W -CONFESSION-
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ふかざ
吹風……?       つばな      るも
洗面所に向かう途中、茅花は流雲の姿を見つけた。
ロビーのベランダにでて、缶の飲み物を片手に外を眺めている。
こっちには気がついてないようだ。

時折、風に茶色の長めの髪が揺れ、左のリングピアスが光に反射する。
東京の夜景。

数秒、見とれてしまい、そんな自分を否定するように頭を振った。
不覚。

 「……傷。大丈夫?」

茅花の突然の声に、特に驚いた様子を見せず、ゆっくり振り返る。

 「茅花ちゃん。おー、全然へーき。どったの?」

やんちゃな瞳を向けた。

 「べっ別に。ただ風に当たりたかっただけよ。」

何故か、胸が高鳴る。
少し声がうわずってしまったかも。
そんな茅花の動向に気がついているのか、いないのか――、

 「俺も。」

にっこり笑う流雲。

こいつって……二重人格。
茅花はクロスに刺されたときの流雲と普段の流雲を思い浮かべる。
            つばき
 「ね……どうして、椿さんって人。……振っちゃったの?」

ベランダを背に寄りかかる流雲に一歩近づいて、尋ねてみた。
少し言いにくそうに、目を反らす。

 「……クロスって人の、為?」

流雲は柔らかく微笑した。
飲み物に視線を落としてから、

 「本当に好きなコがいるから。」

茅花を真っ直ぐ見た。

 「……。」

真面目な表情に、優しい目。
いつものジョークフェイスではない、大人びた顔。

 「何で?」

言葉を失った茅花に、表情を変える。
イタズラな笑みを浮かべ――、

 「茅花ちゃん、もしかしてやきもちやいてる?」

 「ばっ、ばか。何いってんのよ!そんなわけないでしょ!!」

あからさまに取り乱した茅花に対して、乾いた笑い。

 「なぁんだ。ちがうのか。残念。」

 「えっ……。」

一瞬、静止して、そして茅花は口元を押さえて、赤面した。
見る間に耳まで真っ赤になった。
相変わらず、笑顔の流雲。

じょ、冗談なの?
茅花は声に出さず呟いて、

 「しっ、知らない!!あんまりそんなトコにいると風邪引くからね!!」

逃げるように踵を返す。

やっ、やだ。
何で、あんな奴の冗談にうろたえてんのよ。
ばかみたい。

茅花は後ろを振り返らず、一目散に部屋に駆け戻った――……。


 「罪な奴やのう。」

茅花の後姿を見届けて、ベランダに再び向き直ると、後ろから声。

 「カフス先輩。」

自動販売機にコインを入れてボタンを押した。
程なくして、ホットウーロン茶が落ちてくる。

 「偶然やで。他意はない。」

プルトップを抜いた。

 「別に何もいってませんよ。」

ベランダから中に入り、自動販売機の隣のソファーに腰下ろした。
カフスも倣う。

 「ワレも一途なんね。」

茶化す風ではなく、語尾優しく流雲の顔を覗きこんだ。
         
 「カフス先輩もそうなんですね。」

断定的にいった流雲に対し――、

 「絶対叶わへんけどな。」

ウーロン茶の缶を弄び、外を見た。
ガラスが鏡となって、自分たちが対称に映る。

 「ちゅうか。お似合いやさかい二人。幸せになってほしい。」

流雲はホットティーを飲み干した。
空になった缶を両手で包んで、床を見つめた。

 「俺は、そのコが俺のほう向いてくれんの、待ってます。」

 「……。」

無言のカフスに、顔を上げる。

 「意外ですか?……っていうかですね。」

カフスの顔を見て――、

 「付き合うってどっちかが妥協するもんじゃないと思うんですよね。そりゃ相手に告白して、何となく付き合って、俺のいいところとか発見してくれて、いつの間にか好きになってくれるパターンもいいとは思います。」

立ち上がって、缶をゴミ箱に投げ入れた。

 「でも。相手が前に好きな人がいて、その人を諦めようとしてるときとか、まだ忘れられないでいるときに。俺が告白して、ま、いいかなって気持ちでOKしてくれんの。俺、イヤなんです。」

外に向けていた体をカフスに向き直る。

 「告白した後に俺のこと興味もって好きになってくれんじゃなくて。その前に俺のことちょっとでも気にしてほしい。」
・  ・  ・  ・  ・
そうさせる。

いつもの自信たっぷりの顔。

 「俺のほう向いてくれないのは、忘れられない人より俺が魅力ないわけで、まだまだ俺が未熟ってことでしょ。」

人差し指を掲げた。
         ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・             ハング    ルーズ
――だから、向かせて見せるんです。HANG LOOSEって感じですか。

左手の親指と小指をたてて甲をカフスに向けた。
HANG LOOSE。
サーファー用語で、気楽に行こうぜ。という意味である。
手の形はLOOSEのLを表す。

 「色んなラブソングがあるんやな。」

カフスはにっこり笑った。
         ・  ・  ・         ・  ・  ・
 「ま。けっこうその人よりいい男になるのはムズカシイんですけどね〜。」

いつものおちゃらけたトーンで言って見せた。

 「んなことねーよ。」

後ろからの声。
     いおる
 「……尉折先輩。」
             じゅみ
聞いてごめんね。と、樹緑も現れた。
悪趣味ですねぇ。とかわいく頬を膨らませた流雲。

 「悪い悪い。でも、本当にそんなことないぜ。」

 「そうよ。流雲くんの魅力。彼女わかってるわ。きっと。」

優しい笑みで二人。
              ・  ・  ・         ・  ・  ・
 「彼女の中で、お前。その人よりいい男になれるよ。」

尉折が優しく流雲の頭を叩いた。

 「本当にかっこよかった。ありがとうね、流雲くん。」

 「やだなぁ、じゅみせんぱい。僕にホレちゃだめですよぉ〜。」

 「こら、てめ。」

尉折が流雲を小突いた――……。


流雲……。  きさし
そんな様子を葵矩も陰から見守っていた。

 「先輩。本当に流雲、先輩のこと恨んだり妬んだりしたことないですよ。」
     や し き
そして、夜司輝。                ・  ・
流雲たち三人が部屋に戻ってこないので、また何かあったのではないかと心配して探していたのだ。

 「……うん。わかってる。」

一度だって、ない。
相手の好きな人を知っても。
それが誰であっても。
流雲はそんなことしないだろう。
逆境さえ原動力にしてしまう。
自分を磨く糧とする。

いつもふざけたり、冗談をいったりしているが、綺麗な心を持っている。
少年のような、純粋な心。
時には大人びていて、強く、優しい。

葵矩は目を瞑って、自分を責める。
自分を殴りたい衝動に駆られる。
もちろん、知っていて余計な気を遣われたらイヤだっただろう。
でも……。

ごめんな、流雲。

 「ったく。皆して悪シュミなんですからぁ。ま、でも陰からそーやって見つめられてんのも悪くはないですけどね。あーすかせんぱい。やしきくん。」

流雲のおちゃめな言葉に――、

 「ごめん、流雲……。」

 「ごめん。でも、先輩。心配して探してたんだよ。本当。」

葵矩と夜司輝は流雲たちの前に姿を現した。
誰も部屋にいないもんな。と、カフスたちは納得した。

 「流雲……」

 「ちょっと待ってください!」

葵矩の言葉を遮って――、
                    あすか
 「あやまらないで下さいよ。全く飛鳥せんぱい、いらないとこでいつもあやまっちゃうからぁ。本当怒ってないし、せんぱいが謝ること何もないですからぁ。」

間延びしたいつもの調子で、葵矩のその後の言葉を察して言った。

 「流雲……ありがとう。」

葵矩は謝罪を込めて礼をいって、俺も頑張らなきゃ、と口にした。
もっと、自分を磨く努力をしなくては。
流雲は葵矩の気持ちを理解して――、

 「あんまり頑張らないでくださいよぅ。僕、ますます飛鳥せんぱいと遠くなっちゃいますよぉ。さみしーですよぉ。」

抱きついた。

 「そんなことないよ。……俺には最強のライバルがいるんだから。」
みたか
紊駕の顔が浮かぶ。

 「でも。彼女が本当に好きな人と結ばれたら。幸せを見守るポジションも悪くないよね、カフス。」

 「せやな。」

あきらめる、なんてできないから。
でも他人を傷つけるなんて、恨むなんて、妬むなんてしたくないから。
自分を磨く努力をしよう。
葵矩はそう強く思いなおした――……。


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