅花が涙声で訴えた。

 「……待ってるって、言ってくれたんだ。」

流雲は真剣な目で茅花を見る。

 「飛鳥先輩が、俺を必要としてくれたんだ。」

 「吹風……」

 「こんな所で負けてられない。優勝目前として背を向ける奴なんていない。」

 「……。」

それを聞いて、担当医も微かに笑った。

 「……よし、その男意気に惚れた。止血は済んだ。痛み止めもすぐ効いてくるはずだ。しかし、無茶はするなよ。」

 「じゃ、いんですね!」

満面の笑み。

 「だめといってもどうせ出るんだろ。さあ、勝ちにいってきなさい。皆が、お前を待っている。」

担当医にお礼を言って――、
  いなはら
 「稲原!!」

 「は、はい。」

突然の真剣な声に思わず背筋が伸びてしまう。

 「見てて。必ず、必ず点とってみせるから。そして、勝ってみせる。」

軽く笑って、流雲はいつものようにお茶目にウインクして、フィールドへ向かった。

 <どうやら神奈川交代選手は出さない模様。それにしてもさっきのスライディングで傷をおったのでしょうか、すぐにはわかりませんでしたねぇ。>

茅花は瞳を潤ませたまま、流雲の背中を見送った。
グラウンド。
いつの間にか、雨がやんだ。
雲の隙間から青空も見え始めた。

 <只今入りました情報によりますと、神奈川、吹風選手の怪我は心配ないとのことです。と、本人が現れました――>

いつもの明るい笑顔で、流雲は皆に笑いかけている。
観客の声援にも両手を上げて答える。

 <おや、どうやら晴れてきました。雨がやんだ国立。前半二十分。スコア1対0。>

 「……かよっ。」

 「……茅花?」

戻ってきた茅花の様子に、樹緑が怪訝な顔を作る。

 「ばかよ、あいつ。」

 「え?」

フィールドを見る。

 「痛いくせに。……お調子モンで、騒がしくて。冗談ばっかで。いつも笑ってばっかで……」

茅花の声がかすれてきた。

 「でも。……樹緑先輩……」

 「ん?」

優しく樹緑が相槌をうった。

 <星等、ナイスセンタリング!走るのは、吹風っっ決まるかぁ――!!――決まったっ――!!!二対0。吹風 流雲、渾身のシュート!決まりました――!!!>

 「そんなあいつが、あたし。好きかもしれません――……。」


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