X -DEL SOLE-

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 「……何か、お前がでかく見える。」
いおる
尉折はぼそっと呟いた。
       きさし
その目は、葵矩を捉えていた。
       デルソール
 「何かさ。太陽……こんな奴と一緒にチームやってんのかって。」

もう一度まじまじと葵矩を見る。

 「何、いってんだよ。」

葵矩は、眉間に皺を寄せた。

 「ほんまや。きっとものすご近い未来、ワレは、世界のフィールドで走ってんねんか。貴重ゆうか……。」

カフスの言葉に皆も頷いた。
るも
流雲以外。

 「なぁ〜にいってんですか!せんぱいは、僕と一緒です!ずっとずぅ〜と!ね、先輩!」

頬を膨らませて唇を尖らした。
葵矩の腕をとる流雲。
そうしないと、涙がでそうだった。
あと四十分。
四十分しか葵矩と一緒にいられる時間がない。

 「せやな……ワイら一緒やな。特別なんてあらへんね。葵矩はワイらと強い絆で結ばれとんのやから。」

 「……ありがとう。」

痛いほど皆の気持ちが伝わった。
胸が熱くなった。
特別なんかじゃない。
葵矩は皆と同じ、普通の高校生だ。
誰よりもサッカーが好きで、周りをもそうさせる。
太陽――DEL・SOLE。
皆の側にいる――……。

 <手に汗握る前半戦が終わり、後半戦が始まりました。いよいよこの四十分で勝敗が決まります。全国高校サッカー選手権大会決勝戦!!神奈川県代表S高校対静岡県代表S高校。現在二対二.。>

あと、四十分。
葵矩はキャプテンマークをたくし上げた。
全神経を集中させる。

余力なんて残すまい。
これで最後。
最高の走り、パス。
そして、シュート。
仲間を信じる気持ち。
サッカーが好きだという気持ち。
全てをぶつけるのは、今しかない。
               あすか
 <神奈川キャプテン、飛鳥、落ち着いています。今年、最高学年になり主将に着任した飛鳥。何だか風格がでてきたようにも思えます。>

 <本当ですね。天性のエースストライカーに加え、ゲームメイク。皆をまとめる様は、さながらKING OF DEL・SOLE――太陽の皇帝といっても過言ではないのでしょうか。>
                                        くるわ
 <あっ、と静岡ボールです。サイドから猛攻撃!!速いぞ!!郭、ドリブルで神奈川陣地突入!!おおーっと!>
                     たりき
葵矩たちが守備位置につく前に、托力は判断を下した。

 「センタリング、あがります!」
やしき
夜司輝が叫んだ。

 <――ゴール!何と郭、GKとDFラインの間に早いタイミングでセンタリングあげて、あわせた!!九番のシュート!決まりました!>

敵陣深くまで攻め込んだ位置ではなく、自陣寄りでGKと守備ラインの間のスペースを狙ってセンタリングをあげる。
2005年以降、センタリングをクロスと呼ぶようになり、この攻撃はアーリークロスと呼ばれるようになる。
相手の守備が整う前に早いタイミングでセンタリングをあげると、位置的にもGKかDFがどちらが処理するか迷わせ、判断が遅れる。
そこをついてシュートするのだ。

 <相変わらずお膳立てが巧い、郭 托力。この攻撃の成功の鍵はいうまでもなく、センタリングの精度。高ければ高いほど得点につながります。>

 <王左の才とでもいいますか。完璧な縁の下の力持ち。>

王左の才――帝王の補佐役で才能を持つ知恵者のことを指し、三国志では、曹操の名軍師、荀イクが、南陽の知識人、何ギョウから贈られた言葉として有名だ。

 <三国志ですか。しかし、郭の場合アシストにとどまらず自分でも打ちに来ますからね。飛鳥が帝王なら皇帝といってもいいのではないですか?>

皇帝――秦の始皇帝を始めて称した称号である。

 <そうですね。それに、郭のピッチ上で選手を操る様は西ドイツの皇帝と呼ばれたベッケンバウアーも一目置くでしょう。>

太陽の帝王――KING OF DEL・SOLE VS 皇帝――カイザー。
キング        カイザー
帝王 VS 皇帝。
                        ほしな
 <おーっと神奈川も負けていません。星等の芸術的なミドルシュートが決まり、三対三!今度は静岡が追われます。まさに決勝にふさわしい互角の闘い!>

後半二十分。
三対三。
そろそろスタミナがきつくなる。
この数十分で静岡は数人の選手交代を宣言しているが、葵矩たちにはそんな余裕はない。
選手層が薄い為に、レギュラーとそうでないものの実力の差が大きいのだ。
イレブンはケガなどがないかぎり、最初から最後まで同じ。
スタミナ切れは即負けを意味することくらい、全員理解していた。
しかも、傷をおった流雲もいる。

 「大丈夫か。」

 「へーキですよ。ぜんぜん。なんかぁ先生、たくさんちゅーしゃしてくれましたぁ。」

流雲はいつもの屈託ない笑顔で笑うが、葵矩は軽く顔をしかめた。
できれば、鎮痛剤など打たせて走らせたくはない。
今後のサッカー人生にも影響しかねない。
鎮痛剤をうった後、酷使した体。
効果が切れたときの激痛は相当なものだ。

絶対勝ちたい。
頑張っている皆の為、応援してくれている皆の為。
天国の先生。
監督。
そして、自分自身。

 <後半三十分。三対三。両チーム一歩も譲らない。攻め守り、守り攻め、何と緊迫した試合でしょうか!>

葵矩はグラウンドのデジタル時計を見上げた。
後半三十五分。
あと五分とロスタイム。

ボールをキープし、ハーフラインを越える。
目の前に托力が立ちはだかった。

 <おーっと、帝王 VS 皇帝。一対一。これは、見ものです。ボールは帝王、神奈川の飛鳥がキープ。>

ワンフェイク。
右と左で交互にボールをキープする。
スピードチェンジ。

 <飛鳥、冷静に仕掛けてきます。それに郭もくらいつく!>

 <えー、手元の資料によると、この二人、卒業後の進路が同じだと言うことです。これは、帝王・皇帝の名コンビが見られる日が必ずくるということですね!>

 <本当ですか。それは楽しみです!この二人が組んだら向かうところ敵なしですね。おーっと、飛鳥!よく見ています。横からのチェックにボールと共にジャンプでかわした!すごい!目が何処にでもついているかのような身のこなし!>

 「先輩!」

夜司輝がマークを振り切ってフリーになった。
その隙にヒールでパスをする。

 <巧い!後ろからのフォローに飛鳥、ヒールでパス。星等ドリブルでサイドを抜けます。後半三十五分!決勝点なるか!!>

――ボールと特定の相手だけ追ってたら、まわりが隙だらけだぜ。
たがら  こうき
貲 箜騎の言葉が脳裏に蘇た。
いつ、どこからでも敵はやってくる。

貲さん。かみじょう たつる
そして、龍条 立さん。
俺……、絶対勝ちます――!!
        ふかざ          てだか
 <星等から吹風。そして豊違。華麗なパス回し!最後は――!!>

決勝点。
決める!!

 <やはり、この人。太陽の帝王!飛鳥 葵矩!!>

葵矩がボールを放った。
場内固唾を呑む。
そして――、

 <ゴール!!ホイッスル!!鳴りました四対三!神奈川一点リード!飛鳥のハットトリック〜!残りはロスタイム――!>

大歓声がフィールドを包んだ。
ロスタイム。
しかし、油断はできない。

 「守り、しっかり!!静岡だ。ロスタイムでも入れてくるぞ!最後まで気を抜くなよ!!」

 「はい!」

 <飛鳥、決勝点になりうるゴールを決めても浮かれることなく守備に戻ります。さぁ、サッカー王国静岡。どうでるか――!!>

静岡ボール。
相変わらずのスマートなパス回しでハーフを越える。
焦りは見えない。
葵矩たちは、早いセンタリングをあげさせないために、すばやく守備に戻った。
残り、おそらく数分。
しかし、ゲームはホイッスルが鳴るまでわからない。

 <郭、冷静です。ボールをキープして神奈川ゴールに向かいます。でるか、スーパーアシスト。それとも自分で攻め入るか――?>

 「絶対いれさせるかぁ〜!」

カフスが飛び込んだ。
全く怯まない。
           しばはた
 <神奈川、GK 柴端 カフス、果敢に突っ込んでいく!どうだ、止められるか?>

 <おおっと!郭、ボールをひいた!>

カフスが飛び込むのを冷静に見極めて、托力は振り上げた右足を一旦ボールの上へ戻し、後ろへひいた。

 <うしろへアシストか?誰だ?誰がフォローへ?>

実況が興奮する中、托力はその状態でボールと一緒にジャンプした。

 「……なっ……。」

一瞬、場内が静まり返った。

 <なっ、なんと。郭、ジャンピングボレシュート!!柴端の突っ込みをシュート体制から一旦ボールを引き、そして再びボールとともにジャンプ!そしてゴール!!>

 <いやぁ、すばらしく冷静な判断のできる選手ですね。>

四対四。
後半ロスタイム。
またしても白紙に戻った。
疲労感がどっと押し寄せてくる。

 <四対四!!同点――!!そして、今、ホイッスルが高々と鳴り響きました――!!四対四。この後、延長戦Vゴール方式に入ります!!>

Vゴール方式、延長戦。
決勝のみの特別ルール。
前半十五分、後半十五分。
先に一点をいれたほうが勝ちだ。

 「ひゃぁ、きびしい!」

控え室。
一様にスタミナを回復させんとする皆。
大量の汗がとめどなく流れる。
冬だというのに、体中が熱い。

 「あっちはいいよ。交代すりゃいんだぜ。しんどい。」

思わず本音がでる。
休憩十分。
そんな時間で回復するわけがない。

 「おそらく、静岡のことだ、前半じゃ終わらないだろう。」

 「でも、先手必勝だぜ。……焦ったらまずいけど、急ぐ必要はある。」

口々にする皆。

 「……流雲。本当に、大丈夫なのか。」

葵矩は必要以上に無口な流雲に声をかけた。
葵矩の言葉に、ベンチに腰かけて、うなだれていた顔をあげる。

 「はい。あと三十分。耐えて見せます。信じてください。」

冗談を交えない真剣な表情。
葵矩は心苦しい気持ちをムリヤリ押し込めて、頷いた。
本当は、今すぐにでも休ませてやりたい。
一息吸う。

 「皆、本当に体力も限界だと思う。――でも、勝とう!ここまできたんだ。サイゴの踏ん張りを見せてやろう。俺達は強い。――必ず。全国制覇を実現する!!」

力強い葵矩の言葉。
皆は大声で気合を入れた。

 <さあ、Vゴール延長戦前半始まります。先に点をいれたチームの勝ち。今、ホイッスルが鳴った!>

本当に、本当にファイナル。
葵矩は口元を引き締めた。

皆、限界と戦っている。
もちろん葵矩も例外じゃない。
しかし、精神的に負けたら、即勝負は決まってしまう。
気力が体を動かす。

 <静岡!怒涛の攻撃!!ゴール前混戦。神奈川守りきれるか!!>

静岡イレブンは托力と数人を抜かして殆ど交代している。
スタミナがあるのは当然だ。
対して葵矩たちは、前半四十分、後半四十分。
そしてVゴールの十五分、十五分。
百十分を走りきらなくてはならない可能性があるのだ。
必然的に意思とは無関係に気が緩みゴール前混戦に追いやられる。

 <神奈川限界か?かろうじて守っているが点を入れなければ勝てない!!>

場内は歓声というよりも、両手を合わせて祈る者が多い。

一点、一点でいんだ。
葵矩はバックまで下がり、チャンスをうかがう。
時間だけが刻々と過ぎていく。

 <ここで前半十五分終了!!>

ホイッスルと同時に空を仰いだ。
汗が滝のように首筋をつたった。
あと、十五分。
皆、当然のように息があがっている。
そして、流雲の表情が、一段と厳しくなっていた。
皆の前では笑顔で通し、試合中は相手に気付かれないように決して足を引きずったりなどしないが、本当なら卒倒しそうなくらいなのではないか。
皆も一様に流雲に視線を移した。

 「……飛鳥せんぱい。医務室、行かせて下さい。」

休憩中。
その言葉に誰もが眉間に皺を寄せた。
流雲からの言葉。

 「いやだなぁ、念のためですよ、念のため。全然へーっきすからぁ。」

いつもの明るい笑顔。
葵矩は目を瞑った。

 「……ちゃんと、先生に処置してもらってこい。」

そうとしか言ってあげれない。
流雲は頭を下げて、その場を去った。

 「流雲。もう限界はとっくにきてるハズなんだ。相当な痛みに耐えてる。」

 「本当だよな……俺らの比じゃないはずだ。なのにあいつ……。」

 「……勝たなきゃ。」

皆が頷いた。
そう、あと十五分で決まる――……。


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あとがき