Climax
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       / / 8 / 9 / 10 / 11 /あとがき

                     9

   かすり
  「飛白、本当にごめん。ごめんね。」

 放課後の部活。
 きさし
 葵矩たちサッカー部は、雨のため、校舎内で筋肉トレーニングを行っている。
           とゆう
 何度も何度も、都邑は飛白に頭を下げた。

  「そんなに何回も……誰のせいでもないから。謝らないで。大丈夫だから。」

 都邑は顔を上げる。
   きさらぎ
  「如樹先輩、怒ってなかったんだ?」

 飛白が笑顔で頷いたのを確認して、大げさに、よかった。と、肩を落としてみせる都邑。

  「はい、背筋終わったら休憩!」
 じゅみ
 樹緑の声が響いた。

  「うわぁ――腰いってぇ!」
 いおる
 尉折がその場に転がった。

  「何いってんの、このくらいで!」
   ・  ・  ・  ・  ・
  「俺たちの夜よりはマシだって?」

 ――……。

 次の瞬間、校舎中に響き渡るほどの物音と叫び声がしたのは、いうまでもない。
   さわら           にいかわ
  「沙稿先輩、新河先輩、お元気ですか?」

 そんな光景に少し、唖然としながら、飛白はユタに尋ねた。

  「え。……あ、う、うん。元気、だよ。」

 納得したように頷いて、返事をするユタ。

  「だーれ、ですかぁ、新河さんってぇ〜!」
       るも
 するどい流雲。
 すかさず、ユタの側にやってきて、問いただすような目を向ける。

  「いや……えっと。」

  「女、だよ。お・ん・な。こいつのな。」
                           かがり     いらつ
 ユタがしどろもどろしているところへ、3年の芳刈 苛がユタの背を豪快に叩いた。
 ユタは照れたような表情。
 皆は、一様に驚いた。

  「彼女いたんですかぁ!いーなー!知らなかったですよぉ!!」

  「マジで?ナイショかよ、このやろ。」

  「ひどいなぁ、先輩ってば。」

 皆は口々につついたりして、羨望のまなざしでユタを見る。
 そんな様子に、葵矩は以前、ユタに言われた言葉を思い出す。

 ――いーよなぁ。飛鳥はもててさぁ。

 彼女いるくせに、ユタの奴。

 葵矩は唇を尖らせて、ユタを軽く睨んだ。

  「K女だぜ、K女。……あれ、飛白ちゃんは、何で知ってんの?」

 苛が自分のことのように自慢気に言って、飛白に向き直る。

  「あ。私、K女の中等部卒業してて……りらさんは、先輩だったんです。」

  「え?新河 って、K女の新河 りら?」
 のりと
 祝が声を上げた。
 
  「知ってんの。」
                     そのう             や し き
  「ええ。知ってるつーか。なぁ、弁。流雲も夜司輝も知ってるだろ。」

 夜司輝は、

  「塾が一緒だったんです。」

 静かに呟く。
              つばき  ひはる
  「新河っていえば、椿 姫春とかと良くツルんでたよな。」

 祝の言葉は続いた。
                                もろ
  「椿っていえばさぁ。クロスと付き合ってんだろ。諸 クロス。俺、この間ツーショットみちゃったよ。」

  「えー、そうなんだ。」

 祝の言葉に弁。
 休憩時間だから良いが、話に花を咲かす様子を見て葵矩は軽く溜息をつく。
 そして、廊下の隅と隅を交互に見た。
 あつむ     わかつ
 厚夢と和葛。
 お互い、離れたところで黙していた。
 もう一度溜息をついた――……。


  「ひゃ、冷っ!」

 流雲が突然声を上げた。
 蛇口の下に、おもむろに顔を突っ込んだ流雲を見て――、

  「ばか、何やってんの。あたりまえじゃない。」
 つばな
 茅花は、流雲の茶色い髪にタオルを乗せた。
 流雲が腰を屈めた状態から、タオルをおさえて、さんきゅ。と、体を起こす。
      ふかざ
  「……吹風。背、伸びた?」

 背中を伸ばした流雲に、茅花が問う。
 自分の、流雲を見る目線が変わった。

  「そう?」

  「本当ね。流雲くん。伸びたわ。」

 樹緑が流雲の背を測る真似をした。

  「うれしーな。」

 満面の笑みの流雲。
 
  「まだまだ育ち盛りだもんね。たくさん食べて運動しなさいね。」

 お姉さん口調で言う樹緑に――、

  「じゃ、樹緑せんぱい、僕に愛妻弁当……って!」
          ・  ・
  「なーにが、愛妻だぁ――、流雲ぉ!」
            ・  ・
 例の如く、尉折にシメられる流雲。

  「ぼうりょくはんたーい。」

  「暴力じゃねー。」

 尉折と流雲の追いかけっこが始まった。
 部員は皆爆笑。

 葵矩は、どうでもいいけど、メニューこなせよ。と、肩を落とす。
 そして、異空間にいるような、厚夢と和葛を見て、そっと、溜息をついた――……。


  「痛っ。」

 部活が終わり、飛白が、ゲタ箱に入れた小さな手を引っ込めた。

  「どうしたの?」
      みやむろ
  「……都室くん……」

 和葛が後ろから現れ、そして、ゲタ箱を覗いた。

  「!!」

 革靴の中に大量の画鋲のヤマ。
   まいかわ
  「舞河……」

 うつむいて、小さい体を震わせた。

  「大丈夫だから……大丈夫。」

 一つずつ画鋲を取り除く。
 和葛はその腕をつかんで――、
   きさらぎ
  「如樹先輩にいいなよ!ひどいよ。何で……舞河がっ!」

  「いいの。……先輩、モテるし……」

  「舞河っ……」

 靴を履いて、駆け出した飛白。
 和葛は追いかけた。

  「……先輩。」

 飛白が顔を上げる。
 昇降口を出て、東渡り廊下の壁。
 みたか
 紊駕の姿。

 飛白の顔に笑みが浮かび、待っててくれたんですか。と言葉を発する途中――、

  「あんた、ちゃんと舞河のこと守ってやれよ!!」

  「都室くんっ……」

 和葛がものすごい形相で紊駕を睨んだ。
 紊駕の元へ駆け寄ろうとした飛白の足が止まる。

  「あんたのこと好きな女たちの矛先は、皆舞河にむくんだよっ!!」

  「やっ、やめて。」

 小さな声で制する飛白。
 和葛と紊駕を交互に見る。
 和葛はにらみつけた目を離さない。
 紊駕は体を起こし、飛白のほうへ歩く。

  「そーゆーの。おせっかいつーんじゃねーの?」

 和葛は睨み返して、飛白の腕をとって背を向けた――……。


  「……和葛。」

  「飛鳥、先輩。」

 そんなところへ、葵矩が現れた。

  「……仲直り、できないでいるのか。」

 まだ上履きのままの和葛は、紊駕たちが消えたところをひと睨みして、校舎にもどった。

  「少し、時間いいか。」

 葵矩の言葉に、軽く頷いた。
 葵矩はあまり人目のつかないところへ和葛を誘導した。

  「……許せないです。」

 和葛は強かに怒った声で呟いた。
 腰をおろす。

  「和葛は……舞河さんのことが好き……なんだ?」

 勢い良く顔を上げた和葛に、ごめん。俺が詮索することじゃないよな。と葵矩はすぐに謝った。

  「……はい。厚も知ってます。」

 葵矩の言葉に頷いて、うなだれた。
 葵矩もしゃがみ込んだ。

  「……俺が、いうことじゃないと思うけど。……部の仲間として、俺、仲直りしてもらいたい。」

 真っ直ぐ和葛を見る。

  「あいつも十分反省してるよ?……あいつが、あんなにしおらしいの、少なくても俺は、初めて見た。」

  「……。」

 立ち上がって、壁に背中をつけ――、

  「言ってしまったことや、やってしまったことは、もう取り返しつかないよな。でも――」

 和葛に顔を向ける。

  「チャンスを。チャンスを厚夢に与えてやらないか?」

 和葛が顔を上げた。
   ヒト
  「人間は、誰でも過ちを犯す。……でも、やる直せると思うんだ。そうやって、人間は大人になってくんだと思うんだ。……自分の過ちを振り返って、反省して、二度と同じ過ちは犯さないように。」

 ――だから、神様は完全な人間なんて作らなかったんじゃないかな。

  「……。」

 お互いが接して成長していけるように。
 自分の力で、周りの力で。

  「それが、俺たちに課せられた一つの試練でもあるんじゃないかな。」

 葵矩は和葛に手を差し伸べた。

 ――厚夢には、和葛の力が必要なんだ。

  「厚夢、和葛がどれだけ傷ついているか、どれだけ傷ついてしまったか、身にしみてわかったと思うんだ。だから……だからこそ、謝れないでいるんじゃないかな。」

 和葛は葵矩の力強い腕に引かれて立ち上がった。

  「和葛が手を、少し手を差し伸べてあげれば、あいつはやり直せると思うよ。」

  「……。」

  「余計なおせっかい、しちゃったかな?……ごめんな。」

 和葛は首を振った。

  「先輩は――、飛鳥先輩は、神様ですか?」

  「……。」

  「何でそんなに……先輩は、神様みたいです。」

 涙ぐむような、和葛に、葵矩は微笑んで、和葛の肩を優しく叩いた。

  「そんなことないさ。……でも、誰でも誰かの神様になれると、俺は思ってるよ。」

  「……俺にもなれますか?」

 和葛の問いかけに、葵矩は大きく頷いた。
 
 灰色の雲が、遠のいて、青い空が顔を覗かせた。
 太陽がにっこり、ほほえんんだ――……。


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