X -DEL SOLE-

                      1


 「さて、兄ちゃん勝負すっかぁ。」
わかつ
和葛の前に長髪の男が立ちはだかった。
前半、三十分、スコア二対0。

 「和葛!」
きさし
葵矩は和葛と相手チームの十番を注視する。

――明日、あいつらに勝てたら、俺……。
かすり
飛白のことにケジメをつけるといった、和葛。

 「試合終了までにワイを抜いてみぃ。ワレを認めたる。」

 「くっ……。」

 <一年、都室 和葛、一対一。おさえられるか!>

ワンフェイク、短いドリブル、ターン。

 「和葛、落ち着いていけ!」
あつむ
厚夢も下がってきた。
ゴール前、群がって皆がパスを受けようとする中――、

 <都室落ち着いてくらいついていきます。が、――あ、抜かれた!>

 「くそっ!」

相手の十番が和葛を抜いて、シュート。
大歓声が舞う。
         しばはた
 <あっーと!柴端、良く見ています。神奈川ボールです。>

 「ドンマイ、都室!よかったで。」

葵矩も安心して前線に走った。

大丈夫。
あの冷静さがあれば、必ず止められる。

葵矩は思う。

二対0。
いける。

油断はできないが、前半二点リードは、心の余裕につながる。

 <前半、三十五分。手元の時計では、もうすぐ三十六分。大阪、ここで一点とっておきたいところ。ゴール前再び混戦!都室、果敢に立ち向かいます!頼もしい一年生!!>

和葛、頑張れ、負けるな。

葵矩たちは、フォローしながら祈る。

 「ほれ、どないした。あのコ、あきらめるんか?」

 「っの……!」

再び一対一。
和葛は恐れずに、体をぶつけていくが、寸でのところでかわされる。
相手には、ベンチの飛白を見る余裕さえある。

 <大阪、ゆっくりボールをキープしています。>

 「あほっ。パスまわせぇ、何余裕こいとんのや。」

相手チームがフォローにまわるが、十番は和葛との対決に固執。

 「じゃますなや!」

一喝して、相手さえドリブルで交わす。

 「なっ……。」

何、考えてるんだ……あいつ。

遠目の葵矩も呆然。

 「和葛!」

ユタがフォローに入った瞬間。

 <おーっと、沙稿 ユタ、チェックに入ります。――あっと、シュート!ゴ、ゴール!ポストぎりぎり、ネットにつきささったぁ〜!柴端反応していましたが、今一歩届かず!二対一!!>

和葛が思いっきり地面を叩いた。

 「くっそ!!」

そして、長いホイッスル。

 <ここで、前半終了――!!二対一。前半ロスタイムで一点を許してしまいましたが、神奈川一点リードでハーフタイムを迎えます。>

 「……和葛。」

ハーフタイム。
控え室で肩を落とす和葛。

 「すみません、俺……。」

 「和葛のせいじゃないさ。よくくらいついてる。その調子で行こう。」

葵矩は労うが、和葛は相変わらずうなだれたままで――、

 「……あいつは、すごい余裕で、俺、ぜんぜんダメっす。二回も……一対一で二回も抜かれるなんて……」

 「……。」

和葛は、苛立った様子で頭をかき回した。

 「つーか。大阪、すげー余裕だよなぁ。リードしてんのはこっちなのに。」

 「ああ。しかも、あの十番、味方すら交わすなんて。」

 「大丈夫。リードはこっち。リズム崩さずにいこうぜ。」

皆が口々にいう言葉に、

 「まだや。」

カフスが厳しい目つきをして、皆を見た。

――あいつが出てきてへん。
                    まつる
 「……カフス先輩の知り合いの祭さん、ですか。」
や し き
夜司輝が的を得る。
カフスは大きく頷いた。

 「でも、あいつ。G・Kじゃないのか?ポジション。」
いらつ
苛が首をかしげる。
              ・  ・
 「せや。ポジションの一つはな。」

ポジションの一つ。

 「じゃあ……」

葵矩もカフスを見る。

 「あいつは、ユーティリティーや。」

ユーティリティープレイヤー。
複数のポジションをこなせる選手のことをいう。

 「一点リードされとる今、後半はフォワードでくるやろ。あいつのボールは重い。」

 「どーりで。余裕なわけか。」

二対一。

もう少し点が欲しいのと、守りを固めたい。
葵矩は唇をかんだ。
そして、和葛の肩を叩く。

 「和葛。和葛には、フルバックに必要な能力が揃ってる。」

強い責任感、正確なキック力、相手の攻撃を予測する冷静さ。

 「熱くなるな。いつでも、どんなときでも冷静さを忘れるな。必ず止められる。自分を、皆を信じろ。」
     あすか
 「……飛鳥先輩。」

和葛は、葵矩を見て、そして頷いた。

 「皆も、一点リードは忘れて、攻撃できるときはどんどん突っ込んでいこう。守りもきっちり。大丈夫。必ず勝てる。」

葵矩の自信に満ちた言葉に、皆は安心して笑顔を見せた。
独りずつに的確な指示を出して――、
         るも
 「それから、流雲。」

もう一度、医務室にいって来い。

葵矩の言葉に、ありがとうございます。と、流雲は頭を下げた。
本当は、流雲の負担を減らしてあげたい。
交代できればいいのだが、本人が納得するとは思えない。
流雲に代わる選手もいないのも事実。
苦渋だが、そうするより他なかった――……。


 「薬は効いているようだな。」

医務室で、包帯を変える担当医。

 「ぜーんぜん大丈夫。センセ、腕いいね。」

相変わらず笑顔で流雲。
担当医も呆れて――、

 「いくらワシの腕が良くても、少しは、手を抜いたり、躊躇したりしなさい。」

 「そっれはできないよ。僕、いつも全力疾走ですから!」

怪我をしているなら、普通怯んだりするものだが、流雲は全くそんな様子を見せない。
担当医は溜息。
そして、その医務室の外で、溜息をついた人物がもう独り。
つばな
茅花だ。
背中を壁に預け、両拳を握った。

 「センセ。さんきゅう。」

終わったようだ。
流雲が医務室からでてくる気配。

……やばい。どきどきしてきた。

茅花は決心したように唇をかむ。
         ふかざ
 「……ふっ、吹風。」

ドアを開けた流雲に――、

 「茅花ちゃん。」

流雲の大きな瞳にぶつかった。
思わずうつむいてしまう。

 「……あ、足、大丈夫?」

 「ああ。ぜーんぜん平気。」

満面の笑み。

痛くても、痛いなんていわないくせに……。

茅花は顔を上げる。

 「……。」

医務室の前の通路。
人通りはなく、静寂。

 「……あのっ。」

――見てて。必ず、必ず点取ってみせるから。

自信に満ちた笑顔で自分に言ってくれた。

いつも、冗談ばかりで、お調子者で、騒がしくて……

 「あの、あたし……」

でも、本当はすごく、優しくて強くて……すごく……

 「吹風、あたし……あたし、吹風のこと……」

純粋な人――……。

 「好き。」

 「俺も、大好きだよ。」

えっ……?

思わず振りかぶる。
目の前には、笑顔の流雲。

え、ええっ??

もう一度、まじまじと見る。
それでも流雲は、笑ってる。

ちょ、ちょっと待って!!あたし、今、一大決心をして、想いを伝えたんだけど!!なのに、なのに、何?

――俺も大好きだよ。

即答……。
そして、満面の笑み。

茅花は心で叫んで、流雲を凝視。
沈黙。

 「流雲――!アップ入るぞ!」

控え室からの声に、流雲は返事をして――、

 「あと、四十分。頑張ってくるから、見てて。」

茅花の頭を軽く叩いて、皆の下へ向かった。

 「……。」

触れられたところを両手で押さえる。
しばし呆然。
先ほどまで、どきどきしていた胸の鼓動はおさまったが、何だか空振りをした気分。

――俺も大好きだよ。

って……。

言わずにはいられなかった。
この想い、伝えずにはいられなかった。
止められなかった。
なのに……。
     じゅみ
 「……樹緑せんぱぁ〜い!」

ベンチに戻って、樹緑にしがみつく。

 「何、どうしたの。茅花。」

唇を窄めて――、

 「流雲くんらしいっ。」

いきさつを聞いた樹緑は、腹を抱えんとばかりに大笑いした。

 「笑ってないで下さいよ……すっごい空振りしたっていうか、何ていうか……。」

 「いいじゃない。両思いなわけでしょ。」

  「両思い……って何か。え?そうなんですか?……ね?」

首をかしげて戸惑っている茅花に、笑いを押し殺す樹緑。
しかし、次の瞬間の、大歓声。
二人をもフィールドに視線を移す。
              うりばやし    まつる
 <後半十分。大阪、瓜囃子 祭、怒涛の攻撃!!なんと、逆転!二対三!!大阪逆転です!!>

 「え、え?いつの間に??」

茅花が祭の姿を追う。
体格のいい大柄な選手。

前半はいなかった……後半から出場で、二点?

茅花は、眉間に皺を寄せた――……。


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11/あとがき