Climax
Climax
/ / / / /
        / / 8 / / 10 / 11 / あとがき

                     11


  「やっぱ声変だよ、大丈夫?」

  「ん、ちょっと喉痛い。」

 朝レンの休みな今日。                 し な ほ        きさし
 アルセーヌの散歩を終えて、登校の準備を終えた紫南帆に葵矩が何度も同じことを繰り返す。

  「熱測った?」

  「うん。大丈夫、ありがとう。」

 咳をしながら、キッチンで手伝いをする紫南帆に、葵矩は心配そうな顔をする。

  「いーわよ。私がやるから。あら、めずらしー!」
 みさぎ
 美鷺が気を利かせて、紫南帆に言ってから、背中の物音に振り返り、口にした。
 みたか
 紊駕が自室から降りてきた。

  「あ、おはよう。え?もうそんな時間?ごめん。」

 思わず時計を見てしまう。
 まだ、7時半前だ。
 謝った紫南帆に、紊駕は、何いってんだ。と言う顔をして紫南帆の頭を軽く叩いて洗面所に向かう。

 そして、いつもより少し早めに、3人学校に向かった。
 桜の季節は短い。
 すっかり新緑を思わせる桜並木を、少し淋しく感じながら通り抜けると、これからの季節が待ち遠しいとばかりに、湘南海岸は輝いていた。
 学校までの道のり。

  「おっはよー!」

 元気良く瀬水が向こうからやってくるのに、紫南帆は紊駕と葵矩に手を振って、瀬水の方へ駆け寄った。

  「ムリするなよ。」

 葵矩の憂いの言葉に笑顔を返し、背を向けた。
 葵矩は軽く溜息をついて、昇降口に向かい、

  「……紊駕?」

 紊駕が1年生のゲタ箱へ向かったので、首をかしげてその後を追う。
 紊駕は無造作にゲタ箱を開ける。

  「……!!」
 かすり
 飛白のゲタ箱。
 そして画鋲。

  「みたっ……」

 葵矩が目を丸くするにも、紊駕は相変わらずポーカーフェイスで、その画鋲を取り除いた。

 そして昼休み――、

  「……何ですか。」

 屋上で一人の少女。
 長く染髪された茶色い髪の1年生。
 紊駕に葵矩伝いで水色の手紙を送った少女だ。
 紊駕は策にもたれかかった状態で、下から少女を睨んだ。

  「古典的なコト、やってくれんじゃねーか。」

 少女の目の前に画鋲がばら撒かれた。
 少女の表情が変る。

  「……なっ、何のことですか?」

 声が上ずっている。

  「肩までの茶髪。」

 紊駕が顎をしゃくると――、

  「ウソよ。あの時は一つに結わっ……」

 しまった。と、少女の顔が言い、手で口元を押さえた。

  「ふーん。どの時?」

 紊駕の鋭い瞳はさらに少女を突き刺した。
 その瞬間、少女は一目散に駆け出した。

 紊駕は、軽く溜息を吐いて、ドアに背をむけ、再び海を眺めた。

  「屋上に画鋲まかないでほしいわね。」

 その言葉に振り返る。
 あさざだ。
 足がさらに長く見えるパンツルック。
 ジャケットを着こなし、その背中を屈めて画鋲を一つずつ拾う。

  「ふーん。」

 紊駕の顔を下から眺めみた。
 何か言いたそうな目。
 紊駕はその目を振り切って海を見つめた。

  「ウザイって目がいってるわね。別に。もう何も言わないわ。ただ。」

 語尾を切って紊駕の隣で策にもたれかかり、紊駕の顔をのぞきこむように――、
            かいう
  「何か違うって。海昊くんたちが、いってたわ。」
         ・  ・  ・
 ――最後の私たちからのおせっかいよ。

 あさざは後手を振って階段を下りていった。
 授業さぼらないように。と付け加えて。
 紊駕はそんなあさざの後姿をずっと無言で見ていた――……。
 

  「紫南帆だいじょーぶ?」

  「ホント、さっきからずっと咳とかくしゃみしてるね。」

 3年2組の教室。
 せお        じゅみ
 瀬水と樹緑が心配そうに紫南帆の顔を覗きこんでいる。

  「ん……ありがとう。あと2限だし。大丈夫。」

 紫南帆は、軽く笑うが、顔色も優れない。
 何とか6時限目を終えたが、今日は委員会もあるので、放課後図書室に向かった。

 頭痛と咳、くしゃみに悩まされながら、図書室のカウンターで両肘をついて、頭を支えた。
 幸い図書室には誰もいなかったが、いつ貸し出しに来るかわからないので、時間まではここにいなければならない。
 こういう日に限って、他の委員はいない。

 静まり返った図書室。
 少し、寒気がするが、うるさくないだけマシか。
 このまま眠ってしまいそうになるのを必死でこらえていると――、

  「ばぁか。」

 いきなり支えていた右手を軽くひっぱられたものだから、肘を落として紫南帆は顔を上げた。

  「紊駕ちゃん……」

 そこには、呆れ顔の紊駕。
 そのまま腕を引っ張り、紫南帆を立たせた。

  「あ……大丈夫。紊駕ちゃ……ひゃっ。」

 体が浮いた。
 紊駕は軽々紫南帆を抱き上げて、図書室をでた。
 どうやら保健室に向かっているらしかった。
 東の渡り廊下を渡り、北棟を左に曲がる。

  「ありがとう……何で、わかっちゃったの?」

 優しくベッドに寝かせられ、紫南帆。
 どうやら、保健の先生はいないらしい。

  「誰だってわかる。」

 紊駕は無造作に、体温計を紫南帆に手渡した。

  「38度はあんだろ。」

 手際よく濡れタオルを用意してくれる。
 
  「まぬけっぽいなぁ。」

 紫南帆は赤らんだ顔で、素直に紊駕に従った。
 電子音が鳴って、体温計を取り出す。

  「当たり。38.1度。」

 当たりじゃないだろ。と、いう呆れた顔。
 紊駕はベッドの横にイスをおいて座る。

  「あほ。寝てろ。」

 体温計を受け取って、紫南帆をベッドに寝かせ、タオルを額に乗せた。

  「ごめん。ありがとうね。」

  「謝るくらいなら、自分の体調ぐれー自分で察して早退するなりしろ。」

 怒る風ではなく、紊駕。
 紫南帆は、はーい。と、聞き分けの良い子供のような返事をした。

  「くっ、ばーか。」

 紊駕の失笑。
 体調が悪くても、委員会も休まないだろうことは判っていた。
 
  「本当、もう大丈夫だから。」

 紫南帆の言葉にも、動じずイスに腰掛けたままの紊駕に、

  「……ありがとう。」

 もう一度紫南帆は呟いた。
 口には出さないが、人を気遣う優しい性格だということは判っていた。
 昨日も、今朝も、ずっと気遣っていてくれた紊駕。
 紫南帆は心の中でもう一度、礼をいった――……。


  「え?」

 その頃グラウンドでは――、

  「うん。授業中もずっと咳とかしてたし……」

 樹緑が心配そうに、葵矩にいった。
 放課後のグラウンド、いつものようにサッカー部は練習に励んでいた。

  「やっぱり。……あ、今日委員会だ。でてるだろうなぁ……」

 葵矩は、眉根をひそめる。
 葵矩もずっと紫南帆を心配していた。

  「けっこう無茶するんだよね、紫南帆ちゃん。」

  「責任感強いから……。」

 大丈夫かな、と校舎の方をみる。

  「休憩時間にいってこいよ。」

 後ろで尉折が背を叩いた。
 葵矩は、頷く。

  「痛!」
         いつく
  「どうした、慈。」
                                     はらき    いつく
 グラウンドで一際大きな声が上がったので、葵矩は2年の原季 慈の方へ駆け寄った。
 どうやらスライディングをしたときにスパイクが当たったらしく、血が出ていた。

  「大丈夫か?」

  「はい。たいしたことないです。」
 とゆう
 都邑が救急箱を持って駆け寄り――、

  「あー、バンドエイドないやぁ。」

 救急箱を垣間見る。

  「保健室からガツってくれば?」

  「あ、それいい。」

 口々にいう声に、
 小さな声で、私いってきます。と、飛白が保健室へ向かった――……。


 保健室では――、

  「幼い頃からそうだよね。」

 横になった状態で、紫南帆。

  「風邪ひいて、寝込んだりするのはいつも私か飛鳥ちゃんで。紊駕ちゃん、一番ムリするわりには、へーキなの。」

  「……何がいいたいわけ?」

 口の端を微妙に上げた。
 
  「ばかは風邪ひかねーって?」

 冗談ぽく口に出す。
 紫南帆は、失笑した。

  「そんなことゆってないよ?ひとっことも。」

 語尾にアクセントをつけ言い放つ。
 イタズラな笑み。

  「うっそ。ちゃんと自己管理できてるって証拠だよね。」

  「くだんねーことゆってんな。寝ろ。」

 紫南帆の額のタオルを換える。

 小さな物音がした。
 紊駕と紫南帆がドアへ目を向ける。

 飛白だ。

 飛白は、紊駕を紫南帆の姿を見て、立ち止まり、そして駆け出した。
 
  「……紊駕ちゃん!」

 紫南帆は起き上がって、紊駕を見た。
 紊駕は、動じない。

  「紊駕ちゃん!何してんの?」

 追いかけなよ。との言葉を含んだ言い方。
 それでも、紊駕の蒼の瞳は紫南帆を見ている。
 紫南帆は、胸が締め付けられる思いがした。

  「……っ、紊駕ちゃんは、飛白ちゃんと付き合ってるんだよ!!?」

 唇をかみ締めて、紊駕を睨んだ。

  「……。」

 その様子に、ようやく紊駕は、ゆっくり立ち上がった。
 紫南帆を優しくベッドに戻す。
 そして、その長い足を廊下へと向けた――……。


  「遅いね、飛白。」

 グラウンドでは、飛白の帰りを待って、練習が一時中断されていた。

  「大丈夫ですよ、俺。」

 慈がそういうと、

  「このまま休憩にしちゃおうぜ。」

 尉折が葵矩に目配せ。
 葵矩は尉折に頭を下げてから、皆に休憩の指示をだした。
   わかつ
  「和葛、いってこいよ。」
 あつむ
 厚夢が和葛の背中を押した。

  「ほら、何してんだよ。」

 尉折は、葵矩の背中を押した。

  「ありがとう。」

 尉折に礼をいってグラウンドを出た。

 和葛は飛白を迎えに保健室へ、そして、葵矩は紫南帆の様子を見に、図書室へそれぞれ向かった――……。


 その頃、飛白は――、

  「……。」

 紊駕が追いかけてくるのを、待っているかのように、保健室から右にでて、昇降口の前でちょこんと立ちすくんでいた。
 そして、紊駕の姿を見て――、

  「……何を、お話していたんですか?」

 嫉妬を交えた声。
 飛白の小さな体から振り絞るようにして出た。

  「……全部、話さなきゃなんない?」

 抑揚のない声。
 溜息をつくように発せられた。

  「っ……」

 飛白の細い肩が震えた。
 小さな手で口を覆う。
 頬に涙が伝った。

  「先輩はっ……先輩はっ……」

 言葉にならない。
 そんな飛白を、紊駕は黙って見ている。
 両手をポケットにつっこんだまま、背を反らして――、

  「サイテーだっ。」

 怒りを押し殺したような声。
      みやむろ
  「……都室くんっ……」

 グラウンドから飛白を心配してかけてきた、和葛だ。
 泣いている飛白を見て、そして紊駕を睨んだ。
   きさらぎ
  「如樹先輩は、最低だっ!!」

 廊下に響く大声を上げて、飛白の腕をつかんで連れ去った――……。


  「……。」

 そんな様子を見ていた、葵矩。
 図書室に紫南帆の姿がないので、保健室に向かう途中。
 無言で保健室に戻る紊駕を追う。

  「……飛鳥ちゃん。」

 ベッドに紫南帆、イスに腰掛けた紊駕。
 葵矩は2人を交互に見て、

  「図書室、いなかったから……大丈夫か。」

  「うん……ありがとう。」

 紫南帆は、紊駕の顔色をうかがうようにして葵矩に言う。
 戻ってきた、紊駕。
 あれだけの大声だ、見ていなくても想像がつく。

  「じゃ、部活あるから。」

 葵矩はそれだけ言って、その場を逃げるように背をむけた――……。


  「帰ろっか。」
 
 紫南帆は、もう大丈夫。と、体を起こした。

  「あー、スカートぐしゃぐしゃ。」

 座った上体でひだのスカートを見る。
 すっとんきょうなその声に、紊駕が失笑した。
 2人、家まで帰って――、

  「ありがとう。……気をつけて、ね。」
 
 紫南帆は、玄関先で、一言だけいった。
 紊駕のその後の行動を察していたように。

  「……ゆっくり休め。」

 紊駕は、紫南帆の頭を優しく叩いて、ZXRに跨った――……。


  「ごめん……ひっ、ね。都室……くんっ。」

 和葛は飛白を連れ去り、グラウンドに向かおうと思ったが、飛白が泣き止まないために、再び、北棟と体育館にはさまれた陰にいた。

  「……気が済むまで泣きなよ。」

 和葛は立ち尽くして泣きじゃくる飛白に、優しく言った。

  「やめなよ。……如樹先輩なんかっ。」

  「……都室くん。」

 涙をぬぐう手と手の間から、和葛を見る。
 真剣な表情。
        まいかわ
  「俺なら、舞河を悲しませたりしない。絶対しない!」

 和葛は飛白を自分の胸に引き込んだ。
 そのとき、低く、唸るようなバイク音がした。
 飛白は、反射的に和葛から体を離して、正門を上から見下ろした。

  「っ……先輩。」

 階段の下に、バイクにまたがった紊駕の姿。
 和葛も上から覗いて――、

  「先輩は、如樹先輩は、何かしてあげましたか?舞河のために!!」

  「都室くん、やめっ……」

 飛白が和葛の口に手を伸ばすが、和葛は優しく制す。
 下の紊駕を睨んで、大声を張り上げる。

  「何もしてない!それどころか悲しませるばかりだ!!俺はそんなことしない、絶対しない!!」

 ――俺なら、舞河を泣かせたりしない!!!

 和葛は、紊駕に向かって、大声で罵った。
 もうすっかり花を落とした桜の木々が、春の終わりを告げていた――……。


>>春嵐 Climax 完 あとがきへ          <物語のTOPへ>