
1 「いいよ。」 霞空に舞った桜の花びらが、一瞬静止したかのようだった。 「……え。」 かすり とゆう 当の飛白も、都邑さえも――、 「そっそれって……付き合って頂けるってこと……ですか?」 恐る恐る確認。 「いいよ。」 みたか 紊駕はもう一度、はっきりと、その蒼い瞳で飛白を見て言った。 「やっ、やったじゃん飛白!!」 ゲタ箱の陰に隠れていた都邑が飛び出して、飛白に抱きついた。 手紙で告白されても、面と向かって言われても全く相手にしなかった紊駕。 どういう風の吹き回しか、はてまた他意があるのか。 あっさり、飛白の告白に応じた――……。 その頃、グラウンドでは――、 「複雑ねぇ。」 せお 瀬水が溜息をついた。 じゅみ 樹緑が、放課後瀬水に声をかけ、グラウンドで話している。 あすか 「飛鳥くん。断れないタイプでしょ。でも、実際気が気じゃないと思うんだよね。」 し な ほ ちぎり 紫南帆ちゃんは、契くんとでかけるんでしょ。と、樹緑。 教室で瀬水と紫南帆が話しているのを耳にしたので、詳しい話を聞いたのだ。 あつむ 「うーん。紫南帆、厚夢くんと出かけるの、飛鳥くんにゆっちゃうんだもんな。本当鈍いコなんだから。」 腕を組んで、頷く。 つばな 「飛鳥くんはきっと言ってないでしょ。4人でいくとは。茅花も素直なのはいんだけど。ムリヤリってカンジでかわいそうで……。」 そんな2人の心配もよそに――、 「飛鳥せんぱい!」 元気のいい茅花の声がグラウンドに響いた。 「日曜日ダブルデートしましょうね!」 遠目の樹緑が手で額を覆って、全く。と溜息。 皆も注目していた。 きさし 葵矩はここからでもわかるほど、赤面している。 「大変、ねぇ。」 瀬水がその光景に眉根をひそめた。 「飛鳥センパイって、あの人と付き合ってんですか?」 あつむ 「げ。あ、厚夢くん。」 あからさまに瀬水が驚いて見せた。 「あ、瀬水センパイ。何故ここに?」 知り合ったばかりだというのに、馴れ馴れしく尋ねる厚夢に、ちょっと、ね。を瀬水があいまいに濁した。 うわさをすれば……ってやつだわ。と、心の中で呟く。 ちぎり あつむ 「あ、契 厚夢くん。」 我に返って樹緑に紹介した。 樹緑は、自己紹介をしたあと、例のね。という顔。 「ども。紫南帆センパイの知り合いって皆美人なんですねぇ。」 「で、何で厚夢くんは?」 ここにいるのか。と尋ねると――、 「サッカー部入部希望です。」 その瞬間、2人は何ともいえない顔を見合わせた。 今日から新入生の本入部が始まる。 それまでの期間は、仮入部といわれ、自由に好きな部活を見て回ることができたのだ。 「でね。別に付き合ってるわけじゃないのよ、あの2人。」 樹緑はきっぱり否定しておく。 きさし 葵矩を憂いで。 「集合――!!」 葵矩の声がグラウンドに響いた。 全員、整列する。 進入部員の挨拶を始めた。 「1年1組、契 厚夢。中学のときのポジション、センターフォワード。」 厚夢は、葵矩に言うように、 「センターフォワード志望です。」 口元を跳ね上げた。 言葉に嘲笑を含む。 みやむろ わかつ 「1年1組、都室 和葛。中学のときはディフェンスでした。よろしくお願いします。」 厚夢の友人の和葛もサッカー部に入部希望。 控えめな態度で頭を下げた。 「前途多難だぁ。」 それを少し遠目で見ていた瀬水が呟いた。 いなみ おうな 「1年マネージャー遅いですね。伊波先輩と殃奈はさぼってデートだし。」 茅花はぶつぶつ独り言を言いながら、不服そうに唇を尖らせた。 「すみませーん!」 遠くからの声に――、 「おそーい!もう始まってる!!」 駆けてきたのは、 「申し訳ありません。」 都邑と飛白だ。 「ひゃぁ、ちょーっと、樹緑ちゃん。かわいすぎない?」 瀬水が駆け寄ってきた飛白を見て、樹緑のジャージを引っ張った。 ふわふわの肩までの髪。 真っ白な大きなリボン。 大きな瞳。 ジャージで、体型こそははっきりわからないが、小柄。 グラウンドで集まっていた男子たちも、一驚を喫した。 「まさか、あのコも飛鳥くんが好きってことは……」 「それは大丈夫だと思う。」 瀬水の言葉を遮って樹緑。 先日の新入生歓迎会の件を話し、茅花が選考したことを告げた。 瀬水は納得。 「そうだ。」 瀬水は手を打って、これをいいたかったの。と樹緑に向き直った。 「まだ大丈夫?」 「手短に。ごめんね。」 グラウンドでは、飛白を囲んで紹介が中断されている。 葵矩はその輪から外れて、どこかムッ、としている様子だ。 「今日ね、私、紫南帆に尋ねちゃったんだよね。」 ――あの2人のどっちか。本当は好きなんだ?紫南帆! 樹緑がグラウンドを気にしつつも、瀬水を注視した。 「そしたら。何ていったと思う?」 もったいぶらせ、樹緑は少し、首を傾げた。 「……かもしれない。」 「え?」 「かもしれない。ってゆったの、紫南帆!!」 その言葉と重なるように、グラウンドから大きな声が聞こえた。 「だめだめ!!いっくらモーションかけても、だめです!!」 きさらぎ ――飛白は、如樹先輩のものなんですからね!!! グラウンドも、樹緑も、瀬水も、一瞬静止した。 風も止んだ。 そして、次の瞬間――、 「ちょ。今、何ていったあのコ――!!」 まいかわ 「うそ、マジ、OKもらったのかよ、舞河ぁ!!」 「え――っっ!!!」 瀬水と厚夢。皆の声が重なり、春の嵐を巻き起こした。 飛白は真っ赤な顔でうつむき、瀬水は樹緑のジャージをひっぱった。 厚夢は満面の笑み。 皆、は口をあけた。 そして、葵矩は――、 「紹介の続きはじめる。マネージャーも並んで。」 淡とした葵矩の声に、皆も我に返ったように再び列を成した。 樹緑も瀬水に断って、その輪に駆け出した。 瀬水は、大変だ、こりゃ。と、樹緑に手を振りながら、呟いた。 「嬉しいですか?」 紹介が終わって、メニューをこなす合間。 厚夢が葵矩にささやいた。 「……どういう意味だ?」 「ライバルが減ったじゃないですか。如樹センパイが舞河とくっついて。」 葵矩が、普段は絶対見せない顔で厚夢を睨んだ。 ・ ・ 「こっわい顔。俺ぇ、日曜日、紫南帆センパイと出かけますから。2人で。」 2人、を強調して、笑った。 一応、言っておこうと思いまして。フェアに行きたいですし。と、嘲笑。 「それに、センパイ、マネージャーさんとデートなんでしょ。」 茅花を指差した。 「次、シュート練習入るから、並んで――!!」 葵矩は厚夢の言葉を無視し、皆に指示を出した。 「ヤな奴だな。」 いおる 尉折が側による。 横目で厚夢を睨んで――、 「第二の宣戦布告。契の奴。お前に対抗意識燃やしてんのな。」 トーンを変えて、言葉を続けた。 「……さっきの。マジかな。ほら、あの舞河ってコと如樹が……」 葵矩は無言。 「で、でもさ。昨日の今日じゃん。如樹が手紙うけとって、それ捨てちゃったの。だからありえねーよな。あ、その手紙、があのコとか?」 「一度捨てた手紙をあいつが読むわけない。」 「……。」 尉折はそれ以上何も言えずに、葵矩の背中を憂いで、練習に戻った。 「飛鳥先輩。」 「……あのさ。」 休憩時間。 葵矩は都邑の元へ、足を運んだ。 厚夢と同様、中学の後輩だ。 「お久しぶりです。さっすが先輩。高校でもすっごい人気ですね。見せてもらいましたよ。新入生歓迎会。あれでますます人気でちゃって。」 都邑の言葉は耳を通り過ぎた。 「舞河さん。紊駕に告白……したの、かな。」 語尾を和らげ尋ねてみた。 「そうです。しかも、つい先ほど。」 都邑は、肩には届かない一本に結っている黒髪を、しゃんと振って、背筋を伸ばした。 「さっき?」 「ええ。でも、私も意外だったなぁ。あの、如樹先輩が。でも、はっきりゆったんですよ。いいよ。って。」 「そう……。」 葵矩は礼をいうと、溜息をひとつ。 空を仰いだ。 桜の花びらが、春の風に乗って、大空へ舞い上がった――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |