Climax
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       / / 8 / 9 / 10 / 11 / あとがき

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  <Hello!!Everybody!!>

 昼休み、スピーカーから甲高い声が響いた。
                                     ふかざ     るも
  <どーもどーも!今日も、元気いっぱいでお送りします、吹風 流雲でーす!!>

 放送委員の流雲。
 相変わらず流暢に口が動く。

  「こいつぁ悩みなさそーだよなぁ。」
               いおる
 お弁当を広げながら、尉折はスピーカーを睨みつけた。

  <新入生はもう、学コには慣れたかな?>

  「そんなことゆうなって。流雲だって流雲なりに……」

  <え?まだだって?そんじゃ今スグ僕のトコにCome On!!この僕が、手取り足取り教えてあげちゃいますよ!!>
         きさし
 その言葉に葵矩はこけそうになる。
 ほらな。と、尉折。

  <かーいーこならなおさら大歓迎!!そうそう、僕あんだけ新入生歓迎会のときにアピールしたのに、ひとっりも僕を訪ねてくれないんだもんなぁ。僕ちゃん泣いちゃう。>

  「放送でいうことじゃねーだろ。」

 尉折の突っ込み。
 しかし、周りは笑いが漏れて、なかなか評判がいい。

  「なんか、流雲だよなぁ。」

 変なところで納得する葵矩。

  <さあ、そろそろ曲に行きましょうか。何々?まだ僕の声が聞きたいって?しょうがないなぁ。>

 教室では、いたるところで笑が起こっている。

  「毎回、毎回よくもこう口が動くよなぁ。いくつあんのかね、口がっ。」

 語尾にアクセントをつけて箸を動かす尉折。

  「あ、雨……」

 ふと窓に目を向けると、いつの間にか灰色の雲が浮かんでいて、程なくして霧雨が舞い降りてきた。

  「ほんとだ。天気予報じゃいってなかったよな。」

 不安定な春の天気に、憂鬱になる。

  「どーする?部活。」

 葵矩は、きちんと咀嚼して、唸るような声を出した。
 筋トレかな。と、残念そうに呟く。

  「せんぱい、せんぱい、せんぱーい!」

 甲高く間延びしたサイレンのような声。
 語尾にハートマークをつけるようなトーン。

  「あ、流雲くんだ。」

  「本当だ。流雲くん。」

 クラスの女子が口々にいうのに――、

  「こんちゃ。流雲です。放送きいてくれてありがとね!」

 先輩のクラスに堂々と入って、しかも茶目っ気を見せて敬礼する。
 放送が終わって、文字通り飛んできた流雲。

  「飛鳥せんぱい、今日の部活どーすんですかぁ?」
                     ・  ・  ・  ・
 ずうずうしく流雲は、葵矩の隣の机の上に軽々飛び乗った。

  「……まあ、雨止まなかったら筋トレかなぁ。」

 神出鬼没のような流雲に些かためらって答える。
 流雲は、残念だなぁ。と、口を窄めた。
 机から飛び降り、葵矩の机に顎を乗せて、しゃがみこむ姿勢で、葵矩の弁当をじっ、と見て――、
   そうみ
  「蒼海せんぱいの手作りですかぁ?」

 その瞬間、葵矩は飲んでいたウーロン茶を噴出した。

  「なっ……何でわかっ//////うっ……。」

 赤く顔を染め、思わず言ってしまった言葉に、しまった。と、口を手で押さえた。
 下の視線からの流雲が大きな口を緩ませた。
 イタズラな笑み。

  「そーなんですかぁ。知らなかったなぁ。」

  「っ……//////。」

 鎌をかけられた葵矩であった。

  「……毎回、毎回お前もよく引っかかるよな、本当。」

 腕組みをして、呆れたように右眉を上げる尉折。

  「ね、ね。何で作ってくれんですか?」

 流雲は追求してくる。
 尉折は、葵矩たちが一緒に住んでいることを知っているため、何ら不思議はないが、流雲は興味津々な顔をしている。

  「何で、何で、何で?」

 犬が餌を求めて尻尾をふっているかようだ。

  「なぁ、流雲。お前って悩みとかってないわけ?」

  「悩みですかぁ――?」

 すっとんきょうな声を上げて、左手の人差し指を良く動く口にもっていき、上目遣いで天井を仰ぐ。

  「……恋の悩み、とか。」

 ぼそっ、と尉折が言うのに――、

  「ある!あります。恋の悩み!!」

 流雲は人差し指を挙げた。

  「僕はこっんなにも愛してるのに、その人全然振り向いてくれないんですよぉ――、尉折せんぱいゆってやってくださいよぉ――!!」

  「ダレだよ、それ。」

  「決まってるじゃないですかぁ――っ、僕の愛する人はただ一人!!」

 胸を反らした。

  「飛鳥せんぱいです!!」

 尉折と葵矩がハデにこけるリアクションをとった。

  「……何こけてんすか。」

 当の本人は、首をかしげた。

  「っ……のなぁ、……流雲。」

 体勢を立て直す葵矩。

  「いーんです。わかってますから。僕は受け入れてもらえないってこと……それでも僕。……ぐすっ。」

 目の前で繰り広げられる演技に、呆気。
 役者もできるかもな。と、葵矩は心の中で呟いた。

 そして、チャイムが鳴るや否や――、

  「あ。次、体育なんですよ!じゃ、飛鳥せんぱい!!尉折せんぱい、放課後!!」

 満面の笑みで、投げキッスをして教室をでていった。
 嵐みたいな奴である。
 葵矩と尉折は顔を見合わせて、溜息をついた。

  「あ、次移動じゃんか。」

 教室にあまり人がいないのを見回して、今日の時間割を思い浮かべる。

  「生物室だね。」

 教科書を用意して、窓側に目をやった。
   みたか
  「紊駕。」

 葵矩の声に、ゆっくりその体を起こした。
 髪をかきあげる。
 無言で立ち上がった。

 3人、北棟の1階に下りて、西の渡り廊下を渡り、南棟に向かった。
 南棟の2階に生物室はある。
 渡り廊下。
 途中、1年生の集団が後ろからきた。

  「……こんにちは。」

  「……。」
            わかつ
 葵矩は挨拶をした和葛に、少し慌てて頭を下げた。
 そして、見送る。
 丸めた背中。
 一人で歩く。

  「……。」
      あつむ
 そして、厚夢。
 無造作に頭だけ下げる。

  「厚夢。」

 思わず呼び止め、今日の部活、筋トレやるから。とだけ、かろうじて伝えた。

  「……はい。」

 厚夢はそれだけいって、背を向けた。

  「いい気味だよ。友達のことを考えなかった奴のな。」

 尉折はその背に吐き捨てた。

  「……先輩。」

 後ろからか細い声。
 かすり
 飛白だ。

  「……。」

 紊駕は黙している。
 胸のところで教科書を抱きしめて、うつむく飛白。
              とゆう
 そんな飛白の横を、都邑は無言で通り過ぎる。
 葵矩たちには軽く頭を下げた。

  「あのコも一枚かんでたなんてな。」

 その背に尉折。

  「……。」

 葵矩は無言で、尉折のブレザーを引っ張った。
 紊駕と飛白をその場に残して、その場を去った――……。


 紊駕は壁に体をもたれて、飛白を見下ろした。
 無言。

  「……。」

 飛白も顔を上げずにその場で立ちすくんでいる。
 雨の音だけが、こだました。

  「行かなくていいのか。」

 紊駕の声に、飛白が顔を上げた。
 今にも泣き出しそうな、瞳。
 真っ直ぐ見返してくる紊駕の蒼い瞳を見る。
 射抜かれる。

 耐え切れずに、再びうつむく飛白。
 その様子に、紊駕は溜息をついて――、

  「言いたいことがあるなら、はっきり言え。」

 厳しく言い放つのではなく、少し穏やかに語尾を和らげた。

  「……ごめんなさい。」

 雨と風の音にかき消されそうなほど、小さな声。

  「ごめんなさい。……先輩のこと……試したりして、私っ……」

 雨のような一滴が、飛白の頬を伝った。
 教科書を抱きしめる腕に力が入る。

  「……。」

 紊駕は、左手を伸ばして、その小さな体を自分の方へ引いた。

  「先輩……」

 静かなその空間に、雨音だけが響いていた――……。


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