X -DEL SOLE-
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あとがき

                    11

 ふかざ
 「吹風!」
つばな                        るも
茅花は控え室を出た流雲を追いかけた。
流雲が振り返り――、

 「えっ。」

いきなり体が少し浮いたような感覚になった。
流雲が自分の体を引き寄せ、抱きしめたのだ。

 「……//////ふっ、吹風?」

突然のその行動にどきどきしてしまう。
茅花は体を硬直させたまま、流雲の名を呼んだ。

 「……もう少し、このまま。」

 「……。」

肩で息をしていた。
体が異様に熱い。
ひどい汗。

 「……痛い……、の?」

おそるおそる背中に手を回し、軽くユニフォームに触れる。
ぐっしょり濡れていた。

 「ちょー激痛。」

 「……。」

初めて、痛い、といった。
本音。

 「……。」

痛くてもそんなこと決していわなかったのに。
本当に、本当に限界なんだ……。

涙が溢れそうになる。
茅花は天井を仰いで涙を抑えた。
唇をかみ締めた。
しばらく抱き合ったまま――、

 「流雲。」
        やしき
控え室から夜司輝がでてきて、我に返った茅花は軽く流雲を押し出した。
夜司輝は目で全てわかってるといい、

 「医務室いこう。」

流雲の左肩を支え、茅花に右肩を支えてくれるようお願いした。
無言で頷く茅花。
支えがなければもう動くのも辛い。
そのくらい、限界を超えていた。
それでもフィールドでは一切そんな素振りは見せなかった。

 「……限界だ。もう、鎮痛剤もきかんだろう。」

担当医は首を振った。

 「……とりあえず、打ってください。」

 「ダメだ。今まではお前の意気込みに目を瞑ってやったが、今回は責任はとれん。」

もう一度、首を振る。
この足でずっと試合を続けてきた。
昨日に続き、休みなしでこの百十分。

 「センセに責任取ってくださいなんていいませんよ。」

真剣な表情で抑揚のない声の流雲。
自分の状況は把握していた。
ガンとして譲らない。

 「子供みたいなこというな!」

今まで穏やかだった担当医が声を荒げた。
茅花は肩を怒らせる。

 「サッカー続けたいなら、この試合は諦めるんだ。」

 「いやです。」

流雲は担当医を睨んだ。
数秒の沈黙。
茅花は涙をこらえるのが精一杯だった――……。


 「足手まといだ。」

 「……監督。」

きさし
葵矩は監督と共に医務室に入った。
後から皆も続く。

 「もういいよ。流雲。」

 「そうだ。十分だろ。……あとは、俺達にまかせろよ。」
    たづ
ユタや鶴。
皆も頷いた。

 「流雲……。」

葵矩はただ、流雲の名を呼んだ。
流雲はそんな葵矩を見て――、

 「お願いです。」

監督の前に跪いた。
皆は目を丸くする。

 「ここで、諦めるくらいなら……」

――死んだほうがマシです。

――――――……。

流雲の床に触れる茶色の前髪。
水滴が床に水溜りを作った。

 「……。」

顔を上げた流雲。
大きな瞳いっぱいにたまった涙。
真っ赤な瞳。
唇を血の滲むほどかみ締めている。

 「飛鳥せんぱいと……プレーがしたいです。……先輩達と、最後まで一緒に……皆と一緒に全国制覇したいんです。」

大粒の悔し涙が、流雲の頬を伝った。

流雲……。
葵矩はたまらない思いで監督を見つめた。
皆も監督を見る。
流雲の気持ち。
皆の気持ち。
しかし、ドクターストップも今後の流雲のサッカー人生もかかっている。

 「……。」

皆は時計を一瞥して、監督が口を開くのを待った。
休憩時間も残り少ない。
ややって、監督が息を吸った。
皆の視線が監督に注がれる。

 「……勝手にしろ。」

流雲の口元が緩んだ。
皆は複雑な表情をするが――、

 「ありがとうございます。」

担当医も、

 「しかたない。ワシが今できる最大ので最良の治療をしてやるから来なさい。」

溜息をついてそういい、手早く処置をした。

 「流雲。」

葵矩は流雲を自分のほうへ引き寄せた。

 「絶対一緒に全国制覇しような。」

頭をなでてやる。
流雲は葵矩に顔をうずめた。

 「……はい。」

涙をすする音。
その光景に皆が固い決意をした。
必ず、全国制覇。
一つの同じ思いを胸に、今、イレブンは最後のフィールドへ向かった。

 <さて、Vゴール延長戦後半です。泣いても笑ってもこの十五分で決定します。全国高校サッカー選手権大会、決勝戦。頂点を決めるファイナルのホイッスルが今、青空の下で鳴り響きました――!!>

全員、全身全霊を込めて走った。
最高の走り、パス、そしてシュート。
皆の絆を証明するかのように。

 「最後の最後やぁ――!!気合入れていかんかい!!」

それは。
奇跡に近いパス回し。
観客の誰もが、祈った。
            しばはた
 <今、神奈川GK柴端からボールが投げられた。ディフェンダーを介してサイド、そして、中央。ハーフラインを越えます!!>

カフスからユタ。
     いらつ わかつ
ユタから苛、和葛。
    うか                         たづ
そして窺、サイドチェンジで鶴。
全員無言でアイコンタクトのみでパスを出す。

 <速い!なんと速いパスワークでしょうか。これが百十分を闘う選手たちとは思えません!!全員、脅威のスタミナ!!神奈川、ずっとボールをキープしています!>

スタミナなんて、残っているはずがなかった。
ただ、イレブンが皆イレブンを信じきっていた。
言葉など交わさなくても、次にどこにボールがくるのか。
全てわかっていた。
そして、全力で走る。
   ほしな                                                          ふかざ
 <星等、ダイレクトで受け、ディフェンダーを抜く!吹風にわたった!!>
                  ちぎり        てだか
 <すごいすごい!!トップ、契、そして豊違!あっというまにゴール前!!静岡とめられません!!>

確かに、皆には見えた。
強い絆がつくるパスルート。
ゴールへとしっかりと繋がっていた。

 <そして、センタリング!!>

 「あんなやつに、負けてられっかよ――!!」
いおる
尉折は大声を張った。
ペースチェンジ。
  あすか
 「飛鳥の癖、性格、サッカーセンス。全て知ってんのは、この、俺様だぁ――!!」

 <豊違の絶妙なセンタリングあがりました!!飛鳥きっちり合わせてきます!>

尉折!!
体が熱い。
全員が繋いだ、このボール。
絆がつくったパスルート。
そして、尉折の最高のセンタリング。
最高のシュートを、今。

――俺が決める!!!

 <飛鳥、飛んだ!!静岡間に合わない!ゴールまで数メートル!>

 「行けっ――!!」

―――――――……。

恐ろしいほどの沈黙。
葵矩が放ったボール。
全員、直立不動。

青空が、一瞬笑ったように見えた。
太陽が、輝いた。
風が、優しく吹いた。

 <――――ごっゴ――ル!!!ゴールです。神奈川、柴端からのボール、イレブン全員を介して、一度も静岡が触れることなく。何と……何という神業……飛鳥まで通してしまいました!!そしてすばらしい豊違のアシスト!飛鳥のシュート!!Vゴール先制は神奈川、そして、長いホイッスル――!!>

――神奈川、優勝!!!

 <神奈川、S高校、悲願の全国制覇達成――!!!>

 「やったぁぁぁ――!!」

 「うわぁぁぁ――!!」

 「勝ったぁぁ――!!」

大歓声と拍手が唸り声、地響きのように押し寄せた。
観客、スタンディングオベーション。

勝った。
葵矩は、ゴール前でしばし立ち尽くしていた。
息を深く吐いて――、

 「うおぉぉぉっ――――!!!」

 <飛鳥、大きくガッツポーズ!!神奈川イレブンが飛鳥に駆け寄ります。すごい歓声。場内が揺れんばかりのS高コール!!>

 「あすか先輩!」

 「飛鳥っ――!」

 「せんぱぁい!!」

 「葵矩ぃ〜!!」

勝った、勝った、勝った。
俺達、

 「全国制覇したんだぁっ――!!!」

 <帝王VS皇帝、制したのは帝王!太陽の申し子とでもいいましょうか。飛鳥、満面の笑み。太陽の帝王――KING OF DEL・SOLE。その称号を与えるにふさわしい青年、飛鳥 葵矩。もう一度、大きくガッツポーズ!!>

鳴り止まない歓声と拍手。
誰も座ることのない、観客席。
紙テープや色々なものが場内を舞った。

 「飛鳥。」
     くるわ
 「……郭。」
たりき
托力が手を差し伸べた。
笑顔でその手を握りかえす。

 「いい試合だったな。」

 「ああ。」

二人、笑顔を見せあった。

 「今度は同じチームで飛鳥と戦えるんだな。嬉しいよ。」

 「俺も、楽しみにしてる。」

 <第七十四回、全国高校サッカー選手権大会。参加校四十八校が争った覇権。神奈川県代表S高校が制しました!そして、国立は、一年間の長き眠りにつきます。>

例えようのない充実感と、仲間への揺ぎ無い誇りを共有していた。

 「あすかせんぱぁ〜い!」

流雲が抱きついてきた。

 「よく、頑張ったな。」

何度も、何度も頭を撫でた。

 「飛鳥ぁ!」

尉折もカフスも、皆。
厳しい練習に耐えてきたのは、全てこの時の為だった。
しかし、これが終着点ではなく――、

 <優秀選手選出です。来る一月十五日、スペインとの戦いに備え、合宿を経て上位20名に絞られ、十九日十三時からは、既に決定しているユース代表との戦いに出場。春にはドイツにて国際ユース大会参加が決定しています!>

アナウンスが流れる中、葵矩は観客席の紫南帆と紊駕、両親たちに大きく手を振った。
まだまだ鳴り止まない歓声。
             くりま    うきや                          うりばやし   まつる
 <北海道、U高校、栗馬 羽喜夜。大阪S高校、瓜囃子 祭。静岡S高校、郭 托力。>

次々と名前が呼ばれていく中、葵矩たちは相変わらず声援を送ってくれている観客に挨拶をしていた。

 <神奈川S高校――今回は異例の五人です。>

えっ……。
イレブンが振っていた手を止めて、アナウンスに耳を傾けた。
    しばはた                    ほしな    やしき        ふかざ    るも
 <GK柴端 カフス。MF、星等 夜司輝、吹風 流雲。>

皆が顔をあわせた。

 <FW、豊違 尉折。>

 「マジで?」

思わず尉折が呟いた。

 「すげえ、先輩!ドイツですよ!」
あつむ
厚夢が興奮して尉折の背中を叩いた。

そう、これは、終着点ではなく――、

 <最優秀選手、得点王も兼ねた今大会MVP――、飛鳥 葵矩選手!!>

ここからが新たな戦いが始まるのだ。

 「すごい!飛鳥せんぱい!」

 「おめでとうございます!」

 <二〇〇二年、ひょっとしたら日本での開幕があり得るワールドカップ。この中の選手が日本代表のユニフォームを背負って闘う姿が目に浮かびます。>

――日本代表。

新たな戦いの始まり。
葵矩は、太陽を背に、もう一度ガッツポーズをした。

DEL・SOLE――イタリア語で太陽。
いつも明るく輝き、希望を与えるもの、太陽。
葵矩はその称号を受けるにふさわしい、純粋で誰にでも優しい青年。
サッカーを愛し、周りをもそうさせる、そのプレーは、やがて、サッカー界に輝きと希望をもたらす。

太陽の帝王――KING OF DEL・SOLE
飛鳥 葵矩――……。


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