X -DEL SOLE-

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               るも
 「やってくれるよなぁ、流雲の奴。」
いおる
尉折は、含み笑いをして、大浴場で体の疲れを癒している最中、独り言のようにいった。
湯船の縁に両腕をのばし、天井を仰いだ。

 「だね。流雲らしいな。」
               きさし
その少し離れたところで葵矩。

――向かせて見せるんです。

そういっていた流雲を思い出す。
すごいなぁ。
葵矩は改めて感服した。

 「何、流雲のはなし?」

洗い場からカフスが湯船に向かってくる。

 「まんまとしてやられたカンジやな。」

豪快に掛け湯をして、湯船につかる。
カフスのおこした波が葵矩のところまで来た。
少し熱めの湯がとても神経を和らげる。
筋肉がほぐれるのを感じた。
                  しなほ
 「そーいやぁ、お前、前ほど紫南帆ちゃん、紫南帆ちゃんっていわなくなったな。」

 「ぶっ。」

尉折の突然の言葉に、おもわず吹いて――、

 「……っゆってなかっただろ。前だって……」

咳払いをする。

 「イケメンランキング一位の葵矩がこないウブやなんてなぁ〜。」

カフスはからかうような口調で、豪快に笑った。
その笑い声はとてもよく響いた。

葵矩は湯船に顎まで浸かり、尉折を軽く睨みあげた。
唇を尖らせて――、
  みたか
 「紊駕、紫南帆に告白したんだ。……二人、幸せになってほしい。」

――俺は、紫南帆を愛してる。

紊駕の真剣な表情が思い出される。

 「あいつ……俺のこと想って、いつも……つーか。俺が情けなくて、ライバルとして不足だったから、あいつが素直になれなかったんだ。」

風呂から上がる葵矩を、無言で尉折とカフスも追った。

 「だけど、時々まだ遠慮してるのかなって思う。」

一緒に住んでるわけだし。と独り言のように呟く葵矩に、
  きさらぎ
 「如樹のことだから、それがフツーなんじゃねーの。」

尉折がタオルで髪をおおざっぱに拭きながら言い、そして手をとめた。
葵矩を見る。

 「まさか、お前、それで卒業したら家でんのか?」

カフスもそうなのか。と口には出さなかったが目でそういい、葵矩を見た。
葵矩が受かった専門学校は、全寮制だ。

 「……まさか。」

葵矩は否定し、上着を着た。

 「……でも。ちょっとそうかも。」

 「……。」

 「……。」

洗面台に向かいながら、背中越しに訂正した葵矩に、

 「如樹は、卒業後どないしはるん?」

カフスが話題を変えた。
葵矩の想いは痛いほど感じた。

 「……多分大学いくんだと思う。」

ドライヤーで髪を乾かす。
生暖かい風が額に当たる。

 「そっか。やっぱ医者になんのか。じゃ、センター試験とかっての受けんだろ。大変だな。」

センター試験……。
一瞬、葵矩のドライヤーを持っている腕が止まり、サッカー焼けした癖毛が静止した。

 「どないしたん?」

 「いや……なんでもない。」

センター試験とは、大学入学者選抜大学入試センター試験の略だ。
独立行政法人大学入試センターが作成し、全国の利用大学と協力して、同一日時に行なわれる。
各大学で、それぞれ広範囲な入試問題を作る手間や、受験生がそれらをいちいち受験する手間を省くためにあるとされる。
この試験を導入する大学、これの結果のみで受かる大学、これの結果により足切りをする大学、と様々だ。

 「……やっぱ、四大とかならだいたい受けるんだよね。」

 「じゃねーの?俺には詳しいことわかんねーけど。ユタとかなら知ってんじゃん?」

尉折は既に身支度を終えて、腰掛けていた。

 「そっか……。」

 「センター試験がどうかしたん。」

カフスの再びの質問に、もう一度なんでもないと答えた。
カフスは首をかしげる。

 「せやさけ明日で引退やんなぁ。もうちと早くS高に来たかったわぁ。」

カフスが心底残念そうに呟いた。
同じく中途入部の尉折も大きく頷いた。
そして、二人が葵矩を見る。

葵矩とずっと一緒にプレーしていたい。
その気持ちが強く伝わった。
葵矩は優しく笑い返した。

明日で引退。
勝っても負けても……でも、絶対優勝する。

葵矩も身支度を終え、力強く思った。
そして、いよいよ最終戦が始まろうとしていた――……。


 <全国高校サッカー選手権大会、いよいよ頂点を決める戦いが、ここ国立競技場で始まろうとしています。一月八日月曜日。生中継でお送りします。>

 「キンチョーする〜。」

 「トイレ、もいっかいいっとこ。」
                         わかつ   あつむ
今更ながら、ファイナル戦を前に一年の和葛と厚夢がいった。
控え室で準備をしている最中。

 「今更何いってんの。しっかりしなさいよね!先輩達の晴れ舞台、あんたたちヘマしないでよ!」
とゆう
都邑が厳しい口調で二人の背中を同時に叩いた。

 「っまえなぁ。プレッシャーかけんなよ!」

 「ほんと。でも、先輩たちの最後の試合、勝たなきゃ、緊張してる場合じゃないよな。」
あつむ                        わかつ
厚夢が都邑を睨み、和葛がしみじみと、そして力をこめていう。
厚夢も無言で頷いた。

 <満員の客席。サポーターらしき人々も見られますね。>
                              あすか         くるわ
 <本当ですね。昨日、テレビの放送で神奈川の飛鳥と静岡郭の二人がイケメンランキングで一位、二位らしいですよ。>

 <アイドルさながらですねぇ〜!>

 「ちょっとちょっと〜先輩達すごいっすよ〜!」

ベンチ入りできない一年生たちが、観客席から控え室に駆け込んできた。
観客席では、名前の入ったプラカードをもった女の子の集団が多数みられるらしい。
特に葵矩と流雲の名前が多いが、他の選手たちのもあるらしい。
アイドルのファン倶楽部のようだそうだ。
一年たちは、口々にすごい。と騒いでいる。

 「え。」

 「わぉ!」

そんな様子を客席の見える窓から垣間見て、葵矩は眉に皺を寄せ、流雲はあからさまに喜んだ。

 「や〜やっぱテレビはすごいなぁ。」

 「鼻高い〜!」

 「つーか俺の名前名前!」

 「俺のもあるかな。」

尉折が一生懸命自分の名前を探している。
他も例外じゃない。

葵矩は溜息をつく。
緊張感のない奴ら……。

 「お前らぁ!!!」

突然の大声に皆が肩肘を張った。
全員声の主を見る。
今まで沈黙を守っていた監督が、仁王立ちをして皆を見据えていた。
一気に緊張感が漂った。
背筋を伸ばす皆に――、

 「勝ちに行ってこい。お前らなら、必ず全国制覇できる。」

皆、一瞬言葉を失った。
監督をしっかり見る。
葵矩は、柔らかに笑った。
それが合図だったかのように、全員で――、

 「はいっ!!」

監督の思いは全員に通じた。
選手も、マネージャーも監督も、皆が一つになった。
絆がまた一つ強くなった。

葵矩たちは笑顔でグラウンドで駆け出した。

 <選手、グラウンドへ出てきました。アップを始めます!>

晴れ渡った国立競技場にひときわ大きな歓声が起こっている。
応援団が太鼓を打ち鳴らし、チアガールが華麗な踊りを見せる。
神奈川側、静岡側ともに満員の観客。

 <神奈川県代表S高校対静岡県代表S高校、これまでの成績です。>

 <はい、まずは神奈川県代表S高校。第二回戦、山口T高校に大量得点七-〇で圧勝。次いで、第三回戦、東京A代表T高校をフィールドプレイヤー七人にも関わらず下します。二対〇。>

葵矩たちがアップをしている中、生放送中のアナウンサーは淡々と実況をしている。

 <第四戦、群馬県代表S高校のハットトリック神話をみごと破り、ベスト四。三対二。>

 <あれはすごかったですねぇ。キャプテン飛鳥の機転とロングシュ
        ほしな
ート。そして、星等のナックル&ラボーナシュートで大逆転ですからね。>
      しばはた
 <ええ。柴端のセーブも素晴らしかったですよ。>
                                     てだか
 <そして第五回戦、大阪S高校との試合。雨の中、巧みな豊違のア
                                      ふかざ
シストで飛鳥が決め、一点。豪快なスライディングでケガをした吹風でしたが、一旦フィールドを出て戻ってきてからの渾身シュートが決まり二点目。>
       うりばやし   まつる
 <大阪の瓜囃子 祭のユーティリティーに同点にされるなど、危ない面もありましたが、P.Kでみごと勝利。>

 <いやーGKの柴端も、星等も良く頑張っていましたが、やはり、ど真ん中を狙った飛鳥の超ド級シュートには驚きましたね。>

そして、アナウンスが途切れたところで、最終戦を告げるホイッスルが鳴り響いた。

 「行くぞ。」

 「はい。」

葵矩の言葉に厚夢と尉折、そして全員が頷いた。
ファイナル。
いよいよ始まった――……。


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