W -CONFESSION-
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  デジャビュ
 「既視感ってゆーんじゃないですかぁ、そーゆーの。」
                     るも
サッカーマガジンをめくりながら、流雲は言った。
夕食前の自由時間。
                    し な ほ
 「らんでぶー?きさしちゃぁん。紫南帆ちゃんと会う気ですかぁ?」

その言葉にシャワーを浴び、戻ってきた尉折。

 「……ばっ、ばかいうなっ。既視感だよ!デジャビュ。」

 「何だ、それ。」
              きさし                  いおる
頬を赤らめて、慌てて葵矩が言うのに、尉折は特に気にせず、首を傾げた。
カフスが――、

 「何や、知らんの。経験とかしたことあらへんのに、どっかで経験したと思うことや。直感的に感じたりすることあるんよ。」

尉折は、ふーん、と納得して、

 「なぁんで、んなムズいこと、お前が知ってんだよ!」

少し悔しそうに、流雲のコメカミに拳を当てた。

 「あだだ。僕だってねぇ、ばかじゃないんですよ、尉折せんぱいじゃあるまいし、そんくらい知ってます。」

胸を反らす流雲。

 「尉折先輩じゃあるまいし、はよけーだ。このやろ。」

 「ぐえっ、暴力反対〜!」

尉折が流雲を羽交い締めするのを、横目で見て――、

 「で、既視感がどないしたん?」

 「ん。貲さんを追ってたとき、記憶が遡って、頭が、ぼっとした。すごく、懐かしくて……この感覚どっかで味わった。って、直感的に体が、そう言ったんだ。」

葵矩が遠い目をする。
もちろん、貲さんと会ったことはない。と、独りで納得して頷いた。

 「へぇ。」

カフスが不思議だ。と、目で言う。

なんだったんだろう。
食事中も思いをめぐらせていたが、思い出せない。
そんな中――、
  あすか
 「飛鳥先輩!!」
             やなみ      とゆう
一年のマネージャー、屋並 都邑の必死の声に、嫌な予感。
     まいかわ
 「え?舞河さんが?」

 「はい。食事の支度、してるとき、忙しくて、皆自分のことで手一杯でしたし。記憶も定かじゃないんですけど、多分、その頃から……」
   かすり
――飛白の姿が見えないんです。

 「……。」

またもや悪報か。
     まいかわ  かすり
一年の舞河 飛白の姿が見えないという。
葵矩が頭をかかえた。              わかつ
その言葉に、食事も途中で席をたったのは、和葛だ。

 「和葛。」
あつむ
厚夢も席を立つ。

 「葵矩、どないしはる?」
     やなみ
 「……屋並さん。心当たりはない?何か誰かと会う用事とか。」

席を立った和葛と厚夢を垣間見て、皆を落ち着かせるためにも、少しトーンを落として尋ねる。

 「でも。用事だったら、私に言うと思いますし。何も言わないで仕事をサボったりするコじゃないですし……」
                          とゆう
樹緑のこと等もあってか、いつもは気丈な都邑が、今にも泣き出しそうな声を出した。

 「……。」

窓の外を見る。
もう真っ暗だ。

 「マネージャーたちは、ここにいて。それから大勢でさわぎたててもコトだから……」

 「ワイ一緒いくで。」

 「俺も。」

カフスと尉折が立ち上がってくれる。
皆も一様に手助けしたいと顔に書いてあるが――、

 「あの、私……私も行かせてください。」

 「……わかった。」

切羽詰った都邑に頷いて、四人は外にでた。
先に出た和葛たちも心配だ。
思った以上に外は冷え込んでいた。

 「すみません。」

都邑が謝ったのに対し、屋並さんのせいじゃないだろ。と、優しく葵矩。

 「夜道は、女の子独りじゃ、歩きたがらんやろ。自分で出たんなら、誰かと会うてるゆうのが妥当やな。」

……誰か。
その誰かが安心できる相手ならいいのだが。
まさか。
いや、そんなことは絶対無い。
葵矩は自問自答する。
     きさらぎ
 「……如樹先輩ってことは……ないですよ、ね。」

都邑はいいにくそうに、葵矩を垣間見た。

 「ないよ。」

今度ははっきり言葉にだして否定。
みたか
紊駕と飛白が付き合っていたのは、ほんの半年前だ。
      ・  ・  ・
初めて、まともに紊駕が女の子と付き合った。
以前は遊びともとれるような付き合いで、きわめて学校の女の子にはそっけなかったのだ。
しかし、別れた。
(詳細は春嵐を……。)

瞳は、正直だったんだよ。
とても、ね。
葵矩は空の月を見上げた。
微笑して、真顔に戻す。

そんなアイツが今更、舞河さんと二人で会うはずがない。
たとえ、どんな理由があっても、俺たちに心配をかける会い方など、するはずがない。
揺ぎ無い事実。

都邑もわかっているのか、何も言わず夜道を歩いていた。

 「あ……」

突然、思い出したように都邑が声を上げる。

 「昨日、飛白、数人の男の人に話しかけられてたんですよ。そういえば。」

 「え?」

 「試合中のことだったんですけどね。」

と言葉を区切って、

 「けっこうしつこかったんで、私がムリヤリ飛白を引っ張って……でもそれが関係してるかは……」

首をかしげた。

 「飛白ちゃん、かわいーからなぁ。俺でもナンパしたくなる。」

不謹慎な言葉を発した尉折を睨んで、

 「で、どういう人たちだったか覚えてる?」

都邑に尋ねた。
風が一層ざわついて、肌を刺した。

 「えっと。ああ、そうそう派手な蛍光色のピンクっぽい紫のジャージ着てました。顔は、えっと……覚えてないですけど……妙にジャージが印象的な色でしたから……」

蛍光色、ピンクがかった紫。

 「……大阪S高や。」

カフスの声に葵矩が頭を抱えた。
一般人ならまだしも、また敵チームなのかっ。
ひと波乱おきそうな予感。

 「大阪S高の宿舎ゆうたら、この辺やで。」

今、葵矩たちは意味もなく、千駄ヶ谷駅方面に向かっている。
  まつる
 「祭にきいたんやけどな。国立の前の病院の近くやゆうてはった。」

 「国立の前の病院っていうと……」

頭に新宿区の地図を描く。

 「慶応か、東電だ。」

その間には、慶応大学の医学部が隣接している。
足早に、新宿御苑の外周を東へと向かった。

 「先輩!」

 「和葛、厚夢。」

先に宿舎を飛び出した二人が右往左往していた。

 「さっき、通行人にきいたんですよ。小柄な女の子が数人の男たちを中に入ったのを見たって……」

厚夢が説明した。
葵矩はそれに頷いて、行動を共にした。

 「なんで屋並まで来んだよ。」

 「来ちゃ悪い?」

 「悪いーよ、足手まといになるだけだろ。」

 「何よ、それ、あんたこそねー!」

 「こら、やめい。静かにせぇ。」

厚夢と都邑のやり取りをカフスが制した。

 「和葛……」

無言で、しかし怖い顔をしながら自分と並んだ、和葛の名を葵矩は呟く。
そして――、

 「なあ、ええやん。ワイら東京見物したいねん。ええやろ、案内してや。」

 「やっ……困ります。私……戻らなきゃ。」

奥から話し声が聞こえた。

 「まじでほれたんよ。電気ショックのようになぁ、わかるやろ。」

 「あほ、ワレなまずにでも会うたんや。」

 「いかすやんそれ。姉ちゃん気ぃつけーや。そいつナンパ師やさかい。ぎょーさんだまされた女おるねんな。」

 「あほ。信用失うことゆうなて。」

 「ワレ、いつ信用あったんや。」

甲高く、テンポのいい大阪弁。
その男たちに囲まれた――、

 「飛白、だ。」

都邑が呟く。
小さな体を余計に小さくして、ベンチに腰下ろす飛白の姿。
その隣に男。
飛白の後ろに手を伸ばしている。
周りにも数人の男。
それをみた和葛が突然飛び出した。

 「おい!!」

 「和葛!」

和葛の形相と低いその怒りの声に、葵矩たちが、我に返る。

 「ああ?何や、兄ちゃん。」
     みやむろ
 「……都室くん。」

か細い飛白の声が響いた。
和葛の右拳に力が入ったのをみて、すかさず葵矩が――、

 「彼女、うちのマネージャーなんだ。突然姿が見えなくなって、皆心配してた。用が済んだのなら、そろそろ帰らせてあげてくれないか。」
          あすか    きさし
 「お。神奈川の飛鳥 葵矩やん。感激やなぁ。昨日のスーパーシュート見たでぇ。ごっつかこえかった。」

 「……あ、ありがとう。」

どうやら悪気はないらしい。
本当に嫌味なく、葵矩の握手を求めた。

 「試合見に行ったとき、彼女。目ぇつけたんや。めちゃめちゃかわいいやろ。せやけど、練習あったりしたさかい会えんて。ほんま偶然会うたんよ。せやから、な。」

 「心配かけたんやったら、許してーな。悪気あったわけちゃうんや。」

 「うん。わかったよ。」

葵矩はほっ、と胸を撫で下ろした。
事なきを得そうだ。
       ・  ・  ・
 「なんだ。ただのナンパかよ。大阪人は口うまいからな。」

 「そないなこと、あらへんて。」

尉折が安堵の溜息をついて、カフスを小突くと、少し頬を膨らませるカフス。

 「飛白。よかったぁ。心配したんだよ。」

 「都邑ちゃん。ごめん……」

 「……れよ。」

低い声が地を張った。

 「舞河に謝れよ!!」

 「……和葛。」

その和葛の態度に、男たちの顔が一変した。

 「何やねん、ワレ。」

先ほとまでにこやかに笑っていた男たちの目が鋭く、和葛を見上げた。

 「謝れっていってんだよ。誘拐まがいなことやりやがって!!彼女、恐がってんだろ!!」

 「和葛やめろ!」

葵矩が止めるが――、

 「何やてぇ。誘拐?ええかげんにせぇよ。」

ドスの利いた関西弁に変った。

 「ばか。なに挑発するようなこといってんだよ。」

小声で尉折。

 「謝ったやん、さっき。気に入らんかったゆうんか。それにしたって、誘拐は人聞き悪いねんなぁ。」

 「同じことだろ!ムリヤリ彼女を誘ったんだから!!」

 「こら、やめいって!!」

カフスが和葛を止めるが、つかまれた腕を振り下ろして、相手を睨む。

 「何そんなん熱うなっとんのや。」

相手の一人が言うのに、ベンチに腰おろしていた男が立ち上がった。

 「ほな、やるか?」

ちょ……待てよお前ら。
男が拳を鳴らすのに、和葛も仁王立ち。
そんな状況に葵矩のコメカミから汗が流れる。

 「何もなしで闘ったらつまらんさけ、どや、彼女かけへんか?」

――ワレが勝ったら、潔く諦めたる。せやけど、ワイが勝ったら彼女から手ぇ引け。

自分が勝ったら、自分のモノだと言わないだけ、良心的か。
しかし、どちらにしても――、

 「受けて立つ。」

和葛が体勢を整えた。

 「やめろ!!」

葵矩が叱咤。

 「お前ら、スポーツマンだろ。スポーツマンならスポーツマンらしくしたらどうなんだ!!武力で解決するなんて、最も反する行為じゃないのかよ!!」

葵矩の啖呵に――、

 「かっこええわ、さすがやな。」

乾いた拍手がうしろから聞こえた。

 「……祭……」

気の抜けたカフスの声。

 「見とったんやったら、はよ止めにこんかい!」

 「キャプテン……。」

大阪S高の男たちが呟く。
祭は男たちに近づいて――、

 「どこほっつき歩いとんのや!!他のチームに迷惑かけおってからに!!ワレぁサッカー根性はいっとんのかぁ、どあほ!!!」

耳の奥まで響くドスの利いた声に、男たちは背筋を正して、一礼。

 「タイマン張るんやったら、試合でせぇ。せやろ飛鳥はん。」

 「え……」

いや。
そうはいってないんです……けど。
笑いかけられて、葵矩はから笑い。

 「ホンマ悪いな、うちのあほ共がぁ。ようゆうとくさけ、カンベンしたってや。」

そういいながら、祭は男たちの頭をつぎつぎを殴っていく。

 「ほな、明日。楽しみにしとるさけ。」

 「……は、はぁ。」

葵矩たちは、そんな大阪S高の背中を見送った。

 「相変わらず、パワフルでいい加減な奴やなぁ……」

カフスは溜息をついた.
とりあえず、葵矩も安堵の溜息を吐いた――……。


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