
7 まいかわ 「……舞河。」 鎌倉駅に向かう江ノ島電鉄。 わかつ かすり 和葛は、海を背にして、座席に座っていた飛白に声をかけた。 うつむいていた小さな顔が上がる。 みやむろ 「都室くん。」 か細く小さな声。 「……先輩と、帰らないんだ?」 「……。」 和葛はゆっくり飛白の前に歩いて、つり革につかまった。 背が高いので、少し腰を曲げる姿勢で、飛白を覗き込む。 「部活……あるし。」 胸元で鞄をしっかり握り締めて、再びうつむいた。 「……待っててくれないなんて、冷たいんだ。」 きさらぎ 「そんなことないっ!如樹先輩はっ……」 勢い良く顔を上げて、和葛を見て、そしてうつむく。 「……どうしたの?」 唇をかみ締めた飛白に和葛は優しく問いかけた。 「自信がないの。」 太陽は沈んでしまった薄暗い海を背景に、ぽつりと飛白。 小さな華奢な肩が震えているようにも見えた。 江ノ島電鉄独特の車両が奏でる音に、かき消されそうな声。 和葛は聞き耳をたてるよに、さらに腰を屈めた。 「先輩、すごく優しんだけど……」 そうみ ――先輩、蒼海先輩のこと、好きなのかもしれない。 溜息交じりの口調で呟いた。 「……蒼海先輩って、厚が夢中になってる?」 小さく頷く飛白に、 「どうしてそう、思うの?」 さらに尋ねた。 飛白は、日曜日のことを告白した。 「……デートに誘ったのって、舞河?」 とゆう 「うん。都邑ちゃんが、日曜がいいって、昼過ぎにはサンパール広場に行ってって……」 し な ほ 紫南帆に会った。 和葛の眉間に皺が寄った。 「でも、先輩がそういったわけじゃないんだろ。だったら大丈夫だって。元気だせよ。」 飛白は、微かに笑った。 和葛は細い目をさらに険しくして空を睨んだ――……。 あつむ 「ちょっと厚夢!!」 朝レンの時間、都邑は厚夢の服を引っ張って強引に廊下に連れ出した。 「ぜぇーったい、如樹先輩気づいてるよ!!」 「あんだよ。ひっぱんな。」 厚夢はおもむろに嫌そうな表情。 「昨日の帰り!如樹先輩、わざわざ私たちを待ってたんだよ。……すっごい怖い目、して睨んでたもん。」 やばい。と顔に書いて都邑は焦燥感を漂わせ、厚夢にいうが、 「かんけーねぇよ。」 厚夢はそっぽを向いた。 「あーんたねぇ。如樹先輩敵に回したら、どうなるか知らないからねっ!私、ヤだよ。……女でも容赦しなそう……」 「厚!!」 都邑の言葉は遮られた。 言葉からでもわかる、怒りを発する声。 厚夢が振り返った瞬間、思いっきり胸座を捕まえられた。 「っにすんだよ!」 厚夢は声を張り上げ、苦しそうに胸座にある腕を握った。 和葛の形相。 「何で日曜日、舞河と如樹先輩を、蒼海先輩に合わせたんだよ!!」 グラウンド中に響く大声。 「どうゆーことだよ!!」 いおる それを聞きつけた尉折が――、 あすか 「……やっ、飛鳥先輩!先輩!!」 きさし 都邑は顔面蒼白にして、葵矩の名前を叫んだ。 「なっ、何やってんだよ!」 その声をききつけて、葵矩が駆け寄ってきた。 和葛を尉折。 2人とも今にも厚夢に殴りかからんとしていた。 「やめろ、都室!尉折!」 2人を引き裂くように厚夢から離そうとする。 「はなせ!飛鳥!許さねぇ、こいつ。日曜日、どーもおかしいと思った。偶然なんかじゃねー!飛鳥!お前を紫南帆ちゃんや如樹に会わせたのは、こいつの策略だったんだよ!!」 やなみ 「お前!舞河の気も知らないで、屋並だってそうだ!舞河が傷つくことくらいわかってんだろ!それなのに!!」 尉折と和葛の声が、重なって、厚夢に押し寄せる。 腕を振り回している2人を葵矩を含め、他の部員たちも寄ってきて、おさえるように引き離す。 つばな 「そうだ、てめぇは茅花ちゃんの気持ちも弄んだんだぞ!!」 「やめてください!」 茅花も声を張った。 尉折の手が緩む。 「私のことはいいんです。私が都邑に聞いて、私が、自分でしたことだから。ごめんなさい、飛鳥先輩!!」 頭を下げる茅花。 葵矩も茅花を見て、おさえていた力が緩んだ。 「いいじゃん、和葛。舞河が別れれば、好都合なんじゃねーの?」 胸座をつかまれたままの厚夢。 その瞬間、 「ぜっこうだっっ!!!」 和葛の拳が厚夢の左頬にヒットした――……。 3年2組の教室。 せお 先に来て席に腰を下ろしていた紫南帆の前の席に、瀬水は鞄をおいた。 「おはよ、瀬水。」 「おはよ。」 ここ2日、何だかいつもと異なる態度の瀬水に――、 「気兼ねしなくてもいいよ。」 紫南帆は、瀬水の態度の理由にそう言うと、瀬水は、 「あ、ごめん。ばれちった?」 いつもの天真爛漫な笑顔を見せて、舌出した。 「知りたいんでしょ。どうなったか。」 日曜日のことを言っている。 瀬水の顔が笑顔になった。 「そーんなプライベートなことは――ききたい!」 素直に口にする。 憎めないコだ。 紫南帆は、失笑する。 「ごめん。」 謝った瀬水に、いいよ。と許容して、紫南帆はゆっくり口を開いた。 「……告白された。でもね。やっぱり付き合えないから。」 「そっか。」 うつむいて、そして、窓の外を見る。 「申し訳ないって思うの、もっと申し訳ないから。……厚くん、普通にしてくれて。だから私も……今までと変わらない。」 「そっか……うん。えらいぞ、紫南帆。やっぱ自分の気持ちには正直じゃないとね。そっか、そっか。」 瀬水は大きく頷いた。 罪悪感がないわけじゃない。 でも、罪悪感ということ自体が罪悪感になるから。 紫南帆はそっ、と複雑な笑みを見せた――……。 「飛鳥ぁー!おい。」 朝の予鈴が鳴る3分前。 葵矩と尉折は教室に向かっていた。 「何で怒んねんだよ!わかってんのか?お前、試されたんだぞ!」 勢い良く、机に鞄をぶつける尉折。 教科書がぶつかる音。 「厚夢と和葛、大丈夫かな……」 そんな尉折の言葉に、葵矩は静かに席に腰を下ろす。 尉折は大きな溜息をついて――、 「……っまえなぁ。その、他人ばっか心配する性格、どうにかしろよな!」 「そんなえらい人間じゃないよ。」 もう一度大きな溜息をつく尉折。 「許すわけねぇーだろ。あんなこと言われて、あんなのサイテーの男がすることだっ。」 「……厚夢のしたことは、そりゃ、よくないことだよ。」 「悪いことなんだよ。」 葵矩は尉折の顔を見て、でも。と、教科書を机に整理していた手を止める。 「それだけ紫南帆のこと好きだって、尉折もいってたじゃん。」 「それとこれとは話しが別!じゃ何か?好きだったら他人を傷つけてもいいのか?」 断固として譲らない尉折。 眉間に皺を寄せて――、 「昔の俺を見てるようで、イヤなんだよ。」 「……尉折。」 葵矩は溜息をついて席に座った尉折の背中に呟く。 尉折には、去年のことが脳裏に蘇っていた。 詳しくは、Planet Love Event 第三章 Ego-Ist 恋愛感情を。 「辛いな……」 問いかけるように、しかし、独り言のように尉折は言った。 窓際の一番後ろを振り返る。 葵矩も倣った。 相変わらず机に突っ伏している、紊駕の姿。 「俺……紊駕のこと冷たいっていったけど。……本当はすごく優しい。……優しすぎるんだ。」 紊駕に背を向けた。 尉折は痛いほど葵矩の気持ちが伝わってくるのを感じた。 そして、紊駕の気持ち。 こっそり、溜息をついた――……。 >>次へ <物語のTOPへ> |