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一月五日。
全国高校サッカー選手大会、第六日目。
準々決勝。
<冬晴れの中、国立への切符をかけて、神奈川県代表S高校、群馬県代表S高校が、ここ千葉総合グラウンドへやってきました。前回準優勝の神奈川と初出場の群馬。いよいよキックオフです!!>
長いホイッスルが響いた。
国立への四枚の切符。
必ず。
きさし あつむ
葵矩は、厚夢からのパスボールをしっかりキープしてゴールを見た。
そして、群馬のベンチを見る。
せつた
雪駄がいる。
あすか
「飛鳥、バンバンいこうぜ!」
「おう。」
――雪駄を引き出せ。
あすか きさし
<神奈川S高校先攻。主将、飛鳥 葵矩、華麗なドリブルでペースチェンジ。>
いおる
左右を素早く見定め、尉折にミドルパス。
かたぬぐ
袒、早く来い。
ウィンドブレーカーを着込んでいる雪駄に、念を送るように心で呟いた。
<神奈川猛攻撃!群馬、どう受け止めるか!!>
や し き
「夜司輝!」
「はい。」
ほしな や し き
<星等 夜司輝、ライトリンクマン、二年生。天才的テクニックで相手を交わします。一年生よりレギュラーで、その技術は去年の大会でも立証済み。今回もすばらしいテクニックを見せてくれるのでしょうか。>
緩やかに体を翻して、ディフェンスを交わした。
「尉折先輩!」
的確なパス。
てだか いおる
<豊違 尉折、レフトウィング。この人のアシスト力は抜群です。左サイド、大きく高くボールを上げます。そこにあわせるのは――>
厚夢がゴール前に走った。
葵矩もフォローに入る。
ちぎり あつむ
<契 厚夢、一年生。落下点を見定めます。先制なるか、神奈川!>
行け!!
<おしい!キーパーはじいた。群馬の攻撃だ。>
「ドンマイ!」
攻守切り替え。
群馬の守備は堅い。
しかし、これといってすごいところはなく、ノーマルチーム。
「俺らのほうが、押してんのに。」
「気のせいでしょうか。攻撃する気がないように思えるんですけど。」
たづ
鶴の言葉に、夜司輝が冷静に周りを見た。
ハーフラインを越えた群馬は、まるでシュートをする気がないような攻撃。
パス回しを多用している。
シュート数では、断然、葵矩たちのほうが多い。
「時間稼ぎっすか。」
るも
流雲が的を得たことを口にする。
三対0の綺麗なスコア。
今まで全て無失点。
袒を起用するまで、守備を固め、守りに徹する気か。
葵矩もまわりを見まわした。
「くっそ。早めに点とりたいのに。」
「なめてんのか。ディフェンス群がりやがって。」
守備の堅さに苦戦を強いられる。
「流雲。あんまムリすんなよ。」
夜司輝がそっ、と流雲に忠告。
まだ完治はしていない。
大丈夫、心配ないって。と、笑顔。
そんな流雲に夜司輝は小さく溜息。
大丈夫じゃなくとも、そういうだろうことをわかっている。
<シュート数は断然神奈川が上!しかし均衡は保たれたままだ!!>
群馬はフォワードまで下がりきって、全員守備体制に、皆は戸惑っていた――……。
「ちょっとー群馬!点取る気ないなら、さっさと負けなさいよ!」
つばは
「こ、こら、茅花。」
ベンチでは、そんな群馬に痺れをきらすように茅花が立ち上がった。
「……流雲くん大丈夫かしら。」
「えっ?」
樹緑の声で、茅花の顔が一瞬で真っ赤になった。
流雲の名前で反応してしまった自分を否定するように――、
「だ、大丈夫でしょ。べっ別にあんな奴一人いなくったって、ねぇ!」
「どうしたの?」
少しからかう口調の樹緑。
「え?何がですか。あたしは……」
茅花の言葉を、突然の黄色い大歓声が遮った。
「なっ何?」
観客席を仰ぐ。
かたぬぐ せつた
<すごい歓声です。群馬、選手交代。十三番、袒 雪駄の登場に、群馬応援席総立ちです!>
「すごい。何、この歓声。」
樹緑も茅花に倣った。
割れんばかりの歓声。
たかが登場しただけで、この騒ぎ。
雪駄コールの嵐。
<今まで全ての試合の得点者。袒 雪駄。地元では知らない人はいないというほどのハットトリック王!!今まで全国に出てこなかったのが不思議なくらいのテクニシャン!!予選、そしてベスト八まで、全て三対0。全て彼のハットトリックで幕を下ろしています!!>
アナウンサーも興奮気味で雪駄の登場を伝えた――……。
「飛鳥くん。」
「袒。」
雪駄が葵矩の前に立った。
入試のときと同じ、あどけなさの残る顔。
「負けないよ。」
にっこりと宣戦布告をした。
その顔は、別段嫌味のある顔ではなかったが、自信に満ち溢れた顔。
「俺たちも、負けない。」
葵矩も負けずに布告した。
負けられない。
勝ったら国立。
必ず皆でいくんだ。
さぁ、ここからが本当に本番だ。
すみの たづ
<袒、ドリブルで前へ進みますが、前方を長身、主蓑 鶴に防がれ……お――!>
「くっそ。」
鶴が唇をかんだ。
チャージをされてよろめいたのだ。
あの小さな体のどこにそんな力が……。
葵矩が垣間見、フォロー。
<ゴール前混戦!!先制なるか、群馬!>
「どこや、どこからくる?」
カフスがゴールで構えた。
しかし、次の瞬間。
<……ゴ、ゴールです。入りました!!袒のゴール!!群馬先制です!!>
観客も一瞬おいてからの歓声。
そして、笛の音。
ハーフタイム。
「すまん。……ワイ、シュートコースも見えてへんかった。」
休憩中、カフスが肩を落とした。
一歩も動けず、シュートを見送ったショックは大きい。
「……ディフェンダーが死角になったんですよ。袒さんの身長ではカフス先輩との間にディフェンダーがいたら、見えないはずです。」
夜司輝の的を得た言い分のフォロー。
ゴール前混戦。
どこからシュートが来るかわからない。
かといってフリーにするわけにはいかない。
「大丈夫。まだ一点!取られた点は取り返す。」
葵矩はカフスの肩をたたく。
しかし、頭の中は打開策を探していた――……。
ふかざ
「吹風!」
「しっ。」
皆から少し離れた隅で――、
「大丈夫だから。大声ださないで。」
流雲が太股の傷の包帯を取り外しながら、茅花に言った。
また、傷が開いている。
血もでている。
「……だって。」
あれから、五日。
普通なら完治してもいいが、練習、試合と傷が閉じる間もなく酷使しているのだ。
まだ治るはずがない。
「こんなとこでくたばってらんない。」
前髪をかきあげて、厳しい目つきをした。
そして、口元を緩めて、
「こんなとこで、くたばる僕ちゃんじゃないです。」
世界一タフですから。と、いつもの笑顔。
「……ばっ、ばかいてってないで。貸して!」
強引に流雲から包帯を奪って手当てし始めた。
痛いくせに。
痛いくせに。
こんなに、傷……ばかなんだから。
決して弱音を吐かない流雲。
茅花はたまらない思いで包帯を巻きつけた――……。
<群馬一点リードで後半開始です。あまり点の動かない今試合。どちらが勝利を勝ち取るのでしょうか。>
負けられない。
こんなところで。
葵矩は拳に力を入れた。
しばはた
「柴端くるぞ!」
ユタの声にカフスが目を見張る。
<幻のラボーナでるか?袒、ゴールに向かいます。>
雪駄がボールをキープ。
そしてボールが足から放れ、大きく弧を描いて――、
<柴端反応しています!袒のマジックのようなうしろから飛び出すラボーナシュート!!すでに真正面に移動。おろるべしサッカーセンス!>
カフスがシュートに反応している。
つかめる。
誰しもが思った、そのとき。
<決まった――!!決まりました、袒!二点目!!柴端反応していましたが、反らしてしまいましたぁ――!!>
「……カフス。」
「見えとった。しっかり握れるタマやった……せやのに……」
余韻に浸るように、自分の両腕を見つめた。
「……でましたね。ラボーナ&ナックルシュート。」
夜司輝が呟く。
予想以上の威力に皆も唖然としていた。
<二対0!!あと一点でハットトリック!!>
どうする。
このまま三点目を取られるのか。
無失点で終わらせるつもりか。
葵矩は自分自身に問いかけた。
ここまで来たんだ。
あと二つで全国制覇なんだ。
こんなところで、国立の芝も踏まずに負けるなんて、イヤだ。
どうする……?
もう一度、自分に問いかける。
葵矩は瞳厳しく空を見上げた――……。
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