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あすか
<まさかの五十メートルロングシュート!!飛鳥!!決めてしまいましたぁぁ――!!三対二、神奈川逆転です!!>
「やった。入った。」
きさし
葵矩は安堵の溜息を吐いてから、右拳を胸の前で握り締めた。
逆転。
「やったあ!あすかせんぱい!!」
「すごい!!ヤッタぁ!!」
「すげーなどいつもこいつもー!!」
そして、長く甲高いホイッスルがグラウンド中に響き渡った。
<おーっと!ここで試合終了――!!>
大歓声が巻き起こった。
観客が総立ち。
<なんと内容の濃いゲームでしょうか!!ベスト八にふさわしいすばらしい試合でした。女神が微笑んだのは、逆転勝利を手にした神奈川県代表S高校――!!>
国立だ。
国立だ。
「せんぱい!!」
「飛鳥!!」
「勝ったんだ、俺たち!!」
皆が葵矩にとびつてくる。
それを受け止めて、頷く。
「飛鳥くん。」
かたぬぐ
「……袒。」
せつた
雪駄が笑顔で手を差し伸べた。
「ありがとう。すごく、いい試合だった。」
その手を握る。
「さすが、飛鳥くん。ストッパーといい、カウンターアタック。そして、見事なゲームメーク。」
雪駄の言葉に、首を振って、
「俺じゃないよ。……袒こそ、すごかった。」
いおる
尉折の奇策。
やしき
夜司輝のスライディングでのフリーキック。
るも
流雲の提案。
そして、カフスのセーブ。
皆のお陰だ。
葵矩の言葉を理解した皆も笑顔。
雪駄も。
「驚いたよ。柴端くんのファインセーブ。」
カフスに手を差し出し、
「あのとき、壁をはずしたのは、ボールを確実に握るためだね。そして、セーブ。天性のカン、サッカーセンス。誰にもマネできない。」
カフスもその手を握った。
「おおきに。壁はこいつのお陰や。せやけど、ワレのシュートはホンマに、ホンマモンや。」
カフスは流雲の頭を礼を言うように軽く叩く。
流雲も雪駄も微笑して――、
「ありがとう。それから、星等くん。正直、焦ったよ。」
雪駄は夜司輝にも握手を求めた。
「あんなにあっさりやってくれちゃうなんて。」
「いや……まだまだですよ。」
夜司輝は照れたように笑った。
雪駄は皆を見回す。
「頑張ってね。国立。そして必ず。」
皆は頷いた。
――全国制覇。
「いやーマジ、すごかったなぁ。」
控え室。
「ほんとほんと、カフスはナックルP.Kでとっちゃうし。夜司輝はラボーナ&ナックルやっちゃうし。」
「でも。やっぱ、飛鳥せんぱいですよねぇ〜!」
流雲が葵矩に抱きついた。
「え……俺は……尉折やカフス、皆のおかげだよ。ありがとう。」
葵矩の言葉に皆が少し呆れたような、柔らかい笑みで――、
「これだもんなぁ。自分の偉大さに気づいてないんですよ。せんぱいわぁ!!」
「だよな。ゲームメークといい、ポジショニングといい。」
「そして何よりシュート!」
エースストライカー
「天性の点取り屋に最高のゲームメーカーだよ、キャプテン!!」
皆、口々に葵矩をべた褒めする。
「そんなこと……」
本当に皆で勝ち取った勝利だよ。
「またまたぁー。素直に認めろつーの。」
「そうだそうだ!」
皆……。
葵矩はもう一度、お礼を言った。
そして、各々準備を終えて、控え室をでる。
控え室のドアをあけた瞬間――、
「でてきました!神奈川イレブン。おめでとうございます――!」
ものすごい、カメラのフラッシュに、思わず手で遮る。
「国立ですねー!今のお気持ちをお聞かせ下さい!」
「飛鳥キャプテン!インタビュー、お願いします!」
ほしな
「星等くん。あの、シュートの話、聞かせてくれるかな。」
しばはた
「柴端くん!!」
なんだ、これ。
葵矩は呆気に取られる。
それもそのはず、控え室の入り口から、ずらり、報道人が群がっている。
押したり、押されたり、外にでれないくらいの人、人、人。
カメラ、カメラ、カメラ。
マイク、マイク、マイク。
「飛鳥キャプテン。ちょっといいかな?」
「飛鳥くん。少しだけ、話し聞かせて。」
思わず面食らうほどの大量のマイクを向けられて、出口の感覚もなくなる。
「先ほどのカウンターといい、決勝点のロングシュート、すごかったですねぇ。」
承諾した覚えはないが、そういわれたら、答えるしかない。
「ありがとうございます。」
葵矩は丁寧に頭を下げた。
「フリーキックからのカウンターアタック。あれはやはり、狙っていたのですか?」
執拗に質問をぶつけてくる。
戸惑いながらも――、
「え……あ、はい。」
周りに目を配ると、カフスや夜司輝たちも質問ぜめに合っている様子。
ゆっくり、出口に向かおうとするが、報道人たちは追いかけてくる。
帰りのバスに乗り込むまで、追いかけられ――、
「はぁ。疲れたぁ。」
バスが出発してようやく、一息ついた。
バスが出発する直前まで、カメラやマイク、報道人たちは追いかけた。
何とか答えられる質問には答えてきたが……。
「でも、すごいすね〜!!」
「本当、新聞とか絶対でっかくのっちゃいますよ。」
バスの中、一年生たちがしきりに騒いだ。
「なんたって国立!しかも二年連続だぜ!!」
「そう、四強、四強!」
そんな周りの興奮冷めやらぬ雰囲気の中、東京へ――、
四強か。
部屋で一人、片付けをしながら、葵矩は思いに耽っていた。
去年は、あまり実感なくて、かみしめてる余裕とかなかったけど。
いける。
今年こそ、必ず、全国制覇。
力強く思った。
「あすかせんぱい!」
間延びした流雲の声に振り返る。
「先輩たち、皆来てくれましたよ!!」
流雲に腕を引かれ、大広間に向かうと――、
「おー、エースのご登場!!」
「お、来たか。」
ものすごい騒ぎの中、去年卒業した先輩たちが勢ぞろいしていた。
「先輩たち……ありがとうございます。」
「飛鳥やったな!」
「すげーじゃんか。本当に!!ベスト四、おめでと!!」
えだち みま ちたか よみす たしな もりあ
元キャプテンの徭 神馬、知鷹 嘉、窘 壮鴉、みな、みな勢ぞろい。
そして――、
あおぎり
「……あ、梧、先輩?」
一瞬、言葉がつかえた。
一番奥に腰下ろした、ラフな私服姿の男。
にこり、こちらに優しく爽やかな笑みを見せた。
あおぎり かむろ
梧 神祖。
二つ上の先輩で、葵矩にとって特別な存在だった。
今は静岡の大学に在学中で、今でもサッカーを続けていると聞いている。
「久しぶりだな。」
「は、はい。」
まだ信じられずに、ゆっくりとその風貌をたしかめるように神祖に近づいた。
「お久しぶりです。わざわざ……ありがとうございます。」
そんな葵矩に、失笑して、
「変わってないな。」
髪をかきあげた。
神祖に憧れていた。
自由なサッカーを目指し、S高で実現。
自信に満ち溢れ、プレーはぴか一。
ユースでもトップクラスだった。
しかし、高校でのサッカーがやりたくて、部活に専念した。
クラブチームとは違う、部活動の中でトップを目指したいと。
楽しく、自由なサッカー。
上下関係などなく、実力重視のスタメン選び、個人技術を磨き、チームプレーに結びつける。
そしてそれは、神祖から神馬、葵矩へと受け継がれた。
これからもきっと……。
きずつ
「成長したな。創たちも会いたがってた。」
「いえ……本当ですか?」
はくあ きずつ
穿和 創。
去年、静岡S高校のキャプテンで、神祖の友人の弟でもあるのだ。
葵矩は周りを見回した。
皆、一様に笑顔で、先輩たちと話に花を咲かせている。
「葵矩。もしよかったら、明日、試合をしないか?」
「え……?」
神祖の提案に、
「神馬たちも久しぶりにやりたいってさ。」
「本当ですか!是非お願いします!」
笑顔で頭を下げた。
レベルを合わせた試合ができない今、それはS高にとって願ってもないことだった。
それに、梧先輩とまたサッカーができる。
葵矩は上機嫌になった。
「盛り上がってますね〜!」
奥の襖が開いて、マネージャーたちが料理を運んできた。
大広間はすでに大宴会場となっている。
そして――、
ま あ ほ
「やだ、茉亜歩先輩。お客さんなんですから。座っててくださいよ〜!」
つばな
茅花の鼻にかかる舌足らずな声に、
「そんなこといわないで、手伝わせて。」
少し困ったように、茉亜歩は、取り上げられたお皿を引き返しながら、大広間に入ってきた。
「……。」
次の瞬間。
茉亜歩が、一瞬凍りついたように静止した。
葵矩は見逃さなかった。
あきらかに神祖を見て、強張った顔をしていた。
あたかも自然にお皿をテーブルの上において、翻すが、すごく不自然だ。
ゆはず
「あっ、……由蓮さん!」
その後に、素早く神祖が立ち上がったのをみて、思わず葵矩は夜司輝を見た。
茉亜歩を追う神祖を背中で見ながら。
「っ……。」
そんな光景にいち早く行動を起こしたのは、流雲だった。
立ち上がった流雲を引っぱる夜司輝。
「いやだ。俺は行く。」
夜司輝を制して、神祖の後を追った流雲を夜司輝、そして葵矩も後に続いた。
茉亜歩さんは、梧先輩に憧れてマネージャーになったっていってた。
でも、夏に振られたって……、そして……。
葵矩は夜司輝を見つめた。
「……由蓮さん待って。」
神祖は逃げる茉亜歩の腕をとった。
三人が追っていることは気づいていなかったのだろう。
「二年前。僕は、本当にサッカーのことしか頭になかった。君に告白されたときもあんな風に断ってしまって。……でも。」
神祖はゆっくり言葉にして、そして語尾を切って茉亜歩を見つめた。
茉亜歩はずっと下をむいたまま、神祖に腕をとられている。
「卒業して、大学生活になれて、心に少し余裕ができた時。気がつくと、いつも君の事、想ってた。」
「……っ。」
茉亜歩が顔を上げる。
驚いた面持ち。
二年前に遡る、気持ち。
葵矩はひどく、胸が締め付けられるのを感じ、思わずそこから逃げ出したくなった。
それは、夜司輝も流雲も、そして茉亜歩本人も同じだったに違いない。
去年、茉亜歩よりも年下で背が低くて、自分にコンプレックスを抱いていながらも、誠意と精一杯の勇気を振り絞って告白した夜司輝を知っている。
ずっと、ずっと好きで、こっちが切なくなるほど純粋に茉亜歩を愛し続け、今でもそうであることを知っている。
流雲は葵矩よりもずっと前から……。
「ずるい……よね。今更こんなこというなんて。……もう君の中では終わってしまったことかもしれない。でもあの夏のこと……僕はいまでも後悔してるんだ。君を傷つけて……ごめん。」
「……。」
茉亜歩がうつむいたまま、肩を震わせる。
神祖に憧れて、マネージャーになって、そして告白、失恋。
――今は、サッカーしか頭にないから。君をきっと傷つけてしまうから。
一人、海辺で涙をこらえた。
そして、その心を夜司輝が癒してくれたのだろう、と葵矩は勝手に解釈していたが、事実、付き合ってからの二人は、とてもお互いを大切にしていた。
「もしも。」
神祖が顔を上げた。
「まだ少しでも君が僕のことを好きでいてくれるなら……もう一度。」
先輩。
いわないで、ほしい。
葵矩は、その後の神祖の言葉を予想して、そう思ってしまった。
「あの頃に戻りたい。……付き合ってくれないか。」
「私っ……」
茉亜歩が、蚊の泣くような細い声を上げる。
「私っ……」
言葉が続かない。
涙がこみ上げる。
「……突然でゴメンね。返事は今すぐじゃなくていいから。ずっと、ずっと待つから。」
神祖は優しくそういうと、茉亜歩を通りすぎて歩いていった。
「せんぱっ……」
後ろを振り返って、茉亜歩はその場にしゃがみこんだ。
手で顔を覆う。
ずっと好きだった。
思い切って告白して、そして。
忘れようと努力した……。
「何で……」
流雲が呟いた。
「何でだよ。」
低く、もう一度呟いて――、
「何で、茉亜歩さん言わなかったんですか!」
茉亜歩の前に飛び出した。
「流雲!!」
夜司輝が止めるが、茉亜歩ははっ、として顔をあげ、夜司輝の顔を見た。
「何でですか?茉亜歩さん!!夜司輝と付き合ってるって、夜司輝が好きだって、何で言ってくれなかったんですか!!」
流雲の顔。
怒り、悲しみ、そして裏切り……。
まるで自分のことのように、悔しくてたまらない。と唇をかみ締めた。
強く、強く。
「……私……私……」
茉亜歩は困惑した表情。
夜司輝は何をいうともなく、複雑な表情をした。
数秒の沈黙が永遠のように思えて、重い重い、鉛色のベールに包まれているかのようだった――……。
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