5
いおる
「尉折。」
きさし
葵矩は尉折を呼んで――、
かたぬぐ
「この試合、必ずカフスに袒のシュートをとってもらわなきゃならない。前線、ゲームメーク。頼まれてくれるよな。」
「え、おい。」
尉折のたじろう声に、葵矩は真剣なまなざしで頷いた。
――俺、ストッパーに入る。
皆も目を丸くした。
あすか
「スッ……ちょっと待てよ、飛鳥。」
ストッパー。
シュートボールを最終的に止めたり、ゴールキーパーのはじいたボールをとる、いわゆるブラインドをするポジションだ。
「ムリですよ。前半だって点とれなかったのに。」
「そうだよ。お前がいないなんて。」
「大丈夫。攻撃にくるよ。守りは前半より薄いはず。」
皆の不安な顔を前に、一息吸った。
「予選決勝思い出せよ!!俺なしだって、やってこれたろ!!」
喝を入れ――、
「カフス。集中してボールを見ろ。失点は考えるな。俺がうしろにいるから、ゆっくり見極めていい。ユタ、相手フォワードマーク重点に。」
「……葵矩。」
「お、おう。」
葵矩はてきぱきと指示をだし、フォワードからストッパーへ下がる。
「皆で全国制覇するんだろ!!しっかりしろ!!」
<さあ、試合開始です。……おっと、神奈川、キャプテン飛鳥、トップからはずれるのか?>
尉折たちがグラウンドに広がる。
「ったく、すげーやつだよ。あいつは。」
尉折が微笑した。
<何と、飛鳥、スッとパーに入るようです。袒のシュートを危惧しているのか――>
キャプテン、エースストライカー、そしてゲームメーク。
全てやってのけるマルチ・プレイヤー。
「ほーんと。それを自分じゃ気づいてないところが飛鳥せんぱいですよねぇ。」
るも
流雲も笑って――、
「よーし。いきますかぁ。」
<神奈川、実状4-4-2システムですが、トップに飛鳥を欠いたのは、どうゲームに表れるか。>
「カフス。自分を信じろ。取れる。必ず、取れるよ。」
今のカフスには、失点はプレッシャーだ。
見極めるには、あまりにも動揺しすぎてる。
大丈夫。
これ以上、点は取られない。
取られた点は取り返す。
そして、勝つ。
葵矩はカフスのすぐ側に構えた。
・ ・
「カフス。良く考えて、見るんだ。コツをつかめ。天性のカンと強靭なバネがあるカフスなら、絶対取れる!」
「葵矩……。」
「来るぞ!」
しばはた
<ハットトリック狙いにきました袒!さぁー柴端今度は止められるか!>
右からのラボーナ。
大丈夫しっかり、カフスには見えてる。
そしてここから――、
「!!」
不自然にボールが揺れて、一瞬で方向を変えた。
カフスの手を掠める。
<ブラインド!見事に飛鳥、ストッパー役を果たします。危うく三点目、すくわれた神奈川!!>
葵矩はカフスが掠めて、威力の失ったボールを足で殺して、止めた。
「……。」
「悪い。」
謝ったカフスに首を振って、謝らなくていい、慣れるんだ。と、続けた。
ボールを前線へ送る。
わかっている。
このボールを数本のシュートで見極める過酷さ。
ナックルシュート。
あらゆる変化を伴って、とても不規則なシュートなのだ。
<後半二十分。群馬猛攻撃!おっとまた飛鳥だ、ボールをよく見ています!!>
カフス。
やっぱり、すごい。
だいぶ体が反応するようになってきた。
カバーも楽になってきた。
しかし、それだけじゃ、勝てない……。
葵矩は唇をかみ締めた。
尉折……。
前線の尉折を見つめた――……。
「神奈川も終わりだな。」
「何だと。」
前線で、尉折が相手チームに厳しい目を向けた。
「点取られないだけじゃ。それだけじゃ勝てないだろ。」
「……。」
スコア二対0。
「飛鳥がトップにもどってこないんじゃダメだね。」
「くっ、……てめ。」
「尉折先輩!」
あつむ
厚夢が何事かと、フォローにはいる。
「結局、神奈川はあいつがいないと……」
「やめろよ、試合中だぞ。」
せつた
雪駄が下がってきて、
「それから。神奈川を甘く見ないほうがいいよ。」
自分のチームを叱咤した。
「……。」
尉折も雪駄を見る。
そして、拳を握り締めた。
点をとらないと……。
や し き
尉折と流雲、そして夜司輝が目を合わせた。
その視線に――、
ほしな
<おーっと!星等、強引スライディング!!これは――!!>
「フリーキック?……星等先輩……?」
厚夢が珍しげに驚いて口にした。
ちぎり
「いんだ、契。ナイス、夜司輝。」
尉折が厚夢を制して、夜司輝の腕を引いて、立たせ、労った。
強引なスライディングでのフリーキック。
<これは、群馬チャンス!!蹴るのはもちろん、袒か!ハットトリックなるか!!>
「柴端!」
フリーキックの為に皆が集まる中、尉折がカフスを見た。
真剣な瞳。
「絶対取れ!!S高のゴールは柴端、お前が守るんだ。」
人差し指をカフスに差し向けた。
「そして、カウンターアタックでワンゴール。必ずできる!!」
「……。」
カフスと葵矩は尉折を見る。
いつくるかわからないラボーナナックルに怯えていても、このままでは点が取れない。
三点目を入れられれば、群馬は守りに徹するだろう。
そうなれば、なおさら取りづらい。
時間がない。
「……うん。尉折の言う通りだ。カフス。絶対取れるよ。」
葵矩がカフスの背中を優しく叩く。
カフスが頷く。
「葵矩がいてへんかったら、何点とられとるんやワイは。あかん。ワイがしっかりせな、あかんのや。とったる。必ず。」
<フリーキック体制に入ります!!>
「そうですよ。そんなんじゃ、僕のライバルとして認められないなぁ。」
流雲がカフスにイタズラな笑み。
・
「壁はいらないですよねぇ、カフスせんぱい!」
そして、ウインクをした――……。
「……流雲。」
そうか。
尉折の奇策での、夜司輝のスライディング。
そして、流雲のウインク。
葵矩はカフスを見て――、
「大丈夫。ラボーナのコースはもう反応できてる。あとは自分を信じて。取れるから、必ず!勝とう!」
カフスももう一度頷く。
「おーよ。壁なていらん!取ってみせる。必ずとったる!!」
<神奈川、壁をつくらない模様。袒と柴端の一対一。P.K対決だ――!!>
雪駄が体勢を整えた。
足が振り上げられる。
雪駄が足を振り下ろす瞬間に、葵矩たちは前線に走る。
信じている。
カフスを。
皆を。
<いった――!!袒のマジックシュート!!おーっと。柴端反応しています。>
カフスの体がボールを捉えた。
揺れて落ちるボールを――、
<すごい!!柴端、とりました!!袒のナックルシュート、止めて――!!>
「行くで――!!!」
豪快にカフスが蹴り上げた。
<大きく蹴ったぁ!これはカウンターだ!カウンターアタック!前線には飛鳥が走っています!!!>
「しっ、しまった。」
<慌てて、群馬下がります。しかし、ボールはどんどん伸びています!!>
カフス、このボール絶対無駄にしない。
「飛鳥先輩!!」
<センタリング上がった――!!>
「葵矩――!!」
絶対、絶対いれてやる。
葵矩は大きなセンタリングにワントラップなしで、シュート体勢に入った。
オフサイドなし。
ジャマは誰もいない。
<入ったぁ――!!入りました!!飛鳥のボレーシュート!!無失点記録、破れました群馬。そして、三対0神話もこのシュートで崩れました。後半三十分。二対一!!!>
「よっしゃ!!」
大きくガッツポーズをする葵矩に、尉折たちが抱きついてきた。
カフス。
すごいよ、良く取ってくれた。
「ナイス!!飛鳥せんぱい!!」
あと二点。
時間がない。
<天性のカンの鋭さ、サッカーセンス。柴端のファインセーブからカウンター、あっというまの一点です。>
再びグラウンドに散った。
時間がない。
<星等インターセプト!神奈川またチャンス!>
夜司輝が右から風をきってスマートなドリブル。
まるで風と一体化するかのよう。
<一人、また一人と群馬のディフェンダーを鮮やかに抜いていきます!速い!!>
ワンフェイク、クライフターン。
華麗な技をあっさり披露しながら、ゴール前へ走り抜ける。
「夜司輝……まさか。」
葵矩がつぶやいた。
<速い速い。誰も追いつけない!!中央突破――!!>
「夜司輝!今だ!!」
流雲が声を上げ――、
<……ゴール!!はいりました。星等、一人でハーフラインからボールを運び、決めてしまいました!!しかし、今のは……。>
アナウンサーが些かたじろって、
<え、ええ。ラボーナ&ナックルでした、ね。>
専門家に話しを振った。
観客も一瞬間をあけての歓声。
すごい……。
本当に完成させちゃったのか、夜司輝。
この短期間で。
なんて、飲み込みの早さなんだ。
流雲と夜司輝が手を合わせるのを見て、葵矩は呆然。
<一瞬目を疑いましたが、二年生星等、やっぱり見せてくれます!天才的テクニシャン!!なんと、袒のオハコを奪っての同点ゴール!!>
「すっげー夜司輝!」
「いつの間に……。」
「完璧じゃんかぁ!!」
二対二。
これで振り出しに戻った。
勝てる。
<残り時間五分とロスタイム。さー、わからなくなってきましたこの試合。勝利の女神は一体どっちに微笑むのか!!手に汗握る展開です!!>
五分。
時間がない。
同点はいらない。
P.Kはいらない。
勝つ。
ここで、勝つ!!
<飛鳥、ボールをキープ。しかし、時間がない。ハーフラインを越しますが――おおーっと!!!飛鳥、なんと、シュート体勢です。ゴールまでゆうに五十メートルはありますが――>
「行っけ――――!!!」
届け!!
国立へ!!!
国立への切符―――ー!!!
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