
5 藤沢駅北口。 サンパール広場。 みたか 「……紊駕ちゃん。」 し な ほ 静かに紫南帆は呟いた。 かすり ベンチに座る、紊駕と飛白。 あつむ 紊駕は紫南帆と厚夢を捉えるが、相変わらずポーカーフェイスを崩さない。 「……紫南帆。」 その声に紫南帆は振り返る。 きさし 葵矩の名を呟いた。 数秒の沈黙があって――、 「ぐっ偶然ですね。驚いたなぁ、紫南帆さん、いきましょう。じゃ。」 厚夢は、頭を下げて、紫南帆の手を取った。 「え、……あ……」 紫南帆は、ひっぱられながら、背中で小さくなる紊駕と葵矩を見た。 「厚くん。」 小田急と駅をつなぐ、歩道橋の上。 紊駕と葵矩の姿が見えなくなってから――、 「厚くん。」 紫南帆が引っ張られていた手を引っ張り返し、足を止めた。 「……。」 厚夢も止まる。 紫南帆は、じっと、厚夢の瞳を見た。 「どうして、あんなことするの?」 目をそらす、厚夢。 「厚くん。」 少し叱責めいた言い方。 その瞬間。 「……厚くん……」 紫南帆の顔は、厚夢の肩にあった。 厚夢の両手は、紫南帆の背に――、 「好きです。」 厚夢は紫南帆を抱いたまま口にした。 「好きです、紫南帆さん。」 もう一度言った。 「……厚、くん……」 厚夢はそのままの体勢で、紫南帆の顔を見ずに――、 「今のは、謝ります。……確かめたかったんです。どんな反応を示すか。如樹センパイも飛鳥センパイも……でも、好きなんです。」 紫南帆の体を締め付けた。 「中学んときから、ずっと。……あんとき俺、まだチビだったし、こういう風にできなくて……悔しくて……俺、……好きなんです!」 「……。」 抱きしめられたまま、紫南帆は――、 「ありがとう。」 厚夢の腕の力が緩んだ。 紫南帆の顔が見れるキョリ。 「ありがとう。……でも、厚くんと付き合えない。」 厚夢の瞳を真っ直ぐ見た。 「……如樹センパイと、飛鳥センパイ……ですか。」 「……うん。」 厚夢は上を向いて、溜息をついた。 腕は、まだ紫南帆の背中にある。 「嫌いってゆってください。」 「……。」 厚夢は紫南帆を見た。 唇をかむ。 紫南帆は、ゆっくり首を振った。 「……嫌いじゃないよ、厚くんのこと。でも、付き合えない。」 「紫南帆さん。」 厚夢はもう一度紫南帆を強く抱きしめた――……。 サンパール広場、噴水の前では――、、 「行くぞ、飛白。」 「は、はい。」 紊駕は颯爽と立ち上がって、歩き出した。 飛白がその後を追いかける。 「紊駕!」 呼び止めたのは、葵矩。 「何?」 紊駕は淡と口にした。 葵矩は、とっさに出た言葉に、その後を続けられないでいる。 見かねて、紊駕は葵矩を一瞥して、背を向けた。 「あの……如樹先輩。」 小走りで紊駕を追いかけながら飛白。 「すみません。……あの……」 紊駕立ち止まった。 「何で、謝るんだ?」 「……っ。」 うつむいた飛白を紊駕の鋭い瞳が貫いた。 眉間に皺を寄せてうつむく、飛白。 今にも泣き出しそうだ。 「行くぞ。」 再び紊駕は歩き出した。 その後を飛白は、追いかけた――……。 「やっぱり、ダメですか?」 茅花は、ベンチに腰下ろし項垂れる葵矩を見た。 葵矩が顔を上げる。 尉折と樹緑も無言でその場に立っていた。 「私じゃ、だめなんですね、飛鳥先輩は――」 「ごめん。」 葵矩は茅花の言葉を遮った。 真っ直ぐ茅花を見る。 「紫南帆が、好きなんだ。」 正直に、素直に、葵矩は口にした。 茅花は、一度、うつむいて、そして顔を上げた。 「わかりました。」 葵矩を見る。 「人の気持ちってそんなに簡単に変わりませんよね。先輩。あたし、先輩のこと後悔させてやるから。こーんなかわいくていい子振っちゃうなんて。」 にっこり、イタズラっぽい笑みで笑う。 「私のことは気にしないで下さいよ。先輩は、自分のこと頑張ってください。そうしなきゃ、私、許さないから。」 芯の強い笑い方。 いなはら 「稲原……ありがとう。」 尉折も樹緑も微笑んだ。 「やーだ。暗くならないで下さいよ〜!そうだ、今から海いきましょう!」 茅花は思いっきり元気に拳を上げて見せた。 めいいっぱい明るく振舞う。 「そうだな。行こうぜ。」 尉折が葵矩の背を叩いた。 「茅花。」 藤沢駅、小田急線のホームの手洗い場。 「えらかったよ。」 樹緑は、茅花の頭を優しく撫でた。 「樹緑、せんぱぁーい。」 茅花が樹緑に抱きついた。 おさえきれず、涙が頬を伝った。 樹緑の胸を借りて、声を出さずに泣いた。 しばらくして――、 「ありがとうございます。もう、いかなきゃですね。」 茅花は顔を上げた。 「何か、泣いたらすっきりしました。」 目頭をぬぐって笑った。 「でも、やっぱり私、飛鳥先輩のこと好きだから。どうしょうもないんですよね。」 天井を仰いだ。 「茅花は良いコなんだから、大丈夫。またステキな恋ができるわ。がんばんなさい。」 「はい。」 茅花は笑顔を見せた。 「飛鳥、気にすんなよ。大丈夫だからさ。」 プラットホームで、尉折。 「……ごめん、な。」 「ばあか。何謝ってんだよ。だいたい茅花ちゃんに失礼じゃんか。」 声高々といって――、 「いんだよ。茅花ちゃんも納得してる。だからさ、普通に接してやれよ。」 「……うん。」 そして、4人、片瀬江ノ島海岸に向かった。 片瀬江ノ島海岸。 4月の海風はまだ少し冷たかったが、太陽が暖かく照らした。 波の音が心地良い。 「あーすかせんぱーい!」 るも 浜へ降りると、ウエットスースを着た流雲の姿。 や し き 夜司輝もいる。 軽く頭を下げた。 ふかざ 「ちよーっと、吹風。私と飛鳥先輩の間、ジャマしないでよね。」 茅花は冗談ぽく、流雲から葵矩を遠ざける。 「ジャマしてやろ、ジャマしてやろ。飛鳥せんぱいは、僕のだもん。」 茅花の反対側に立って、葵矩の腕を取る。 あのねぇ、と葵矩。 「寒くないの?」 樹緑が薄手のセーターの袖をさするような仕草をした。 「そーなんですよ。樹緑せんぱい、あっためてくれます?」 そういって、樹緑に抱きつく素振りを見えた、瞬間。 「いっ。」 尉折に耳をつかまれた。 「ジョークっすよう。尉折せんぱいってば。いでで……」 耳をそのまま引っ張られて、樹緑から遠ざけられる。 「寒くないですよ。意外と温かいんです、ウエットスーツ。」 その様子に失笑して夜司輝。 「でも、よくやるね。部活のあとにサーフィンなんて。」 茅花は、防波堤に腰掛けた。 尉折と流雲はまだ向こうでじゃれあっている。 「好きだからね。」 夜司輝は優しく笑った。 「そーだよね。好きなんだもんね。」 茅花は、夜司輝の言葉を復唱して、太陽を目を細めて見た――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |